2話 ヒロインなんて困ります
モニカは村でアリスの家の隣に住んでいる、同い年の幼馴染みの女の子だ。
ボーイッシュでサバサバとした性格の彼女になら、触れにくい話題でも持ち出せる……ような気がする。
どうか不審がられませんように。
「ねえモニカ、前世の記憶ってあったりする?」
「へ? 勿論あるに決まってるじゃん。みんなあるでしょ?」
意を決して訊いてみたのに、余りにもあっけらかんとした答えが返ってきて力が抜けてしまった。
……そっか、あるに決まってるのか。
あらかじめ両親から聞かされてはいたものの、やはり動揺は大きい。
「じゃあ、モニカにはどんな前世の記憶があるの?」
「うーん、大学通っててコンパしたとか? あ、アイドルのファンクラブに入ってたな。あとはやっぱり、『ときめき学園恋のラビリンス』でしょ!! めっちゃプレイしたもんねー」
十歳の女の子がコンパの話って、違和感しかないんだけど――って、ちょっと待って!!
「ねえ、その『ときめきほにゃらら』って何!? もしかして乙女ゲームのタイトルだったりする!?」
私が目を見開いてモニカの方に身を乗り出して尋ねると、モニカが驚いたように身を引いた。
「なによ、そんなに慌てて。そりゃあゲームに決まってるじゃん。あ、今更あたしに気を遣って、知らないフリとかいらないから。あたしはモブで十分満足してるし、あんたがヒロインとして村から巣立つのを見届けるのが自分の役目だってわかってるもん」
なんということだろうか。
幼馴染みの言葉が全く入ってこない。
両親が言っていたゲームの世界――つまりこの世界は、今モニカが話した『ときめきほにゃらら』の世界と考えるべきなのか。
「ごめん。私、本当にわからないの。前世の記憶はあるんだけど、パズルゲームしかしたことなかったし……。ねえ、教えて。もしかしてこの世界って、そのゲームの世界だったりする?」
「は? マジで言ってる? いや、その青い顔はマジか……。わかった。教えるけど、帰ったらちゃんとおじさんとおばさんに聞いてね」
強引にモニカから聞き出した事実は、アリスを驚愕させるものだった。
彼女から聞いた話をかいつまむと、こういうことである。
この世界は『ときめき学園恋のラビリンス』、通称『ときラビ』という乙女ゲームの世界で、この世界に住んでいる人はみな前世で『ときラビ』をプレイしたり、内容を見聞きしたことがある人ばかりらしい。
皆、転生時から与えられた現世での己の役割を理解し、ゲームのストーリー通りに進むようにヒロインを導く義務があるのだとか。
私、アリスはヒロインで、十五歳になると男爵家に引き取られ、貴族令嬢として学園に通い、そこで複数の攻略対象者と恋に落ちる──
って、はぁぁ!?
「嘘でしょ? 私、そのゲームのタイトルすら聞いたことないよ? え、そんなに有名なゲームなの? 本当にみんな知ってるの? なんで話を知らない私がヒロインなのよーーっ!!」
すっかり取り乱したアリスは矢継ぎ早に質問し、思わずモニカの肩をユサユサと揺さぶってしまうが、やられたモニカも困惑顔だ。
「そんなの知らないよ。まさかヒロインのあんたが『ときラビ』を知らないなんて思ってなかったもん。みんなもそうだと思うよ?」
「そんなぁ。男の人がいるってことは、前世で乙女ゲームを遊んでいた男の子がいたってことだよね? そんなのおかしくない?」
「まあ、多少は転生した時に性別も変わってるみたいだから。でも結構男でも妹とかお姉ちゃんが遊ぶのを見てたとか、ミニゲームが楽しいとかでプレイしてたみたいよ? ゲーム機でもスマホでも遊べてお手軽だったし」
ええ~っ、そうなの?
なんでそんな人気のあるゲームを、私は全く知らないんだろう……。
世間に疎すぎやしないか、前世の私!!
「そんな落ち込むなよ。たとえストーリーを知らなくたって、きっとみんながサポートしてくれるって! 玉の輿、良かったじゃん。モブの私より全然いいって!! なんてったってヒロインだよ?」
「ちっとも良くないよ! じゃあ私と代わってよ!!」
「嫌だね。あたしには大切な台詞が与えられてるし、モブとしての誇りを持って仕事を全うするんだから」
なんでそんなにモブに命をかけてるのよ……。
だったらヒロインを代わって全うしてくれたらいいのにさ。
「ちなみに、モニカの大切な台詞ってどんなの?」
あらかじめ台詞が決まっているなんておかしいと思いつつ、モニカに話をふってみる。
この世界はそれぞれに台詞が割り当てられて生きているということだろうか。
でも、それじゃあ未来も決まってるってことじゃないの?
私はなーんにも知らないけど。
「おっ、気になる? えーと、『なんでこんな田舎に貴族の馬車が!?』ってやつだよ」
うわぁ、なんてモブっぽい台詞なんだ。
……ん? 馬車?
そういえば、私は貴族に引き取られるとか誰かが言ってたな。
それって、うちの親はどうなるんだろう?
「ねえ、私って貴族になるんだよね? うちの両親はどうなるの?」
「ああ、あんたの親はその前に事故──ってナシナシ! 今のナシ!!」
「え? 気になるじゃん! ちゃんと説明してよ」
しかし、モニカは「あとは親に聞け」と言って、逃げてしまったのだった。