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第54話 反省

「シ、シチュー、出来ましたよー!」


 妙齢の女性が、カウンターの奥で声を上げる。

 大立ち回りを見ていた他の客がそそくさとテーブルや椅子の配置を元に戻した。

 スタッフらしい人が二人、ほうきとちり取りを持って来た。

 カウンターに向かおうとする雪華を、藤助が手で制する。


「俺、取ってくるよ」


 雪華は頷き、椅子に腰を下ろした。

 散乱していたガラス片はあっという間に片づけられ、雪華たちが来た最初の美しさを取り戻していた。

 やはり、喧騒さえなければ落ち着いた雰囲気の、心地よい空間だ。

 藤助がカウンターの女性と何か言葉を交わしている間に、親子連れの所に料理が運ばれていた。

 どうやら、台無しになってしまった料理が作りなおされて、運ばれてきたらしい。

 少年は満面に喜色を讃え、両親は何度も頭を下げて感謝を述べているらしかった。


「お待たせ」


 藤助が戻ってきた。

 ふたつのおぼんがテーブルに置かれる。

 鼻の奥をわくわくさせる芳醇なブラウンシチューの香りがふわっと漂う。

 それに付け合わせのバゲットと、小さなプリンも添えられていた。

 これは頼んでいないような、と思っていると、藤助が笑った。


「ご活躍のお礼に、だってさ」


 視線を上げてカウンターを見ると、視線に気づいた女性がにっと笑った。

 雪華は苦笑して、軽く頭を下げた。

 ふたりは同時に両手を合わせてスプーンを手に取り、シチューを掬って口に入れた。

 そして、ふたり同時に、にやりと笑った。


「美味しいね」

「うん、こりゃ絶品だ」


 かつて宮廷で口にした、司厨長自ら腕を振るった一皿に勝るとも劣らない。

 藤助は味の秘密を探りながら、ああでもない、こうでもないと言葉を紡ぐが、雪華は深く考えずに味わうことに専念した。

 バゲットでシチュー皿をすっかりきれいにして、雪華がプリンに手を伸ばす。


「そういえば、さ」


 藤助が口を開く。


「さっきの、すごかったね」

「さっきの?」


 雪華は頬を掻いた。


「ほら、肘でバキッ、ドカッ、ってさ」

「拳は骨が割れやすくて、相手の固い顎なんかを打つと、こっちも危ないでしょ。その点、肘は固いからね」

「ああ、なるほどね……って、いや、そうじゃなくて!」


 苦笑しながら、藤助がテレビで見たようなジェスチャーをする。


「なんか、格闘技経験あるの? 空手とか?」


 当然の疑問だ。


「動画だよ」

「動画?」

「私、家にいる時間が長かったから、その間にいろんな動画をネットで見てたの。それで、一時期護身術の動画ばっかり見てたから……」


 言いながら、苦しいな、と雪華は心の内に苦笑していた。

 見取稽古は武芸においても有効だが、だからといって達人の動きを見ているだけで体現できるはずがない。

 そして、聞いている藤助が、こんな話をまるきり信じるほどの考えなしではないのは分かっている。

 だが、藤助は何度か小さく頷き、プリンに手を伸ばした。


「やっぱりミステリアスだぜ、雪華ちゃんは」


 藤助はそれだけ言って、スプーンを口に運んだ。

 雪華は、気付いた。

 藤助の手が、まだかすかに震えている。


「藤助くん」

「ん?」

「どこか痛めた?」


 藤助がハッとして、自分の手が震えているのを見て、それから笑みを浮かべた。


「ハハ、情けねーよな。怪我はしてないよ。ただ、ビビッて、震えちまって、それがまだ抜けてないってだけ」


 プリンを一口食べて、藤助が短く息を吐く。


「俺と雪華ちゃんの活躍が逆なら最高だったんだけどな。俺がカッコよく戦って、雪華ちゃんが目をキラキラさせてさ。現実は難しいよな、まったく無力だったぜ」


 困ったような顔で笑いながら話す藤助に、雪華はクスッとほほ笑んだ。


「そんなことない。自分が無力だと考えない限り、人は誰も無力じゃないわ。実際、最後の一人は藤助くんが取り押さえたじゃない」


 雪華も、プリンを一口すくった。


「結構、かっこよかったと思うわよ」


 雪華の言葉に、藤助は分かりやすいほどに耳を赤くした。


「マジで? 俺、カッコよかった?」

「わ、私の主観はともかくとして、客観的にはそうなんじゃないかな」


 あまりの喜びぶりに、雪華の方が照れてしまった。

 思わず目を逸らすと、視線の先に例の家族が居た。

 雪華の視線に気付き、少年がぶんぶんと手を振った。

 それを見て、雪華はふふっと微笑み、小さく手を振って応える。


「雪華ちゃん」

「ん?」

「雪華ちゃんがブチギレたのって、あの子が泣いたから?」

「ん……そう、だと思う。カッとなっちゃった」


 雪華の言葉を聞き、藤助は、頭を掻いた。


「子どもが泣いて怒り心頭なんて、雪華ちゃん、カッコよすぎだな~。そういや、体育祭で牡丹ちゃんが足痛めたときもキレたんだっけ? まさに仁、ってやつだよな」


 連続するほめ言葉に、雪華が頬を赤らめる。

 思わず暴力をふるってしまったが、評価してもらえるのは嬉しいものだ。


「ほら、食べちゃわないと、冷めるよ」


 雪華はまた目を逸らして、シチューを一口運んだ。

作者の成井です。

今回のエピソードをお読み頂き、ありがとうございました。

これまでの作品で一番読んで頂けているので、これからも頑張ろうと思います。


「面白い話だった」「続きも読んでみよう」と思って頂けたなら、

ブックマーク登録や、下の☆☆☆☆☆欄での評価をしていただけると幸いです。


それでは、また次のエピソードで。

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