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領地のこと

 アルヴェールは十二歳から十八歳までの七年間、ハイランド王国の王都グラーツで過ごしていた。これは士官学校に通うためで、王都にあるラスカ伯爵家別邸を生活の拠点にしていた。別邸とはいえ、他の諸侯に比べてささやかなもので、使用人と二人の護衛、そして教育係の婆やと彼の五人という質素なものである。


 この時に、彼は諸侯の倅ということで、社交界の付き合いとやらに参加せざるをえなかったのだが、その容姿が理由で端的にいえば笑い者にされていた。


 身長は低く、目は細く、鼻は団子っ鼻で唇は太い。丸顔なのもこの時代のこの社会ではよくなかった。人の評価に容姿が大きな比率を占める社交界において、彼は士官学校と同じようにはみ出し者であったのである。


 そんな彼に、一人だけが、親しくしてくれていた。


 それが、摂政の末娘であるロゼッタだ。


 彼女も、摂政であり侯爵を父親にもつご令嬢としては異色であった。歌や花より、剣と乗馬に熱心で、朗読会に参加するより碁の大会にお忍びで出たがるというお嬢様だった。士官学校に入りたいと言っていたが、父親は却下した。その仕返しに五日間の家出をしてしまうという行動派すぎる女の子は、ハイランドだけでなく、貴族社会のご令嬢にはない人柄といえるだろう。


 自然と、彼女は社交界で浮いていた。


 皆が着飾った舞踏会に、乗馬にでも行くかのような格好で現れて、踊る者たちを眺めてただ食事をして帰るという奇行は、父親に何度しかられても直らなかった。


 その彼女は、ある舞踏会の会場で、隅っこに一人でいるブサイクな男子を見つけて声をかけたのである。


「君、アルヴェールよね? グラーツの碁大会で優勝したアルヴェールだよね?」


 これが出会いだった。


 二人は仲良くしたが、あくまでも碁や乗馬を一緒に楽しむといったものだ。そこに男と女の関係があったかと問われると、アルヴェールはなかったと答えることができる。


 彼とすれば、容姿も家柄も優れた女性に自分なんぞがという引け目がおおいにあったので、意識しないわけではない。しかし、そういう関係になりたいと思うこと自体がロゼッタに失礼という考えが、複雑だが正解に近い。


 その彼女のことを、父親が口に出したので、アルヴェールとしてはうんざりするのだ。


(いらん焚きつけをされて、ブサイクが玉砕して貴重な女友達がゼロになったら、どう責任をとってくれんだよ!)


 こうイライラする彼は、乱暴に執務室のドアを開けた。すると、大きな音のせいで、執務机に向かって仕事をしていた初老の女性が驚いて声をあげた。


「おっと! 若、お帰りなさい」

「あ、帰りました」


 アルヴェールの教育係だった婆やは現在、相談役として彼に仕えている。銀髪の長身で、年齢不詳な女性は、彼が子供の頃から今にいたるまで、見た目は初老のままという不思議な人だ。


「エレナ、雑務を任せっきりですまない。急ぐもの、ある?」

「いえ、裁判なども今はありませんし、用水路の破損箇所の修理が急ぐといえば急ぎかもしれませんが、見積もりなどを手配していて、職人からの報告待ちです。これは明日、催促してみますので今日はお休みになっては?」

「助かります」

「戦はいかがでした?」

「滅茶苦茶に負けたよ……黒太子は戦闘を始める前にすでに勝っていた……とはいえ、軍団上層部がもっとマシだったら結果は違ったと思うけど」


 エレナが椅子から離れると同時に、引き出しを開けてスキットルを取り出す。それを受け取ったアルヴェールは、ラスカ郷の蒸留所で造られたシングルモルトをグビリと飲み、帰ってきたなと改めて実感できた。


「うまい……ここにハンゾウが留守中の情報を報告に来てくれる予定なんだ。何か仕事をしながら待ってるよ」

「ハンゾウなら、そこに」


 エレナに指さされた部屋の隅から、一人の男が一礼とともに姿を現した。容姿に全く特徴のない中年の男は、人の記憶に残りにくいといえる。


 彼は、ラスカ伯爵に古くから仕える一族の長で、ハンゾウという名前だが、それが本名であるのか否か誰も知らない。ただ、彼らがラスカ伯爵家へ誓う忠誠に嘘はなく、過去、何があったのかを知る術がないアルヴェールとすれば、優秀な人たちを味方にしてくれたご先祖に感謝というものであった。


 ハンゾウが、笑みを浮かべてアルヴェールの無事を喜ぶ。


「若、ご無事でなによりです。お帰りなさいませ」

「ハンゾウ……留守中、いろいろとありがとう」

「当然の務めです。一月ひとつきの間に、王家と摂政家の関係は大きく負の方向へと転がり落ちておりまして……」

「なにが原因で?」

「王陛下が対イースガリア王国に向けてさらなる追加支援を決定したことに、国内の諸侯は不満を強めており……それを受けてベルターク候が王陛下をお諫めしたことが原因となっております」

「……王家は輸出で富んでいるが、諸侯の多くは俺たちとそう変わらない貧乏貴族だ……また軍務かよと嫌にもなるよな」

「王陛下とすれば、資金と軍兵を追加支援することで連邦内での発言力を強化したいというところでしょうが、国内が疲弊しているのだから、先にそちらに金を回せというのがベルターク候のご主張で、貴族も民も、多くが摂政側を支持しております」

「それがよけいに、王陛下の気にいらないことなんだろうな」

「はい……王陛下は、追加支援廃止に関しては、検討の開始を検討するとだけに留めておりますので、いわばただの時間稼ぎでございましょう」


 アルヴェールは、エレナとハンゾウを交互に眺め、譲られた椅子に腰かけると摂政からの感謝状を執務机に広げた。


 二人が、覗きこむ。


「ベルターク候がここに来られると仰っている……ま、日程調整をした後に、やはり都合が悪くなったから代理を遣わすとなって、実際には摂政の家中から誰かが来るものと思うけど……これをお招きすることで、やはり王陛下は我が家を睨むかな?」


 エレナが、苦笑を浮かべて口を開く。


「若とベルターク候ご家族は交流があるので、侯爵閣下が本当に来られるのでは?」

「昔、よくしてもらったというだけだよ……で、王家は俺を睨むと思うか?」

「……いえ、それがそうともいかないかもしれません」


 エレナの回りくどい言を受けて、ハンゾウが意見を述べる。


「今回の、若のご活躍は国内外に広まっております」

「……本当に?」

「ええ……ベルターク侯爵閣下のご子息から、侯爵閣下に届いた手紙の冒頭は……若のおかげで遺書を書くのを途中でやめて、自らの無事と若の功績を報告することができます……という内容であったとのこと。侯爵閣下ご本人がこう申されて、若のことを周囲に称えておられるので間違いありませんでしょう」

「……」

「で、実はこれは王家にとっても良いことでした。正規軍の一部が撤退するまでを、ハイランド王国の諸侯である若の中隊が支援した。しかも最も危険な殿しんがりを務め、イースガリア王国軍を一時的に押し返した……ハイランドの誉れだと、王陛下も発言なさっておられるようです」

「褒めざるをえない……か。あの時、レオンがベルターク侯爵連隊に気付いてくれたおかげだな」


 部下に感謝したアルヴェールは、二人を前にこれからに関することを話しておこうと決めた。


「これから、戦争が増える。このままでは当家は破産だ。今回の軍事費……一個中隊規模の部隊を動かすだけで、とんでもない額の金が金庫から出て行った。これは王家やベルターク候ほどの大きな諸侯にとっては大した額ではないかもしれないが、当家にとっては年間予算の一割に及ぶ……一か月で……たった一か月でだ」


 二人とも無言で、アルヴェールの言を聞くに徹した。


「当家存続のために、今回の武功を利用しようと思う。……俺が褒美を望めば、王家もベルターク候も叶えてくれるかな?」

「内容によりましょう」

「無茶は通らぬと思いますが?」


 異口同音の二人に、アルヴェールは言う。


「過去、ラスカ伯爵家は、辺境伯爵だった。今は領地も権限も減ってしまったが、当時の権限の一部だけでも返してもらいたいと伝えようかと思う」


 伯爵と、辺境伯爵の違いを理解するエレナとハンゾウは押し黙る。


 長い沈黙を経て、エレナが口を開いた。


「認められるか否かのギリギリよりも、すこし拒否に踏み越えているように思えますが?」

「領地を増やせと言えば、拒否される。だから、領地や、辺境伯爵という爵位にはこだわらない」


 彼の言葉で、エレナは理解した。


「なるほど……経営の自由をお許し頂けないかとお願いするわけですか?」

「そうだ。まずは税制と開発の自由だ。これを認めてもらうことで、改革を始めることができる」


 アルヴェールはニコリとして、口を閉じた。


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