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パンドラパラドクス  作者: 浅葱月 綴
第1章 捨てられたものたち
9/12

銃3

「なんでガンの人を刺したりしたの?アル。」

ボスの部屋がある建物から出たあと。

ジョシュアと二人でアルバートを支えながら、エリーファはそう問うた。

温厚な性格をしたアルバートが、訳もなく人を刺すとは思えない。

彼の性格は、率直に言えば、日向で過ごす犬のような穏やかな性格なのだ。

日向ぼっこしながら辺りの風景を眺め、飛び回る蝶々を眺めて感慨に浸るような、そんな性格である。

尻尾を踏まれたり、なにかされない限りはそうそう怒ったりはしない。

「ごめんな、そんなつもりじゃなかったんだ。」

アルバートは申し訳なさそうにそう言ったあと、こう説明した。

ヴァルゴールに刺された後、失神したこと。

そして、目が覚めたら、見知らぬ馬車の上で、訳のわからないゴロツキ風の男たちが囲んでいたこと。

その末に、非常事態と判断し、私を守るために先に刺してしまったこと。

その後は情けなくて声が出せなかったのだろう、アルバートは俯いてごめんな、と言った。

「いいわよ!ボスはもう許してくれたし、何も問題なかったんだから!」

エリーファはそう言いながら笑顔を返す。

あの荒くれ者たちの集団だ、タダで返して貰えるはずがないと思っていたが、ボスが意外に優しい人でよかった。

「そうかな……タダで帰してくれるような人達じゃないと思うんだけど……これはむしろ俺を見逃したことでエリーファの弱味になったんじゃ……」

気楽な顔でいるエリーファに対し、アルバートは思い詰めたような顔で何ごとか呟く。

「どういうこと?」

その言葉を聞き、エリーファは訳が分からず聞き返す。

「いや、もしかしたらだけど……俺を見逃したってことを口実に、エリーファに何か要求して来るんじゃないかと思って……」

アルバートは理解できない風のエリーファに、至極言いづらそうに話す。

「何言ってるの?あんな優しい人がそんなことするわけないでしょ。疑いすぎよ!」

アルバートの考えを聞いて、その余りの疑り深さにエリーファは一蹴する。

エリーファにとって、彼は窮地に陥ったアルバートを、温厚な態度で許してくれた優しい人だ。

エリーファにとってアルバートを助けてくれたという事実が、ヨトハルを信頼するのに十分な理由だった。

しかしその会話は、

「あ、ここだよな!救護テント!」

ジョシュアの一声。

救護テントに着いたことを知らせる彼の言葉によって終わった。

エリーファはテントの前に立っていた一人の男に声をかける。

「すみません、ヨトハルさんに言われてきたんですけど、アルバートの治療をして貰えませんか?」

エリーファの声に男は振り向いた。

格好は白装束だ。

そこらでは見慣れない格好に、エリーファも面食らった。

エリーファは白装束なんて一度も見た事が無い。

それゆえに、その格好が死者を送るための衣装であることや、宗教に関連のある人の格好であることが分かっていない。なのでその格好の異様な不気味さを見た目だけで感じる不気味さだけ感じ、意味深い方の不気味さは感じ取ることしかできない。

そして、さらに不気味だな、と思うのは、白い布を顔の下半分に下げているところだ。顔が見えないことで表情が読み取れず、薄気味悪さを醸し出す。

その白装束の男は柔和な笑みを目だけで作るったのではないかと思われる薄っぺらい笑みを浮かべると、

「ボスのお言いつけですか。どうぞ中へお入りください。」

と言ってテントの中へ案内した。

ありがとうございます、とお礼をすると、手で案内された先へ進む。

白装束の男が後ろから

「ボスのお客さんです!」

と叫んだ。

テントの中には、畳敷きのベッドが無数にあり、怪我人が寝かせられている。

その全てがエリーファの町の人々のようで、手当を受けていた。そしてその怪我人の数だけ、いやその倍、白装束の人間がいた。

皆一様に怪我人で忙しそうだ。剣の痛々しい傷や、火傷の手当におわれている。

その中の一人が歩き出てきて、お辞儀をした。

この人だけ顔に下げられた白い布の留め飾りが、繊細な作りの宝石で作られている。

「医療班の長を任されております私が、診させていただきます。こちらへ。」

そう言いつつ、奥のベッドへと案内される。

ベッドはテントの中に二列、ズラっと並べて設置されているのだが、アルバートが寝かせられるベッドの向かいにも数メートル開けてベッドが設置されていた。

そのベッドに、妙にガタイのいい男が寝かされ、その傍らに、数人の男たちが付き添っていた。

どうやらこの人たちは今回町を焼かれた町人では無いらしい。

身に纏う空気がその周りだけ殺伐としている。

エリーファの中に嫌な予感が広がる。

そして、それは的中した。

ガタイのいい男を取り囲む男のうち、ヒョロ長い男が、アルバートの顔を見て驚いたような顔をして指を指す。

「あっ、お前!バッカスさんを刺した野郎じゃねえか!」

アルバートは驚いた顔をして固まる。

「もしかして、あの時の……?」

そう呟くアルバートに、ヒョロ長い男は不機嫌そうに眉をあげると、

「そーさ!お前がバッカスさんを刺した現場にいた男よ!あの時は俺らのバッカスさんによくもやってくれたなぁ!」

ヒョロ長い男は、ベッドに寝転んでいるガタイの男を指し示すと、そう叫んだ。

そして続ける。

「バッカスさんはなぁ、死にかけたんだぞ!?お前の剣があともう少しズレてたら、内蔵を傷つけてたとこだ!!」

「そのことは、本当に申し訳……」

アルバートは申し訳なさから頭を下げつつ謝罪の言葉を口にしようとする。しかしそれに構わず、ヒョロ長い男は遮って続けた。

「しかもボスはこの件は不問にするとか言うし、どうなってるんだこれは!!」

ヒョロ長い男は、親の仇でも見るようにアルバートを睨む。

言葉を遮られたアルバートは、何とも言えない様子で黙りこんだ。

「そこまでにしろ、デール。あれは俺にとっては不慮の事故だ。その兄ちゃんも訳あって刺したりしたんだろう。」

捲し立てるヒョロ長い男に、ガタイのいい男がそう声をかける。年は50くらいだろうか。白い髭をたくわえ、髪も白髪が混じっている。しかし筋骨隆々の体は逞しい。

体の所々に傷があり、くぐり抜けてきた修羅の数を思わせる。

「バッカスさん……そうは行きませんよ!どんな理由があっても刺されたんですから。死んでたかもしれないんですよ?俺は許せない。」

断固とした口調で、ヒョロ長い男―――デールはそう捲したてる。

取り巻きの男たちも、そうだそうだ!と叫ぶ。

バッカスはやれやれと首を振ると、

「いいかお前ら。俺は刺されたことをこれっぽちも気にしていない。」

言い聞かせるようにそう言った。

それでも口を開こうとする男たちを見て、さらに言い募る。

「それにな、これはボスが決めたことだ。ボスの決めたことは絶対。それに逆らったやつは死ぬか出てって貰うかだ。」

「う……でもよ!」

とデールが反論しようとする。それを遮って、

「ボスの意思は俺たちの意志!あの人の中身に魅せられて、共に死のうって集まりじゃねえのか?俺たちはよ。」

バッカスはそう言い含める。

男たちはそれに黙り込む。言い返す言葉も無いようだった。

「さぁさ、そろそろあなた達も出ていって!怪我人の傷に障りますからね。貴方たちもバッカスさんには早く治って欲しいでしょ。」

医療班の長はそう言うと、男達を出口へ押しやる。男たちはうぉお、と唸り声を上げて、その力に押し任されるように後退する。

「バッカスさん、見舞い、また来ますからね!」

男たちはそんなことを叫びながら、仕方なさそうに出ていった。

男たちの影が見えなくなったあと、バッカスがこちらへと顔を向けた。

「すまねえな、ウチの野郎はどうにも融通が効かなくてな。俺は気にしてない。あんたらも気にしないでくれ。」

そう言って頭を下げる。

エリーファたちは「は、はい……」と頭を下げ返す。

そんなことを言われても、あなたを刺した以上、気にせずにはいられないのだが…と考えつつ。

「よしよし、それじゃあなたの治療をしましょうかね!」

医療班の長はそう言うと、腕まくりしてアルバートをベッドへ寝かせる。

「あー、これは結構いってますねぇ。背中から腹の出口まで一直線……」

虫眼鏡のようなものの中に、アルバートの体の内部が映される。

どういう原理かはわからないが、白黒の内蔵が虫眼鏡の中に映し出されている。

そしてぴたりと手を止めると、医療班の長は驚いたように息を飲んだ。

「でも不思議ですね、内臓は傷つけていないようですよ。」

その言葉に、えっ、とエリーファから声が出る。

「内臓……ひとつも傷ついていないんですか?」

「はい。まるで意図したかのようにひとつも傷ついていません。」

医療班の長も、すこし緊迫面持ちでいう。

――――傷ついていない?ひとつも?

1拍遅れて、エリーファは改めてヴァルゴールという男にゾッとした。

無造作に刺したかに思えたが、あれは計算し尽くして内蔵を避けたのだ。

いや、計算、と言うより獣の勘なのかもしれない。

彼の粗暴さには、計算という概念を感じさせないものがある。

頭でなく、体の感覚で剣を操っているように見えた。

傷つけず、それでいて失神させるような技を、感覚でやってのけたのだ。

その傍らで、ジョシュアはなんとも言えないような顔で、アルバートの傷を見つめていた。

「奇跡の御業……ですね。」

ジョシュアはそう呟いて難しそうな顔で押し黙る。

「傷口を縫う処置をすればあとは大丈夫そうですね。すぐ治りますよ。君たちは寝床に行った方がいい。お迎えが来ているようですし。」

え、と言って振り返る。

すると、そこにはシャノンとネオの姿があった。

入口に佇み、こちらに軽く手を振る。

お辞儀をすると、シャノンとネオは近づいてきた。

「やーやー、診てもらってるみたいだね。」

そう言いながらネオがベットの脇に立っていたジョシュアの肩に手をかける。

シャノンはその隣に立った。

「あんた達に住ませる場所を案内しようと思って、ここまで来たのよ。」

「住む場所……?」

「そうよ、あんた達、村が無くなったでしょ?だから当面ここに住むことになる。うちは増設したばかりで空きがあるからね、そこに案内しようと思って。保護した町人はそこに住むのよ。」

「え、なるほど……」

なんと、ここに住むことが決定してしまっていた。

まあ他に行くあてもないのだし、それはありがたいことではあるか、とエリーファは納得する。

「それじゃ、行きましょ。アルバートは当分はここで寝起きしてもらうから。」

「「えっ」」

アルバートとエリーファは同時に声を出す。

「あら、彼がいないと不安?」

「そういう訳じゃないけど、心配で……」

「大丈夫、怪我が治るまでよ。治ったらあなたの近くに帰ってくるから。」

「そうなんですね……」

ほっとした声を上げるエリーファの横で、ベッドに寝かされていたアルバートが身を起こす。

「エリーファが目的ですか?厄介払いじゃないですよね?ボスにそう言われたんですか?」

シャノンはそれに目を細める。

一瞬空気が凍ったように感じたのは気のせいだろうか。

「まあ、なんて言うか……あんた、この女の子のためなら暴れ回るじゃない?色々面倒だから、ここに置いとけってボスが言ったのよ。」

「……そんな、大人しくします。だから、エリーファのそばに……。」

アルバートは少し気圧されたように言う。

ふん、と言いながら、シャノンは左右に結われた髪の片方を肩口から払い除ける。

「あんたの言葉を信用するとでも?何かあったらすぐ人を刺す人なのよ、あんた。とにかく、ここで寝てて。」

「……何か企んでないんですか?」

アルバートのその言葉に、シャノンはうんざりしたように目を向ける。

「なにかって?」

「わからないけど…何かです。そんな気がして…。どうしてもあなたたちが、あの問題に対して俺をタダで帰すとは思えなくて……」

「『そんな気』だけでボスに疑いの目を向るのはやめてくれる?失礼よ。」

その言葉に、アルバートはぐっと唇をつぐむ。何も言い返すことができないようだった。

「じゃあ、大人しく療養してることね」

冷たくそう言い放つと、それじゃいくわよ、とエリーファたちに声をかけ、サッと身を翻し歩き出した。

エリーファ、ジョシュア、ネオもそれに続き、後はアルバートが残されるだけとなった。

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