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24:空中散歩



「しぇっ、シェリ! 今夜は流星群が流れるそうだ! 部屋から抜け出して、空中散歩へ行くのはどうだ!?」


 夜に花桃の宮へやって来たルキアン様は、妙に緊張した様子でわたしにそう言った。

 わたしに否があるはずもなく、人払いを済ませた寝室から二人でそっと抜け出すと、龍化したルキアン様の背に乗って上空へと舞い上がった。

 ルキアン様がぐんぐん空を泳ぐと、白銀城の姿が小さく遠くなっていく。けれど、まだ起きている者たちのためにあちらこちらで松明に火が灯り、荘厳で強大な城の敷地がキラキラと浮かび上がって見えた。


「お城が綺麗ですね、ルキアン様」

「ん? ああ、地上の様子も煌びやかだな。だが雲の上に出れば、流星群が間近に見られて、そっちも凄いはずだぞ!」

「ふふふ。楽しみです」


 ここ最近は白丁花の宮で借りた本を読んでいるばかりで、頭が煮詰まっていた気がする。おかげで魔導に関する知識と、女魔導士が始祖王時代に城内に施した守りの魔導に関して、多くのことを知ることが出来たけれど。


 魔導が自然界の力を借りて超常現象を起こすということはアニス嬢から教えてもらったが、その具体的な方法が分かった。

 魔導には力の代償が必要だ。手のひらから炎を発生させるような、比較的小さな現象なら、代償も小さなものだ。魔導士が持つ生命力をほんの少し引き換えにすればいい。炎を発生した後で少し疲労感を感じる程度らしい。

 そして、城内を災いから守るといった大きな魔導を施すには、大きな代償が必要になる。魔導士の命そのものを捧げてもまだ足りないほどの代償だ。

 けれど実際に自分の命を捧げる魔導士など殆どいなくて、祭壇を作って、他の生き物を生贄にするのだとか。時には幾人もの人の命を捧げたらしい。こういう魔導はその残酷さから、普通の魔導とは区別して『黒魔導』と呼ばれているそうだ。


 わたしはここまで調べて、女魔導士が自分の子供を生贄にして銀龍族を呪ったと陛下から聞いたことを思い出した。

 呪いとはつまり、黒魔導のことなのだろう。


 この黒魔導を解除する方法がないか、さらに調べていくうちに頭がこんがらがってしまっていたけれど。

 大好きなルキアン様とこうして景色が良くて空気が清々しい場所へ来ると、頭の中がスッキリした。


「ほら、シェリ! 流星群だぞ!」

「わぁ……!」


 ルキアン様の龍気に守られたまま雲の中を突き抜けると、雲海の広がりと共に満天の星空が見える。上弦の月が昇り、まるで宝石が敷き詰められたような星の川が続き、それとは別に、一瞬で流れ落ちていく星の煌めきがわたしの目に焼き付いた。

 澄んだ空気の中で星が流れる音まで聞こえてきそうで、わたしは息を飲む。

 こんなに素敵な景色をルキアン様と一緒に見られるなんて、なんて幸せなのかしら。


 目の前の流星群の美しさに圧倒されて震えていると、ルキアン様が大きな口で笑った。


「はははっ! この高さで見る流星群とは、これほど格別なものなのか! 本当に凄い景色だな、シェリ!?」

「……はいっ! ルキアン様!」


 世界の広さを知る度に、怖いような気持になる。

 けれどルキアン様が一緒に体験してくださるから、わたしはどんな出来事にも喜びを見つけ出せるような気がする。


「俺の位置からはシェリの表情がよく見えんが、お前が楽しんでいるのがよく伝わってくる。お前とこの流星群を共に見ることが出来て良かった」

「わたしもです、ルキアン様」


 わたしたちは暫く上空で流星群を楽しんだ。





 そろそろ花桃の宮へ戻ろうということになり、ルキアン様はゆっくりと降下していく。


「……あのな、シェリ」

「はい。なんでしょうか、ルキアン様?」


 先程までルキアン様は流星群を前にとてもはしゃいでいたのに、何故か空中散歩に誘った時のように緊張した声に戻っていた。

 不思議に思って問い返したが、ルキアン様はなかなか話そうとなさらず、「あー、その、だな……」「えっと、な」などと不明瞭な言葉を続ける。


「シェリ! 俺はお前が好きだ! 愛している!!」


 突然ルキアン様が大声でそう言った。

 なにを躊躇っていたのかと思えば、そんなことだったのかと思ってホッとする。


「ありがとうございます、ルキアン様。わたしもルキアン様が大好きです。心からお慕い申し上げます!」


 もしもルキアン様から『レイラーン嬢を側妃にしようと思う』などとこの場で相談されたらどうしよう、と、ほんの一瞬頭を過ってしまった。

 だからルキアン様からの言葉に安心して答えることが出来た。


「いや、だからお前のそれは臣下としての忠誠心であってだな……」


 臣下として、ペットとしての忠誠心からルキアン様をお慕いすることのなにが悪いのかしら?

 だって、わたしがただの女の子としてルキアン様をお慕いするなんて、そんな高望みをしていいはずがないのに。


 ……高望み?


 わたしは自分の胸元を押さえた。わたしは今、何を考えていたの?

 ルキアン様がレイラーン嬢を側妃に望まれたら、臣下として歓迎するのは当然なのに。抱かれもしない役立たずの正妃なのだから。

 それなのに、心の隅でレイラーン嬢が側妃になることを嫌がっていなかった?

 女の子としてルキアン様をまっすぐにお慕いしたいと望まなかった?

 分不相応な願いが、この胸にあるの……?


 気付いてしまった自分の感情に呆然としてしまい、その後のルキアン様の声が聞き取れなかった。


「……あれ?」


 地上へと近付いていくにつれて、わたしの目にある光景が飛び込んできた。

 ――城内に巨大な正五角形がある。

 白銀城の四大『狂い咲き』大木である東の青いジャカランダ、南の赤い紅梅、中央の黄色いイチョウ、西の白い銀木犀、――そして北にある黒い古い石碑を線で繋げると、この間アニス嬢が教えてくれた正五角形になることに気が付いた。

 それはたった今自覚しかけたルキアン様への恋心を思考の片隅に追いやるほどに、衝撃的なことだった。


 ……これは偶然なのかしら?

 でも、偶然こんなに綺麗な正五角形になる? 狂い咲きの大木なんてルェイン大帝国でも珍しいものが……。


 ルキアン様は自分の背の上で震えているわたしに、「どうした、シェリ? 何かあったか?」と声を掛けてくれたが、わたしは何も答えることが出来なかった。



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