第22話 会議
「体育祭は20日後だから、実際の訓練日数は16日ね」
雪華が黒板に書き込んでいく。
三日トレーニングをして、一日休む。
トレーニングの内容は、筋力や体力ではなく、技術面に傾倒させよう。
雪華が書き進めていく姿を見ていた6人が、不思議そうな目をしている。
ひらがなも漢字も数字も、しっかりマスターしたはずだけど、何か間違っているだろうか。
「雪華ちゃん……そんなにガチでやるの?」
藤助が苦笑する。
「だって、クラス対抗『戦』なんでしょ? 戦うからには勝たないと。私が率いるからには、優勝以外の結果はありえない」
言いながら、目に熱がこもってくるのが分かる。
王家の歴史でもっとも好戦的だ、と父王に笑われたことを思い出す。
「そのスタンスは否定しないが……四回やる内のひとつでしかないし、どのクラスもそこまでの熱量はないと思うが」
帝が藤助に追随すると、舞と栞は口元に薄い笑みを浮かべている。
雪華はむっとして、腕を組んで言った。
「あのね、物事に対する取り組み方っていうのは、3つしかないの。思い切ってやるか、願うだけか、黙っているかよ。さあ、どれがいい?」
雪華は、牡丹を見る。
牡丹はきゅっと口を結んでから、言葉を紡ぐ。
「思い切ってやる」
「でしょ?」
雪華は満足そうに笑い、牡丹にウインクをしてみせた。
「幸い、牡丹さんがいるから陸上部のグラウンドを間借り出来るし、帝くんも藤助くんも運動神経抜群なんでしょ? それに……」
「蔵人は、バスケのナショナルチーム候補だしな」
藤助が言うと、蔵人は不敵に笑った。
相変わらず、一言も発しない男だ。
「大いに勝ち目があるってことよ。獅子身中の虫がいなければ、だけどね」
舞と栞が分かりやすく反応する。
それを見て、雪華は言葉を次ぐ。
「はっきりさせておきたいんだけど、真剣に取り組む気はあるの? それとも、纏さんの操り人形として妨害を仕掛けにきただけ?」
鋭い雪華の視線と言葉に、冷たい沈黙が流れる。
「言わせてもらいますが」
沈黙を破ったのは栞だった。
「昨年の春、この中でもっとも無様だったのはあなたですよ」
舞がクスクス笑う。
嫌な笑い方だな、と雪華は思った。
「あなたに恥を掻かせるために、纏様がこういう展開をつくったことくらい、分かりませんか?」
ふぅ、と息をついて雪華が栞を睨む。
「当然、分かってる。ただ、その狙いが達成されるかどうかは、微妙なところだと思うけどね」
「そんなことはどうでもいい」
帝が口を挟む。
「この場にいない人間の思惑など、関係ない。お前ら二人はやる気があるのか。質問に答えろ」
「……帝様のご活躍を邪魔しないことは、約束します」
「同じく」
「それじゃ答えになってないって」
今度は藤助が口を開いた。
「真剣に走るのかどうかってこと、はっきりさせてくれよ」
珍しく……と言っては申し訳ないが、真剣なまなざしだった
「俺はやるぜ。俺の雪華ちゃんがキャプテンやるんだし」
「だから『俺の』じゃないってば……」
舞と栞が互いの顔を見合わせる。
「……走るわ」
「……走ります」
帝と藤助、ふたりの助け舟でひとまず言質は取れたが、あてにはならないだろう。
勝負そのものに集中できない人間を含んだ集団が、良い結果を残せるはずもない。
命をかけた戦いではないからいいようなものの、足を引っ張る兵のせいで壊滅した部隊の話などいくらでもあった。
「ま、自分が恥をかかない程度には頑張るか、ほっといても」
雪華はぽつりと言葉を紡ぐ。
「それじゃ、続けていい?」
こうして雪華から、前世の経験をもとに組み立てた殺人的な練習内容が提示されていった。
そこに牡丹が、陸上部としての、というよりも現代社会でのまっとうな感覚を加えて、放課後の練習内容が構築されていく。
「それじゃ、今日の放課後からね」
雪華が話をまとめたところでちょうど終業のチャイムが鳴り、その場は解散となった。
ただひとり、牡丹だけが雪華の机から離れず、留まっていた。
何か話したいのかな、と思いながら、雪華は静かに立つ。
そして、そっと袖を引っ張って、教室の隅に連れて行く。
「ここなら話しやすい?」
雪華が笑うと、牡丹ははっとした表情を浮かべた。
そして、ぽつりと口を開く。
「あのね、真木さん……」
「雪華でいいよ」
笑って言い、牡丹の次の言葉を促す。
「私、ずっとあなたに謝……」
「私ね」
牡丹の言葉を遮って、雪華は笑った。
「思うんだ。大事なのは、今までの自分じゃなくて、これからの自分だ、って」
「真木さ……雪華……」
「私は、変わらなければいけなかった。そうしないと、悲しい結末が待っていることを知ってしまったから。だから、気付いたよ。牡丹さんが自分を変えようとしてることも」
牡丹の目に涙が満ちていく。
「あなたが纏さんに嫌がらせをされた去年、『私』には手を差し伸べる勇気はなかった」
今とは違ってね、と苦笑しながら、雪華は続ける。
「だから去年のことは、お互いに過去のことにしよう? これからが大事なんだから」
目に涙を浮かべながら、牡丹が頷く。
「よろしくね」
「うん」
雪華が差し伸べた手を、牡丹がぎゅっと力強く握る。
その様子を、帝、藤助、そして蔵人の3人が遠巻きに笑って見ていた。
またその奥で、纏も不敵な笑みを浮かべていた。
作者の成井です。
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それでは、また次のエピソードで。