24話 ヒロインのハッピーエンド
最終話です。
「もしかして……有栖川か?」
アリスは訝しむジークハルトに恐る恐る訊かれて、ようやく思い出した。
自分の前世の名前が「有栖川真希」だったということを――。
「そうです! 言われて思い出しました。私、有栖川真希です!!」
「なんだよ、有栖川かよ。俺は東城遙人だ」
東城先輩! そうだよ、東城先輩だ!!
どうして今まで忘れていたんだろう。
「東城先輩! すごい、こんなところでまた会えるなんて!!」
「そうだな、ゲームの世界での再会なんてな」
確かに、珍しい……というより、もはやありえない再会場所だとは思う。
異世界で、お互いにゲームのキャラクターに転生しているのだから。
しかし、こうしている間にも脳裏にはあの頃の青春が甦り、胸が高鳴るのを感じる。
「私も夕日をバックにしているジークハルト様を見て、初めて先輩に会った時のことを思い出していました。さっき本を取ろうとしていた体勢も。うわぁ、懐かしい」
「そうか。有栖川も俺のことを覚えていてくれて嬉しいよ」
「そりゃあ、覚えていますよ。私、先輩のことが好きだったんですから……なーんて!」
前世のこととはいえ、正面切っての告白は恥ずかしく、冗談っぽく誤魔化してみたのだが。
「俺は有栖川のことが好きだったよ」
ジークハルトの真摯で静かな声がアリスの耳に届いた。
え、嘘でしょう?
聞き間違いだよね?
思わずアリスが隣に顔を向けると、ジークハルトの端正な横顔が赤く染まっている気がした。
どうやらランプの灯りのせいだけではないようだ。
「わ、私だって本気で好きでしたよ。告白は出来なかったけれど」
「俺は卒業式の日に告白しようと思って探してたんだ。でも会えなくて」
「卒業式の日? あ、確か生徒会の女の子に捕まって……気付いた時にはもう先輩は帰った後でした」
もしかしてあれって嫌がらせだったのかな?
あの子、先輩のことが好きだったんじゃ……。
マヌケな結末に情けなくなってくる。
どうしてあの頃、もっと積極的になれなかったのだろう。
卒業後だって、勇気さえあれば結果は変わっていたかもしれないのに。
「俺は社会人になってからも時々あの頃が懐かしくなってさ。ヒロインのアリスの名前も『有栖川』から取ったんだ。とんだ浮気性な女になっちゃったけどな」
「まあ、乙女ゲームのヒロインは複数人と恋に落ちるのが仕事ですから……。でも私自身、前世の名前を忘れていたのに、先輩はよく覚えていましたね」
先輩の記憶力に感心してしまう。
「お前、自分で『有栖川って言います。不思議の国の有栖川って覚えてください』って言ってただろ? なんか頭にずっと残ってた」
うっ、すっかり忘れていたけれど、確かに言ったな。
あの時は先輩に覚えて欲しくて必死で。
「黒歴史です。忘れて……」
「忘れられるか。俺はこんなゲームを作るほどお前のことを引きずってたんだからな?」
こちらを向いたジークハルトの顔はさっきよりも真っ赤で、学生時代の東城先輩よりも大人のはずなのに、その表情はまるで恋をしている高校生の男子そのものだった。
つい東城先輩と話している錯覚を起こしそうになってしまう。
「そ、そんなことを言われても……。私だって前世で恋愛しないまま死んだっぽくて……こっちの世界でも恋愛経験がないからよくわからないです」
もしかして、この恋愛経験の無さこそが、乙女ゲームのヒロインに転生したのにうまく自分の役目を受け入れることが出来なかった理由なのではないだろうか。
アリスも先輩を好きだった前世を知らず知らず引きずっていたといえるのかもしれない。
だから攻略対象者とは恋が出来ずに、ジークハルトに出会った時だけ電流が走ったのだ。
「じゃあ今度こそ俺と恋愛しないか? あの頃の延長のつもりで」
「そんなの無理です! だって先輩、国王の弟なんでしょう? 身分が違うし、年齢だって……」
前世では身分差も無く、二歳差というカップルにありがちな年齢差だったが、今のアリスは元平民という設定の上、十歳くらい離れてしまっている。
「身分差は問題ない。元々そういうゲームの世界だから、ヒロインのアリスが俺を選べばそれでハッピーエンドだ。年齢は……諦めてくれ」
「そんな楽観的な! ジークハルト様っていくつなんですか?」
「……24だ」
声、ちっちゃ!
やっぱり結構離れてるじゃん。
「有栖川……いや、真希。この世界で俺と結婚を前提に付き合ってください。絶対大切にするし、苦労もさせないと誓う」
いきなり前世の下の名前で呼ぶのはずるいと思う。
あんなに夢見ていた先輩からの『真希』呼びが、まさか生まれ変わって叶うとは……。
それに、王弟なのだから確かに生活に苦労することはないだろう。
東城先輩の性格も少しはわかっているつもりだが、硬派で男気のある男子だったから、きっと浮気もしない――
あれれ? なんだかドキドキしてきたぞ。
あんなに好きだった先輩に告白されて、私は迷う必要なんてあるの?
「東城先輩、私も先輩が好きです!!」
思い切って告白したのに、ジークハルトはなんだか納得していないみたいだ。
……なんで?
「先輩?」
「その呼び方。遙人って呼んでみて? ジークハルトの愛称みたいだし、ちょうどいい」
「ちょうどよくないです。そんなの急に無理!」
「真希? いいのかな、そんなこと言って」
遙人が隣に座るアリスの腰を、力強い腕で引き寄せた。
さっきまでの王弟らしいロイヤルな気品を感じさせていた表情から打って変わり、騎士らしくワイルドさを増した顔が近付いてくる。
「あの五人だって、いつ真希のことを本気で手に入れたいと望むかわからないだろ? 俺も真希の卒業まではなかなか側にいられないし。今の関係だと不安だから、約束だけでも欲しいんだよな」
「……とおっしゃいますと?」
アリスは気分的にはすっかり逃げ腰なのに、しっかり腰を抱かれているせいで逃げられない。
「すぐにでも俺の婚約者になってもらおうと思って。悪い虫が付く前にね。俺としては、先に既成事実を作っても構わないんだけど」
ヒィィィ……。
既成事実ってアレですか?
いきなりそんなの、恋愛初心者の私には無理に決まってますよね?
「します、遙人と婚約します!」
叫んだアリスを、ジークハルトは大きな体で抱き締めた。
「愛している、真希」
耳元で囁かれ、力が抜けたところに口づけまでされてしまった。
「せんぱ……じゃなかった、遙人は案外手が早かったんですね? 前世ではそんな素振りなかったのに……」
「そうか? 剣道で煩悩を発散させてたからな」
なんですと!?
こんなの詐欺じゃん!
硬派な先輩、どこ行ったー!!
結局、合宿中にジークハルトとアリスの婚約はまとまり、他の攻略対象者たちやチェルシーも祝福してくれた。
全員しばらくは絶句していたし、我に返ったチェルシーが「王弟が隠れキャラだったとは!」と大興奮して大変だったが――。
前世の話は二人だけの大切な思い出だから、誰にも教えないことにした。
アリスは学園の卒業のタイミングで、王弟殿下に嫁ぐことに決まった。
学生たちも、住んでいた村の人たちも、国民全体がアリスのハッピーエンドを喜んでくれている。
悪役令嬢トリオが拍子抜けしたような顔をしながらも、お祝いを言いに来てくれたのが面白かった。
彼女たちにも幸せになって欲しいと思う。
◆◆◆
アリスの卒業式当日。
ジークハルトが学園の門のところでアリスを待っていた。
その手に大きな花束を持って……。
「真希、卒業おめでとう。愛している。……なんだかようやく言えた気がするな」
「ふふっ、私も遙人を愛しています。そうね、前世の心残りもゲームのシナリオも、すべてが今終わった気がするわ」
「じゃあ、新しい一歩ってやつだな。いくか!」
「ええ、どこまでも!」
アリスはジークハルトに手を引かれて学園から足を踏み出した。
今から二人の本当の人生が始まるのだ。
決められていない未来を精一杯歩んでいこう――前世の分まで。
お読みいただきありがとうございました!




