銃4
「さて、邪魔者もいなくなったところで。」
シャノンは何かに解放されたように背伸びをすると、先頭に立っていたが、エリーファたちを振り返った。
そのまま後ろ歩きをしながら、エリーファたちに話しかける。
「あんた達、明日暇?」
エリーファは突然聞かれて、一瞬思考が止まる。
予定という予定はない。
なんでだろう、と思っていると、
「明日、私たちの訓練を観にこない?」
シャノンは何かを装うようにそう言う。
どこか、なにか目的があってエリーファ達と行動を共にしたそうな雰囲気が漂っていた。
エリーファはそれを疑問に思いながらも、
「訓練ですか?」と、聞いた。
「そう、訓練。あんた達は見てるだけでいいわ。あと、もちろんボスも来る。」
ボスも来る…と意味もなく口の中で反芻し、聞き返す。
「見てるだけでいいんですか?」
「そうね。それに、訓練の後、あんた達の日用品を買いに行ってもいいわ。まだ何も揃ってないでしょう。日用品を買うお金は燃えちゃっただろうし、銃がお金出すから。」
「えっ…?!そんな、悪いですよ!」
シャノンの言葉に、エリーファはブンブンと首を横に振る。
「いーの、避難してきた村人には、元からそうするつもりだから。じゃないと、お金もないのに困るでしょ?」
そんな、でも…と言い募ろうとするエリーファに、シャノンが近づいてきて、人差し指をエリーファの唇に押し当てる。
「いいの。ただでさえ辛い思いしただろうから、これくらいはやってあげたいのよ。」
それだけはどこか本心のように聞こえた。
強い意志を孕んだ目で、エリーファを見つめる。
そこ迫力に気圧されて、知らず知らずのうちに頷いていた。
「はい、行きます。」
エリーファがそう返事すると、「そう、それはよかったわ」と言い、シャノンは前を向いた。
なんだか人に嫌と言わせない力があるなあ、とエリーファは思う。
銃にいるとそんな雰囲気を纏うような経験でもするのだろうか。
そんなことを考えていると、
「えー、その訓練って、シャノンはカカシ相手じゃなく俺と対戦するつもりだろ?」
ネオがぶーぶー、といったかんじで言う。
心底不満げに言うネオに、振り返ったシャノンは、心底面倒臭そうな顔をした。
「当たり前じゃない。カカシ相手に本気になったって、なんにも楽しくないわ。」
当たり前!といった感じでそう言うシャノン。
それに、あーやれやれ、とネオは大袈裟に肩をすくめた。
「サディストだな。俺は楽しくないんですけどねー。」
不満たらたらのネオに、シャノンはニヤリと笑う。
「あら、もしかして私に負けるのが怖いの?」
それにネオは楽しそうに笑い、
「誰に言ってるの?俺が負ける訳ないでしょ。むしろそっちが吠え面かくんじゃない?」
先ほどの空気から一転、どこか殺伐とした空気でそう言い合う2人に、ジョシュアとエリーファに鳥肌が立つ。
どうやらこのように言い合うのが2人のデフォルトのようで、2人は笑顔と言えない笑顔で、ニコニコ笑いながら対話している。
この空気に慣れないジョシュアとエリーファにとっては、すごく、心臓に悪い。
睨み合っていた2人だが、ネオがこちらに目を向ける。
びくり、と肩を跳ね上がらせたエリーファとジョシュアに、遠慮なしにネオが言う。
「知ってる?こいつ我流だけど、基本的なところはボスから剣教えてもらったんだよ。ま、俺もだけどさ。」
そう言ってニコニコするネオに、そうなんですか?と返す。
「最初は弱かったのなんのって。周りの奴らに邪魔だ、無理だ、って言われてるのに銃に入ってさあ。案の定、ストイックさについていけなくて毎日泣き喚いて、俺に絡んできてさあ。」
「そ、それで幹部になったんだからいいじゃない!」
楽しそうに話すネオに、横からシャノンが言う。
「でも幹部にならない方が良かったよ。入ってきたばかりの可愛さがもうないもん。『ネオ、せっかくボスに教えて貰ってるのについていけない。私、入るの間違えたかなあ。』とか大泣きしながら絡んできてたくせに……」
「ちょっと!そんな昔の話掘り出さないでよ!」
どうやらこの話を私たちにするのが目的だったらしい、ネオは嬉しそうに饒舌に語るが、シャノンが止めに入る。
それが嬉しいようで、ネオは喋りながらシャノンの追撃を避ける。
シャノンは顔が真っ赤だ。
そんな2人に面食らうも、ふと仲がいいんだなあ、とにこりと笑う。
きっと私とアルバートとジョシュアのように、長い付き合いがあるのだろうなあ、と思いつつ、
「でも……すごいじゃないですか。そんなにみんなから言われても、結局は1人で剣の腕を磨いて幹部になったんでしょう?私にはもちろん、他の人にもできないことです。」
エリーファの言葉に、そこでぴたりと2人が止まる。
シャノンは顔を背けると、
「ふ、ふん!そんなの言われなくてもわかってるわ!」
そう言うシャノンの耳は真っ赤だ。
「へー、エリーファちゃんやるじゃーん。天然タラシ?」
ネオはさらに嬉しそうに笑う。
「て、天然タラシ?いや、そんなつもりでは…」
私はただ思ったことを言っただけで…、と言い募ると、
「それを天然タラシって言うんじゃん。」
とネオにバッサリ言われた。
「ちょっと!私は別にタラされてはないわよ!照れてなんてないんだからね!」
恥ずかしさが爆発した様子で横から言うシャノンに、ネオはえー、と言っている。
そうなんだ……と心の中でどこか納得しつつ、隣を見るとジョシュアが何故かうんうんと頷いている。
お前はなんで頷いているんだ。
「しかし初めて見たよ、天然タラシなんて。うちの奴らなんて粗暴で不器用なオッサンしかいないからさあ。いやあ、癒しだね!」
嬉しそうにそう言うネオ。拝礼するかのようにエリーファに頭を下げる。
なんとなく、どうも…と小さく手を挙げると、ネオはわー!と言いながらパチパチと拍手した。
どういう状況なのよこれは…、とシャノンが額に手をつく。
そんなこんなで、こっちよ、と案内されて空色の建物の中へ入る。
ここがこれから暮らすビルのようだ。
空色のビルの入り口はドアがなく、階段になっており、階段を登ると、隣に入り口が空いていて、たくさんの部屋が並んだ廊下に出る。
シャノンは階段を2階ほど登ると、隣に空いた入り口を通った。
目の前にたくさんの部屋を左壁につけた廊下が見える。
そしてそこには、1人の男性が立っていた。
月夜に輝く白い長髪、目は青色で、驚くほど顔が整っている。
誰だろう?と思っていると、こちらを見て嬉しそうな顔で笑った。
数年来の親友、いや、血縁に会ったかのような、親しみを込めた、どこか泣きそうなものを含んだ笑み。
「あんた……何しに来たの?」
先頭に立っていたシャノンが片手でエリーファ達の行く先を塞ぎ、止まるよう指示する。
不穏な空気が漂った。
長髪の男はそれに構わずエリーファに目を向けると、
「やあ、お初にお目にかかる。僕はイヴウェス。出会えて光栄だよ。」
と自己紹介した。
しゃなり、と音がしそうな、優雅な礼をし、再び嬉しそうな顔をこちらに向ける。
「イヴウェス…?」
エリーファが繰り返すと、
「ああ、イヴと呼んでくれ。」
と再び頭を下げた。
シャノンは、それらの態度が癪に触ったようで、
「あんた、こんなところに何しに来た訳?何か企んでるんじゃないでしょうね?」
イヴウェスを睨みつけて叫ぶ。
イヴウェスは顔を上げると、シャノンを見、高圧的に微笑んだ。
「おかしなことを言うね。」
と言うイヴウェス。
「企んでるのはあんたらの方じゃなくて?」
シャノンはそれに、なっ…、と何かを叫びそうになる。
エリーファは、企んでいる…?と疑問符を浮かべる。
アルバートもそんなことを言っていた。
ヨトハルたちが何かを企んでいると。
こうも企んでいると言われては、本当にそうなのではないかと思えてくる。
シャノンは言葉を飲み込んで怒りに震えながら静かに言った。
「何を根拠にそんなことを言うの?」
「根拠?そんなのいる?僕の情報の集め方は知ってるでしょ。」
その言葉にシャノンはぐっと口をつぐむ。
「全く、油断も隙もない人たちだよね。地獄みたいな計画に他人を利用しようなんて。」
「どの口がそれをいうのよ。あんただって、なにか企みがあって銃の中に入ったんでしょう。私たちはあんたを信用しないからね。」
「そうだよね、君たちは。まあ、君たちのよくわからない犬のような連帯感は僕もよく知っているよ。少し困らされてもいるから、和らげてくれると嬉しいのだけどね。」
「誰がそんなことするもんですか。」
シャノンのぐっと歯を噛み締める音が聞こえる。
憎悪を込めた視線が、背中越しにもわかる。
イヴウェスはそれに、疑り深いのも考えものだね、と失笑すると、エリーファへ目を向けた。
「餌食になる前に僕のところに来るといいよ、エリーファ。」
イヴウェスはそう言うと、睨んでくるシャノン達の横をあっさりとすり抜けて階段を降りていった。
独特な空気を纏った静寂が支配する。
「あの…」
それを破ったのは、エリーファだった。
「あの人、誰だったんですか?」
怒りに震えるシャノンは、深呼吸してそれを抑えると、
「情報屋…」
と呟いた。
「あいつはうちの情報屋なの。数年前から突然現れて、銃に入れて欲しいって言ってきてね。」
はー、とため息をつき、髪をかきあげると、シャノンは振り返った。
「突然近づいてきて何か企んでるのは確かなのに、何考えてるのかボスはそいつをそばに置いてて。だから必要以上に私たちが警戒してるってだけ。」
「そうなんですね……」
そう言って返すエリーファにシャノンは、はーとため息を着く。
「……アルバートに言えたもんじゃないわね。ごめんなさい。言っとくけど、あいつのことは信用しない方がいい。あいつの言うことは信用しないで。……私たちが何かを企んでるなんてそんなことはないから。」
シャノンの言葉に、エリーファは頷く。
イヴウェスの言っていることが妙に心に引っかかりながらも。
「妙な空気になっちゃったけど…ここがあんた達の部屋よ。ジョシュアはこっち、エリーファはこっちね。」
201を指してジョシュア、202を指してエリーファ、とシャノンが言う。
「鍵はこれだから。」
そう言ってシャノンはエリーファとジョシュアにそれぞれ鍵を渡す。
「ありがとうございます。じゃあ、明日は訓練見に行きますね。」
そう言うエリーファに、それに、日用品もね、とシャノンは言う。
「じゃあ、明日は迎えに来るからねー」
とネオが手を振りつつ、シャノンと共に去って行った。
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