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パンドラパラドクス  作者: 浅葱月 綴
第1章 捨てられたものたち
4/12

小さな籠4


次の日。

昨夜の夜にはどこか満足気な顔をしたアルバートが帰宅し、晩御飯を食べたあと、お土産のお菓子をエリーファに渡して寝た。

「それじゃあジークとエリーファ、準備はいいかい?」

エリスの声に「はい!」と返して馬車に乗る。茶色い馬が一頭繋がれた、荷台が大きい馬車。これは町の人々が貸してくれたもので、今日中に返さなければならない。

この馬車で何をするのかというと、エリーファたちはこれから店の買い出しをするために、エギルロンドとボブラフトを隔てる正面門、その近くにある街へ向かうのだ。そして今から行く街は、名前はそのままフロントタウンという。この馬車は、そこで買った荷物を載せるためにある。

「それじゃ、行ってきますね!」

見送ってくれるエリスに別れを告げ、ジークが運転する馬車でフロントタウンへの道を行く。

フロントタウンはエギルロンド国に1番近い街で、大きい。

その街が大きのには理由がある。

フロントタウンはエギルロンド国に1番近く、その立地上、献上するモンスターを畜産する街だからだ。

畜産している場所をまとめてルポッサムという。

ルポッサムは国に献上する畜産をする分、土地は大きくなければ大きな畜産が出来ず、そのため広い土地を有する。

だから他の街に比べてとても広いのだ。

街が大きいのはそれだけない。

ルポッサムに住む畜産農業者は国に献上しない余った肉を自分の食料にしたり、売り出して金にしたりする。

その肉を売ることでその場所は商売で栄え、人の通りが多くなる。

そのため人が沢山集まり、大きな街になる。

だから栄えた大きな街になるわけだ。

先程も述べた通り、畜産農業者は自分が持つ肉を売り出すことも多い。

ルポッサムで育てているが、ボブラフトで流通させるほどの量は無いため、肉はこのフロントタウンのみでの流通となる。

なので肉を買いに来るにはここに来るしかないのだ。

他の場所は肉なしでどうやって生活しているのかと言うと、近くに海があるので魚を流通させていることがほとんどだ。

また、フロントタウンは肉だけでなく、色んな人達が色んな商品を持ち寄り、売る場所でもある。

中でも売れているのが、装飾品だ。

魔法が使えない分、同族は手先が器用で、宝石や日用品など、細かく技術の要求されるものを精巧に作り上げる。宝石は目が奪われるほど綺麗に繊細に出来上がり、魔道士も目をつけるほどだ。

壁で隔たれてはいれど、交易という繋がりもあってフロントタウンは魔道士が来ることも珍しくない。

宝石を使った装飾品を買いに来る魔道士を見かけることがある。

魔道士や同族が溢れる街がフロントタウンというわけだ。

―――そして、そういう入り乱れる街では、ギャングという身分の人間が紛れることもある。

ギャング、とは言うが同族にとっては守護者だ。

守ってくれない執行官の代わりに、街を見守ってくれる。

暴力、頭の回転が秀でたものが多く、組織を率いる長は相当の切れ者だと聞く。

血の気が多いのが玉に瑕だが、荒事には慣れているそうだ。

しかし、エリーファが普段暮らしているような小さな町では見たこともない。

大きな街にしか居ないのだ。

それだけ大きな街には荒事が多いということだろう。

馬車で来て数時間、街の大きな喧騒が近づいてきて、もう目の前にフロントタウンがあることに気づく。

寄せ集めたスクラップで作られた、賑やかな見た目の門を抜け、ジークとエリーファは遂にフロントタウンへ入った。

フロントタウンの中は、各地から集まった色んな商店があり、賑わっていた。

路上では派手な服装と仮面で祭囃子をしている人たちもいる。一緒に風鈴を売っているようで、祭囃子にまじって涼し気な風鈴の音が鳴っていた。

店の仕入れが終わったら好きに散策していい決まりなので、帰りにあの風鈴を買って帰るのもいいかな、と考えたりする。

いつも贈り物をくれるアルバートへのお返しだ。

どんな顔をするだろうとあの表情の乏しい顔を思い浮かべる。

きっと内心では踊り出したいくらい喜んでいるのだろう。

嬉しくなったり恥ずかしくなったりすると蒸気する両の耳がその証拠だ。

ふんふんと思わず花歌を歌うと、不思議そうにジークが見てきたので、「アルにお土産を渡すのが楽しみなの」と言うと、納得したように頷いた。

―――さて、いつも仕入れするお肉屋さんの前へ訪れると、そこには筋肉がそれなりについて図体の大きいおじさんが、声を張り上げてお客さんを呼んでいた。

「お、来たかい」

おじさんは私たちに気がつくと、日に焼けた赤ら顔に人の良さそうな笑みを浮かべてこちらに手を挙げた。

ジークが馬車から降りると、頷いておじさんへと近づく。

「今日もポークゴブリンとジャージーテールかい?」

ジークが頷いてみせると、ちょっと待ってな、と前置いて商店の奥へと消えていった。

裏にある家の倉庫に肉が置いてあるのだろう。

ジークもそれを運ぶのを手伝うために奥へと消えていく。

誰もいなくなった商店の前でふ、と一息付き、暇を潰すために辺りを見回す。

すると、ちょうどエギルロンド国へと続く正面門が見えた。

店はちょうど正面門からほど近いところにあるらしく、人垣と商店の間に白亜の門が見える。

門を守るために執行官が両サイドにいるのと、エギルロンド国から来る魔道士、それから――――

門の近くが騒がしくなり、その理由にエリーファは顔を顰めた。

両サイドにいる執行官、そしてエギルロンド国から来る魔道士。

それに混じって、まだ年端も行かないアグラッチェロの子供たちが、行列になって連れてこられる。

皆一様に白いボロ布を着せられ、逃げ出さないように手鎖をかけられている。

何が起きているのか分からないという顔。

黙って連れてこられるその子らに、エリーファは悲しい気持ちでそれを見ていた。

魔導士にアグラッチェロが生まれた―――それで捨てられたのだ、あの子たちは。

年に1度行われる魔導師判定。

7歳にならないとそれは出来ない。

昔は判定の機会があまり質が良くなかったらしく、15歳にならないと判定が出来なかった。

だが近年では改良に改良が重ねられ、7歳での判定を可能にした。

僅か7歳で、彼らは捨てられるか育てられるかの判定を受けてしまう。

そんな残酷な事実。

魔導師たちはおかしいとすら思わない。

行列の先頭を立って歩いていた魔道士が、一人一人の手鎖を解いていく。

自由になった子供たちに、近づいていく影があった。

ギャングだ。

腕に刺青をしているがために、その所在が明らかになる。

銃を模した繊細な刺青だ。

彼らは捨てられてくる同族を引き取り、育てる役目も担う。

育てられたあとは、ギャングになるも良し、働き口を紹介してもらって、そこに住むも良し、という訳だ。

「どうした。」

気がつくと、隣にジークが立っていた。

顰め面で門を見つめるエリーファに、ジークが一言問いかける。

手元にはポークゴブリンの腹肉が敷き詰められた木箱を持っている。

ジークの後ろにはそうした木箱が積み上がっているのと、荷台への積み上げの手伝いに、不思議そうな顔でこちらを見つめる、木箱を持ったおじさんの姿があった。

「え?あ、ちょっと…。」

言葉を濁すと、門に目を向けたジークが、ああと声を漏らした。

「悪趣味なもんだ。子供を捨てる親なんてな。」

ジークはそう言うと、手を休ませるために、馬車の座るところ―――前板の角に木箱を乗せて重さを軽減させる。

そしてエリーファを見つめた。

「おまえが見るのは初めてか。」

ジークの言葉に、こくりと頷く。

エリーファがあの行列を見るのは初めてだ。

しかしそれは、必ず門の中から行列の中に紛れるアグラッチェロにはありえない事実。

先程述べたアグラッチェロの話も、全てジョシュアから伝え聞いた話だ。

なんでもジョシュアも7歳の頃に連れてこられ、14歳まで育てられて、ギャングが向かなかったから鍛冶屋を紹介してもらったのだとか。

そのあと私たちと知り合い、ジョシュアの住む町のことを手取り足取り教えてもらい、今がある。

その前のことは、エリーファは覚えていない。

「あの、私はなぜ―――」

前板に木箱を乗せて休むジークに、エリーファは思わず問いかける。

しかし、それを遮るようにジークが木箱を持ち上げた。

「さあ、荷物を積み上げるぞ。エリーファも手伝ってくれ。」

そのまま荷物を積みあげようとするジークに、「あ、あの!」と声をかけてとどまらせる。

「なぜ、身元も分からないような私たちを、受け入れてくださるんですか?」

その言葉に、ジークは暫し閉口すると、

「お前たちが何者かなんて関係ない―――ただ、困っているなら、同族として助けにゃならんだろう?」

黙っている私に何かを感じたのかジークは言葉を続けた。

「少なくともエリスならそう言うし、俺たち同族もそうやって生きてきたんだ。曲げられないさ。」

そう言って、ジークは荷台に肉の入った木箱を置きに行く。

当たり前、とばかりにそう言うジークに、思わず感慨を受ける。

そして、この人達に引き取られてよかったと言う思いと、同族の人達のその一体感に、私も同族で良かったかもしれない、と思うのだった。

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