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呪われた銀龍皇子の愛しの逆鱗妃 ~大好きなあなたには本当に好きな人と幸せになってほしいので、離縁してください!~  作者: 三日月さんかく


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18/34

18:夜会①



 夜会の日は白銀城の様子がさらに煌びやかに変化する。

 まだ明るい朱色が空の端のほうに残る時間帯から、城内にある松明にすべて灯が点り、楽師たちがそれぞれの手に楽器を持って音楽を奏でる。

 甘い匂いの香が焚かれ、城内で働く人々がきびきびとした足取りでそれぞれの仕事をこなしていく。

 そして城内に屋敷を持つ貴族や役人、城外で暮らす招待客がぞろぞろと白銀城に集まり始めていた。


 その様子を花桃の宮の中から遠く眺めていると、銀木犀の宮からルキアン様がやって来た。


 十六歳になられたルキアン様はぐんぐん身長が伸びて、今では年上のクローブさんの背丈を超えてしまった。

 顔つきからも少年の頃の丸みが消えて、青年らしい凛々しさが出てきた。

 長い銀の髪は流星の尾のようにキラキラと輝き、柘榴のように紅い瞳は慈しみを込めてわたしに笑いかけた。


「俺の逆鱗妃は息災か?」

「勿論です、ルキアン様」

「それは良かった」


 ルキアン様はそう言って、わたしの水色の髪をわしゃわしゃと撫でた。

 整えていた髪が乱れ、せっかくルキアン様が夜会衣装と一緒に用意してくださった髪飾りの位置までズレてしまい、周囲の女官たちが慌てる。


「もう、ルキアン様ったら」


 わたしが一歩後退すると、ルキアン様は特に悪びれた様子もなく「すまん、すまん」と答えた。

 侍女たちがすぐさま髪を直してくれ、髪飾りの位置を整えた。


「今宵のシェリも可愛くてな。つい揶揄ってしまった」

「そんなことをおっしゃって……」


 ルキアン様は口ではそんなことを言っても、一度もわたしのことを抱いてくださったことはないのに。

 わたしの正妃という立場を守ってくださっているおつもりなのか、ルキアン様は定期的に花桃の宮へ渡ってくださっている。

 寝室の周囲を人払いし、秘め事をしているふうを装って――、わたしたちはたいてい夜通し遊んでいる。

 流行りの卓上遊戯だとか、分厚い書物の読み合いだとか、枕投げだとか、二人だけの写生大会を行ったり、詩作をすることもある。


『ルキアン様はお忙しいのですから、このような夜更かしをするくらいでしたら、素直に眠ったほうが良いのではないでしょうか?』

 わたしがそう進言した時、ルキアン様は紅い瞳でジト~ッとこちらを見つめた。

『それ、どうせ俺だけ朝まで眠れずに、シェリが隣でスヨスヨ寝てるだけの虚しいやつだろ。ならばお前を道連れにして、夜通し遊びまくったほうがまだマシだ! 自分だけ眠れると思うなよ、シェリ!』

 ルキアン様はそうおっしゃって、その日は明け方まで木彫りの彫刻作りに挑戦した。木彫りの龍の最高傑作が出来上がった。


 つまり、ルキアン様はいつまで経ってもわたしのことを女としては必要とせずに、ペットとして可愛がったり遊んだりしたいのだろう。

 そして、そんなルキアン様の理性を揺るがすほどの色気が、わたしに備わっていないのだ。


 もう少し女性的な魅力に溢れる体だったら……、と。自分の胸元に視線を落としていると。

 髪型を崩されたことでわたしが不機嫌になっている、と思ったらしいルキアン様が、猫撫で声をあげた。


「本当に悪かったって、シェリ。今夜の衣装もよく似合っているぞ! やはりその薄浅葱色の裙はシェリの白い肌によく映えるな」


 ルェイン大帝国でよく着用される襦裙ジュクンと呼ばれる衣装で、白い短衣に水色のスカート、そして薄く透ける白の羽織りというコーディネートをルキアン様が褒めてくださる。

 最後に取ってつけたように「可愛い、かわいい」とおっしゃるので、わたしは上目使いでルキアン様を見上げる。


「……ルキアン様、本当に可愛いと思っていらっしゃいますか?」


 わたしが詰め寄ると、ルキアン様はじわっと頬を赤らめ、肩が一瞬強張った。


「あ、ああっ! 勿論だとも!」

「……そうですか」


 どこか挙動不審な態度のルキアン様に納得がいかないけれど、わたしはその気持ちを飲み込んだ。


「ではシェリ、夜会へ向かうか」

「はい」


 やはりこの御方にとって、わたしは名ばかりの妃で、女性としての魅力はないのだろう。

 ペット以上の存在にはなれないのだろうと思うと、なぜか胸の奥が苦しかった。





 皇帝陛下の挨拶と共に夜会が始まった。

 来賓たちは玉座に腰掛ける陛下の元へ次々に挨拶に向かい、それが済むとそのまま、玉座の一段下の席に座っているルキアン様とわたしの元へ挨拶に来る。まるで流れ作業のようだ。

 わたしはルキアン様の隣に座したまま、表情に微笑みを固定する。今ではずいぶん、笑い方が自然になってきたと思う。これもルキアン様のおかげだ。


 ルェイン大帝国の貴族の方々は、下界の人間がルキアン様の妃になったことが相変わらず気に入らないようだ。

 ルキアン様には頭を下げても、わたしには目を合わせようとしない方も少なくない。わたしの前で平然と、自分の娘を側妃に勧める方までいる。

 逆にわたしに親し気に話しかけて、「まぁ。人間という種族は一人で丸太一本さえ運べないのですか? 一日に千里を走ることも出来ない? ならば人間は何が出来るというのでしょう?」と、獣人より劣る存在であることを揶揄されることもある。


 そんなふうにわたしが貴族たちに悪意の針でチクチク刺されていると、ルキアン様がわたしを庇ってくださった。


「シェリは確かに丸太を運べんし、千里を駆けることも出来んだろう。だが、それ以上に俺の逆鱗だ。シェリが呪いを抑え込んでくれるお陰で、俺は皇太子として職務に励むことが出来ているぞ。シェリは俺には無くてはならん妃だ」


 ルキアン様がそうハッキリとおっしゃると、貴族たちも流石にたじろぎ、そそくさと逃げて行った。


 わたしはルキアン様にお礼を伝える。


「ありがとうございます、ルキアン様」

「シェリ、お前も貴族から言われっぱなしは良くない。お前は俺の逆鱗妃なのだから、もっと堂々としていればいいんだ」


 ルキアン様はわたしの肩を励ますように叩いてから、また次の来賓の挨拶のために姿勢を正して前を向いた。


 駄目だなぁ、わたしは。

 わたしも、ルキアン様のお傍にいるのに相応しい振る舞いがもっとちゃんと出来たらいいのにと思うのだけれど。

 どうしても『妃』である自信が持てない。ルキアン様が一度も抱く気にならないわたしなど、本当に妃の椅子に座っていてもいいのかしら、と考えてしまうのだ。

 ルキアン様のお役に立ちたいし、お傍にずっといたいけれど、ペットのままだったほうが気が楽だったんじゃないかしら。


「おぉ、久しいな、レイラーン」

「ご無沙汰しておりますわ、ルキアン殿下」


 弱気になっていたわたしの前に現れたのは、美しい銀髪と薄紫色の瞳を持った、非常に艶やかなご令嬢だった。

 レイラーン嬢は瞳に合わせた薄紫色の地に華やかな牡丹が刺繍された衣装をゆったりと身に着けていたが、胸元が豊かで、腰の線が色っぽく、女性としての美を極めたような迫力があった。


 わたしとはタイプが全然違う女性……。

 思わず、レイラーン嬢の美しさに魅入っていると、ルキアン様がわたしに話を振った。


「シェリ、レイラーン嬢は俺の遠縁で、城内に屋敷を持つ高位貴族だ。数年前に当主が亡くなって、残された夫人とレイラーン嬢、そして幼い弟で家を切り盛りしていた頑張り屋さんなんだ。悪い奴じゃない。お前と話も合うだろう」

「初めまして、シェリ妃殿下。銀龍族の末席、レイラーンと申しますわ。本日は母の名代で夜会に参りましたの」

「……初めまして、レイラーン嬢。どうぞ今宵の夜会を楽しんで行ってください」


 わたしが挨拶を返すと、レイラーン嬢は扇の影から微笑んだ。

 彼女の笑みがどこかぎこちないものに感じてしまったのは、わたしがレイラーン嬢に対して尻込みしているからかしら?


 レイラーン嬢とルキアン様は、扇の影で何やらこそこそと会話する。わたしに聞かれたくない話なのだろうか。

 短いやり取りだったが、そんな親しげな様子の二人を見ると、何故か胸が絞られるように痛む。


「では、ルキアン殿下、シェリ妃殿下。御前を失礼いたしますわ」


 レイラーン嬢はその後すぐに会場の方へ去って行ったが、わたしの胸の痛みはなかなか消えることがなかった。


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