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パンドラパラドクス  作者: 浅葱月 綴
第1章 捨てられたものたち
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小さな籠2

エリーファはその手の話が苦手だった。

殺してやりたい、という怨嗟の言葉を聞く度に心が深く沈む気がする。

一気に沈んだ顔をしたからだろう、ジョシュアはそれに虚をつかれた顔をすると、ヘラヘラ笑うのをやめた。

「そんな顔するなって!こんな話した俺が悪かった。もうしねえよ。」

そう言いながら私の頭にぽんと手を乗せる。

そのままくしゃくしゃと撫でるその手に、魔道士を恨むジョシュアの目を思い出す。

やはり魔道士はそれだけ恨まれる存在なのだと思う。

それもそうだ。

彼らは私たちを何も無い土地へと捨てた。

言葉通りに。

年端も行かない頃、まだ子供の私たちを。

神から貰うはずの祝福……魔法を貰っていないから。

魔導師たちの歴史では、魔法は太陽神ツェネガから授かった、奇跡の御業と言われている。

人智を超え、あらゆる不可能を可能へと変える奇跡の力。

それを最初に受けとったのが、魔導師の国、エギルロンドを築いた王様だ。

王様は100人に1人生まれる祝福を得ていない者を、国の外へと捨てることにした。

魔導師たちは王様の命令に従い、自分の子が魔法を持っていなかった場合、魔物潜めく未開の地、ボブラフトと呼ばれるその場所に捨てることにしたのだ。

同族(アグラッチェロ。魔法の祝福を得ないもののこと。私たちは同族と呼ぶ。)の子供を捨てることは法により決められ、逆らうものは処刑されてしまう。

未だ処刑された人を見た事が無いのは、魔導師の誇りを守るのが当たり前とされているから、当然として捨てる者しか居ないからだろう。

ともかく、その捨てられた同族たちがこのボブラフトという国の基礎を作った。

ある一定数いる人間でも食べられる魔物を飼い慣らし、鉱山で鉄や宝石を掘り出し、装飾品や武器などで暮らしを潤した。

未開の地をここまで開拓するのはどれだけ難しかったろう、と思うが、私たちの苦労はそれに終わらない。

ボブラフトの魔物の畜産、私たちがみにつける宝石の装飾品に目をつけただけでなく、私たちが生み出した宝石類や食料、その8割を国に収めろと言うのだ。

同族は大いに抵抗した。

しかしそれでもどうにも出来ない力差があった。私たちの祖先の大半は殺され、結果屈服し、収めることになった。

今日の暮らしもやっとという税の重さ。

そういう背景もあって、魔導師を恨む同族は少なくない。

「それじゃ、俺はこっちだから!」

ジョシュアはそう言うと、分かれ道を右の方に折れていった。

それに手を振って見送る。

歩き出そうとすると、アルバートが言葉でとめた。

「なあ、エリーファは魔導師を滅ぼしたいと思うか?」

その言葉に驚いて、足を止めて振り返る。

「なに、いきなり?」

「…いや、少し聞きたいなと思っただけだ。」

アルバートの感情が読めずに顔を凝視する。けれどそこにはいつも通りのアルバートがいるだけだった。

それがなんだか不自然で、けれどその自然体が当たり前のような気もする。

「私は……」

そこでふと言葉を止めて、しっかりと考えてみる。

『エリーファは魔導師を滅ぼしたいと思ったことはあるか?』

その質問は、あまりにも莫大で想像ができないけれど。

「私は、そんなこと思ったことは1度もない。」

そこまで言うと、アルバートが身動ぎするのが分かった。それに気づかず言葉を続ける。

「ただ、みんなが本当にそう思うなら、滅ぼした方がいいんじゃないかとも思う。」

「みんな?」

「同族のみんな。みんながそう思うってことは、みんながそれだけ辛い思いをさせられてるってことだと思うから。」

「…そうか。」

そう呟くアルバートの顔は、茶色い髪に隠されて見えない。しばらくそうして深いため息をついたあと、こちらを見たアルバートの顔は、いつも通りだった。

始終感情の読めないアルバートは、これが初めてだと思う。

結局何だったのかと聞こうと口を開きかけた時、アルバートが私の背中を隣から押した。

「さ、そろそろ帰ろう。夜も深くなる。」

「そ、そうね。」

アルバートの言葉に引っ張られるような妙な力を感じつつ、私は先を歩いた。

次の日。

朝、目を覚まし、キッチンへとたつ。

そうしたところで、アルバートが目を覚ましてきた。

「あれ、珍しいわね、こんな早い時間に目覚めるなんて。」

「ああ、まあな。」

「仕事がそんなに早くに始まるの?」

「いいや、今日は休む。」

エリーファはサラダを作っているところだった。だが、その作る手をピタリと止める。

「どうして?なにかあるの?」

仕事を休むとは、尋常な事ではない。あの真面目なアルバートがなぜ、と目を白黒させていると、アルバートは安心させるように微笑んだ。

「いや、大したことじゃない。ジョシュアと一緒に隣町に、ちょっとな。」

優しい笑みを浮かべつつ、アルバートは言う。

「隣町?」

そんな遠いところに、どうして、と思っていると、アルバートは押し切るように、

「お土産買ってきてやるよ、何がいい?」

「ええっと、なんでも。」

アルバートはそうか、と言うと、朝ご飯も食べずに身支度をして出ていってしまった。

なんとなく黒いオーラをまとっていた気がして首を傾げる。

「ま、いっか。大したことじゃないだろうし。」

エリーファはそう言うと、朝食作りを再開した。

その後、朝食1人分を食べ終え、エリーファはエリスたちが営むレストランへと出向いた。

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