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呪われた銀龍皇子の愛しの逆鱗妃 ~大好きなあなたには本当に好きな人と幸せになってほしいので、離縁してください!~  作者: 三日月さんかく


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21:亭にて



 本を借りて白丁花の宮を出れば、アニス嬢とはもうお別れの時間になる。けれど、わたしはもう暫く彼女と話がしたかった。


「あの、アニス嬢。お時間はまだ大丈夫でしょうか? もう暫くあなたとお話がしたいのです」

「えー……」


 アニス嬢は面倒くさそうな表情を隠さなかったが、「はぁ~、まぁいいわ。暇だし」と頷いた。

 わたしは再び合流した侍女と護衛たちに、アニス嬢と二人きりになりたいと断りを入れ、白丁花の宮の裏手へ向かった。そこには広大な庭園を楽しむための亭と呼ばれる建物がある。瓦屋根といくつもの紅い柱で作られた休憩所で、キラ皇国のガゼボにどこか似ていた。

 亭の中の椅子にアニス嬢と並んで腰掛ける。

 わたしは話をどう切り出すか迷い、両手の指を弄った。


「どうせ、レイラーン様のことが聞きたくて私を引き止めたんでしょう、シェリ妃殿下?」

「うっ」


 図星を突かれて胸元を押さえるわたしを見て、アニス嬢は鼻で笑った。


「……どうして分かったのですか? わたしが聞きたいことを……」

「シェリ妃殿下が面倒くさい女の顔をしていたからよ」

「面倒くさい女の顔……」


 わたしは自分の頬をムニムニと揉んでみたが、自分がどのような表情をしていたか分からなかった。

 けれど、アニス嬢から会話の切っ掛けをもらったので、わたしはそのまま頭を下げる。


「アニス嬢、どうかレイラーン嬢についてお教えください」

「まったくもう、仕方がないわね~」


 アニス嬢は「レイラーン様はね」と瞳をキラキラ輝かせながら話し始めた。


「銀龍族らしい美貌を兼ね備えていながら、とてもお優しい方なのよ。お茶会で意地悪な令嬢が私のことを笑い者にしようとした時も、さりげなく私を助けてくれたんだから! そんなふうにレイラーン様に助けてもらった子はたくさんいるの。それにね、とっても努力家なのよ。レイラーン様が十歳の頃に当主であるお父様が亡くなってしまってね、お体の弱いお母様と幼い弟様の三人になってしまったの。分家からいろいろ言われたようだけれど、レイラーン様はたった十歳で当主の仕事を継がれたのよ。ご苦労もたくさんあったでしょうに、私たちの前ではいつも微笑みを浮かべていて、本当に素敵な方なのよ……!」


 レイラーン嬢は才色兼備な上に、心優しい女性らしい。さらに彼女は女性的魅力が弾ける豊かな体型をしていた。


「そんな素晴らしい方が、ルキアン様と幼い頃からご交流があって仲睦まじくて、一番の妃候補だったのですね……」

「……まぁ、そうなんだけれど」


 わたしの溜息混じりの言葉に、アニス嬢は歯切れ悪く答える。


「本当に仲睦まじかったかどうかは、外側からはよく分からないのよね……」

「外側から?」

「私たちの目からは、お二人が仲睦まじく見えたんだけれど。そもそも、ルキアン殿下は呪いの発作が多くてあまり宮からお出でにならず、たまに体調の良い時に貴族の前に姿を現していただけで、私たちがルキアン殿下とレイラーン様がお話しされるのを見かけたのは数回程度なのよ」

「レイラーン嬢がルキアン様の宮へお見舞いに来たり、手紙でやり取りしていたかもしれないじゃないですか?」

「私たちもそう思っていたのだけれど、今考えると、レイラーン様は当主の仕事に忙しくてそれどころではなかったかも……? レイラーン様はご自分のことはちっともお話にならないから、よく分からないわ。私たちにもっと打ち明けてくださってもいいのに……」


 紅梅の木のところで、あんなにわたしにルキアン様とレイラーン嬢の恋を語っていたのに……。

 わたしのそんな不満が顔に出てしまったのか、アニス嬢は「あの時は悪かったわよ!!」と逆ギレしながら謝罪した。


「私たちだって本当は分かっていたのよ、龍族の方々の逆鱗がどれほど大切な者かなんて!! 実際、あなたのおかげでルキアン殿下の呪いが落ち着いて、皇太子としてメキメキと功績を上げていくのを見たら、本当に有難い存在なんだって思い知るわよ!! だけれど、お伽噺みたいなものだと思っていた逆鱗が本当に現れちゃったら、こっちだって色々思っちゃうじゃない!! ずっとレイラーン様が正妃になられると思っていたんだから!! ……でも、あの日の私たちは本当に悪いことをしたわ。お茶会で意地悪だった子みたいに。だから本当にごめんなさい」

「あ、はい」

「私って、自分に嫌なことをした相手のことをずっと執念深く恨むくせに、他の気に食わない相手が現れたら過去に自分がされて嫌だったことをやってしまう、本当に嫌な奴なのよ。だからレイラーン様のような素敵な女性になりたいって思うのに、いつも都合よく憧れを忘れちゃうの。あぁ、本当に自己嫌悪だわ……」

「あまり落ち込まないでください、アニス嬢」


 わたしは、頭を抱えて落ち込むアニス嬢の背中を撫でて慰める。

 アニス嬢は、ルキアン様とレイラーン嬢が恋仲ではないかもしれないと、疑問が出てきてしまったみたいだけれど。

 でも、あの夜会のルキアン様とレイラーン嬢の親密そうな様子が今もわたしの瞼の裏に焼き付いていて、やっぱり二人が恋仲だというほうがしっくりくる。

 だって二人が恋仲でなければ、ルキアン様がわたしに手を出さない理由が完全にわたしの魅力不足ということになり、どちらにしろ世継ぎを生まない正妃に居場所などないのだ。

 ……やっぱり、ルキアン様のペット枠に戻らないといけないわ。


 とにかく、わたしがやるべきことは変わらない。ルキアン様の呪いを完全に解呪することだけは。


 改めて自分のするべきことを覚悟していると、庭の奥から騒がしい声が聞こえてきた。


「くそっ、また仕入れた動物を盗まれたぞ!!」

「今度は子羊か?」

「ああ。今度の宴に出す予定の最上級のやつだったんだ!!」

「まぁ、今回も盗まれたのは一匹だけなんだろ? 他の子羊を絞めればいい」

「それだけじゃない!! 今回は他の食料も盗まれているんだ!!」

「そうなのか? 珍しいな」

「こうしょっちゅう盗まれると損害が増えるばかりだ。特に今回の子羊はきちんと隔離しておいたんだぞ。あー、もお、腹が立つ!!」


 どうやら二人の下働きが歩きながら愚痴を言っているらしい。

 そういえば昔、ルキアン様から聞いたことがあった。あの時は確か豚だったと思う。大昔から、城内に仕入れた動物が消えるという謎の事件があるのだと。犯人は一向に見つからず、調査する役人も乗り気ではないと聞いていたが、未だに解決していないらしい。


 わたしがそんなことを思い返していると、同じように下働きの愚痴に聞き耳を立てていたらしいアニス嬢が、「仕方がないわね!」と言って、立ち上がった。


「そこの下働きたち! このイタチの獣人であるアニスが、盗まれた子羊を見つけてあげるわよ!」


 彼女はそう言って、胸を張った。

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