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夜が明けて

 ラスカ伯爵中隊が稼いだ時間で、アルネは本部付大隊の再編をすることができた。しかし負傷者も多く、とても反撃など期待できない状況だった。


(ここはなるべく早くに国境を越えて領内に入らないと……)


「少佐! ラスカ伯爵中隊が到着しました」


 伝令の報告に、アルネは足早に歩き、アルヴェールと彼の中隊がその数を減らしていない現実に驚いた。


 彼女はアルヴェールに駆け寄り、彼の疲労をその顔から読み取ると労う。


「アルヴェール君! ご苦労様。中隊、無事みたいね?」

「おかげ様で……反撃すると楽に攻めてた敵さんが、面くらって慎重になってくれたのでその隙に逃げただけです。で、兵力はいかほど? 物資は?」

「まともに戦えるのは五〇〇と少し。負傷している兵たちは先に行かせた。動けない者たちは降伏する許可を与えてここに残します。物資は二日……が限界。武器はほとんどない」

「逃げましょう。味方の……他の師団の状況はどうなのです?」

「わかるはずもない。夜明けが近い。なんとか国境を越えましょう」


 アルヴェールは地図を取り出し、製図用コンパスで距離を測ると、現地点から国境まで約一万五千フットだと確かめる。歩兵のみで急ぐ場合の行軍速度で半日もかからないように思うが、安易なことを口にするほど彼は現状を甘く見ていなかった。


「丘陵地帯をこのまままっすぐ進むと、敵に捕捉されやすい。少し遠回りになりますが、南回りに尾根に隠れて移動する経路で行きましょう……というか、領内に戻って、出迎えの軍は出て来ているのでしょうかね? そのまま追撃されまくるなんて最悪ですよ」

「……わたしを信じる?」

「信じません、と言える雰囲気じゃないです」


 冗談を言ったアルヴェールに、彼女は微笑み頷くと、自分の部下を手招く。


 屈強の男が、アルヴェールを威圧するように立つ。


「……味方ですよね?」

「わたしの部下で、階級は少尉……彼しかいないのよ! 彼……ステイタムに本部付大隊を任せる。といっても、逃げるだけ。それだけなら、彼もできる。わたしは先に馬で帰国し、ミュルーズでこの敗戦を報告し、迎撃の軍勢を出すように訴える」


 ミュルーズには、都市の防衛を担当する師団が残っている。数は三〇〇〇ほどだが、逃げてくる味方の収容と、追撃してくるイースガリア王国軍への牽制をするには十分な規模だ。そして、ミュルーズの師団が動くとなると、この状況は連邦首都にも必ず届くことになる。首脳部は必ず対応策を練り、実行するに違いない。


 このまま、何も抵抗がないままミュルーズまで敵が迫る最悪の事態は防ぐことができる。


「師団長閣下が、そういう手はずをしてくれていればいいんですがね」


 アルヴェールの嫌味に、アルネは真面目な顔で口を開く。


「そんな期待はしては駄目よ、あれに」

「……」

「じゃ、よろしく」

「お願いします」

「アルヴェール君!」

「はい」


 去ろうとするアルネが、肩越しにアルヴェールを見て微笑んだ。


「生きて再会できたら、貴方の童貞を奪ってあげるからね! 生きなさい!」

「ぷっ!」


 ふき出したレオンと、笑いを堪えるステイタムの表情に挟まれたアルヴェールは、照れと期待を苦笑で隠していた。




 -scene transition-




 東の空がうっすらと白けてきた頃、イースガリア王国軍の攻勢が止まった。


 これは、戦い続けたことで兵を休めようという意図であるのは明白だ。戦力を入れ替えて攻撃を続けるほどの余裕が、実はイースガリアにもないという意味であるとアルヴェールは理解した。


 しかし、アルヴェールと彼の兵たちはまだ甲冑を脱ぐことができないでいた。


 彼は、王国軍の動きを推測する。


(大規模夜襲を成功させた敵は、安堵と戦勝気分で今ごろ疲れが出ているだろう。しかし、追撃がこれで終わると信じていいものか……)


 悩む彼の目は、丘陵地帯に倒れている多くの人々を映す。


 ほとんどが、連邦の人たちであろうと彼は瞼を閉じた。


 ハイランド人、アイラ人、キャルベル人、アリライズ人、スペイセイ人が差別なく、区別なく、イースガリア人たちによって殺され続けた一夜は凄まじい被害を連邦軍首脳部につきつけることになると、アルヴェールは思考を結んだ。


 彼のもとへ、指揮下の兵たちの状況を確認していたレオンが戻ってきた。


「若、怪我人二人、軽傷です」

「次にぶつかったら二人じゃすまない。戦わない」

「どうします? 距離はとれてますが……」

「二刻、休む。追撃があるとしても……敵は大軍だ。交代で休み、編制、補給……少なくとも四刻はかかるとみた。二刻だけ休み、二刻で逃げる」

「承知しまし……あ、味方です」


 レオンが指さす方向で、いくつもの味方部隊が西へと向かって移動していた。いずれもズタボロと呼んで差支えない状態で、途中で倒れて起き上がれない者もいたが、手を差し伸べる余裕がある者はいない。


 アルヴェールは唇を噛み、胸中で上層部を罵る。


(クソみたいな奴が指揮官だと、戦う兵は悲惨だ)


「どうします?」


 副官の問いは、収容するか否かを尋ねるものだった。


「彼らの無事を、光神アルテスに祈ろう」


 アルヴェールは言い、兵たちに向かって叫ぶ。


「二刻! 休む。飯食って糞して寝ろ。糞する時だけ甲冑を脱ぐことを許す! 交代で休めよ」


 笑い声が連なり、ラスカ伯爵中隊の兵たちは文句を言わずにそれぞれが作業を始める。


 寝る者、食事を作る者、穴を掘り排泄物を捨てる場所を確保しようという者、水を分け与える者、武器を集めて磨く者、それぞれがそれぞれの役目を理解しているのは、事前に各人が役目を決められているので、いざその時に決める必要がないのである。


 アルヴェールは水甕のひとつに近づき、甲冑を脱がないまま垂れ流した小便の気持ち悪さを洗い流すべく、手桶で水を汲み身体に勢いよくかける。そして手桶の底に残った水で喉を潤し、後ろに並ぶ兵士に手桶を手渡した。


 兵士が受け取りながら、一礼する。


「ご苦労様です」

「お疲れ。大変だけど、なんとか生きてくれよ」

「はい、お守りします」

「大丈夫、俺は危ない時は逃げるから。お前も逃げろよ」


 水の列に並んでいた者たちが笑みを連ね、離れて行く指揮官の背を眺める。


 誰かが、口を開く。


「若様をなんとか生きて帰さんとな」

「そうだ。いざとなったら荷馬車の馬を離して、それで逃げてもらおう」

「あの人……馬、乗れたか?」


 兵たちはお互いを見合って、笑いあった。

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