泣き虫殿下はクールを装いすぎている
『今日こそ、今日こそはハッキリと言うのよ』
歴史深いアーリア王国の王城をコツコツと歩きながら、エマ・シャロル子爵令嬢は心に決めていた。
アーリア王国には有名な王太子がいる。
レイモンド・アーリア。
彼は容姿端麗、頭脳明晰、クールで飄々としていてどこまでも完璧な王太子だ。
女性人気も高く、当たって砕けた令嬢は数知れず。
エマはそんな王太子の婚約者だった。
「僕が聞きたいのは、これは一体どこから出てきた数字なのかということだ」
「えっと、あの、それは……」
エマがレイモンドの執務室へ辿り着いたところで中から声が聞こえてきた。
どうやらレイモンドが部下のミスを指摘しているらしい。
「僕は怒っているのではない、純粋に問いかけているだけだ」
口調から責めているように思われるが、彼には叱咤する気は少しもない。あくまでも問題点を理解し改善出来るように促しているのだ。
エマは、ひょこりと扉から顔を覗かせる。
レイモンドはエマの姿を捉えると「もうそんな時間か」と呟いて再び部下へと目を向けた。
「見直して後ほど僕のところへ再度提出に来るように」
「……はい」
部下はしょんぼりと肩を落として部屋を出て行った。
「エマ、もう君が来る時間だとは気が付かなかった」
レイモンドはエマを出迎えるために扉へと近づき、婚約者である彼女の手を取った。
そしてソファーへとエスコートして、自身もエマに対峙するように正面へと座る。
「相変わらず殿下は評判通りの装いですね」
「評判通り……とは」
エマの皮肉はどうやらレイモンドに通用しなかったらしい。
『クールで完璧な王太子』という評判についてエマは言及したのだが、レイモンドは一体どのような評判のことを言っているのかという疑問を抱いた。
『厳格な王太子』『鬼』など、レイモンドの頭を駆け巡った考えはマイナスなものだ。
「それで、僕に何か用事があったのだろう? わざわざ時間を合わせるほどに」
「えぇ、今日は殿下にお伝えしたいことがあるのです」
エマは深呼吸をして気持ちを整えた。
それから、ジッとレイモンドの目を見てハッキリと口にする。
「私との婚約を解消して頂きたいのです」
「……婚約、解消?」
レイモンドはエマの言っていることが上手く理解出来ていないのか、言葉を反芻して目を見開いたまま硬直している。
「はい、私では殿下の婚約者として相応しくないので」
「な、なんで……」
ハッキリと告げるエマ。
彼女は目の前の王太子の様子を見て『あぁ、また始まった』と内心で呆れた感情を抱いた。
「い、嫌だ、僕は婚約解消なんかしない」
レイモンドはボロボロと涙を零しながら否定した。
『クールで完璧な王太子』
そんな評判を得ている彼は、その実泣き虫な王太子であった。それを知っているのは近しい者のみ。
エマは彼の泣き虫な側面を何度も見ているため、目の前で涙を流されても特段驚くことはしない。
「だ、だって、僕たちは上手くやってるじゃないか」
ぐすぐすと泣くレイモンドに、エマはいつも通りというようにハンカチを出して渡す。
きゃあきゃあと騒ぎ立てている令嬢たちに、この姿を見せてやりたいものだとエマは冷静に考える。
「良いですか、私は子爵家の令嬢なんです。どう考えても殿下の婚約者としては身分が低いのです」
エマの母親と当時貴族令嬢であったレイモンドの母親は学生時代からの友人であった。それが関係して二人は幼馴染のように育ったわけだ。
表ではクールを装っている彼の本性をエマは知っている。これはレイモンドの希望によって成された婚約だ。エマは自分が彼の幼馴染で、実は泣き虫なことを知っているから彼は自分と婚約したのだと思っている。
だからこそ、厳しい王妃教育を受けることも周りから相応しくないと言われ続けることにも耐えられなかった。早々に逃げ出してやるのだと決め込んでいた。
「身分なんて関係ない……僕はエマと結婚する」
「子爵家では殿下の大きな後ろ盾にはなれないのです! 後ろ盾を得るためにも、ロザリオ公爵家のご令嬢と結婚することが最も良い判断と言えるでしょう」
エマがロザリオの名を出した瞬間にレイモンドは眉間に皺を寄せた。
ロザリオ公爵家のご令嬢であるカミーユは、家柄や教養共に申し分ない相手だ。多少性格のキツい一面があることは否めないが。
「カミーユ・ロザリオは苦手だ」
「えぇ、そうでしょうとも」
エマはレイモンドの言葉を受けて深く頷いた。
レイモンドが彼女を得意としていないことをエマは知っていた。だが、それがカミーユを婚約者など推さない理由にはならない。
仲が良ければ王妃が務まるのか? 答えは否だ。
「とにかく、この話は前向きに検討して頂かないと困ります」
「僕は……僕は絶対にエマと結婚する」
潤んだ瞳で真っ直ぐにレイモンドはエマを見つめる。
普通であれば、ときめきを感じても良い状況なはずだがエマの心はぴくりとも動かなかった。
涙を見せられると、どうしても可哀想な気持ちになってしまっていたが、今回に限っては絆されず、少しも譲らないという強い意志を持っていた。
「レイモンド様、今よろしいでしょうか」
コンコン、と扉がノックされ声をかけられる。
「入れ」
レイモンドは先ほどまでの様子とは打って変わり、キリリとした表情を装う。
エマは、良くこうも上手く切り替えられるものだとある種感心する。しかしながら良く見ると目の周りが濡れていて、それが何だか面白くも感じられた。
「では、私はこれにて失礼いたします。殿下、良いお返事を期待しておりますわ」
エマはぴしりと正しい姿勢でお辞儀をして、従者と入れ替わりで部屋を後にする。
『はぁ、想像以上に苦戦しそうだわ……でも、これでやっとスタートラインには立てたわけね』
エマは大きくため息をつく。
だが、やっと彼に婚約解消について伝えられたことに対しては肯定的に捉える。
『絶対に首を縦に振らせてやるんだから』
すんなりと上手くいくとは少しも思っていなかった。
だが、逆境に立たされると俄然やる気が湧く。
エマ・シャロルはそういう類の女である。
自らを奮い立たせ、背筋を伸ばしきびきびと歩く。
その様子を王城のメイドたちは不思議そうに見つめていた。
♢
ある日の昼下がり、エマは一人の女性と対峙していた。
カミーユ・ロザリオ公爵令嬢だ。
「何度言われても首を縦に振るつもりはないの、残念ながらね」
カミーユは固い意思でぴしゃりと断りを入れた。
カミーユとエマは事あるごとに縁があった。
幼児期の習い事から、学園のクラスや委員会、社交界の交友関係などその縁は多岐に渡る。
所謂"くされ縁"というものだ。
その縁では、時にレイモンドも登場する。
しかしながら、レイモンドとカミーユの相性はあまり良くは無いようだが。
「もう数えるのも疲れてしまったわ」
カミーユはわざとらしくため息をついて見せた。
エマがレイモンドとの婚約についてカミーユに打診する回数は優に二桁を超えている。
「だけど、私では殿下の婚約者としては力不足なの。わかるでしょう?」
「確かに、歴代の王妃を見ても子爵家出身の女性はいないわ。その殆どが伯爵家以上の身分を持つ女性ね」
カミーユはエマの言いたいことも良く理解している。
そして、それが理にかなっている主張であることも。
だが、彼女は頑としてその申し出を受け入れるつもりはなかった。
「それで、伯爵家以上の年相応の女性で未婚且つ婚約者がおらず、殿下に相応しい人物がわたくししかいないということも良く理解しているわ。本当に、残念ながら」
カミーユは先ほども発した"残念ながら"という言葉を再び繰り返して強調する。
彼女は簡単に折れる相手ではないことはエマも良く知っていたが、そこで簡単に諦めるつもりもない。
いつもは『やっぱりだめか』という調子で話を切り上げていたが、既にレイモンドにも婚約解消について話した所為か、今回は食い下がった。
「でもカミーユ、国のためよ。国をより良くすることは貴族の務めでもあるでしょう」
大義名分をちらつかせたエマに対して、カミーユはムッと顔を顰めた。
飄々としている彼女が感情を露わにすることは珍しいことだった。
「国のため、ね……あなたのその自己犠牲の精神は素晴らしいけれど、あいにくわたくしはその理論には賛同いたしかねるわ。貴族であろうが、王族であろうが平民であろうが、人それぞれ自由に夢を持っていいはずよ。貴族に生を受けただけで、国のために人生を投げ打たなければならない、というのはいかがなものかしらね」
自分の意見を全て伝えたカミーユはスッキリとした表情でお茶を口に含む。
彼女の言っていることは確かに理にかなっているとエマは納得をする。
だが、頭でわかっていても心の中はもやもやとしていた。
エマの表情を見たカミーユの頭には疑問が浮かんだ。
自身がレイモンドと結婚することを頑なに拒んでいる、というよりは、本心からより良い状況を求めているように思えた。
何が彼女をそこまでさせているのだろう。
その疑問は、エマの言葉で解消される。
「カミーユの言っていることは、きっと正しいのだと思う。だけど、一つ間違っているよ……レイモンドには自由がない。王太子として生まれた彼は、国の王になるという使命が生まれながらにして付き纏ってる。その重責から逃げる道は彼に与えられていない。そして、レイモンドは必死に自分の責務に立ち向かってる」
カミーユもレイモンドとは小さい頃から見知った仲だ。
彼女もレイモンドが本来は打たれ弱く良く泣いていることを知っている。
だから、ふたりの脳裏に浮かぶ幼少期のレイモンドの姿は一致していた。
泣きながらも果敢に努力をして、苦労を経験してきた彼の様子。
「確かに彼は泣き虫だけれど、心根はとても強いことも知っているわ。努力も苦労もいつか報われることを心の底から願う度に、そのとき彼の隣にいるべきは私ではないと感じているの」
カミーユは彼女がなぜそこまで自分にレイモンドとの婚約を打診してくるのか理解した。
それから、エマがレイモンドを1人の人間として尊重していることも明白であり、幼少期からの縁もあってどうにか助力したいとも思った。
だからこそ、カミーユは婚約を頑として受け入れるつもりはなかった。
「わたくしは、話を聞いて尚更あなたが彼の隣に立つべきだと感じたけれどね」
その言葉がエマには良く理解が出来なかった。
♢
三か月に一度開催される王家主催のパーティーに出席するため、エマはレイモンドから送られたドレスを身に着けて王城へ出向いていた。
エマはレイモンドの婚約者という立場から、毎回王家側としてパーティーに参加してきた。
しきたりやマナー、所作言葉使い、気にしなければならないことは様々で毎回胃をきりきりと痛めていた。
だが、それも今回で終わりだとエマは強く決意している。
だからこそ、エマは今ニコニコと笑顔を取り繕うことが出来ている。
笑顔を張り付けながらレイモンドの隣に並んで、貴族たちと挨拶を交わしダンスを踊り、腹を探り合うように会話をする。
そうしてパーティーが終わる時間までやり過ごした。
「今日は参加してくれたこと感謝する」
笑みを張り付けたままの隣で、レイモンドがいつもと同じ様子で何の感情もないような能面で謝辞を述べる。
口ぶりと表情が一致しておらず、本来は戸惑うような状況だが、みな慣れているためかレイモンドの言葉に静かに耳を傾けていた。
「みなが集まってくれている機会だから伝えたいことがある、大事なことだ」
大事なこと、と前置きしたことで一体何のことだろうかと会場の全員が少し前のめりになる。
エマも全て知っているような顔をしてニコニコと立っているが、全く何のことか検討もつかずにいた。
「エマの二十歳の誕生日に、僕たちは式を挙げることに決めた」
全部わかっています、という顔で頷いていたエマだが、二回ほと頷いたところでレイモンドの言葉を理解して「え!?」と驚きの表情を彼に向けた。
「多くの者を招待する予定だ、みなも参加してくれると嬉しい」
言葉を続けるレイモンドに、今は公衆の面前だとぎこちなく再び貴族たちへ目を向けて笑みを浮かべた。
「ついにご結婚なさるのですね、おめでとうございます!」
ひとりの賛辞を皮切りに、次々と「おめでとう」という賛辞がふたりに届く。
エマは無理に笑顔を作って、少しだけ顔が引き攣りながらも「ありがとうございます」と感謝を返した。
「結婚式だなんて、聞いてない!」
パーティーが終わり、ふたりがレイモンドの執務室に戻った瞬間にエマは彼に怒鳴りつけた。
「ああ、言ってないからな」
白々しく、淡々と返された言葉にエマはより一層怒りを募らせる。
「事前に相談もなく勝手に決めるなんてどういうつもり!?」
「君が婚約破棄なんていうからだ!!!」
珍しくレイモンドが声を荒げた。
怒鳴りつけることなんて滅多にないため、エマは身体を強張らせる。
普段、何が起きても何でもないような顔をして、表情に出るときは泣きべそで、思い返せば怒ったことなんて無かったように思える。
そんな彼が怒鳴り声をあげた。
エマは目をぱちくりとさせて、声を発することが出来ずにいた。
「……僕は婚約破棄なんて許さない。エマは僕と結婚するんだ、嫌だなんて言わせない」
レイモンドは冷静さを取り戻したようで、落ち着き払って淡々と言い放つ。
だが、その目は少し潤んでいて、エマの良く知る泣き虫なレイモンドが垣間見えていた。
「それは、私の意志は一体どこにあるの? 私は人形じゃないのよ、せめて事前に話してくれたら……」
「話していたら了承したとでも?」
レイモンドの言葉に、エマは口を噤む。
事前に話していたとしても、エマは了承しなかっただろう。
いつもだったら、ここで諦めて言葉を飲みこんで、それで話を終いにしていた。
だが、ここで自分の言いたいことを飲み込んでしまえるほど怒りはおさまっていなかった。
「これからも同じようにするつもり? 勝手をして私の気持ちを無視するの? それなら、私は尚更あなたと結婚なんてできない」
エマがここまで強く言い返すことは珍しく、レイモンドはぐっと下唇を噛んで目に涙を溜め始めた。
彼が下唇を噛むのは、いつも被っているクールの仮面が外れる合図であることをエマは良く知っている。予想通り、ダムが決壊したようにボロボロと涙が零れだす。
「エマは、僕のことが嫌いになったんだ。だから、そうやって僕を突き放すんだろう」
ぐずぐずと泣きだすレイモンドに、いつもはハンカチを差し伸べてやるエマだが、今日は優しさを少しも彼に見せることはしなかった。
泣いている様子を見て、より一層苛立ちを増幅させる。
「……そうよ、嫌いよ」
「え?」
エマの呟きに、まさかという顔を向けるレイモンド。
彼女が自分を嫌いになるはずがない、と信じ切っているからこそ見せる表情だった。
「もう、うんざり!!!」
山が噴火するように、エマの我慢も爆発した。
「泣けば私が絆されると思っているところも、結局あなたのことを拒絶は出来ないと思っているところも! 普段は泣かないように頑張っているのに、どうして私との話になると泣いてうやむやにしようとするの。どうして、私の話は聞いてくれないの……」
いつの間にかエマの目にも涙が浮かび、一筋涙が零れ落ちた。
エマの涙を見たレイモンドは、ぐずぐずと泣いていたはずなのに涙を引っ込めて目を泳がせてあからさまに動揺していた。
「エマ、違うよ、僕は……」
「レイモンドなんて、大嫌い」
エマは、泣きながらもレイモンドのことをキッと睨みつけて足早に去っていく。
「待って、エマ!」
そう呼びかけるも、レイモンドは彼女を追いかけようとはしなかった。
泣きながら怒って出て行く彼女の姿に、自分自身の身勝手さを痛感したからだ。
エマの言うことは全てその通りだった。
彼女は優しいから、結局のところ泣いてしまえば自分からは離れられないと高を括っていた。
結局、エマの優しさに付け込んでいただけだったのに。
いつの間にか彼女の気持ちを無視して、自分の感情を押し付けていたことに腹が立ち恥ずかしくも感じた。
彼女の背中を追いかける資格は自分にはない。
レイモンドは、一人静かに涙を流し続けた。
♢
「エマ様、今日会わないとしばらく殿下とお会いする機会は訪れませんよ」
「良いのよ、それで。むしろ好都合だわ」
エマは従者であるジョアンナの言葉にツンと唇を尖らせながら返答し、それから馬車に乗り込んだ。
王国から少し離れた町の視察のために、エマは馬車に揺られる。
数日間、意図的にエマはレイモンドと距離を置いて、顔を合わせないように努めていた。
視察のおかげで、更にあと数日は顔を合わせずに済むだろうと思うと安堵していた。
「町に着いたら、まず町長が出迎えてくださいます。それから……」
スケジュールをジョアンナが説明してくれるが、適当に相槌を打って右から左へ聞き流していく。
大体、到着前に再度同じ内容を話してくれることを理解しているので、エマは特にこの段階で真剣に聞く必要はないことを心得ていた。
ところどころ「聞いてますか?」と怒り気味に言われつつも、スケジュールの説明が終わったのでエマは馬車の中でできる限りの休息をとることにした。
ある程度舗装されている道を通っているため、大きな揺れもなく休めそうだと安堵する。
そんな中、突然に大きな揺れが襲ってきた。
「な、なに!?」
「エマ様!」
近くに座っていたジョアンナが咄嗟にエマを抱きしめる。
そのおかげでエマは揺れの衝撃による影響は受けなかったが、彼女を庇ったジョアンナはドンと頭をぶつけて気を失ってしまった。
「ジョアンナ!」
エマが声をかけるが、気を失ったジョアンナは返事をしなかった。
彼女が頭から血を流していたこともあり、エマは狼狽えてしまう。
「ど、どうしよう」
何をしたら良いかもわからず目を泳がせることしか出来ない。
閉塞的な空間、周囲の状況の把握も出来ずに次第に呼吸が荒くなる。
パニック状態寸前だった。
そのときに馬車の扉が開く。
助けかと思って一瞬安堵したが、見えた姿はどう考えても助けではなかった。
人攫い、盗賊、荒くれもの。
そんな言葉が良く似合う、エマはすぐに悟った。ああ、自分たちは襲われたのだと。
抵抗も声をあげる間もなく口を塞がれ、ほのかな薬剤の香りを認識したすぐあと、意識を手放した。
♢
「う……うぅ……」
「お嬢様!」
少しずつ意識が戻ってきたところで、声をかけられたことで鮮明に取り戻した。
「こ、こは?」
うまく起き上がれない、と思ったところで自分の手が後ろに縛られていることにエマは気がつく。
外の光が届かない狭く暗い空間、埃っぽくて薄汚い部屋に閉じ込められている。
どうしてここにいるのか、記憶を辿ったところで自身を庇った女性のことを思い出した。
「ジョアンナ! ジョアンナはどうしたの!?」
エマが取り乱して必死の形相で問い詰めると、護衛の男性--フランツが「安心してください」と優しく声をかけた。
「応急処置は行ってくれたようで、今は静かに眠っています」
フランツの目線を追うように、エマも目を向けるとそこにはすやすやと眠るジョアンナがいた。
よかった、と安心して胸を撫で下ろした途端、どっと体の力が抜けて壁にもたれかかった。
「みんなは、無事なの?」
今回は、付き添いでジョアンナとシャロル家の護衛が二人に騎士団から三人が同行してくれていた。
「幸い死者はいませんが、その……一人重症で……」
ジョアンナの隣に横たわっている男性、エマは見覚えがないので騎士団の一人だと推測出来る。
彼は上裸で腹部に包帯が巻かれていた。苦しそうに時々呻き声をあげている。
「戦闘時に剣で貫かれたようで……早くここを抜け出さないと手遅れになってしまいます」
「……どうしてこんなことに……」
「我々が付いていながら申し訳ございません……相手の数は襲撃時は約三十名、敵地ですと百は超えるのではないかと……」
「とりあえず、死者が出なかっただけよかったわ。三十人に対して五人で無理をしていたら、今頃は私とジョアンナだけだったかも。その方が絶望的だわ」
エマの責めることのない言葉に、フランツを始めとした護衛たちは謝罪と温情への感謝の意を含めて頭を下げる。
「町への到着予定時刻からは随分と経っていますから、きっと何かあったのではないかと心配して捜索を始めてくださるのではないかと」
「待って、そんなに時間が経っているの?」
「大体、半日は気を失っていらっしゃたかと……」
半日!?
エマはフランツの言葉に目を丸くする。
外の光が差し込まないせいで、今が昼か夜かもわからず、そのためそんなにも時間が経過していたとは全く予想していなかった。
フランツの体感での推測ではあるが、確かに到着せず連絡もない自分たちを探そうと動きを起こすはずだ。
そうすれば、きっと王国にも連絡がいってレイモンドが探してくれるはず……。
ふっとエマの頭に思い浮かんだのは、レイモンドの顔だった。
すぐに首を横に振ってその考えを正す。
大嫌い、と言ってしまった。大喧嘩したばっかりだ。
私のことなんて嫌いになってしまったかもしれない。
勿論、婚約者の失踪なんて大きな事件だから、捜索は始まるだろうけど、一国の王子自ら動くなんてあり得る話ではない。
エマはすぐにどうやってここから出るか、という点に頭を切り替えて方法を考え始めた。
♢
「エマたちが失踪した?」
夜遅く、まだ執務室で仕事を続けていたレイモンドのもとに知らせが届いた。
エマが視察で訪れるはずの町の町長からの便りだった。
昼過ぎにつくはずの馬車が予定時刻で到着せず、夕方まで待って捜索を始めたが付近では痕跡がないとのことであった。
「現在、捜索範囲を広げていますが、まだ特に進捗はないそうです……」
「何かわかり次第すぐに知らせるように、一先ず君は仕事に戻ってくれ」
知らせを届けに来た従者の男は、一礼して部屋を出て行く。
それを見届けてからレイモンドは大きくため息をついて、頭を抱えた。
「どうして、エマが……」
もしかしたら、結婚を公表してしまったせいなのではないか。
そう思って自身を責めずにはいられなかった。
だが、こういうとき自分に出来ることは多くない。
下手に動くとかえって邪魔になってしまう、と衝動を押し込めた。
新しく知らせが届くまで、仕事を進めよう。
レイモンドは机の上に積まれた書類に手を伸ばして、それを処理するためにペンを走らせていく。
しかし、はじめはスムーズに進んでいたが段々とスピードは落ちて、数十分経った頃には完全に手が止まった。
「だめだ、仕事にならない」
レイモンドはペンを置いて、立ち上がり椅子に掛けていた上着を羽織った。
部屋のドアを開けたところで、ちょうど先ほど訪れていた男とは別の従者が部屋に入ってこようとしていた。
「殿下、一体どこへ?」
「知らせを大人しく待っていることなど出来ない。僕も捜索出る」
レイモンドの言葉に、従者の男は目を丸くして首を激しく横に振った。
「だ、だめです! 心配なさるお気持ちはよくわかりますが、殿下にはやるべきことが山積みです。騎士団が懸命に捜索に当たっていますので、殿下が直々に捜索に出る必要はございません」
従者の男は、必死でレイモンドを部屋に押し込めようとするが、男の力ではレイモンドに太刀打ちできなかった。
「確かに、僕が出る必要はないかもしれない。だが、今何もせずに、もしも……もしもこのままエマを失うことになったら、一生後悔するだろう」
レイモンドは、男をぽんと押して道を作るとさっさと歩いていってしまった。
こうなってしまっては引き止めることなど難しいことを理解していた従者は、手元にある書類と机にある山積みの書類を交互に目を向けて、それからがっくりと肩を落とした。
♢
「たぶん、ここから全員で脱出することは難しいわ。もし脱出が出来たとしても、犠牲が伴ってしまう」
暗い牢の中、けが人のうめき声を耳にしながら熟考した結果エマが辿りついた結論だった。
いや、エマ以外の護衛もそのことに気が付いていた、犠牲なく全員が逃げることは限りなく難しいということに。
「それでしたら、我々が犠牲となりエマ様の脱出を手助けいたします!」
「だめよ、誰一人犠牲なんて出さない」
フランツの進言にエマはぴしゃりと言い放った。
エマの鋭い視線を浴びたフランツはそれ以上に食い下がることはしなかった。
長いこと彼女の護衛をしているため、この状況だと彼女が折れることは決してないとわかっているからだ。
「ですが、ただここで死ぬことを待つなど出来ません。エマ様は先日、正式に王太子妃となられることが決まったのです。嫌だと仰られても、騎士団はあなた様を命がけで守り抜く役目があります」
エマに反論した騎士団の一人である男の言うことは尤もであった。
”エマのため”というよりも大局的に見た”国のため”である騎士団の意見には、エマも頷くしかなかった。
「とはいえ、俺たちも簡単に死ぬつもりはありません。最も効果的な方法は、捜索に当たっているであろう騎士団に我々の場所を伝えることでしょう」
「……そうね、まずは外へ知らせる方法を考えましょう」
誰も犠牲を出さずに、ということがあまりにも綺麗ごとであることをエマはわかっていた。
自身が王太子妃であり、誰よりも綺麗ごとだけで生きていくことが出来ない存在であることも。
だが、もしも綺麗ごとに縋れる選択肢があるのであれば、縋ることも一つの選択だと信じている。
犠牲を強いる選択は、あくまでも最終手段にしたいと切実に考えていた。
「ここに運ばれる道中、捜索隊に向けてばれないように痕跡は残したのですが、それに気づいて貰えるか……」
フランツが神妙な面持ちで呟くが、エマと騎士団の面々はその言葉に目をぱちくりとさせた。
「そういうことは早く言いなさいよ」
「え……なんで俺が怒られるのですか……」
エマの指摘にフランツは不服そうに眉を寄せる。
既に捜索隊に対して何かしらのサインを送っていたのだとしたら、もっと早くそれを前提とした脱出の方法を考えられたかもしれない。
確かに有能だと褒めてやりたかったが、どこか抜けているようにも感じてエマは彼を手放しに褒めることは控えた。
「とはいえ、残した痕跡に必ず気が付くという確証はありません。怪我をした二人の様態が、いつ急に変化してもおかしくはありませんし……」
騎士団の男が、心配そうに怪我を負った二人に目を向けた。
ジョアンナは落ち着いているが、重傷を負った騎士は依然として苦しそうにしている。
一刻も早くここを出て、王国に戻って医者に診せないと手遅れになってしまうかもしれない。
そもそも、連れ去った襲撃者たちの目的も良くわかっていなかった。
自分たちがこのあとどうなってしまうかも予測できず、どれだけここにいられるかもわからない。
全く別の場所に移動させられてしまえば、より居場所の特定は難しくなる。
移動せずに首を落とされてしまう可能性だってある。
「いざとなったら、やはり犠牲を強いてでも脱出を遂行するしかありません」
エマは、フランツの進言に納得できないというように眉間に皺を寄せて決して同意はしなかったが、特段何か案が浮かぶわけでもなく否定の言葉を発することも出来なかった。
そんなとき、牢の外の様子が騒がしくなるのを感じた。
「なんだか外の奴らが慌ただしくしていますね……」
「混乱に乗じて外に逃げるわよ。きっと、今がチャンスだわ」
縛られた手を協力して解くところまでは上手く言ったが、牢の鍵をどう開けるかというところで躓く。
「武器があれば、鍵部分をどうにか壊すことが出来るかもしれませんが……」
フランツが、念のため牢の中を見渡しながら言う。
しかしながら武器は全て没収されてしまっており、何か役に立ちそうなものは特に見当たらなかった。
「退いてください、少し音は響くかと思いますが」
騎士団の二人がずいと出てきて、エマとフランツに扉から離れるように促した。
それから、すぐに二人は助走をつけて扉に盛大にタックルすると、ガシャン! と大きな音が響き渡ると共に扉が格子から外れた。
格子を外してしまうほどの威力に驚きつつも、エマは二人の身体が心配になる。
「だ、大丈夫? 痛くない?」
「まあ、痛いですけれど……殿下がいらっしゃったときの訓練を思えば優しく感じます」
騎士の二人が少し遠い目をしながら言うので、エマは普段レイモンド一体どれだけ厳しい訓練を課しているのだろうか、と『鬼』の異名はあながち間違っていないのではないかと感じた。
「早く行きましょう! 音で誰かが来てもおかしくないですから!」
フランツの声掛けでみんなが一斉に動きだす。
騎士団の一人とフランツが怪我人の二人を背負って駆け出した。
何らかの騒動の対処に追われている所為か、運よく襲撃者は誰も音に気付かなかったらしい。
光の届かない、おそらくは地下にある牢から階段を駆け上がり地上を目指す。
とにかく必死に出口に向かって走っていて、今自分たちがどこにいるのかもわからないままに突き進む。
階段をのぼりきったところで通路に出た。
護衛たちよりも先にエマは走って進んでいくと、曲がり角で飛び出してきた男と衝突しかける。
男とバチリと目があった。
その瞬間、男の顔に緊張が走ったのをエマは見逃さなかった。
「こいつ! 牢に閉じ込めていたはずじゃ!」
瞬時に逃げようとしたエマだったが、身体が動くよりも先に男の手が伸びてくる。
助けて! レイモンド!
エマは絶体絶命の中、ぎゅっと目を瞑って助けを求めた先はレイモンドだった。
どうしても、彼の顔が真っ先に浮かんできてしまった。
「ぐあッ!!!」
前方から男の苦しむ声が聞こえて、目を開けると倒れていく男の先にレイモンドの顔が見えた。
どうして、ここに? と思った瞬間に彼が近づいてきてギュッとエマを抱きしめる。
「エマ、無事でよかった」
その瞬間に、張り詰めていた緊張の糸が切れてエマの目から涙が零れた。
レイモンドの背に手をまわして彼にぎゅっとしがみつく。
腕の中でエマが小さく震えていることに気が付いたレイモンドは、抱きしめる腕に力を込めた。
「遅くなってすまなかった」
「……ううん、来てくれてありがとう」
あんなにも怒っていたはずなのに、エマはもう彼に怒りの感情を抱いてはいなかった。
ただただ、助けに来てくれたのだという安堵だけが心に広がっていく。
「早くここを離れよう、悠長にしてはいられない」
レイモンドはエマに声をかけたあとに、彼女の背後にいる護衛たちに厳しい視線を送った。
「お前たちがいながらこのようなことになるとは、不甲斐ない」
「申し訳ございません!」
騎士団のふたりはレイモンドに深く頭を下げる。
「僕の指導も甘かったようだ、無事に帰ったら厳しく訓練をつけるとしよう」
エマの背後でひゅっと息をのむ音が聞こえた。
先ほど、ふたりが遠い目をしていたことを思い出したエマは、既に厳しいものが更に厳しくなるのであれば絶望もするだろうと感じた。
実際、騎士団のふたりは無事に帰れたとしても地獄が待っているのかと肩を落としていた。
レイモンドの背後にいる騎士団の面々も嫌そうな顔をしたことをエマは見逃さなかった。
「さぁ行くぞ、こっちだ」
エマはレイモンドに手を引かれながら出口を目指して駆け出す。
彼と合流するまで、生きて帰れるのかと抱えていた不安はかなり取り除かれていた。
「どうして、ここがわかったの?」
「君の護衛が残した痕跡を見つけることが出来て、それを頼りに探し出せた」
フランツが言っていた痕跡が無事見つかったようだ。
エマは自身の護衛の優秀さに、彼女の手柄ではないのに鼻が高い様子だった。
「救難信号を発する小さな装置を点在させていた。だが、もしも気づかれていたら危険な目にあっていただろう。不幸中の幸い、というところか」
レイモンドの言葉に、横でフランツが少しだけしゅんとしたのが確認できた。
今ここに助けがきている理由の殆どはフランツが痕跡を残していたからだろう。
エマはレイモンドの言いぐさに頬を膨らませた。
「でも、フランツの痕跡が大いに役立ったことは確かだわ」
レイモンドは振り返ってエマ不服そうな顔を確認すると、少し焦ったような表情をした。
「それは勿論理解している。批判をするつもりではなかった、すまない」
喧嘩をしていたこともあって、レイモンドは彼女の機嫌に対していつも以上に過敏になっていた。
『クールで完璧な王太子』のイメージがついているため、特に騎士団の面々にはエマに対するレイモンドの様子は雷が落ちたくらいの衝撃だった。
度々現れる襲撃者たちに応戦しながら出口に向かう一行は、やっと日の光を浴びることが出来た。
暗いところに閉じ込められていたエマは、光がいつも以上に眩しくて目が慣れてきた頃にやっと出口に騎士団員が大勢揃っていることに気が付いた。
襲撃者たちはある程度捕らえられているようで、ほぼ制圧されている状況であった。
安全が約束された空間に、エマはようやく心の底から安心することが出来た。
そのせいか急に体の力が抜けて、ガクリとその場に座り込んだ。
「エマ!」
レイモンドは心配そうに彼女に駆け寄って支える。
そこにいつものクールな仮面を被った王太子はいない、純粋にレイモンドという一人の人間がエマの視界に映った。
大多数の前で、仮面を剥いだ彼を見ることはかなり久しぶりで、それが嬉しくも感じた。
「大丈夫、安心して力が抜けただけ」
エマの言葉に、レイモンドは見るからにホッとした表情を浮かべた。
それから、彼女を支えたまま騎士団の面々に目を向けて指示をだす。
「重症な怪我人もいて事態は深刻だ、急いで王都に戻る必要がある。襲撃者を完全に制圧するために二部隊に分かれて指揮をとれ」
レイモンドの指示に、総員が返事をしてすぐに動き始めた。
威勢の良い返事に木々が揺れたような気がする。
「レイモンド、本当に助けに来てくれてありがとう」
「うん……戻ったら、ちゃんと話し合おう」
エマはレイモンドの言葉に小さく頷いたあと、張り詰めていた緊張がぷつりと解けたと同時に気を失った。
♢
少しの眩しさと共に、ゆっくりと目をあけると白い天井が視界を占めた。
ここはどこだろう、とエマは一瞬考え込んだ後に自分の部屋の天井だということに気が付いた。
左手に温もりを感じて視線を移すと、そこにはエマの手を握って眠るレイモンドがいた。
エマは驚いて「え!」と声を上げて身体を起こす。
その声でレイモンドはすぐさま目を覚まして顔を上げたことで二人の視線が交わった。
目を合わせた瞬間に、レイモンドがふにゃりと柔らかく笑って見せる。
こんな風に笑った彼を見るのはいつぶりだろう、と思いながらエマも微笑みを浮かべる。
数秒目があったあと、レイモンドはハッとした表情をした。
どうやら、彼は寝ぼけていたらしい。
「エマ、僕は……驕ってたみたいだ。何をしても、君が離れていくことはないって」
全身から反省の色が伝わってくる。
まるで捨てられた子犬のような雰囲気があった。実際は子犬というよりは大型犬に近いけれど。
「でも、これだけは伝えたい。どんな僕でも、いつもそばで君が応援してくれているからここまでやってこれた。これから国を背負って、王として様々な務めを果たしていかなければいけない。その時に僕の横にエマがいて欲しいんだ」
ぎゅっと握られた手、まっすぐな視線。
何一つ、その言葉に嘘はないのだろうということがわかる。
「でも……私ではきっと力不足よ。将来、あなたに迷惑をかけてしまうかもしれない……それが、怖いの」
誰よりもレイモンドのことを応援しているからこそ、自分の所為で足を引っ張ってしまう未来をエマは避けたかった。
婚約破棄は、確かに自分のためであったかもしれないけれど、実際のところ奥底で一番懸念していたのはレイモンドのことだった。
「じゃあ、エマは将来僕の隣に他の女性が立っていたとしても良いんだな?」
「それは……」
問題ない、とエマは即答が出来なかった。
言い淀んでいると、レイモンドは「僕は嫌だ」とはっきりと述べたので、びっくりして目を丸くする。
「エマが、僕以外の人と結婚するなんて絶対に嫌だ。そんなの、許さない」
強い語気で言い放つレイモンドだが、その最中でその様子を想像してしまったせいで涙目になりつつあった。
「だって、僕はエマが好きなんだ。君に相応しい人になりたくて、これまで頑張ってきた。昔の泣き虫なだけの、守られているだけの自分から変わりたくて、僕が君のことを守りたいって」
真っすぐな言葉が、真っすぐに心に突き刺さる。
レイモンドの一言一言が、エマの心臓をどくどくと打ち鳴らした。
そして、その瞬間に心に閉じ込めていた気持ちが表面に浮かび上がってくる。
自分もレイモンドのことを”好き”だという気持ちだ。
勘違いしないように、迷惑をかけないように、そうして何重にも気持ちに蓋をしてきた。
だけれど、彼も同じ気持ちを抱いていると知った今、それを抑え込むことなど出来なくなってしまった。
「私も、レイモンドのことが好き」
エマが呟いた瞬間に、それの何倍も大きい「え!?」というレイモンドの声と共にバタン!と倒れる音が聞こえた。
あまりの衝撃にレイモンドが身を後ろに引いたときに勢い余って倒れてしまったようだ。
「ちょ、ちょっと、大丈夫!?」
エマは急いで駆け寄ったところ、レイモンドはボロボロと涙を流しながら嗚咽していた。
「エ、エ、エマも、僕を好きなんて、ゆ、夢ッ、夢みたいだ……!」
感激のあまり涙をしてしまう彼を見て、少し呆れつつも最近で一番の号泣具合にそれはそれで嬉しさを感じる。
エマは彼のそばにしゃがみこんで小さく笑いながら、これからも隣でずっと支えて応援していきたいと心に決めた。
それと同時に、本当の彼をもっとたくさんの人にも知ってもらいたいという思いも浮かんだ。
アーリア王国には有名な王太子がいる。
レイモンド・アーリア。
彼は容姿端麗、頭脳明晰、クールで飄々としていてどこまでも完璧な王太子だ。
しかし本当の彼は、誰よりも泣き虫で誰よりも努力家であった。
そのことをみんなが知るのは、ずっと後の未来のことだろう。
だが、そんな彼を隣で懸命に支えた王太子妃が誕生することを国民が知る未来は、きっともうすぐなのだ。
最後まで読んでくださってありがとうございました!
久しぶりに恋愛ジャンルの短編を投稿いたしました。
数年前から温めていた設定を少しずつ書き進めていたのですが、思ったより文字数多くなってしまいました。
楽しんで読んでいただけましたら、とても嬉しいです。
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