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その名を出さないでほしい

 ハイランド王国。


 北方五カ国連邦の北端に位置する王制国家で、生と死の境界線と呼ばれる剣呑な山脈を背にしている。主要都市は王都グラーツの他、タリン、パルヌ、貿易港があるカリーニンベルグが有名だった。人口は一〇〇〇万人ほどで、連邦を構成する五カ国の中でもキャルベル王国に次ぐ。主要産業は製造業、林業、鉱業で、良質の鉄がとれることからハイランド王家は潤っていた。


 その王国の北西端、生と死の境界線の麓にラスカごうと呼ばれる郡がある。ラスカ州の五割は王家の領地で、残りの五割をラスカ伯爵家が治めていた。


 過去、一州を支配していたラスカ辺境伯爵家は、生と死の境界線の向こうから襲撃してくる魔との戦いによって疲弊し、相続が頻発したこともあって内紛があった。これにハイランド王家が介入し、辺境伯爵家の内紛を収めたのだが、この時にラスカ辺境伯爵家は、領地の半分を王家に献上し、爵位を伯爵家へと落としている。


 ハイランド王国暦一〇〇年代のことであるから、二〇五年の現在より百年も前のことである。


 ただ、当時のラスカ伯爵家を中心とした北部諸侯の頑張りがあったから、生と死の境界線を越えて襲撃をしてきた魔を退けることができており、この百年ほどは怪しい前兆などなく、平穏であるといえた。


 だからといってはおかしいが、生と死の境界線で暮らすことを始める人々、特に亜人種の部族が増えつつあり、ラスカ伯爵家は彼らとの関係をおかしくしないよう注力する必要がある。これで、広大な森の開発ができなくなっているのだが、代々の伯爵家当主はやむなしとしていた。


 ゆえに、ラスカ伯爵家は富んでいない。鉄、木材、また開墾して農場にする土地、あるいは地下資源が眠っているかもしれない土地が目の前に広がっているが、手を出していないのだから無理はないだろう。


 典型的な、ハイランドの貧乏諸侯といえるが、ラスカ伯爵の居城は立派なものだ。過去の戦いで利用した巨大な大砲が幾本もあり、高い城壁は固く厚く、広い内部は数千の軍勢が入ることができる。


 しかし、魔の脅威がないといえる現在は、宝の持ち腐れであった。実際、領民たちは「ラスカ郷で誇れるのは、お城の大きさだけだなぁ」と自虐する。


 それでも、伯爵家当主たちは領民たちの税負担などを重くすることをしないし、兵に関しても雇用し常設するという方針――百年前に魔と戦っていたゆえの制度が放置されたままであるからだが、これによって働き手を奪われることはないし、三男、四男を稼ぎに行かせることができると思っているようで、他の諸侯の領地よりは住みやすいと感じている者が多い。


 そして、それは噂となって周辺に届き、近隣からラスカ伯爵領への転入を希望する民は多くないが少しずつ増えてきていて、それはこの十年ほど続いている。


 そのラスカ伯爵領のラスカごうに、アルヴェールが入ったのは激戦の夜を終えてから十五日後となる、四月二十日の昼だった。


 彼は、領民たちが自分の無事を喜んでくれていることに感謝の言葉と笑みを返しながら、城下町を城に急いだ。一〇〇〇人弱が暮らす市街地を馬で進み、そのまま城門をくぐる。そして中庭で馬から降りると、出迎えの兵たちに挨拶をしながら歩き、城の主塔ではなく、隣接する居館に入った。


「アルヴェール様、おかえりなさい」

「若様、ご無事でなによりです」

「おかえりなさいませ」


 使用人たちの労いを受けながら急いだ彼は、父親の寝室へと入る。


「父上、アルヴェール、還りました」


 寝台に横たわっていた初老の男が、医者の助けを借りて上半身を起こす。


 アルヴェールの父親で、現在の当主である男の名もアルヴェールだ。息子である彼が伯爵となると、三世ということになる。


「よく戻った」


 細い声を吐いた父親に、アルヴェールは近づくと相手の肩を抱き、容体を案じる。


「胸は如何です?」

「治ることはないよ……だが、お前が還ってくれたので、これでいつでも逝ける」

「そんなことを……」

「摂政殿から、お前に感謝状が届いておったぞ」


 父親が医者に目配せし、それを受けて専属医で初老の男が椅子から立ち上がると、棚の上に積まれた封筒のひとつを掴んだ。それを手渡されたアルヴェールは、高級な紙に書かれた文章を読む。


「……摂政閣下がこちらに参りたいとのことで、日時調整をします」

「大敗北であったと聞く。感謝とは何を?」

「……摂政閣下のご子息を戦場でお助けしましたので、その件かと」

「それで王陛下から睨まれたら笑えないがな」


 父親の言いように、アルヴェールは苦笑を挟んで口を開く。


「関係はさらに悪いのですか?」

「お前がいない間、代わりに情報を集めておいた。あとで報告に行かせよう」

「助かります」

「アルヴェール」

「はい」


 父親は、瞼を閉じて咳をひとつすると、掠れた声を出す。


「俺は長くないゆえ、遠慮なく生きろよ。お前は俺の誇りだ」

「……父上、そのようなことを言うと本当に――」

「わかった、わかった。まだしばらくは死なんから安心しろ、そうだろ?」


 問われた医者のリローズが、笑みを浮かべて頷くとアルヴェールに言う。


「ご安心ください。ここのところ容体は安定しておりますよ」

「わかりました。父上、それでは庶務にあたりますので失礼します」

「うん。それと……」

「はい?」

「摂政殿が、お前に何か褒美をと言ってきたら、嫁をくれと言えよ」

「……来てくれる相手がおりませんよ」

「ロゼッタどのは駄目か?」


 アルヴェールは口をへの字に曲げて、父親の寝室を出た。


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