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パンドラパラドクス  作者: 浅葱月 綴
第1章 捨てられたものたち
11/12

銃5

なんだか妙な空気の中でのあっさりした別れに、ふ、と空気が抜ける。

「あの人、なんだったんだろうな。」

ジョシュアはそう言って、ふうと息を吐く。

「わからない…でも、シャノンさん達が何かを企んでるって言ってた…。」

その言葉に、ジョシュアはふと真剣な顔でこちらを見た。

「エリーファはどう思う?」

「私?私は…」

考えがまとまらず、エリーファはしばし黙り込む。そして、

「あの人たちはいい人だと思いたい……でもあんな風に言われたら、わからない。」

と言った。

「そうか、わからない……か。今はそうなんだろうな。」

ジョシュアがそう言い、ため息をつく。

「ジョシュア?」

今はそうなんだろう、とはどういう事なのだろう。

なんとなく様子がおかしくて、そう聞き直す。ジョシュアはしばし黙り込むと、

「…それじゃあ明日は用事もあるし、さっさと寝よう。エリーファ、早めに寝ろよ。」

と言い、ジョシュアはそそくさと扉を開けて、中へと入っていく。

「う、うん…」

ジョシュアが入っていくのを見届ける。

その後、エリーファも部屋の中へと入った。

中は閑散としていた。

深いスモーキーブラウンの床に、飴色のチェスト、そして簡素なベッド。

それ以外は何も無い。

広さは8畳ほどで、ベッドやチェスト以外にもなにか置けそうだった。

奥の壁には窓があって、月の光が室内を照らしている。

疲れがどっと押し寄せて、ベッドへと転がる。

一日の疲れが体にのしかかる。

ジョシュアの妙な言葉も吹っ飛び、寝転がれた幸せを甘受する。

今日はとにかく色んなことがあった。

アルバートが銃の人を刺してしまったり、刺したその張本人に会ったり。

ボスには許して貰えたけれど、バッカスの周り人たちは相当怒っていたし、デールという人は納得していないようだった。

改めてお詫びしたら許してもらえるだろうか……。

ふと瞼が重くなってきた。このまま寝てしまえるかもしれない……。

しかし、脳裏に炎がチラついた。

寝ようとしていた頭の片隅で、思い出したように浮かび上がる。

燃え盛る村、そして何かに潰されたようにひしゃげた店。

家の中に見た、魔導師によって殺された村人。

それから、ヴァルゴールがマントから取り出した―――――あの……。

吐き気がおしよせる。

「うっ……!」

耐えきれなくなって、窓を開けてその外に吐いた。

吐こうとした。

けれど、胃の中に何も入れてないせいか何も吐き出すことが出来なかった。

胃液が喉を通り、喉を焼く。

その痛みと共に体が震えてきた。

エリスとジークは死んでしまった。

あんなにもあっさりと。

なのにどうしてだろう、恐怖が上回って抜けない。

あの時、あの場所で植え付けられた恐怖が、増殖していく。

死に対する恐怖か?

――――違う。

ヴァルゴールに対する恐怖か?

――――そうだ。

あの日あの時、ヴァルゴールに見せられた圧倒的な強さと、エリスとジークの首を見せられた衝撃が抜けない。

あの首を見せられて、自分も死ぬかもしれないと思う心は出てこなかった。

あの時は確かに、私の中に憎悪が渦巻いた。

しかし、今はただ、エリスとジークが死んでしまったのだという絶望と悲しみだけが支配した。そしてヴァルゴールの見せる圧倒的な強さに怖気付いた。

まるで怪物のようなあの男が、瞳の裏に焼き付いて離れない。

体が震える。恐怖に支配される。

――――あんな人間に刃向かえるはずがない。適いっこない。

ぶるぶる震えながら、その感情に頭の中を占有される。

エリーファは咽び泣いた。

――――なんて臆病なんだろう、私は。

復讐をしたいというよりも、逃げる理由を探しているように思える。

―――――だって、負けてしまうことしか想像できないのだもの。

復讐なんてできっこない。

そんなこと。

頭の中にエリスとジークとの思い出が浮かぶ。

優しく名前を呼んでくれる、ジークとエリスの顔が思い浮かぶ。

涙が溢れた。

これならばいっその事、あの時他の場所で、ジークとエリスとともに死にたかったと思った。

私に復讐はできない。その度胸も、力も無いのだから。

カタン、と音がした気がして振り返る。

気のせいだろうか?

不安に思ったエリーファは、開けるために扉へと近づいた。

ドアにはくり抜かれてガラスが嵌められた小さな穴がある。

使い道は分からないエリーファは、外が確認できるとは思わず、その場でドアを開けるか開けないか、緊迫した空気で固まる。

あの音は気のせいだろうか?もし、気のせいじゃなかったとして、一体こんな夜中に誰だろう。

こうなればどうとでもなれだ、と決心して、思い切ってドアを開ける。

キィと音がして扉が開く。

「アルバート?」

扉を開けると、そこにはアルバートの姿があった。扉の横の壁に背をつけて、胡座の状態でそこに居る。

腕の中には剣が抱えられている。

「何してるの、アルバート。こんな所で?怪我は?」

拍子抜けして近づくエリーファに、アルバートはさっと服をまくり上げて傷を見せる。

包帯がぐるぐるに巻かれていて、傷は見えないが。

「内臓、傷つけてないから、皮膚を縫うだけで済んだ。だから没収された剣を他から調達してここまで来た。」

「剣を没収?」

「ああ。あのボスとやらに椅子に括り付けられたあと、剣も没収された。」

よく見てみる。確かに、アルバートが抱えている剣は村が燃えた時持ち出した剣とはデザインが違っていた。

なめし革が柄に巻かれていて、鞘がないらしい、手入れのしていないボロボロの抜き身の刃が剥き出しになっている。

「他の剣を盗んできたの?」

「ああ。」

アルバートが平気な顔をして言うので、毒気が抜かれる。

彼はシャノンから医療所に居るよう言われたはずだ。しかしそんなことはクソ喰らえといった態度でここにいる。

しかも他人の剣を盗んで。

「一晩中ここで過ごすつもりだったの?」

平気な顔をして目の前にいるアルバートに、そう聞く。

外は春の兆しがあるとはいえまだ肌寒い。傷口にも響くだろう。

「ああ、まあな。」

「そんなに不安だったの?心配しなくてもいいのに。」

そういうエリーファの言葉にアルバートはむっとした顔をする。

「なにかあってからじゃ遅いんだぞ。」

「だからってこんな、外の見張りなんてしなくても……。」

言われて、アルバートは少し黙り込む。

「それだけ不安なんだ。お前がいなくなったらどうする?」

なにか強い意志を含んだ目で、アルバートはエリーファを見つめる。

「考えすぎだよ。心配しなくても、私がいなくなるようなことにはならないよ?」

「……。」

アルバートはそこまで聞くと、くっと下を向いた。涙を抑えているのだろうか。

「前のようにはなりたくないんだ……。」

「前?」

アルバートは、そこではっとした顔になると、

「村が焼けた時のことだよ。あんな風にヴァルゴールみたいなやつが殺しに現れたらいけないだろ?」

と言った。

「あんな人もう二度と現れないと思うけど……。」

エリーファの言葉にアルバートは首を振った。

「いや……あいつは必ず現れる。エリーファを狙ってるからだ。」

「私を狙ってる?どういうこと?」

「それは……言えない。」

戸惑って聞くエリーファに、アルバートはそう言った。

「どうして?」

「それがお前のためだからだ。」

「私のため?本当に?教えてくれた方が私のためになる、とは思わないの?」

その言葉に、アルバートは面食らったように黙り込むと、暗い顔をして俯いた。

「そうだな……もしかしたらだけど、エリーファのためじゃない、これは俺のためだ。」

アルバートは悲しそうな顔でエリーファを見た。

「済まない。……時が来たら、話す。お前の正体を。」

「正体?正体って何?」

「今は何も聞かないでくれ、エリーファ。」

どうして?と聞こうとして、言えなかった。

アルバートが辛そうに見えたからだ。

これ以上は聞いてはいけない気がした。

アルバートはふとこちらに目を向けると、訝しそうな顔をした。

「泣いたのか?」

えっ、と声を上げてエリーファは目元に触れる。

「泣き跡が残ってた?」

「いや……そんな跡は残って無いが……いま、ふと、そんな気がして。やっぱり泣いたのか。」

アルバートはそう言って、

「……あの2人に何かされたか?」

険しい顔をして、やっぱりあいつらの方に直接仕掛けるべきか……と呟きながら剣に手をかける。

「わ!わ!待って、そんなんじゃない!」

その手を慌てて止める。

「あの2人は何もしてないよ。部屋の場所を教えてくれただけ……」

慌てて答えるエリーファに、アルバートは訝しそうに聞く。

「本当に?」

「本当に……」

うんうんと頷きながらそう返す。

アルバートは、はあと息を吐き出してから、良かった、と呟いた。

「もし何かしたなら殺すどころじゃすまなかった。」

「え、殺すどころじゃ……?」

殺す以上に酷いこともあるのか、と聞こうとしてやめる。

想像してみて恐ろしかったからだ。

「2人は親切だったよ!明日は訓練を見せてくれるし、日用品まで買ってくれるって……」

「明日?明日そんな予定があるのか。」

アルバートが少し不機嫌そうに言う。

そう言われて、失言した気分になった。

いや、私は何も悪いことは言っていないはず……と自答し、続ける。

「そう。村人全員にそうするから、ついでだって。」

アルバートは、そうか……そんなことまでするのか、と呟く。

何か考えていた様子だったが、なにかにふと気づいたように、

「じゃあ、なんで泣いていたんだ?」

と続けた。

グッと言葉につまる。

しかし、言葉に詰まることは無い、言ってしまおう、と、どうにか絞り出した。

「エリスと、ジークさんのこと……、あの炎の日が、頭から離れなくて。」

アルバートはそれを聞いて辛そうに顔をゆがめた。

「寝れないか?」

あまりにも心配そうにそう言うので、

「あっ……!心配しないで、今から寝るところだから!寝れるはず!」

と返す。

「それは……心配するな。そう言われても。」

アルバートはバッサリとそう言い放ち、続ける。

「エリスさんとジークさんが死んだんだ、寝れるはずないだろ?」

正鵠を着かれて、グッと黙り込む。

やはり、血が繋がっているからだろうか。

彼に隠し事は出来ない。

「うん……そうね。あの2人が死んだ事が辛くて……辛くて、辛いはずなのに、ヴァルゴールに対する恐怖もあって……それで、寝れない。」

エリーファはぽつりぽつりとつぶやくように言う。

こぼれた言葉は、止まらず、全ての感情を吐き出してしまった。

「……寝れないなら、深呼吸しろ。」

「深呼吸?」

「そうだ。それから、羊を数える。」

「羊を?」

「ああ。何かを考えたくない時は、それが一番効果的だ。少なくとも俺にとってはな。」

「ひ、羊を……」

そうか、羊を数えるのが効果的なのだな、と覚えておきつつ、ふ、と笑えてくる。

羊を数えるって、なんだそれ。

「本当に羊を数えるの?」

「ああ、そうだ。できるだけふわふわしたやつを考えるといい。やせ細った羊だと数えた気にならない。」

「はは、なんだか今日はこれだけで眠れそう。」

アルバートの言い分に、思わず笑えてくる。

それにアルバートは少し心外そうな顔をする。

「これは今までで1番の対処法だぞ。」

真面目な顔で言う。

それに、ふふふ、とひとしきり笑う。

アルバートは複雑な感情を抱いたようで、暫く笑うエリーファを見つめていた。

エリーファは笑いを収めると、笑顔になってアルバートを見た。

「―――もう大丈夫。アルバートは帰って。傷口に響くわ。ここは銃の組織の住処だし、ヴァルゴールみたいなやつが来ても対処できるだろうし。」

「いや、俺は残る。」

断固とした口調でアルバートが言う。


「ここに一晩座らせて貰うだけでいい。そうしたら俺は、安心して医療所に帰れるから。」

断固として引かない、といった様子のアルバートに、眉尻が下がる。

なおも言葉を紡ごうとしていたアルバートだが、それに割って入る声があった。

「あーっ!こんな所にいた!ダメでしょあんた!」

宝石でできた留め金を持つ人、医療班の長その人が、階段に現れた。

廊下にいる私達を指差して、目をいっぱいに開いている。

「もう!探したんですからね!目を離した隙に居なくなって!全くどんな芸当を使ったんですか!」

「げ……」

嫌そうに顔を歪めるアルバート。

そのまま逃げようとするも、医療班の長は俊足で近寄ってきてアルバートの首根っこを捕まえた。

ものすごい速さだ。

もしかしたらこういう風に逃げ出す患者を捕まえるのは、初めてでは無いのかもしれない。

「傷が塞がったばかりなんですよ!!全く、外の人が酒に飲んだくれてるのをいいことに、剣を盗んでいくとは!!それはもう返して!!今日は安静にしていてもらいますからね!」

「わ、わ、ちょ……」

医療班の長の剛腕でそのままアルバートは引きずられていく。

「離せ、俺はまだやることがっ……!!」

「はいはい、酒やタバコならやらないでくださいね。全く、怪我人はこれだから……」

「違ぇ、誰の話してんだ、銃の奴らか……?とにかく俺はっ……」

「あぁ、はいはい。」

医療班の長は心底面倒くさそうにそういうと、アルバートを引き摺っていく。

「わ、よろしくお願いします……。」

エリーファは医療班の長に気圧されつつそう告げると、引きずられていくアルバートを見届け、部屋の中へと戻ったのだった。

アルバートもなんだか難儀だなあ、と心の中で垂れながら。

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