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第8話 言葉

ブックマークしてくださった方、評価してくださった方、ありがとうございました。

励みになります。このままお付き合いいただけたらありがたいです。

「始業式は20分後に大講堂で行われるから、各自移動しておくようにな」


 朝のショートホームルームが終わると、担任は足早に教室を出て行った。

 足早なのは、担任だけではなかった。

 クラスメイトのほとんどが、可能な限り早く教室から出ようと飛び出すようにいなくなった。

 残ったのは、数人だけだ。

 纏がもう一度仕掛けてくるかと思っていたが、彼女は一番に教室を出ていた。


 やっぱり、彼女自身はそれほど肝が据わっているわけじゃなさそうね。

 自分を鍛えている風もないし、人と金に頼っていれば、そうもなるか。

 さて――


「おい」


 雪華の思考を、通りの良い声が遮った。

 纏の婚約者――と纏が言っていた、美和乃 帝だった。

 声の方向からいって自分に向けての言葉だと分かってはいたが、雪華は無視した。

 人に向かって「おい」などと言う高圧的な態度をとる者に応えるいわれはない。

 あの姫君ラシャンテだって、人を呼ぶときはきちんと名前で、という作法はきちんと守っていたというのに、無作法にもほどがある。


「……真木 雪華」


 名前を呼ばれたなら、さすがに報いないわけにはいかない。

 顔を上げると、少し離れたところに帝が立っていた。


「ん?」

「さっきの言葉は、どういう意味だ?」

「さっきのって……いろいろ言っちゃったけど、どれのこと?」

「去年の雪華とは違う、とは、どういう意味だ」

「ああ……」


 ちょっと、感情的になって言い回しを間違ったか。

 「去年の私とは違う」くらいの表現をすればよかったのだが、今となっては仕方がない。


「そのままの意味だけど、変だったかな」


 言って、雪華はにっこり笑った。

 笑って誤魔化すというわけではないが、取り立てて不自然な言葉でもないのだから、押し通してしまおう。


「俺は、あの纏という人間をよく知っている。公的な関係はともかくとして、関わりをもつ機会が多いからな。この学校の人間も含めて、誰も、面と向かって歯向かったりはしない。実際、去年のお前も歯向かえなかった。何をどうすれば、そんな変化を起こせる? それを……」

「まさか、あの纏ちゃんに、正面から啖呵を切る娘がいるとは思わなかったよねー」


 帝の肩に手を組んで、大きな体が躍り出た。


湊屋みなとや 藤助とうすけくん、だっけ」

「ありゃ、覚えてくれてたの? 嬉しいねー」


 大きな体をゆすって、藤助が笑う。

 雪華は瞬間的に知識の棚を手繰った。

 たしか、国賓に料理を提供するほどの料亭『湊屋本舗』という老舗割烹の跡取りだったはずだ。

 雪華の日記には詳しいことは記録されていなかったが、帝や纏について調べている中で、彼についての情報もいくつか目についた。

 どうやら、旧知の仲であるらしい。

 いかにも迷惑そうな顔をする帝の頬を、藤助が指でつまんで引っ張る。


「こいつの名前は覚えてる?」

「美和乃 帝くん、でしょ。インターネットに個人情報が載ってるくらい有名だもの」

「だとさ、よかったじゃん」


 帝の頭をぽんぽんと叩いて、藤助がまた笑う。


「こいつさー、ちょっと焦ってるんだよ。高校を卒業しちゃうと、このまま纏ちゃんと結婚させられるからさ、その前に、彼女よりも自分にふさわしい女性を見つけてみせなきゃならんのよ。そんで、ようやく纏ちゃんに立ち向かう女の子が登場したもんだから……」

「藤助」


 帝が放った声は鋭く、藤助の口はぴたっと止まった。


「軽はずみな発言をするな。お前だって、湊屋本舗の跡取りとして、品行方正にせねばならんはずだろう。現当主に、『ありのまま』を伝えてもいいんだぞ」

「……へいへい、合点」


 ひとつ咳払いをして、帝が雪華に向き直る。


「勘違いするな。お前が纏に歯向かったから、すぐにどうということはない。多少、興味が沸いたというだけだ。一度キレて纏に抗したからといって、俺にふさわしい女かどうかなどまだ分からん」

「……う~ん」


 雪華は、おもむろに立ち上がった。


「それなら、もう除外してくれていいよ」

「何?」


 帝が首をかしげる。


「私は、確実に、あなたにふさわしくないから」


 怪訝そうな表情を浮かべる二人に、雪華は言葉を続けた。


「婚約者が好き放題してるのに、それを制止も出来ない軟弱者には、私は勿体ないもの」

「な……」

「関わりのある小娘の愚行を止められないくせに、さも自分が偉大な人物かのような物の言い方はよしたほうがいいよ。居丈高に振舞えば振舞うほど、滑稽だから」


 にわかに顔を紅潮させる帝に、雪華はさらに言う。


「いいこと教えてあげる」


 雪華の頭に、今は亡き――虚構の世界の――父王の声が蘇る。


「人と人って、与えたものだけが返ってくるのよ。憎めば憎しみが、恐れさせれば恐怖が、そして――」

「愛せば、愛が」


 思いがけず続きを言われ、雪華は驚いてしまった。


「……うん、そういうこと。だから、あんまり高圧的に人に当たらない方がいいよ。それはきっと、巡り巡って自分に跳ね返ってくるものだから」


 そう言って、雪華は教室の掛け時計を見た。


「話が済んだなら、私、行くね。さすがに初っ端の式に出ないわけにはいかないから……朝もそうだけど、話がしたいなら、もっと時間に余裕があるときにしてくれるとありがたいかな」


 始業式だというのにリュックを担いで教室を出る雪華を見送って、帝と藤助は互いに顔を見合わせた。


「お前さー……なんで最後の方を合わせられたわけ?」

「俺が知っているのは問題じゃない。向こうが知っていたのが問題なんだ」

作者の成井です。

今回のエピソードをお読み頂き、ありがとうございました。


「面白い話だった」「続きも読んでみよう」と思って頂けたなら、

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それでは、また次のエピソードで。

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