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よろしくお願いします

 アルヴェールは王宮にあがった日の夜、レオンを伴って、ベルターク侯爵家王都別邸の門をくぐった。


 会いたいと望んだアルヴェールに、すぐに応じてくれたベルターク侯爵はおそらく、こうなることを期待していたのではないかとレオンに思わせる。しかし彼は、アルヴェールは賢いからきっとそうわかっているに違いないが、いちいち口にしないと思うことで無言を選ぶ。


 屋敷に入ったアルヴェールは、レオンが来客用の控室に通された後に、侯爵の書斎に案内された。


 ベルターク侯爵ウェイルズは、普段着の絹服にガウンを羽織っただけの、警戒心ない格好でアルヴェールを迎える。


「珍しいな。お前から会いたいと言ってくれるのは」

「突然で申し訳ありません。少し急がねばと思いました」

「謁見で、何かあったのか?」

「王陛下はお見えではありませんでした。王室長の、ミルナー侯爵閣下が代理で」


 ウェイルズが、酒瓶が並ぶ棚からひとつを掴み、顎をしゃくってアルヴェールに座れと促す。


 一礼したアルヴェールは素直に従った。ウェイルズとの付き合いは長いので、遠慮するほうが失礼だと感じたまでのことである。


 シングルモルトの瓶が卓に置かれ、グラスがアルヴェールの前に置かれる。


 アルヴェールはグラスを両手でもち、目線の高さに掲げた。


 ウェイルズは少し笑うと、アルヴェールのグラスに酒を注ぎ、自らのグラスにも琥珀色の液体を半分ほど注ぐと、安楽椅子に身体を預けて口を開く。


「あとは勝手にやろう……そういえば、夕食はとったか?」

「まだです……今日はいろいろとあって、まだでした」

「では、後で一緒に食べよう……俺も食べそびれていてな。ロゼッタが、王宮から帰ってきてからずっと室にこもったままで出てこん……呼びかけても顔を見せん――」


 ウェイルズは話しながら、アルヴェールの表情の変化から原因は彼かと疑う。


「――から妻も心配してな。食事どころではなくて……お前、娘と喧嘩したか?」


 アルヴェールは、どうしてそんなことになっているのかと戸惑うも、答えたのは事実のみである。


「いえ、喧嘩はしておりませんが……護衛の方たちからは報告をお受けでないのですか?」

「尋ねても、問題はありませんでしたとしか言わん。本当は何があった?」

「……それをお話する前に、ミルナー侯爵とのお話を先にご報告したく……」

「報告? 待てまて、アルヴェール。お前は俺の臣下ではないぞ、よしてくれ、堅苦しいことは」

「閣下……俺がこれを望んでおります」


 ウェイルズはそこで、真面目な顔となると安楽椅子から起き上がり、アルヴェールの対面に腰かける。そして、シングルモルトを一気に飲み、おかわりを注ぎながら「話せ」と言った。


「本日、ミルナー侯爵閣下から、ミルナー侯爵家のご令嬢であられるローズマリー様との婚約を打診されました。俺には断ることなどできませんので、閣下とご令嬢のお心しだいとお答えするのがやっとです……ウェイルズ様、これはミルナー侯爵閣下が望むことではなく、王陛下の意向を受けての動きであると考えます。ミルナー侯爵閣下とすれば、王陛下のご命令ゆえに俺に打診をしたものの、本音は俺になど娘をやりたくないというところと推測します」

「……ふたつ、答えよ。王陛下がお前とローズマリーの婚約、結婚で何を得る? 次に、ミルナー侯爵はどうして本音は嫌だと思う?」

「俺は、恐れながらベルターク侯爵派であると、王陛下とそのお近くの方々はお考えなのではないでしょうか。先日の……閣下と王陛下のご関係に関する事案などがあり……王陛下のお心はおそらく、閣下から俺を離し、引き寄せたいというお考えではないかと愚考します……次に、ミルナー侯爵が嫌がるのは、俺がこのような男だからで、さらにラスカ伯爵家は豊かではありませんから」


 ウェイルズは薄く笑うと、アルヴェールに「飲め」と促し、言を紡ぐ。


「お前は娘と遊んでいたころから賢い奴だと思っていたが……こういう謀略もするようになったか?」

「謀略というには稚拙ですので、王陛下にはやはり、閣下のお支えなくして国家運営は困難でございましょう」


 答えたアルヴェールは、そこで初めて酒を飲み、ラスカ郷の蒸留所で造られた酒だとわかった。


「世辞もうまくなったな……で、娘とは何があった? これまでの話が、どう関係している? ……娘を悲しませたのであえば、小言を言うことになるぞ?」


 冗談半分本気半分のウェイルズに、アルヴェールは席をたち、片膝をつく。


「おい……どうした? 本当に、悲しませるようなことをしたのか?」

「いえ……今日、ミルナー侯爵より縁談の話を受けて、俺はやっと、自分の気持ちに従う決心ができました。俺は……ラスカ伯爵アルヴェールは、ロゼッタ様とそのご家族と対立する道は決して進まぬと決めました。それは、ロゼッタ様に好意を抱いていること、ウェイルズ様とご家族からのご厚情とご支援への感謝があり、不躾ながら皆様へ親しみを覚えているからございますれば、このことをロゼッタ様に、隠すことなくお伝えしました。その際、ロゼッタ様からは感謝の言葉をかけて頂きました……俺のような者が、閣下の大事なご令嬢に対しあるまじき感情を抱き、図々しいことを……申し訳ございません」


 カランという音がして、厚い絨毯の上に、ウェイルズのグラスが落ちて転がる。


 彼は瞬きを何度もして、畏まるアルヴェールを眺めた。


 アルヴェールは動かない。


 ウェイルズは、大きく息を吐き出すと同時に、アルヴェールの背中を叩いた。


「……った!」

「アルヴェール、おまえ、やっとか! しかし、どうしてロゼッタは部屋から出ん?」

「……」

「おい! ロゼッタを呼べ!」


 ウェイルズは室の外に声をかけ、返事を待たずにアルヴェールを立たせると、彼の肩をバシバシと叩く。


「痛い! 閣下、痛いです」

「どれだけ待ったか! お前、この前、お前のところに連れていって、わざと俺が離れてやったのに世間話しかしなかっただろ、馬鹿者」

「……」

「よし、王陛下には、ミルナー侯爵の娘とお前の件には反対するといって話をぶち壊してくる。俺の娘の婿を取るなと文句言う」


 アルヴェールは頼もしさと危うさをウェイルズに感じるも、ベルターク侯爵が自分の発言や気持ちを喜んでくれているからこの反応なのだとわかり、それが何よりも嬉しく、他のことは些細なことだと思えた。


 室の外で、兵が声をあげる。


「閣下、ロゼッタ様はやはり参られません。お声掛けしてもお返事がありません」

「なんだ、何をしている? アルヴェール、いいか? ついてきてくれ」


 アルヴェールはウェイルズに誘われて、屋敷の三階にあるロゼッタの室に向かう。


(広い家……部屋、いくつあるんだ?)


 ベルターク侯爵家王都別邸は、客を招いて舞踏会や晩餐会を開くこともあり、それだけ巨大である。


 ロゼッタの室の前に着き、ウェイルズが声をあげた。


「ロゼッタ、何をしている!? 出て来なさい」


 反応がない。


 娘の父親は、ロゼッタの室の扉に歩み寄ると、内側から閂がされていると確かめた。これは彼女が室に閉じこもってからずっとで、今も変わっていない。


「お前からも何か言え」


 ウェイルズに言われて、アルヴェールが声を出す。


「ロゼッタ! 今日はありがとう!」


 ガタガタガタ! バタンドタン! という音がロゼッタの室から発せられ、ガタンという音の後に、扉が内側から開いた。


 馬に乗って出掛けそうな服装のロゼッタが、目を輝かせてアルヴェールに駆け寄る。


「どうしたの? 父上に話したの?」

「うん……隠し事はし……どうしたの? あれ」


 アルヴェールは、開けられた扉の向こう、彼女の室の内部を見ていた。


 ウェイルズも、娘の部屋の様子を見て声を出せないでいた。


 多くの籠に、衣服が詰められているようだが、多くは籠からはみ出しているし、室内の床が見えないほどの衣服が散乱していた。


 ロゼッタが、笑いながら言う。


「父上はまたあれこれうるさいから、面倒なことを言われる前にアルの領地に行っちゃおうと思って準備してたんだけど、ずっと暮らすわけでしょ? 持っていくものがたくさんあって、絞りこむ作業が忙しかっ――」

「ロゼッタ」


 ウェイルズが娘の名前を呼ぶことで、彼女の発言を止めると、冷静な声で続ける。


「賛成だ。問題ない。アルヴェールとのことは大賛成だ。安心しろ。だから、部屋を片付けろ。いいな?」

「さすが父上、ありがとう!」


 ロゼッタが父親に抱きつく。


 デレっとした顔になったウェイルズを見て、アルヴェールはハイランドの摂政も娘の前では甘い父親なのだと思う。


「アルヴェール」


 ウェイルズの声に、アルヴェールは「はい」と短く応える。


「ロゼッタのこと、感謝する。それから、まだ少し先のことだろうが、お前は俺の婿になる。よろしくな。だから、これからも堅苦しいのはよしてくれ」

「……こちらこそ、お願いいたします」


 深々と頭を下げたアルヴェールは、やはりこの二人と争うなんてとんでもないことだと思い、勇気をだして伝えてよかったと思えていた。


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