第39話 熱意
「先輩、いくらなんでも、初対面でそりゃねーでしょ。ろくに話もしてない、お互いに名前は知っている程度で付き合うとかどうとかっていうのはさぁ」
「藤助くんも似たようなものだったでしょ……それに、付き合うの意味を取り違えてる。僕『に』付き合ってほしい、って、私は先輩の何にお付き合いすればいいんですか?」
雪華が言うと、惟貞はスッと立ち上がった。
身長は、雪華よりも少し高いくらいだろうか。
普段、藤助や蔵人を見慣れているせいか、だいぶ小さく見える。
「半年後に控えている卒業制作展に出す絵の、モデルをお願いしたいんです」
「はぁ……いいですけど」
雪華が答えると、二人のやりとりに注目していた数人がにわかにざわついた。
「ほ、本当にいいんですか!?」
「え、だって……絵のモデルをするだけですよね」
肖像画を残すことは、シャングリラ王家の恒例行事だった。
第一王女ともなれば季節に一回は描かれることが取り決められていて、一度に3、4人の絵描きがそれぞれの角度から筆を執った。
自分としては望んでいるわけではなかったが、父王の命ということもあって長時間姿勢をつくって座り続けていたものだ。
はじめは武芸の訓練になると考え真剣に取り組んでいたが、慣れてくると、微笑を固めたまま半分寝るような特殊な技術も身につけた。
それを思えば、たったの一度、一人のモデルを務めることなど、たいして苦労はない。
「ちょっとよろしいかしら」
いつの間に近くに来ていたのか、纏が言った。
ここ二週間、めっきり関わることが無くなっていたから、久しぶりに聞く声だ。
「わたくしが口を挟むことでもないのですけれど、なぜ真木さんをモデルにしたいのか、お聞きしたいものですわ」
じろりと雪華を見る目は、明らかに嫉妬に燃えていた。
自分を差し置いて、という悔しさがあるのだろう。
同じ女としてその気持ちが分かるだけに、悪い気はしない。
「卒業制作に何を描くべきか、僕は4月からずっと思い悩んできました。そんな中、先日の体育祭で走る真木さんを見て衝撃を受けたんです。内側から滲み出るような輝きが、僕には見えました。何か人とは違う、秘められた強さを感じたんです」
早口になりながら、熱を込めて惟貞は続ける。
「はじめは、そのときに感じた輝きやきらめきを絵にしようとしました。でも、抽象画では描けないと思ったんです。僕は、完全に真木さんの姿そのものに心を奪われていると気づきました」
「おいおい、話の方向性が変わってきてないか」
「しっ、最後まで聞きましょうよ」
藤助の呟きを、牡丹が遮る。
「この二週間、悩みました。これまで僕は、抽象画をメインに描いてきました。そんな僕が誰かをモデルにして描けるものだろうかと。でも、僕は、僕の直感を信じたい。あなたを描きたいんです!」
血走りそうな目で、惟貞が雪華を見る。
芸術家というのは自分の世界に入り込みやすいものだが、彼も例に漏れないようだ。
「……美しい女子生徒なら、他にいくらでもいそうなものですけれど。まぁ、蓼食う虫も好き好きと言いますしね」
纏が踵を返し、雪華達から遠ざかる。
あの様子なら、この絵描きに嫌がらせをすることもなさそうだ。
やはり帝のことがあってか、多少は落ち着いてきているのかもしれない。
「さ、行きましょう、帝様」
無言で数度小さく頷いて、帝は纏と出て行った。
舞と栞もそれに追随する。
「ちょっと、聞きたいんですけど」
牡丹が言った。
「絵のモデルって、具体的にどういうことをするんですか?」
「いくつかの角度から写真を撮らせてもらって、それを元に描くのが基本ではあります。でも、僕は肉眼で見た感覚そのものをキャンバスに封じ込めたい。だから、何度か協力をお願いすることになると思います。それが何回になるかは、今はまだなんとも言えませんが……」
惟貞がじっと雪華を見る。
「そっか、写真があるから何時間も止まってなくていいのか……」
「はい?」
「ああ、いえ、独り言です。さっきも言いましたけど、いいですよ。別に減るものじゃないし」
「本当ですか!」
惟貞は、勢いよく雪華の両手を握った。
雪華の視界の端で、藤助がまた大口を開ける。
「今度、あらためてご連絡差し上げます! 真木さん、ありがとう! 僕の絵描き魂にかけて、絶対に素晴らしい作品を創り上げてみせます!!」
惟貞はそう言うと、嬉しそうに教室を飛び出して駆けて行った。
廊下から驚きの声がちらほら聞こえてきたので、何か周囲を驚かせる様子だったのは間違いなかった。
教室の雪華と牡丹は互いに顔を見合わせ、苦笑を浮かべあった。
「さすが雪華、って言った方がいいのかな、この場合」
「う~ん……まぁ、でも、自分を評価してくれてるっていうのはありがたい、かな」
初めて『自分』の顔を見たときは、可愛らしい顔立ちだとは思いながらも、艶が足りないと思ってしまったものだ。
それがこうして絵のモデルにしたい人がいるというのであれば、悪くないと思える。
「俺はショックだぜ……雪華ちゃんってクールでドライだから、あんな奴の申し出突っぱねると思ったのに」
眉間に皺を寄せる藤助に、雪華は笑った。
「私がクールかドライかは置いといて、先輩の目、見たでしょ? あれが本気っていうものだから」
作者の成井です。
今回のエピソードをお読み頂き、ありがとうございました。
「面白い話だった」「続きも読んでみよう」と思って頂けたなら、
ブックマーク登録や、下の☆☆☆☆☆欄での評価をしていただけると幸いです。
それでは、また次のエピソードで。




