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第48話 予習

 週末の日課にしている午前の運動を終えて、汗の処理をし、雪華は涼しい格好になってタブレットに向かった。

 『デート』という単語を軸にして、検索をかけてみる。

 操作にはすっかり慣れたが、情報の精査には時間がかかる。

 気になったことを目にしては、不要になった紙の裏に書き留めていった。

 この世界の文字も、随分整えて書けるようになったな、と雪華は自画自賛した。


 どうやら、経済的に自立している社会人と、そうではない学生とでは、『デート』に違いがありそうだった。


 ・初デートでは、待ち時間の長い施設はやめた方が無難

 ・かかる費用は、学生なら折半わりかんでいい

 ・着ていく服は、行く場所に合わせる


 その他、学生同士のデート体験談をいくつか読んだ後、雪華はため息をついた。


「ケースバイケース、っていう結論ばかりね」


 同じような展開で愛が深まったという話もあるし、喧嘩になって別れたという話もある。

 同じ場所に行って楽しかったという声もあれば、つまらなかったという声もある。

 詰まるところ、想いあっている二人なら何をしても楽しいのだろうし、そうでないのならどこで何をしても面白くはないのかもしれない。

 かつて、ラシャンテだったときの経験を思い出してみても、それは少し分かるような気がした。


「ラシャンテ、遠乗りをしよう」


 婚約して間もない頃、アランデュカスはよく遠乗りに誘ってきた。

 彼は武術の心得はそれなりにあって、馬術もたしなんではいた。

 馬を繰るのはラシャンテのほうが上手かったが、お互いに共通の趣味として認識していたように思う。


「いいわね。今日は、どこに行こうかしら」


 ラシャンテが言うと、アランデュカスは決まって同じ言葉を返した。


「君となら、どこへでも構わないさ」


 今となっては顔から火が出る思いだが、あの頃は、その一言が聞きたくて同じ質問をしていたのだ。

 検索している中で見かけた、「恋に恋する」という表現がしっくり当てはまるような気がした。

 思えば、遠乗りの度にクローゼットの前で何十分も過ごしていた。

 どっちを着れば美しく見えるだろうか、こっちは体のラインが出ていいかもしれない、いやあっちの方が……と手にとっては戻し、手にとっては戻した。


 おもむろに立ち上がって、雪華は自室のクローゼットを開けた。

 あの頃とは違って、中はスッキリしている。

 百を超えるきらびやかなドレスは、そこにはない。

 制服と、冬物のコート、春秋用のウインドブレーカー、運動用のセットアップが三着。

 あとは、何もかかっていないハンガーがあるだけだ。


「……選びようがない、っていうのも、手間がかからないと思えば悪くないか」


 履き慣れたデニムと、新しめの、襟付きのシャツを着て行けばそれでいいだろう。

 学校用のリュックよりは、小さなショルダーバッグの方が見た目はよさそうだ。

 なんにせよ、コルセットをつけなくていいのは楽でいい。

 ふむ、と一息ついたところで、スマホが着信音を奏でた。

 画面を見ると、藤助からのメッセージが表示されている。


「明日、午前10時に山吹駅前の広場に待ち合わせでいい?」


 雪華は検索用のブラウザを開き、山吹駅の場所を検索した。

 高校から一番近い駅のようだから、問題はないだろう。


「いいよ」


 メッセージを返信して、雪華は続けて指で言葉を編んでいく。


「どこに行く予定なの?」


 少し待つと、新たなメッセージが表示された。


「検討中」


 どう返していいものか迷っている内に、また新しいメッセージが表示される。


「雪華ちゃん、苦手な場所とか食べ物ある?」


 雪華は首を傾げて記憶を辿ってみる。

 苦手な場所と言われても、ひとつも思い当たらない。

 かと言って、特段、どこが好きということもない。

 単純に、こちら側の世界での経験に乏しいせいだ。

 苦手な食べ物は、といえば、すぐに思い当たるものはあった。


「苦手な場所はないと思うけど、納豆は苦手」


 言葉を打ち込みながら、苦笑が漏れる。

 『雪華』は、納豆が好きだったようだ。

 味覚が変わったわけではないようで、口に含み、噛むと、確かに旨味は感じた。

 ただ、ラシャンテとしての意識が、あの糸を引く豆を口に入れることをどうしても拒むのである。

 意を決して食べる娘の様子を見て、両親は不思議がったので、それ以降平然さを取り繕って食べてはいるが、出来ることなら食べたくないというのが本音だった。


「デートで納豆は食べないっしょw」


 そういうものなのか、と小さく頷き、雪華は次のメッセージを待つ。


「水族館なんてどう?」


 表示された文字に、雪華の表情がパッと明るくなる。

 そして、雪華はすぐさま返事を打ち込んだ。


「いいよ」


 水族館。

 生きている魚を見ることが出来るという魔法のような施設だ。

 この世界について調べていて、もっとも興味を惹かれた場所のひとつだった。

 俄然、楽しみになってきた。

 雪華はスマホを置いて、机の上のタブレットを開き、あらためて水族館とはどういう場所なのかを調べ始めた。

作者の成井です。

今回のエピソードをお読み頂き、ありがとうございました。


「面白い話だった」「続きも読んでみよう」と思って頂けたなら、

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それでは、また次のエピソードで。

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