1話 全員が転生者らしいです
それはアリスが八歳の時のこと。
なんだかおかしいな。
どうしてみんな、あたしをそんな目で見るの?
あたし、どこか変かな?
住んでいる村から初めて町に連れてきてもらったアリスは、周囲の無遠慮な視線に心細さを感じずにはいられなかった。
思わず隣を歩く幼馴染みのモニカにしがみついたが、なぜか皆アリスだけを驚いたような表情で見つめてくる。
その強い視線はまだ子供のアリスでも気付くくらいにあからさまなもので、彼女の存在に気付いた途端に大人たちは揃って目を丸め、興味深そうにジロジロと全身を眺め回すのだから気味が悪くて仕方がない。
思えば、おかしいと思う出来事はこれまでもたびたびあった。
今より数年前、物心がつく頃からアリスはずっと違和感を感じながら生きてきたのだ。
一人っ子だけれど両親は優しく、生まれ育った辺鄙な村では近所の住人もまだ小さなアリスを気にかけてくれ、今まで不自由なく暮らしてこられた。
それはいい。
むしろ幸せだったと思う。
ただ、そんな日々の生活の中で、幾度となく奇妙な体験に襲われた。
アリスの知らないはずの映像や言葉が、ふと頭を巡ることがあるのだ。
これはいつの、そして一体何の記憶だろうかと不思議に思うのは当然のことだった。
それに、村人が時々変なことを言うのも気になっていた。
「アリスちゃんは将来はお貴族様だからなぁ」
「ヒロインと同じ村で過ごせるなんて幸せ!」
意味を尋ねてもはぐらかされるだけ。
大きくなればわかることかとも思い、そのまま放置してしまった。
そして現在、相変わらず妙な記憶に悩まされるアリスに、町の人々の奇妙な視線が注がれている。
――この二つは何か関係があるのだろうか?
◆◆◆
町を訪れているアリスは、視線の多さに居心地の悪さを感じつつも、村にはない大きな商店に興味を引かれていた。
こんなにたくさんの店を見たのは初めてだから、自然と心も弾んでしまう。
賑やかな町の雰囲気に興奮し、村との違いを楽しんでいたその時にそれは起こった。
今までアリスを見ているだけだった町の人々が、色めきだって彼女の周囲に集まり、口々に話し始めたのである。
「ええっ、この子があのアリス!? 確かにヒロインの面影があるわ!」
「数年後に貴族になっても、おじちゃんのことを忘れないでおくれよ?」
「いいなぁ、私もヒロインに生まれ変わりたかったなぁ。ねえ、アリスは誰が推しなの? 私、誰でも応援するから!!」
……全く意味がわからない。
村の人の言っていたことも謎だったが、輪をかけてわからなくなってしまった。
助けを求めるようにモニカを見ると、なぜか遠くから手を振っている。
アリスは一方的に投げかけられる言葉に困惑するしかなかった。
ヒロインってなんだろう?
庶民のあたしが貴族になんてなれるはずがないのに。
それに、なんでみんなあたしの名前を知っているの?
『おし』ってなに!?
入れ替わり立ち替わり、自己紹介や握手をされ、アリスはいっぱいいっぱいだった。
自分だけが世界から取り残されているようで、不安がこみ上げてくる。
このままではだめな気がする。
帰ったらお父さんとお母さんにきいてみよう!
適当に笑顔を振りまき、物陰へと逃げ込んだアリスは心に誓った。
例の不思議な記憶と、人々のおかしな反応について両親に相談することを――
「お父さん、お母さん。今日町に行ったらね、みんなが変なことを言うの。私が貴族になるとか、ヒロインだとか。あとね、『でんしゃ』とか『たわーまんしょん』ってどこにもないよね? あたし、なんでそんな言葉を知ってるのかな?」
帰った早々、思い切って両親に尋ねた。
見も知らぬ人から理解不能なことを次々と話しかけられたことや、頭に浮かぶ妙な言葉や映像のことを拙いながらも一生懸命伝えていく。
話し出したら止まらず、息が切れそうになりながらもとにかく喋った。
小さい体に留めておくには疑念が大きくなりすぎて、吐き出さずにはいられなかったのだ。
しかし、両親の反応は思っていたものとは違っていた。
「アリス、何も心配することはない。前世の記憶はみんなが持っているものだから、その内大きくなれば折り合いを付けることが出来るだろう。ゲームのことはアリスがもう少し大きくなったら話そうな」
「そうよアリス。『電車』はこの世界にはない物なのよ。だってここは乙女ゲームの世界だから。アリスも大きくなればわかるわ」
え?
ここが「ゲームの世界」?
「ゲーム」という言葉にはなぜか聞き覚えがあった。
そして、どういうものかも何となく理解が出来てしまうのだから不思議だ。
しかし、理解が出来たからこそ疑問符しか浮かばない。
……お父さんとお母さんの言っていることって変じゃない?
訊いたら更に意味がわからなくなることがあることをアリスは知った。
前世の記憶うんちゃらもとても気になるが、「ここはゲームの世界なの」とさらっと言われたことが頭から離れない。
「えっと、よくわからないんだけど。ゲームって作り物だよね? 物語とか決まって……」
「いいのいいの、アリスはそんなことまだ考えなくて。今はまだゲームの開始前なんだから。もっと大きくなってからね?」
母に話を遮られ、「これでおしまい」とばかりに話を切り上げられてしまった。
いやいや、ゲームの開始前って……。
開始したら何が始まるの?
なんだかこの先の未来全てが怖くなってきたんだけど!!
その後、成長と共に自分に前世の記憶があることと、その内容について何となくは理解した。
この世界に無いものを知っている理由がわかって少しだけホッとしたが、全員が前世の記憶を持つ世界なんておかしくないだろうか?
……いや、絶対おかしいって!!
でもまぁ、それも今はよしとしよう。
問題は「乙女ゲーム」のことである。
いまだそれについては両親から何も知らされていないし、ヒントになりそうなことも何一つ思い出せてはいない。
そもそも前世の私は、その「乙女ゲーム」について知っていたのだろうか。
元々知らないという可能性もあるのでは?
痺れを切らした十歳のアリスは、幼馴染みにこっそり訊いてみることにした。