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第7話 宣言

 教室を見つけ、雪華は自席の位置を確認し、腰を下ろした。

 雪華に視線を送る者はいても、声をかけてくる者はいない。

 まぁ、それはそうだろうな、と雪華は思う。

 朝のことを知っていれば、何をしでかすか分からない危険な人間に見えて、声をかけにくいだろう。

 知らなくても、どうして急に学校に来たのだろうと訝しんで声をかけられないだろう。


 雪華は後ろのロッカーにはリュックを持っていかず、机の横にかけた。

 そういえば、と日記の内容を思い出す。


「机が墨か何かで真っ黒に塗りつぶされた。触るとベタベタして、とてもじゃないけど使えなかった」


 目の前の天板は、ピカピカだ。

 人差し指でついっと触れてみると、明らかに新品だった。

 王宮で使われていた執務台よりも上等に見える。

 来るか来ないか知れない、しかも加賀グループが標的にしている生徒にも、こんなものをあてがってくれるなんて……と雪華は静かに笑った。

 どうやら、この学校の人間すべてが良心を失っているわけではないようだ。

 雪華は、他にも、知識にはあっても初めて見る多くのものを、興味深く眺めていった。

 そうしている内に、纏が教室に入ってきた。

 眉間に皺を寄せて、キッと雪華を睨む。

 雪華は笑顔をつくり、小さく手を振って応えた。

 それを見て、纏はさらに顔を赤くして雪華に近づく。


「手、大丈夫だった?」


 笑顔を崩さず、雪華は口を開いた。


「ええ……当分、質の良い軟膏を塗らなければならないそうですけれど」


 口の端を引きつらせながら、纏が答える。

 そのまま視線を下に落とし、机を一瞥した。


「あら、新品の机を用意してくださったようですのね。さすがは花コーと言いたいところですけれど、お金の無駄にならなければいいわね」


 そうだね、と雪華はにっこり笑った。


「限られた資源と予算の中、用意してくれた机だもん。ちょっと汚れたくらいなら、綺麗にして最後まで使わなくっちゃね。纏さんも、そう思うでしょ?」


 雪華の言葉に、纏の目の周りがぴくぴくと痙攣したように動く。


「ええ、まったくその通りですわ。お互いに、道具は大切にしましょうね。ところで……」


 真新しい机に手をついて、纏が雪華に顔を近づける。

 雪華は、嗅いだことのない香水だわ、と思ってすぐ、それもそうか、と内心で苦笑した。


「あなた、2年生での4クラスがどのように編成されているか、ご存じかしら」

「ぜんぜん」


 にこにこ笑う雪華を見て、纏もニヤリと口を歪めた。


「A組は、特待生や1年での活躍度合いが大きかった優等生を集めて編成されたクラスよ。BとCはそうではない生徒。Dには例年、素行がよろしくない生徒が集められるの。各クラスで人数にばらつきがあるのはそのためよ」

「へぇ。そうなんだ」

「おかしいと思いませんか?」

「思うよ」

「あなたのような」

「あんたみたいな」


 纏の言葉を、雪華が遮った。

 直後に起きるであろう纏の激昂に、誰もが身をすくめて備えた。

 しかし、二人を見るクラスメイトの予想を裏切って、纏は口を閉ざしたまま固まっていた。

 雪華の、冷たく、底の知れない瞳に見つめられて、纏は言葉を失っていたのである。

 さっきまでの笑みは、お互いに消えていた。

 雪華が立ち上がると、纏は半歩、後ずさった。


「人を傷つけ、自死を選ぶほどに追い詰めておきながら、それを意に介さない人間の、どこが優等生?」


 その声は細く小さかったが、言いようの無い迫力に満ちていた。


「私は、私を害する敵に一切の容赦をしない」


 教室中の人間が、雪華の言葉に耳を傾けていた。

 雪華は続ける。


「宣言しておくわ。私は、去年の雪華とは違う。それでも貴女が真正面から争おうというのならば、受けて立つ。徒党を組んで陥れようとするならば、関わった者すべてに対抗する」


 雪華がちらっと教室を見渡すと、誰もが緊張した面持ちで彼女を見ていた。

 顔面を蒼白にした纏を、雪華はあらためてその双眸で射抜いた。


「私は、正しく生きる。あなたは、どうする?」


 タイミングを見計らったように、チャイムが鳴った。


「ち、着席しろよー」


 いつから教室に居たものなのか、担任らしき教師が声を挙げた。

 纏はさっと視線を下げて、自席に向かった。

 雪華は、ふぅ、と小さく息を吐いて、すとんと席に着いた。

作者の成井です。

今回のエピソードをお読み頂き、ありがとうございました。


「面白い話だった」「続きも読んでみよう」と思って頂けたなら、

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それでは、また次のエピソードで。

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