女友だちと……
「こうしてアルと馬を並べるのもひさしぶり」
ロゼッタの弾む声に、アルヴェールも自然と穏やかな声を応じる。
「すっかりご無沙汰で、すみません、ロゼッタ様」
「あのさ、昔みたいに喋ってよ」
「……一応、摂政閣下のご令嬢に礼節を」
「ぶっ飛ばされたい?」
「いやだ」
アルヴェールの言葉に、ロゼッタが笑う。
二人は集落の外、農場近くで馬から降りると、黄金色に輝く麦畑に囲まれた畦道を歩きだす。少し離れた場所で、レオン率いる一個小隊と、ベルターク侯爵家の一個小隊が二人によからぬ者が近づかないように見張っているのだが、それがロゼッタには気に入らない。
「どこに行ってもついて来られる」
「名門のご令嬢だからね」
「……アル、お兄様を救ってくれてありがとう。お兄様からの手紙で、アルが助けてくれたって知った時、嬉しかった」
「当然のことをしただけだ……でも」
彼は、正直な胸の内をさらす。
「実際、助けることができたのは、少数の味方だけで……俺は非力だ」
「でも、お兄様を助けてくれた」
「よかったよ」
二人で微笑みあい、豊かな麦の穂たちに挟まれた畦道をのんびりと進む。最後に会ったのは、四年前だとアルヴェールは記憶を辿った。
士官学校を卒業して、帰郷するアルヴェールの家まで彼女は見送りに来てくれたのだ。
「俺が二十二、君は二十一……時間が経つのは早いよ」
「年寄りみたいな言い方だね?」
言って笑うロゼッタは、農場の水路に視線を落とす。
小魚が、群れて泳いでいた。
彼女は、水路の脇でしゃがむと、水面を眺めながら言う。その表情は、立つアルヴェールからでは窺えなかった。
彼女が、小さな声で言う。
「昔のように、難しいことは考えていなくてもいいってことには、ならないのかなぁ」
「……難しいね」
「アル」
立った彼女は、アルヴェールよりも背が高い。
向かい合った時、彼女は彼の手をとった。
「また……戦に行くんだね?」
「……ああ」
「死なないでね?」
「大丈夫、必ず帰るよ」
「約束ね? わたし……アルがいなくなったらと思うと……怖いんだ」
ロゼッタはそこで微笑みながら、一筋の涙で頬を濡らした。
アルヴェールが、彼女の頬を指でぬぐう。
「ごめん……」
「ん……」
ロゼッタに触れたことを詫びたアルヴェールに、彼女は短く答えた。
アルヴェールは、自分を案じてくれる女友達のために、言葉で伝えることを選ぶ。
「生きて、帰る。ロゼッタ、俺は君にまた会えるように、生きて……帰るよ」
「うん……アル、次は時間をとって、碁を打とうね? 約束」
「わかった。約束する」
「アル……」
「ん?」
「我儘、言ってごめんね? でも、それくらい、わたしはアルが心配」
「うん……嬉しいよ。こんな俺にも、心配してくれる美人がいると思うと嬉しいよ」
アルヴェールの言いように、ロゼッタは目を細めて笑う。
その可愛らしさが、彼をまた悩ませるのだった。
-scene transition-
ハイランド王国の王都グラーツ。
十万人の人口を誇る都市で、周辺の農場や集落なども含めた経済圏は王国随一である。その都市の中央にそびえる王宮の深部で、若い娘たちが目隠しをされた高齢の男に追いかけられていた。
「きゃぁ! 陛下ぁ」
ハイランド王フランツ二世は、一人の娘を捕まえると、抱きついて笑う。
「いい心地じゃ! ほれ!」
「いやーん」
馬鹿々々しい戯れを中断したのは、王の側近で近衛騎士筆頭のバルボーザだった。
「陛下、失礼します」
娘を抱きしめたまま、目隠しをずらして側近を見たフランツ二世は、邪魔をするなという表情ながら、用件とやらを聞いてやろうと思った。
「なんだ?」
「摂政閣下が、勝手にラスカ伯爵に税と開発の自由を与えてしまったこと、糾弾すべきではないでしょうか」
「どうしてじゃ?」
「……どうして……と申されますと……摂政殿のなさりようは、陛下を軽んじていると臣は思いますゆえ」
「かまわん」
王は目隠しを完全に外すと、娘たちにさがれと命じて、バルボーザを手招く。
「儂とて、ラスカ伯爵の倅が成したことは良いことだと思うておるよ。ハイランドの名声が高まり、連邦内において主導権を握ることができよう。狭い領地で税をとり、開発をするくらいのことは許してやろうではないか……それに、ラスカ伯爵がどうして税と開発の自由を求めてきたか、理解しておるか?」
「……それは、好きなものに課税して富を得たいからでありましょう。また――」
「それそれ、そこが違う」
フランツ二世は側近の言をさえぎると、彼の頭をコツコツと拳で軽く叩きながら言う。
「ラスカ伯爵は過去、辺境伯爵だった。辺境伯爵に戻せと言うと断られるのがわかっているから、爵位にこだわらず、実を求めた。ただ儲けたいと思うだけの馬鹿ではない」
「では、よけいにまずいのではないでしょうか?」
「かまわん。わしは若者が懸命なのは好きだからな。手助けしてやって、利用してやればええ。若造の頑張りが、王家に利を齎すのじゃ……よいか? もう行け、忙しい」
「は……」
フランツ二世はバルボーザが去った後、再び娘たちを呼ぼうと手を叩く。
「おい! 難しい話は終わったぞ! 早う戻ってこい!」
「あん! 陛下ぁ」
「難しい話きらーい」
「はっはっは! 可愛いのう、ほれ! 捕まえて舌を吸ってやろう」
「いやーん!」
フランツ二世は再び、娘たちと戯れ始めた。