第24話 帰り道
「ってことで、みんなで飯食って帰ろうぜ!」
週で最後の『特訓』が終わるや、藤助が言った。
「何が「ってことで」なのか分からないし……それに、「みんなで」ってわけにはいかないでしょ」
雪華が牡丹を見ると、彼女は笑顔でふるふると首を振った。
ポニーテールが一緒に揺れる。
「今日は、陸上部の練習も早上がりなの」
「も?」
言いながら蔵人を見る。
長身に見合う大きな手で、親指を立ててニッと笑う。
だんだん、彼が無言であることに抵抗がなくなってきた。
視線を舞と栞に向けると、二人は澄ました顔で反応を見せない。
「一緒に汗を流す内に分かり合う。いやぁ、青春ってやつだねぇ。そう、言うなれば……」
「青春ってやつだ、って先に言っちゃってるじゃない」
雪華が呆れながら言葉を継ぐと、舞と栞も薄く笑っていた。
ふたりは毎日の練習にしっかり参加し、日々のメニューをそつなくこなしていた。
てっきり、纏が情報収集のために送り込んできた間者だと思っていたが、そうでもないのだろうか。
「ふたりはどうする?」
藤助が、その舞と栞に向かって言う。
にわかに、牡丹の表情が険しくなる。
「場所によります」
栞が言った。
「そりゃもちろん、喫茶『シャングリラ』……」
「帰るわよ、栞」
即座に振り返って、二人は離れていく。
「やれやれ……取り付くシマウマってやつだ、こりゃ」
「島だ。取りつく島もない」
帝が藤助をにらみながら口を開き、それから視線を雪華に移す。
「気を悪くするな」
「え?」
「あの二人の家と纏の家との関係は深い。宮之はともかく、加賀家と鎌倉家とは主従関係にあると言っても過言ではない。万が一にも纏の機嫌を損ねるようなことになればいろいろと面倒が起きる。リスクマネジメントで必死なんだ」
「必要以上には関わらないようにしてる、ってわけね」
ふむ、と相槌を打ってから、雪華は帝の顔を覗き込む。
「な、なんだ?」
「いや、必要以上に関わらないように、って言ったら、帝くんだってそうじゃないのかな、と思って。なれ合う必要はない、みたいに言ってたじゃない」
帝が、むぅ、と唸る。
口を開いたのは牡丹だった。
「ひとまず着替えて合流しない? 私、前から雪華の喫茶店に行ってみたかったし」
その場にいた全員がそれに同意し、それぞれが更衣室へ向かう。
更衣室でウェアを脱ぎながら、牡丹が雪華をじっと見る。
「帝くんってさ……」
「うん」
「やっぱり、雪華のこと好きなんじゃない?」
まさか、という意味を込めて、雪華は笑って首を振った。
「何をどうすれば、そういう話になるのかな」
「だってほら、帝くんが雪華に告ったっていう話もあるし……」
「ああ、あれね……帰り道で、その話もしてあげる」
苦笑しながら、雪華は体の汗を丁寧に拭き取っていく。
牡丹の体を見ると、やはりしなやかな筋肉が見て取れた。
桜と違って、出てほしい部分については自分と同じくらいだな、とも思った。
二人がさっぱりして校舎を出ると、男子三人は既に駐輪場にいた。
それぞれ自転車にまたがり、ペダルを漕ぐ。
※注
自転車は、道路標識等により認められている場合を除き、他の自転車と並進してはいけません。
【根拠規定】第19条、第63条の5 【罰 則】2万円以下の罰金又は科料
「今日はこけんなよ、帝」
藤助の弾む声が聞こえる。
「今日は、って?」
雪華が声を張ると、帝の大きな咳払いが返ってきた。
「こいつ、実は先週まで自転車乗れなかったんだぜ」
「乗る機会がなかっただけだ、表現を間違えるな。現に、始めてすぐに乗れただろう」
思わず、雪華が噴き出してしまった。
「スポーツ万能じゃないじゃない」
「だから、機会がなかっただけだ。移動と言えば家の車だったからな。俺は必要がないことはやらん主義だ」
「つまり、雪華と一緒に帰るためにわざわざ練習したってこと?」
牡丹の言葉の後、風の音だけが残った。
「あー、やめやめ! なんか、俺の雪華ちゃんに悪い虫がつきそうだわ」
「誰が『俺の』よ!」
「誰が『悪い虫』だ!」
雪華と帝の声が重なった。
くっくと小さく蔵人が笑っているのが聞こえた。
「そういえば、はっきり聞いてなかったけど、蔵人くんはどうして話さないの?」
雪華が蔵人を見ると、彼はただにやりと笑うだけで何も声を発しない。
視線を藤助、そして帝に移すが、彼らも苦笑しながら首を横に振るだけだった。
どうやら、彼らも蔵人が話さない理由を知らないようだ。
まぁ、若い男が気取りたがるのは、前世でもそうだったか。
急に口調を変えてみたり、あえて百年前に流行した服を着てみたりと、傍から見れば滑稽なのだが、本人が納得していて周囲に害がなければ看過されていた。
「雪華、さっきの話だけど……」
「ああ、帝くんのやつね。あれはね~……」
五人が自転車を漕いで颯爽と駆けていく。
その様子を、道路の脇に停まった車から、纏が見ていた。
「聞きたいのだけれど……あなたたちは、なぜ一緒に行かなかったのかしら」
右の助手席に座り、振り向かないまま、纏が後部座席の二人に声をかける。
「喫茶『シャングリラ』に行く、ということだったので……私たちが彼女の店に行くと、纏様が気を悪くされるかと」
栞がやや震えた声で答えると、纏が鼻で笑った。
「相変わらず気の遣い方がズレてるわね、栞は。今は、彼女の信頼を勝ち取ることが重要でしょうに。まさか、多少一緒に汗を流した程度で、情にほだされたわけじゃないでしょうね」
「まさか」
今度は、舞が鼻で笑う。
「栞はどうか分からないけど、私に限ってそれはないわ。建前を整えられないでビジネスの世界はやっていけないもの。私が彼女に同行しなかったのは、急激に接近する方が怪しいと考えたから。それだけよ」
舞の言葉に、纏が満足そうに笑う。
「ふふ……楽しみだわ。あの真木さんが校内の笑いものになったら、帝様の目もきっと開かれるはず。たかが体育祭に本気になって、しかも結果を出せなければ、ただのピエロだものね」
作者の成井です。
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