第14話 来客
2年生になって、ようやく最初の週末にたどり着いた。
雪華に対しての纏の嫌がらせは、鳴りを潜めていた。
帝の高圧的な交渉も、あの一度きりだった。
ただ、藤助の猛烈なアプローチは、毎日続いていた。
「雪華ちゃん、一緒にランチしようぜ」
「ペア学習ってことで、立候補に来ました」
「放課後、時間があったら寄り道しない? あ、もちろんお友達として」
どうやら、藤助は本気らしい。
ペア学習やグループ学習で、彼が協力してくれることは、雪華にとってはありがたかった。
なにせ、未だに纏のにらみはクラス全体に影響を及ぼしているらしいからだ。
一年かけて「もしかしたら攻撃の対象が急に変更されて、自分がターゲットになるかもしれない」という恐怖を刷り込み続けてこられたのだから、それも仕方ないのかもしれない。
「そんな中で、藤助くんがいろいろと気にかけてくれてるのは、すごく助かってる。ありがとう」
「うんうん、どういたしまして」
「でもね、休日にわざわざお店に来ることはないと思うんだけど」
カウンターの一番端、いつもは常連のおじさんがゆったりした時間を過ごす特等席に、今は藤助が座っている。
そのおかげで、常連のおじさんは反対側の端に追いやられてしまった。
何せ、開店と同時に藤助が現れ、さっさとそこを確保してしまったのだから仕方がない。
「好きな子のことをもっとよく知りたいと思うのは、自然なことじゃないかい?」
あけっぴろげに笑う藤助の横には、同じようにニコニコ笑う桜が座っていた。
黙っていれば、二人が恋仲であるかのようにも見える。
「雪っちゃん、よかったね~。素敵な人が見つかって~」
相変わらずのんきな口調で桜が言うと、藤助は鼻の下を伸ばした。
「いやぁ、照れるな~。雪っちゃんの幼馴染の桜っちゃんがこんなに可愛らしい人だっていうことも知れたし、その人からも認めてもらっちゃって、本当に今日はいい日だ!」
「どさくさ紛れに雪っちゃんとか言わないでよ。それに、桜っちゃんが認めたとかどうとか、そういう話でもないでしょ」
ため息まじりに、雪華はコーヒーをカップに注ぐ。
これでもう3杯目になるというのに、出すと藤助はすぐに口をつけた。
両親は店の奥でにこにこしながら様子を眺めているだけだ。
「大体、小耳に挟んだけど、藤助くんって引っ切り無しに彼女を変えてるんでしょ。そういう不誠実な人が、あなたがいう『ヒロイン』に見合うと思う?」
我ながら高飛車な言い方だな、とは思いながらも、雪華は言った。
「『ヒロイン』って?」
桜が疑問を口にした。
実のところ、雪華にもその言葉の真意が分かっていなかったので、思わず藤助をじっと見つめてしまう。
「いやぁ、美女ふたりに熱い視線を注がれちゃって、照れちゃうね」
「単純に、美女って意味なの?」
小首を傾げる桜に、藤助がかすかに困惑を見せた。
それを見て、雪華は笑ってしまう。
「桜っちゃんには、そういう口車は無意味みたいね。それで、どういう意味合いで使ってるの?」
「簡単に言えば、頼りになる強い女性ってことさ」
ふむ、と私は小さく頷く。
「じゃあ、纏さんでもいいじゃない。滅茶苦茶強いわよ、彼女」
「いやいや、俺が求めてるのは、そういう強さじゃないんだな。言うなれば、そうだな……」
藤助が腕を組み、目を閉じた。
あ、これはダメなやつだな、と雪華は視線を外した。
この何日かで、何度もこの光景を目にしているが、的を射た喩えが出たことは一度もない。
「雪の下の春の草、みたいな」
「わぁ、風流な比喩だねぇ。じゃあ、濡れてべしょべしょになってる人ってこと?」
「あ、いや、そうじゃなくて、つまり……」
「弱きを助け、強きを挫く、みたいなことでしょ、きっと」
そうそう、そういうこと、と満面に喜色をたたえて藤助が言う。
「わぁ、もうすっかり分かり合えてるんだねぇ、ふたりとも」
「桜っちゃん、余計なこと言わないで。ほら、それで?」
嬉しそうに笑う桜に苦笑しながら、雪華は藤助に続きを促した。
「俺の家って古い古~い料亭だもんだから、女性はおしとやかに慎ましくあるべしって言われて育ったのさ。実際、母親は大和撫子そのものって感じでさ。でも、俺はどうにもへそまがりで、真逆のタイプに憧れてちゃってるもんで」
「あ~、確かに……今の雪っちゃんは、おしとやかでも慎ましくもないもんね~」
「桜っちゃん? 今のは完全に悪口だよ?」
あははと頭を掻く桜をよそに、藤助が続ける。
「女好きなのは生まれ持った性質だから仕方ないとして、俺が理想とする『ヒロイン』ってのは、これがなかなか見つからないもんでさ。そりゃまぁ、日本人の気質として、そういう人は珍しいのかもしれんけど。そこに新生・雪華ちゃんが現れたもんだから、俺としては本気になっちゃうってもんでしょ」
言って、ぐっとコーヒーを煽り、藤助はカウンターの上にカップを戻した。
「あ、おかわりね」
「まだ飲むの? 次でもう4杯目だよ?」
雪華は呆れながらカップを手に取り、流しに移動させた。
作者の成井です。
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