第78話 攻略
「覚えてないのー? プリレボやってたときに、はじめはキャラクターの名前を『くん』『さん』づけして呼んでたのに、途中からそれがなくなって、すごーくハマっていったじゃん」
「あ~……なるほど、ね」
そういえば、『雪華』の日記が例のゲーム『プリンセス☆レボリューション』のことだらけになっていた時期があった。
言われてみると、そんな変化もあったような気もする。
「私は、あの時のキラキラした雪っちゃんの状態を乙女モードって呼んでるんだけどー……」
桜が目を開き、雪華を見つめる。
妙な緊張を覚えながら、雪華は桜の言葉を待つ。
すぐ横の藤助も、何も言わずにそれを見る。
「ついに現実の相手にも、乙女モードが発動しちゃったのかもねー」
そう言って、桜はにっこり笑った。
対照的に、隣の藤助は目を広げて、口を大きく開けて固まってしまった。
「せ、雪華ちゃん……ウソだろ……俺という男がありながら」
「ちょ、ちょっと待ってよ。だから、藤助くんとは別に交際してないし、それに右近のことだって、別に特別、恋愛感情があるわけじゃ……」
言いながら、頭の中には右近の顔が鮮明に蘇る。
はたと口が止まった雪華を、藤助が心配そうにのぞき込んだ。
「そ、そこで止まられるとさぁ……桜ちゃん、これって、その、マジってこと?」
桜が藤助を見て、それから雪華に視線を移す。
またじっと見て、桜はまた笑う。
「マジのマジ、大マジだねー」
桜が言うと、キッチンの方で、ガタン、と大きく音が鳴った。
反射的に視線を動かすと、どうやら、父が木製の大皿を手から取りこぼしたらしい。
「大丈夫!?」
雪華の声に、大丈夫だ、と父の声が届く。
食器を落とすなんて、珍しい。
疲れがたまってるのかな。
「雪っちゃんにも春が来たか~。いやー、我が親友ながら、いい顔してるなー」
ジンジャーエールを一口飲んで、桜が嬉しそうに言った。
「桜っちゃん、あんまり変なこと言わないでね。それでなくても、ウチの学校はそういう話題で面倒なことが起きるんだから」
「はーい」
桜が屈託のない笑顔を浮かべて、雪華は苦笑した。
「俺が帝のワガママに付き合わされてるうちに、こんな急展開になるなんて、マジで一生の不覚だぜ……よっしゃ、雪華ちゃん、今週末、ヒマ? 一緒にどこか行かない?」
「今のところ予定はないけど、そんなことより、帝くんのワガママって?」
藤助が大きくため息をつく。
「そうだよ、考えてみれば、あいつのワガママの発端は雪華ちゃんだぜ。だから、それによって迷惑を被った俺を、雪華ちゃんが慰めてくれるのは自然なことだ」
「どうしてそうなるのよ。だいたい、帝くんと纏さんの関係を固めたのは私だったようなものなんだから、感謝こそされても、文句を言われる筋合いはないでしょ」
「それがさぁ……」
藤助が一口コーヒーを飲み、カップを持ったまま言葉を次ぐ。
「ほら、そのプリレボっつーゲームの話をあいつにしたろ? それで、なんか確かめたいことがあるとか言って、まずは俺もあのゲームをやらされたわけよ」
藤助がまた一口コーヒーを飲み、カップを置いた。
「それで、一応全ルートを攻略する必要があるとかいうから、俺も隠しルートを含む3つのエンディングを見るのを手伝わされたんだ。あいつはあいつで3ルートやって……いや~、ありゃ地獄だったぜ。何が悲しくて、健全な男である俺が、男キャラクターが喜ぶセリフを選んでプレゼントして、しまいにゃ告白されなきゃならねーんだっつー……」
「今は、そういうのも流行ってるけどねー」
「あ~、BLっつーやつね。でもホラ、BLはBL用のゲームが結構出されてるから……って、そうじゃなくて。あ、コーヒーおかわりね」
雪華はカップを受け取り、新しいカップにコーヒーを用意する。
お湯を注ぐだけ、というわけではないので、それなりに時間はかかる。
「それで、どうなったの?」
「大変なのは、そこからさ。帝のやつ、何が納得できなかったのか、メーカーに確認したいことがあるっつって、わざわざ会社にまで足を運んだんだぜ」
「え……?」
拭いていたカトラリを取りこぼしそうになり、すんでのところで握力を取り戻した。
帝が確かめたかったことというのは、「人と人は、与えたものだけが返ってくる。憎めば憎しみが、恐れさせれば恐怖が、そして愛せば、愛が」という言葉の出所に違いない。
自分の父が、王家に伝わる家訓だと教えてくれた言葉。
2年生になってすぐ、勢いで帝に向かって言い、彼はなぜそれを――美和乃グループの後継者に伝えられる言葉を知っているのかと訝しんだ。
虚構の王家に伝わる言葉だと説明するわけにもいかず、そのときは何も言わなかったが、少し前に、いざこざを片付けるために「プリンセス☆レボリューション」の名前を出した。
自分が元いた世界なのだから、そのゲームをやれば例の言葉が登場すると思ったからだ。
しかし、だ。
あのゲームは、義妹の視点で描かれた、ごく短い間の出来事でしかない。
しかし、リセが王宮に現れる前から自分の人生は確かに存在していたし、時間はしっかりと流れていた。
そして、考えてみれば、父王が自分にあの言葉を教えてくれたのは、リセと出会うよりも前の出来事だ。
まさか……ゲームの中に、あの言葉そのものは登場していないのではないだろうか。