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グラーツへ

 王都グラーツからラスカ郷にやってきた早馬は、北方五カ国連邦政府からの辞令を伝えるものと、ハイランド王国から報奨金が出ることの報せであった。


「大佐ですって……お館様、大昇進、おめでとうございます」


 本人よりも、まずはエレナが喜んでいる。アルヴェールと長く接してきた彼女とすれば、容姿を理由に不遇であった若様がようやく認められたという喜びは誰よりも大きいという自負がある。


 また、同じく喜ぶレオンであるが、懸念を口にすることから、エレナよりはいくらか冷静だった。


「閣下が大佐……大佐ってことは、複数の大隊を?」


 レオンの問いに、アルヴェールは困惑しながら答える。


「だと思うけど……大尉、少佐、中佐を跳び越えての昇進は、また意地悪な奴らからいじられるな……」

「見返してやればいいんですよ」


 レオンの言に、エレナがコクコクと頷いて口を開く。


「そうです、そうですよ、アルヴェール様……ブサイク、チビ、短足だって言っていたあの性悪どもを見返してやりましょう」

「……短足とは言われたことはない」

「あら……ごめんなさい」


 げんなりとしたアルヴェールは、次の封筒の封を切る。これはハイランド王家からのもので、開けばそこには報奨金の額が記されていた。


「五〇〇〇万! 五〇〇〇万だぁあああ!」


 大喜びするアルヴェールに、レオンが笑う。


「階級より、お金に喜ぶなんてセコいですね!」

「当たり前だ! 俺はセコくたくましく生きていくんだ! よーし! 厩舎の増築ができる! 港の整備、用水路の整備……職人を集めることができるぞ! それに、森の人たちに土産ももっていこう。薬がいいかなぁ」

「となると、アルヴェール様、王都に買付に行ったほうがよろしいでしょうね。量が必要です」


 エレナの指摘に、アルヴェールは「確かに」と頷きながら、嫌なことに気づいて笑みを消した。


「だけど、階級があがったことでまた戦いに呼ばれるってことが決まったよ」

「戦えばいいんです。勝って、また偉くなりましょう! 報奨金ももらえますよ!」


 レオンの言に、エレナもにこやかだ。


 アルヴェールは二人を非難するような目つきを意図的につくり、応える。


「君らは単純だな」

「俺は単純な話がいいです。アルヴェール様が活躍して、偉くなって、俺もそれで偉くしてもらって、美人たちから惚れられて求愛されまくってという未来がいいです」


 苦笑するアルヴェールに、エレナが呆れた目でレオンを眺めながら口を開く。


「妄想の前に、まず王家にお礼を申し上げねばなりません。これだけの金額……それに、相続手続きを早めてくださった件も含めて、お礼を申し上げるために王都に上がられては如何? 薬もその時に購入して……となると、早いほうがよろしゅうございますね。準備しておきますね」


 当主の返答を待たずしてエレナは部屋を出ていき、レオンが言う。


「きっと、自分が行きたいんですよ」


 レオンの意見に、アルヴェールも異論はない。


「買い物……したいんだろうな。でも、いつも留守番をしっかりとしてくれているから、婆やへのお礼もかねて、王都に行こうか」


 こうして、彼らはハイランド王国の王都へと向かうのである。




 -scene transition-




 王都グラーツには、ハイランド王国内の諸侯が別邸をもっている。ラスカ伯爵家も当然、別邸というには小さいが、庭つきの一軒家を所有していた。


 現在はアルヴェールの母がこの別邸で暮らしており、護衛兼従者の兵三人を従えた別邸管理者としての役目も負っていた。


 アルヴェールの父と母は、アルヴェールが士官学校を卒業したと同時に別居を始めたのだ。それで、母は別邸に入り、管理者となることを選んでいるが、それは伯爵家の予算で生活費を賄うための意味が強い。それでも彼女は、不仲となっても離縁して実家に帰ることなく、伯爵家の体面を保つ協力をしてくれているので、父であるアルヴェールも、子であるアルヴェール本人も生活費をけちったことはない。


 また、父と母の仲は悪いが、父と子、母と子の関係は良好であるので、子であるアルヴェールにとって信用できる人物が別邸を管理してくれているのは良いことだった。


 今回、アルヴェールは七月の終わりに王都に入ることを手紙で母親に知らせ、母親は大喜びの返事をくれていた。


 別邸に、アルヴェールとエレナ、レオンが入るとアルヴェールの母親であるセシルは満面の笑みで迎え、息子を抱きしめると彼の武勇を称える。


「皆がお前を褒めております。王国のため、ラスカ伯爵家のため、見事ですよ、アルヴェール」

「ありがとうございます、母上」

「疲れたでしょう? 食事の用意をしております」


 アルヴェールとセシルに遠慮して、エレナとレオンは外に食べに出掛けると言い、母と子は二人きりとなる。


 鶏肉のコンフェ、季節野菜をたっぷりと使い豚肉と煮込んだシチュー、そして焼きたてのパンに、アルヴェールは感謝を覚えた。


「到着時刻を教えろと言われておりましたのは、このパンを食べることができるようにですね?」

「そう。お前が王都で好きだったというパン職人のこと、知っています。焼いてもらったのよ。ハイランドの英雄が望んでいると知って、二つ返事で焼いてくれたわ」

「その英雄ってのは、やめてくださいよ」

「嬉しいのよ。呼ばせて……あのアルヴェールが……ようやく、ようやくラスカ伯爵家に光明がさしたわ」

「大袈裟ですよ」


 セシルは頭をふり、大袈裟ではないと続ける。


「グラーツでは、貴方の武勇が歌にもなっておりますよ。民の多くが、貴方の名前を賞賛とともに語っております」

「……母上、こういう声など一瞬で変わるものです。それよりも、王家、諸侯の方々からの評価を高めることに注力したいと思っています」

「ぜひ! ぜひぜひやりなさい。で、明日は王宮にあがるの?」

「ええ、俺はレオンを連れて行きますので、母上はエレナと買い物でも如何ですか? 報奨金が出ましたので、少しは贅沢をして頂いてかまいませんよ」

「いいの!?」


 アルヴェールは、笑みをつくる。


「もちろんです。いつもこの別邸を管理してくださってありがとうございます。お礼をちゃんとしたいと思っておりました」

「ああ、嬉しい! アルヴェール! 次の戦も絶対に勝つのよ!」


 アルヴェールは笑顔で頷き、食事を楽しみながら思う。


(言うのは簡単なんだよ……勝てと言われて勝てるなら苦労はないんだ)


 息子の愚痴は、胸中に留まることで母と子の時間は楽しいものでいられた。

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