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呪われた銀龍皇子の愛しの逆鱗妃 ~大好きなあなたには本当に好きな人と幸せになってほしいので、離縁してください!~  作者: 三日月さんかく


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14:初めての龍化



 紫雲木の宮で本日も皇后様から妃教育を受けていると、廊下のほうから慌ただしい足音が響いてくる。

 扉の外で女官と話をしている人の声を聞けば、誰が訪問者なのか分かった。


「あれはクローブの声だな。ルキアンの側仕えの」

「はい。そのようですね、皇后様」


 わたしと皇后様が頷き合っている間に、扉が開き、血相を変えたクローブさんが飛び込んできた。


「皇后様、妃教育を中断させてしまい、たいへん申し訳ございません……っ! 稽古場で剣術の指導を受けていたルキアン様が、呪いの発作で倒れられました。どうかシェリに退室許可を!」

「まぁっ、ルキアン様が……!」

「そうか。相分かった。シェリ姫、ルキアンのもとへ行ってやってくれ。私からも頼もう」

「はいっ、皇后様!」

「ではシェリ、僕に急いでついて来てください!」


 部屋を退室する際に皇后様がふわりと微笑んで、「あのルキアンが、剣術の稽古か……」と小さく呟かれた。

 もしかするとルキアン様は今まで、体を動かすような授業を受けていなかったのかもしれない。

 わたしはそんなことを頭の片隅で思いつつ、狐の大きな尻尾を振り乱して廊下を走るクローブさんの後を追いかける。


 紫雲木の宮の外には茶色い毛の馬が用意されていた。

 クローブさんが前に乗り、「馬を飛ばすので、舌を嚙まないように気を付けるように」とわたしに忠告する。

 わたしはクローブさんのお腹にしがみつくと、ひたすら黙って、馬の走る速度に耐えた。


 しばらくすると稽古場らしき建物が見えてきた。

 クローブさんに馬から降ろしてもらい、そのまま稽古場の中に入る。

 ルキアン様は隅にある日陰にいた。

 地面に横たわる彼の胸元からは、呪いによる黒い靄が溢れている。吐き出した黒い液体が衣類や地面に飛び散っていた。

 傍にいた剣術の師範は黒い靄や液体に怯えながらも、ルキアン様の衣類の胸元を寛げて、呼吸の通りを楽にしてあげようとしていた。


「ルキアン様っ!!」


 わたしはスカートの裾を持ち上げ、懸命にルキアン様のもとへ駆け寄る。

 そして地面に滑り込むようにして、ルキアン様のお傍にしゃがみ込んだ。

 そのまま黒い靄の中に両手を突っ込み、ルキアン様の胸元に触れる。

 するとすぐにわたしの胸元から紅い光が輝き始め、ルキアン様に絡みついていた黒い靄を吸収していった。


 遅れてやって来たクローブさんが、呆然とした声で言う。


「これが『龍の逆鱗』の力なのか……」


 剣術の師範も驚いたようにわたしから溢れる紅い光を見ていたが、すぐにルキアン様のお顔の方に視線を向けて、「おお。ルキアン皇太子殿下の顔色がどんどん良くなってきた……!」と喜びの声を上げていた。


 しばらくするとルキアン様も目を開けて、起き上がれるまでに回復された。


「……妃教育の最中だったというのに呼び出してしまってすまなかったな、シェリ」

「いいえ、とんでもないことです。ルキアン様が回復されて良かったです!」


 ルキアン様は体調が良くなったはずなのに、何故か苦しげな表情をしている。彼のその紅い瞳は、わたしの胸元の――以前よりも黒く濁った紅い宝石を見つめていた。


「……本当にシェリは苦しくないのか? 痛みや吐き気なんかは……」


 呪いを吸収したわたしのことを、ルキアン様は相変わらず心配してくださっていた。

 わたしはキラ皇国で、誰かに身を案じてもらうことなどなかった。だって、どんな怪我もすぐに治ってしまい、病にもまったくかかったことのない人外だったからだ。

 実際、ルキアン様の呪いを吸収しても、わたしの体調に変化はない。胸元に埋まった宝石は何故か黒い靄が増えてしまったけれど、本当にそれだけだ。自分でも妙な体だと思う。


 でも、ルキアン様はそんなわたしの心配をしてくれる。

 それだけルキアン様がこの呪いに苦しまされてきたということだと思うとつらくて、同時に、身を案じてくださるこの御方が優しさが嬉しい。


「まったくございません」


 わたしがそう言うと、ルキアン様は少しホッとしたように笑った。


「わたしはずっとずっとこれからも、大切なルキアン様のお役に立ちたいです。ルキアン様の呪いの肩代わりくらい、いくらでも出来ます!」


 わたしが勢い込んで言うと、ルキアン様は途端に顔を真っ赤にされた。


「え? また体調不良でしょうか、ルキアン様? お熱を……」

「測ろうとしなくていい! 触ろうとしなくていい! 俺はもう大丈夫、すっかり元気だっっっ!!」


 ズサァァァっと後ろに下がってしまったルキアン様に、わたしは首を傾げる。

 ルキアン様のお傍では、剣術の師範が「良かったですな、ルキアン皇太子殿下。『大切』ですってよ」とニヤニヤと笑いかけ、クローブさんも「お二人の仲が良ければ、臣下も余計な心配をせずに済みますね」と話しかけている。そしてルキアン様は両手で頭を押さえ、「うおぉぉぉ」と呻いていた。


「さて、ルキアン皇太子殿下。体調が回復されたのでしたら、手合わせの続きでもいかがですかな? 未来の妃様にも良いところを見せては?」

「師範め、揶揄いやがって……。まぁ、いい。シェリ! そっちの長椅子に座って、俺の剣術を見て行ってくれ!」

「はい、ルキアン様。楽しみです」


 ルキアン様はすっかり元気なご様子で稽古に戻ろうとされたが、途中で引き返して戻ってきた。


「シェリ」

「? はい、ルキアン様?」


 なにか言い忘れたことがあるのだろうかと思って待っていれば、目の前に戻ってきたルキアン様はわたしの頬を撫で、静かな声で言った。


「助けてくれてありがとう、シェリ。だが、あまり無理はしないでくれ。お前が俺の逆鱗ゆえに、俺が受けた呪いをその身に留めることが出来るのだとしても。呪いの元が絶たれたわけではないからな」

「……はい」


 女魔導士がかけた呪いの元が絶たれない限り、ルキアン様の苦痛はこれからも続くのだ。

 結局、わたしがルキアン様にしてさしあげられることは、一時の気休めでしかないのだ。


 長椅子に腰掛け、ルキアン様の剣術の稽古を見学する。


 刃を潰した模擬剣を持ったルキアン様は、熊の獣人である師範に「さぁ、どこからでも掛ってきなさい、皇太子殿下!」と言われると、素早く間合いを詰めて切りかかっていく。

 師範は太い腕で木刀を持ち、軽く振るってルキアン様の剣をいなしていく。


「そんな軽い剣では未来の妃は守れませんぞ、皇太子殿下ー!」

「うるさい! 揶揄うなと言っているだろうが!」


 師範に勝てる見込みはまだ見えないけれど、ルキアン様が生き生きとした表情で地面を蹴っている姿を見るのは、とても嬉しかった。


「まだ剣術を始めたばかりなのであんな感じですが、あとでルキアン様を褒めてやってくれますか、シェリ?」

「クローブさん」


 長椅子の背後に回って来たクローブさんが、穏やかな表情でルキアン様の様子を眺めている。


「ルキアン様は皇太子なので、本来なら幼少期から剣術を習うはずでした。ですが、シェリも先ほど見たように、呪いの発作が起きるせいでなかなか思うように体を動かせなかったのです。今はああしてルキアン様も、自由に地面の上を飛んだり跳ねたり走ったり出来ます。すべてあなたがこのルェイン大帝国にやって来てくれたお陰です。本当にありがとうございます」


 そう言ってクローブさんが深く頭を下げた。

 わたしはとっさに「いいえ、わたしなんて大したことは……!」と言おうとしたけれど、クローブさんのおばあ様であるジャスミンさんの言葉を思い出した。

 多分ここでわたしが言うべきことは、謙遜ではないのだろう。


 わたしは精一杯の笑顔を浮かべ、クローブさんの気持ちに応える。


「どういたしまして。わたしも、ルキアン様のお役に立てるためにルェイン大帝国に来ることが出来て、本当に嬉しいです!」


 わたしがそう返すと、顔を上げたクローブさんも優しい笑顔を浮かべていた。


「これからきっとルキアン様は、勉学だけではなく武芸にも励まれて、皇太子としての名声を取り戻していかれるでしょう。……どうかあの御方のお傍にいてあげてください、シェリ」

「はいっ、勿論です!」


 ルキアン様に必要とされている限り離れたくはないと、わたしは心から思った。


 しばらくルキアン様の稽古を見守っていると、師範の動きがどんどん激しくなり、ルキアン様が防戦一方になっていく。


「たかが熊族の腕力に敵わなくてどうするというのですか、皇太子殿下? あなたは誉れ高き龍族なのですぞ。そのように身を守ってばかりでは、いざという時に妃様をお守りすることさえ出来ませんぞ?」

「ええいっ!! うるさい!!!」


 ルキアン様が感情の昂ぶりに合わせたように剣を振るったその時――……、彼の体が突然、白銀に輝く鱗に覆われた巨大な龍の姿に変化した。


「えっ!? どうされたのですか、ルキアン様!?」

「まさかルキアン様、ついに龍化に成功したのですか!?」

「うおぉぉぉ!? 皇太子殿下ぁぁぁ!?」


 驚いていたのはわたしだけではなく、側近であるクローブさんも目を丸くし、熊の師範はなんと剣を取り落とした。

 そして龍の姿になったルキアン様本人も「う、嘘だろっ!!? 今まで一度も龍化に成功したことがなかったのに!!?」と驚愕していた。


「シ、シェリ……!!」

「はいっ、ルキアン様!」


 ルキアン様がそうっと首を伸ばし、大きな龍のお顔をわたしの方へ近付けた。紅い瞳がとても大きく、どうしてか涙で潤んでいる。


「俺っ、今まで龍化出来たことがなくて……。こんな呪い持ちだから仕方がねぇよなって、ずっと思ってたんだけどさ……」


 ルキアン様の声が震えていて、ついに大きな涙の粒がボタボタと零れていく。

 龍化は、きっと龍族にとってとても大事なことだったのだろう。それが呪いの影響で叶わなくて、ルキアン様にはずっとつらい状況だったのだ。


「シェリのおかげだ……! 父上のように、ちゃんと銀龍の姿になれた……! ありがとう、シェリ!! ありがとうな……っ」

「ルキアン様っ!」


 わたしはルキアン様の大きな頭に抱き着いた。

 お礼なんてべつに要らない。泣かないでほしい。ルキアン様のお役に立てて、わたしはとっても嬉しい。

 いろんな感情がごちゃ混ぜになって、抱き着く以外なにも出来なかった。


「そのうちちゃんと空も飛べるようになって、シェリをどこへでも連れて行ってやるよ」

「無理をしないでくださいね、ルキアン様。わたしは気長にお待ちしていますから」


 ルキアン様が龍化したことはすぐに皇帝陛下に報告され、国を挙げてのお祝いが行われた。

 それは呪われた皇子だったルキアン様の、新たな人生の幕開けだった。


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