表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

49/100

第49話 待合

 デートの当日、いつもよりも少し早く起きた雪華は、昨日のメモを一通り読み直してから、朝食を採りに一回に降りた。

 いつも通りの朝食を済ませ、歯を磨き、軽くメイクをする。

 以前ならメイクアップに随分時間をかけたものだったが、この世界では、特殊な職業についていない限りはそこまでは要らないらしい。

 時計を見て、余裕があることを確認して、少し本を読む。

 しかし、頭の中では昨日のメモのいくつかが反復されたので、本を置いて、メモを手に横になった。


・デート当日は、女子は30分ほど早くついておくのが定番


 アンダーラインを引いた一文を見て、雪華は苦笑した。

 この世界には、男女が連れ立っていく際の定番の儀式があるのだという。

 女性が早めに着いておき、男性が遅れてくる。

 そして、男性が「ごめん、待った?」と聞いたら、女性は「ううん、今来たところ」と答えるのだそうだ。

 他にも「デートと言えば?」という言葉で検索をかけて、いくつもの不思議なしきたりを目にした。

 すべて頭に入っているとは言い難いが、恥を掻かずに済む程度には理解しているはずだ。

 雪華は時計を見て、そろそろかな、と玄関に向かった。

 両親には、昨日の内に出かけることを伝えてある。


「藤助くんと水族館に行くことになった」


 雪華がそう言ったとき、母はどこか嬉しそうな表情だったが、父の表情からは感情が読み取れなかった。


「あまり遅くならないようにな」


 父がそれだけ言ったので、雪華は頷き、その後は話題が変わってしまった。

 玄関から出て、自転車に乗り、駅へ向かう。

 夏の風が肌に心地いい。

 高校からさらに少し先に行って、山吹駅に着いた。

 前に帝に連れられて行った大きな駅とは違い、小さめの、居心地のよさそうな場所だ。

 駐輪場に自転車を停め、鍵をかけて、駅舎に入る。


「おはよ、雪華ちゃん」

「おはよう」


 既に中で待っていたらしい藤助に挨拶を返しながら、雪華は掛け時計を見た。

 9時25分。

 自分が遅いわけではない。

 この場合は、どうすればいいのだろう。

 腰かけていたベンチから勢いよく立ち上がった藤助は、嬉しそうに笑っている。

 見慣れない赤いTシャツに、黒いデニムを履いていた。


「えっと……ごめんね、待った?」


 男女が逆だな、と思いながら、雪華は予習の成果を発揮する。


「いや、ついさっき来たとこだよ」


 藤助がやはり嬉しそうに笑うので、どうやら間違いではなかったらしい。

 男女が逆のパターンもあるんだな、と雪華は知識を更新した。


「雪華ちゃんも、早かったね。もしかして、楽しみにしてくれてた?」

「え? うん、まぁ。楽しみだったよ」


 雪華が頷きながら言うと、藤助の表情はさらに明るくなる。


「んじゃ、だいぶ早いけど向かっちゃおうか」

「うん、いいよ」


 雪華は少しの緊張を覚えながら、ICカードを取り出して、改札を抜けた。

 公共の交通手段の使い方については、外国人用に編集された説明動画でしっかり確認した。

 元の『雪華』がどこまで経験があったのかは分からないが、スムーズに出来るに越したことはない。


「あれ、でも……時間が早すぎて、電車がまだ来ないんじゃない?」

「いや、実はあと2分くらいで一本来るはずなんだ。俺、ちゃんと調べてきたんだぜ」


 はにかむ藤助を見て、雪華にも笑みがこぼれる。


「私もいろいろ調べては来たけど、電車の時間は見てこなかったな」

「調べてきたって……そっか、そんなに楽しみにしてくれてたなんて、嬉しいよ」


 ほどなく到着した車両に、ふたりは乗り込んだ。

 車内はほとんど誰も乗っておらず、広いスペースに、二人は広く座った。

 ガタコト揺られながら、藤助が横目で雪華を見る。


「どうしたの?」

「あ、いや……」


 慌てて視線を逸らす藤助を、雪華はじっと見続ける。


「いつもより、歯切れが悪いんじゃない? 普段なら、ペラペラと容姿を褒めそうなものだけど」


 雪華がくすくす笑うと、藤助は苦笑しながら口を開く。


「褒めようと思ったんだけど、マジで見とれちゃってたんだよ」

「そうそう、そんな感じよね」

「雪華ちゃん、信じてなくない?」

「そんなことないよ。お褒めに預かり、恐悦至極でございます」


 かつて側近が使っていたような言葉を抑揚無く口にする。


「ちぇ~、俺ってよっぽど言葉の信用度失ってるんだな。まぁ、その挽回のための今日という日だから、絶対雪華ちゃんを振り向かせてみせるぜ」

「気合を入れるのは構わないけど、水族館はちゃんと満喫させてよね」


 握りこぶしをつくる藤助に、雪華はため息交じりに言葉を紡いだ。

作者の成井です。

今回のエピソードをお読み頂き、ありがとうございました。


「面白い話だった」「続きも読んでみよう」と思って頂けたなら、

ブックマーク登録や、下の☆☆☆☆☆欄での評価をしていただけると幸いです。


それでは、また次のエピソードで。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ