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9話 侍女のチェルシー

オーギュスト家は、貴族の中では爵位の低い男爵家でありながら、先祖が羽振りのよい商人だったこともあり、大層裕福なのだとか。

通された屋敷の中には、高価そうな調度品や骨董品が並んでおり、使用人の数が多いことからもその富豪っぷりは歴然としていた。


「まずは我が屋敷の当主にご挨拶いただきます」と、執事に連れてこられた部屋には、六十代位の男性と、アリスの父と同年代の男性がソファーに座っていた。

二人とも仕立ての良い服を着て、きっちりと髪を固めている。


「アリスお嬢様をお連れいたしました」


ジェンキンスが二人にそう告げた後、「アリスです。よろしくお願いします」と丁寧に頭を下げた。

ついでに愛らしく見えるよう、ニコッと微笑んでおくことも忘れない。

今日からこのお屋敷でお世話になるのだから、初対面の印象を良くして、少しでも快適に過ごせるようにしなければ!


「おおっ、この時をどれほど待っていたことか! 確かに妹の面影が残っているな」

「よく来てくれた。両親のことは災難だったが、これからは私のことを父と思い、頼って欲しい」


年配のおじいちゃんの方が、目に涙を溜めてアリスを見ている。


駆け落ちした妹さんを思い出しているんだろうな。

お母さんのお母さんだから、私のおばあちゃんにあたるわけだけれど、本当に似ているかどうかは会ったことがないから謎だよね。

でも何となく、髪はピンク色ではなかったんじゃないかなとは思う。


このおじいちゃんが前当主、まだ若い方が現当主のオーギュスト男爵だそうだが、それってはっきり言ってほぼ他人ではないだろうか。

祖母の兄と、母の従兄弟って、前世では顔も思い出せないほど遠い存在だった気がする。


いきなり「父と思え」とか言われても………それは無理な話だよね?

お父さん、本当は生きてるしなぁ。


しかし、二人とも悪い人には見えなかったので、自然と肩の力は抜けて行った。

男爵との対面が終わると、侍女がアリスを部屋へと案内してくれるという。

まだ年若く、同じ位の年齢に見える侍女に、アリスは村で別れたモニカのことを思い出していた。


アリスの為に用意されていた部屋は、びっくりするほど凝っていて、華やかで可愛らしいものだった。

白を基調とした木製の家具、カーテンやベッドカバーにはパステルカラーの花柄の生地が使われており、ぬいぐるみやクッションも所々に置かれている。


「うわぁ、可愛い! 本当に私がこの部屋を使っていいんですか?」


あまりの豪華さに思わず控えていた侍女に尋ねると、思いのほか砕けた口調が返ってきた。


「もちろんですよぉ。やっぱりヒロインの部屋はこうでなくっちゃ。――ああっ、ようやくアリスのピンク髪が加わって、この部屋がヒロイン専用の完璧な可愛さになったわ!!」


もはやテンションが上がりすぎたのか、お嬢様呼びも忘れ去られ、アリスと呼び捨てにされている。

この侍女も相当な『ときラビ』ファンとみた。


「ええと、あなたのお名前は?」

「ああ、私はアリスお嬢様付きの侍女に選ばれました、チェルシーと申します。遠慮なく『チェルシー!』って呼び付けてくださいね。ヒロインの侍女なんて、モブでも最っ高に幸せです!!」


ピッと敬礼のようなポーズまでされてしまった。


――うん、やっぱりゲームの熱狂的なファンみたいね。

出会ったばかりで、こんなに堂々と明け透けな物言いをしてくる人も珍しい……。


なおもチェルシーは一人で話し続けている。


「私、この日をずっと楽しみにしてたんですよぉ。アリスお嬢様の見た目がヒロインそのもので、もう私はテンションアゲアゲです!! ああ、学園に私も通えたら、推しを近くで見られるのになぁ。推しの宰相の息子とぜひラブラブになってくださいね!!」


テンションアゲアゲって……。

久々に聞いたな。

この子が『宰相の息子推し』っていうのは、少し予想外だったけれど、今までみんな別の人を私に推してくるところがすごいよね。

プレイしたことはなかったけれど、魅力的な攻略対象が多いってことは、『ときラビ』って良くできた乙女ゲームだったんだろうな。


これから自分が出会う人たちにも関わらず、アリスは思いっきり他人事のように考えていた。


「私って、学園に通うんですよね?」

「そりゃあそうですよ! 学園に行かなきゃ何も始まらないですしね。あ、私に敬語はナシでお願いします!」

「わ、わかったわ。それで、私はいつから学園に通うの?」

「明後日です」


え、明後日!?

昨日両親が亡くなって、明後日には学校に行くの?

この世界に忌引きがないにしても、相変わらず展開が早いな……。


「せっかく可愛いお部屋にしたのに、今回はあまり使ってもらえなくて残念ですよぉ。ま、休暇がありますけどね」


ん?

あまり使ってもらえない?


「どうして? 私、部屋が変わるの?」


不思議に思って訊いてみたら、チェルシーも首を傾げた。


「だって、お嬢様はヒロインだから学園の寮に入るじゃないですか。私の出番、短すぎませんかね?」


チェルシーがブツブツと文句を言っているが、それどころではなかった。


寮!?

私って寮に入るの?

せっかくこのお部屋を気に入ったのに、地味にショックだわ……。


言葉をなくしていると、チェルシーが「もしかして……」と話しかけてきた。


「アリスお嬢様って、あまり『ときラビ』ガチ勢じゃなかったんですか?」

「うん。ガチ勢じゃないどころか、プレイしたことすらないの」


アリスが正直に打ち明けると、チェルシーの顎が外れそうなほどガクッと落ちた。


え、そんな驚き方する!?

漫画的だな……。


プルプルと震え出したチェルシーは、次の瞬間部屋の外へと走り出していた。


「旦那様~、旦那様~、大変ですーっ!! お嬢様が、お嬢様がーーーっ!!」


大声で叫び、男爵の元へと駆けて行ってしまう。

慌てて後を追い、チェルシーに追い付いた時だった。


「はいっ! 私も学園に潜入し、ヒロインのサポートをしたいですっ!!」


そこには手を挙げて、男爵に直訴するチェルシーの姿があった。


「そうだな……。私たちには、何があろうとヒロインをハッピーエンドへ導く義務があるのだ。チェルシー、心して励むように!!」

「私にお任せください、旦那様!!」


『イエッサー!』とばかりに、チェルシーがまたもや敬礼している。

よくわからない内に、侍女のチェルシーも一緒に学園へ通うことになったようだ。


心強いかもと少し嬉しかったアリスだが、「やったー!! 推しに会えるー!!」と浮かれている姿を見て、一気に不安になったのだった。


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