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パンドラパラドクス  作者: 浅葱月 綴
第1章 捨てられたものたち
1/12

小さな籠1

生暖かい春の兆しを帯びた夕暮れ。

ここは木造の店々が並ぶ商店街。剥き出しの地面に木で作られたアメリカンな建物が並ぶ。今はまだ書き入れ時でなく、がらんとしているが、もう直ぐ仕事を終えた炭鉱夫や鍛冶屋がこちらに向かってくる。

店々が並ぶ遠くには、蒸気を上げる工場の群れや、山の入り口からトロッコと線路を吐き出す鉱山口があり、その下に広がる住宅街はそこらで集められたスクラップで作られているのか、ずいぶんゴタゴタとした建物たちだった。

言葉で表すなら、スチームパンク、と言うのだろうか。

工場と住宅街が一体となっているように見える。

はあ、と深いため息をついて心を整えると、エリーファは店の前に立てかけられた看板をcloseから openに変え、店の中へと入った。

店の中では店主のジークとその妻のエリスがさっさかと開店の準備に勤しんでいた。

「あら、エリーファ。もう開店の準備してくれた?」

牛肉のコンフィだろう、肉の下拵えをしていたエリスが、その手を止めて問う。

「はい。しっかりと。クローズからオープンに変えましたよ。」

そうかい、そうかい、と頷くエリスの横で、ピザ窯の準備をしていたジークも物静かに頷く。

ジークは物静かで職人気質の男性で、エリスを包むようにおおらかな性格である。エリスは姉御肌な性格で、よくエリーファの面倒を見てくれる。

物言わずとも通じ合う仲のようで、よくアイコンタクトで接客の相談をしているのを見かける。

困っているお客さんがいたらジークがエリスに合図して向かわせたり、逆に困るお客さんが来たらエリスからの助けを求める視線を受けてジークが追い払ったりしているのだ。

そんな2人を見て、エリーファはこの2人のような仲になれる相手が欲しいと思わずにいられない。

身の回りの異性といえば2人いるが、1人は兄だし、もう1人は救いようのないバカだから考えることもできないのだ。

それを知ってか知らずか。

「開店してくれたのはいいとして。どうだいエリーファちゃん。いい男は見つかったかい?」

「ちょ、ちょっとエリスさん、やめてよ。」

恋話好きのエリスの猛攻を受け、エリーファは間違っても考えたくない議題に閉口する。

エリスさんはこういう話題は隣人と腐るほどにしているはずなのに、なぜか飽きる様子がない。

「私の見立てからすれば、ちょっと変わってるけど、ギルなんかいいと思うんだけどね。」

「やめてよエリスさん。あんな変わり者、私が耐えられるとは思えないわ。」

ギルといえば隣町に住むエリスさんの従兄弟だ。海の近くの町で、漁をして暮らしているそうで、エリスさんと手紙でやりとりしているらしい。

「それに4歳も年上なのよ。」とエリーファ。

「いーじゃないかい、年上!意外と頼りになるんだよぉ。」

「ギルがその頼りになるとは思えない……」

ギルといえば、隣町とはいえ噂はここにまで回ってくる。

曰く、奇声を発しながら牛肥の中に突っ込んだだの、川にいる亀を焼いて食べただのを聞く。

本人は何を思って牛肥の中に突っ込んだり、カメを食べたりしたのかと考えるが、何時間熟考しても答えは見出せない。

「私はジークさんみたいな物静かで頼りになる人が好きなの。」

そう言うとジークさんがぽっと頬を染め、エリスさんは、ほーうと目を細めた。

そうなってから自分の発言の語弊に気付く。

「ちがっ、違うわよ!決してジークさんがいいとは……!ともかくそういう人がいたらいいなって思っただけで……!」

「はは、わかってるよ、あんたにそんなつもりがないことくらい。」

わたわたと誤解を解く私に、エリスさんは、なははと笑いながら私の肩を叩く。

なんだよかった……と安心した矢先、カランカランとドアベルが鳴って、5人の男性が入ってきた。

それぞれにシャツに革エプロン、革手袋と、火花を防ぐための鍛冶職人の格好をしている人と、茶色いデニム生地の長袖長ズボンを履いた炭鉱夫の格好をした人がいる。どうやら仕事の帰りで一緒になったらしい。

そして、炭鉱夫の格好をした人たちの中から1人、鍛冶屋の格好をした人たちの中から1人、エリーファに向けて走り寄ってきた。

「……エリーファ、帰ってきたぞ。」

静かに帰りを告げたのはアルバート、私の兄だ。茶髪に珍しい赤色の瞳を持っている。少しシスコン気質で、それにエリーファは困っている。

「よう!エリーファ!元気してるか?」

元気に叫んできたのはジョシュア、茶髪茶目でアルバートの友人だ。面倒見が良く、よくエリーファの相談に乗ってくれる。こちらも若干シスコン(?)気質がある。

「おや、アルにジョシュアじゃないかい!よく帰ってきたね!」とエリス。

「特にアルは、本当によく帰ってきたわ。」

エリーファはそう言いつつ、アルバートとハグをする。抱きついてきたエリーファに、アルバートは静かに腕を回して、応えてきた。

親愛のハグだ。

この地域では、親しい人や家族と、こういうコミュニケーションの取り方をする。

アルバートは1番命の危険が多い炭鉱夫だ。

地下を掘り進めて鉄鉱石や宝石を掘り出すので、落盤などが絶えず、生き埋めになる人も少なくない。だからエリーファは、いつ帰ってくるか、いつ帰ってくるかと毎日神に祈りながら帰りを待っている。

「それより、2人はなんの話をしてたんだ?」とジョシュア。

私とエリスさんが話していたのを見つけていたらしい。

「ああ……実はエリーファの恋人は誰がいいかと思ってね。ほら、もう16だろう、そんな仲がいても違和感ないじゃないか。だからギルがいいんじゃないかってね。」

エリスさんがそう話すのと同時に、2人からこの世のものとは思えない、ビキッと言う音が聞こえた。まるで大木が折れた時のような音だ。

「ちょっ、エリスさん!!2人の前でその話は……!!」

恐る恐る2人を振り向く。ゴゴゴゴゴと音がしそうなくらい、2人を不穏な空気が取り巻いている。

「アル……?ジョシュア……?」

恐る恐る問い返すと、2人からふとその空気が消えた。

「ああ、そうだな。エリーファも16だ。そんな相手がいてもおかしくない。」とアルバート。

「あぁ、まあなー。そんな相手の1人や2人、いてもいいかもしれねぇな!」とジョシュア。

どうやら2人の周りを取り巻くあの空気は気のせいだったらしい。余計な気遣いをして申し訳なかった。ほっと胸を撫で下ろす。

しかしそんな様子のエリーファを尻目に、2人は、

「ギルとか言ったか、休日中に潰しに行くのもありだな。」

「ああ、2度とエリーファに近づけないように恐怖を植えつけに行こう。」

と話しているのだった。

エリスといえば、そんな3人の様子を見つめてニコニコとしている。

「ああ…そうだ、エリーファにお土産。」

ふと策略から目覚めたアルバートは、そう言いながら、ジーンズ地のポケットから何かを取り出す。

「え、なあに?」

手のひらをひらけば、中にあったのは琥珀だった。

「これ、太陽に透かしたエリーフの目に色が似てるだろ?だから貰ってきた。」

確かにそれは、エリーファの目の色と似ていた。エリーファは太陽に透かすとこんな色になるのか、と思いながら受け取る。

「怒られなかったの?」

「これ貰っていいですか、って聞いたら、お前がなんか欲しがるなんて珍しいな、いいぞ、って言われたよ。」

くすりと溢れる柔らかい笑みに温かい情念がこもっていて、一瞬で炭鉱夫の仲間たちを大切に思っているのだとわかる。

「アルの仕事先の人は優しいんだね。」

「ああ、とても優しいよ。」

エリーファの問いかけに、アルバートは嬉しそうに返した。

「ありがとう。」

エリーファはアルバートから琥珀を受け取ると、ハンカチに包んでポケットへと入れた。

「さて!今日も忙しいよ!」

3人の様子を見て話に区切りがついたと判断したのか、エリスが手を叩いて言う。

「そうか。じゃあなエリー。頑張れよ。」

「今日も美味い飯楽しみにしてるからな!」

2人それぞれに言うと、仲間が陣取る席へと戻っていった。


          ◆


夜も深くなって春の暑さが和らいだ頃。

「よし。あらかたお客さんも少なくなってきたし、エリーファ、上がっていいわよ。」

ふう、と額の汗を拭いながら、エリスが言う。その奥ではジークが料理中使いすぎて凝り固まった筋肉を、首を回してほぐしている所だった。

「そうなんですか?でもあとちょっと残ってますけど…」

不安げに辺りを見回すエリーファに、

「いいからいいから。ほら、待ってるよ」

言われて顎で刺された方向を見てみると、ジョシュアとアルバート、2人だけが入り口近くの席に座って待っていた。

「すみません、ありがとうございます。」

エリスに軽く会釈すると、腰に巻いていたエプロンをカウンターの内側へ放り込んでから2人の元へと走り寄る。

「ごめん2人とも!待った?」

「いいや?そんなに待ってないな。」

「大丈夫だ!大して待ってなかった。」

2人が口々に言う。被ってなんと言っているかわからなかったが、取り敢えずうん、と頷いておく。

「それじゃあ、帰ろうか。」

私とアルバートとジョシュアは、同じ家に住んでいる。

ここからそう遠くない住宅街にある家。ボロボロで安く買い取った家を改造して住んでいる。

両親はいない。いないというか、居るのだろうけれど、分からない。

今どこで何をしているのか、生きているのか、死んでいるのか。

だからジョシュアに支えてもらいながら、2人で身を寄せ合って暮らしている。

この町に来た時はすでにアルバートと私の2人だけで、ボロボロだったらしい。最初に見つけてくれたジョシュアが、この町のことを手取り足取り教え、住む場所を与え、職を与え、今があるそうだ。

らしい、と言うのは、私はその当時のことを何も覚えていないからである。全て兄から聞いた話だ。

城から続き、この住宅街まで流れてくる用水路に石を投げ込みながら、ジョシュアが口を開いた。

「知ってるか、最近人攫いが増えてるらしい。」

トポン、と音を立てて石が用水路に入り、流れていく。

「人攫い?」

「ああ。噂によれば金に困った俺たちの同族による犯行らしい。」

同族。

つまり私たちのように魔法が使えない人間たちによる反抗。

世間一般ではアグラッチェロと呼ばれる人間たち。

「これもまた噂らしいけど、どうやら攫った人間は魔導士に売られるらしい。」

「魔導士に?」

「ああ。売られて、農作物を作る奴隷として扱われて、最悪死んじまう奴もいるらしい。」

手の中で拾った石を転がしながら、ジョシュアが言う。

「奴隷同然に……」

「奴隷っていうか、扱いは家畜のそれらしいけどな。魔導士の間では、アグラッチェロを人間として扱うのはあり得ないことだから。」

その場を重苦しい空気が流れる。

ジョシュアは手に持っていた石をもう一度用水路の中へと放り投げた。

「あーあ、魔導士の奴ら、早く滅んじまえばいいのにな。」

ジョシュアの言ったその言葉にさっと血の気が引く。

「ちょっと、滅多なこと言うものじゃないわ。執行官が聞いてたらどうするの。」

「そんなの壁の近くでも行かねえといねえよ。大丈夫だ。」

地面から石を拾い上げながらジョシュアが言う。

「そうだけど、たまにここまで見回りにくることもあるのよ。」

もし執行官がいたなら、即刻ひっ捕らえられて鞭打ち、最悪殺される。

鞭打ちは半日に渡り行われ、それをされたらもう体はボロボロで、一週間は痛みで動かせなくなると聞く。下手をすれば支部に痺れが走って治らなくなるとも言われていた。

「俺たちの上で幸せに暮らして、しかも好き放題しやがる。魔導士様はお気楽でいいぜ。」

ジョシュアは、ヘラヘラ笑いながらも、その目は笑っていない。

魔導士への復讐心に燃えるその視線に、私は思わず目を逸らした。

この手の話題はよく聞く。

酒屋にくる中年の男性たちがよく酒の肴に話す話だ。

それは私たちの年代も例外ではなく。

魔導士に対する不満はそこらに跋扈している。

良ければ感想ください。今後の参考にしようと思います。読みにくいところや違和感のあるところもご報告ください。できれば理由なども添えていただけると幸いです。

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