25:お菓子のお礼
狂い咲きの四つの木と黒い石碑の情報がもっとほしい。
わたしは再び白丁花の宮へ向かい、この五つに関して片っ端から調べることにした。
狂い咲きの四つの木については、始祖王がこの城を建てた頃からあるとか、夜になると木の根元に稚児の幽霊が現れるだとか、色々な話が出てくる。稚児の幽霊の話は白銀城の怪談話の一つとして数えられているようだ。
けれど黒い石碑についてはまったく情報が出てこない。これに関しては司書の手を借りても、該当する書物を見つけることが出来なかった。
わたしは司書にお礼を言い、消化不良な気持ちのまま花桃の宮へ戻った。
「ごめんなさい。暫く一人にしてください」
「シェリ妃殿下、承知いたしました。では、お部屋を下がる前にお茶をご用意いたしますね」
「ありがとう」
お茶とお菓子を用意してくれた侍女が部屋から下がると、わたしは机へと向かった。
今まで知った情報を整理するために、紙に書いていこうと思う。
大規模な魔導には生贄が必要なこと。狂い咲きの四つの木と黒い石碑の位置が上空から見ると、魔導に関係のある正五角形になること。盗まれた子羊の匂いが黒い石碑のところで途切れていたこと。あまり関係ないかもしれないが、四つの木のところで稚児の幽霊が出るという階段のことも一応書いておこうかな……。
せっせと書き続けていると、窓辺から「おい」と声を掛けられた。
集中していたわたしは突然の声に驚き、大きく肩を跳ねた。
慌てて声がしたほうへ顔を向けると、黒髪の少年が開いた窓からこちらを覗き込み、桟の部分に肘をついて頬杖をしていた。相変わらずの仏頂面である。
「幽霊さん! こんにちは!」
わたしは椅子から立ち上がり、挨拶をした。
すると彼は片手の手のひらを上に向けて「ん」と手を揺らした。『最近流行のお菓子を寄越せ』という強奪のポーズだ。
……そうだった。この黒髪の少年はわたしに用があるのではなく、わたしのお菓子に用があるのである。
「ちょっと待ってくださいね。さっき侍女が用意してくれたお茶とお菓子がありますから」
わたしは机の隅に放置していた、茶器やお皿が乗ったお盆を運ぶ。
黒髪の少年がいる窓の横には扉があり、そこから庭へと出られるようになっているので、そちらから彼の元に向かうことにした。
庭へ出ると、彼は窓の下に置かれた木製の長椅子にちゃっかりと腰掛けていた。
「……それはただの杏仁豆腐ではないのか? 随分昔に食ったことがあるぞ」
「最近は杏仁豆腐に南部の果物をたくさん乗せることが流行りなんですって。これはなんと五種類もの高級果物が乗った、特別版ですよ」
「ふぅん」
彼は納得すると、器と匙を手に取って黙々と食べ始めた。その横顔に変化はないが、紅い瞳がキラキラと輝いているので大満足みたいだ。
冷めたお茶も彼にあげたので、わたしはただぼんやりと横に座っていた。
「……お前、さっきはなにやら難しい顔をしていたな」
杏仁豆腐を食べ終わった少年は器をお盆に置くと、そんなことを言い出した。
机で書き物をしていたわたしの表情がよほど険しかったのかもしれないが、あまりわたしのことを気にかけてくれたことのない相手だったので、びっくりしてしまう。
「私が手伝えることなら、一つくらい手を貸してやってもいい。誰を殺す?」
「殺人計画を立てていたわけじゃないです!!!」
手を貸してくれる方向が怖過ぎて、わたしは彼の言葉を強く否定した。
「ただ、ちょっと調べていることがあるだけで……!」
「なんだ。調べ事か。どんなことだ? 一つだけなら答えてやってもいいぞ」
そういえば、この少年は幽霊としか思えない謎の存在なのだった。
幽霊ということは、長年この白銀城に棲みついているわけである。彼ならば書物にも残らないような昔のことを知っているかもしれない。
わたしは彼に相談してみることにした。
「……城内の北側にある黒い石碑なんですけれど、あれが一体なんの石碑なのか、幽霊さんはご存知ですか?」
「……あれは始祖王の最初の妃の墓だ」
「えっ!!?」
まさか本当に知っていたとは。
わたしは続けて「始祖王の最初の妻って、女魔導士のことですよね!? 彼女は牢屋で亡くなったとお聞きしましたが、その後にあのお墓に埋葬されたのですか!? あの場所で行方不明の羊の匂いが途切れているのですが、それにはどんな理由が……」と、詰め寄ると。彼は「もう一つ答えた」と、わたしの言葉を遮った。
黒髪の少年はそのままスッと長椅子から立ち上がる。
「そうか。お前が終わらせる可能性があるのだな。……期待しないで待っている」
「ど、どういう意味ですか、幽霊さん!?」
「さぁな」
彼はひらりと手を振ると、花桃の宮の庭から去っていった。




