中編
ドレスの色は自分たちの髪の色に合わせたものを選んだ。刺繍は家紋を入れたりするが、私たちは二人とも入れてない。
「さて、スジェシタ家の庶子に会えるかしら」
「いくら下位貴族の参加が可能な王宮の夜会でも、引き取られてすぐよ」
「分からないわよ。サフィーネの言う『ヒロイン』効果で会えるかも」
一応、顔見知りの令嬢に挨拶をしておく。サフィーネも同じように挨拶周りをするようだ。
「こんばんは」
「あら、今日のドレスの色も素敵ね」
「ありがとう」
「ねぇ、聞いた? スジェシタ家のこと」
「えぇ、聞いたわ」
「驚いたのだけど、今日の夜会に参加してるのよ。あちらのピンクと黄色のドレスを着た令嬢よ」
指を差す方向に顔を向けると、ピンクと黄色のドレスに赤と緑と青の宝石をあしらったネックレスの令嬢が楽しそうに笑っている。あのセンスのない色彩の令嬢だとすぐに分かった。向かい側ではサフィーネが同じように友人に教えられて見ていた。
「何でもお忍びで訪れた殿下に見初められたそうよ」
「子爵令嬢が、ね」
王族に見初められたのなら貴族に認められることという子爵夫人の条件は満たす。ただ、見初めた殿下は国王が手をつけた伯爵令嬢を母に持つ後ろ楯の弱い王子だ。燃え上がったところで別れさせられるのが目に見えている。
「あのドレスとネックレスも殿下が贈られたそうよ」
「初めての令嬢への贈り物で舞い上がったのかしら?」
殿下は誰かを探しているようで、始終周りを見ている。側近たちも手伝っているようで、重要な人物のようだ。
「陛下は、お気に入りの側妃の子である殿下に甘いと評判ですもの。子爵令嬢との結婚を認めるのではなくて?」
「あら、そのときは子ができないようにして降嫁かしら」
「それは殿下に不敬よ」
「そうね。ふふふ、聞かなかったことにしてね」
「もちろんよ」
友人たちは話に花が咲いているようで、何も言わなくても話題を提供してくれる。そろそろ別の友人たちに挨拶に行こうかと考えていたころに、殿下が子爵令嬢を連れて近付いてきた。その動きには、サフィーネも気づいて友人たちと離れて、合流しようとしてくれる。
「イリーネ」
「殿下に置かれましては、ご機嫌麗しく」
「堅苦しい挨拶はよい。それよりも紹介しておこうと思ってな」
「何でしょうか?」
「私の側妃となるアンジーだ。正妃となるイリーネには先に伝えておく」
殿下は、言葉の意味を学んだ方が良いとさえ思う。夜会の最中に、他の貴族の目もあるところで、伝えたことが、どうして先になるのか理解に苦しむ。そして、もっと言えば、私に婚約者はいないし、王家に嫁ぐ予定もない。
「同じ庶子であるから気心もしれるだろうし、仲良くできるだろ」
「庶子?」
「なんだ? 事実であろう。イリーネが公爵当主が外で作った子だというのは」
周りの空気が変わった。
我が家は、ややこしい。ややこし過ぎて誰もが口を閉ざす。うっかり話題にしようものなら外交問題に発展する可能性があったからだ。
「確かに事実ではございますけど、それで、わたくしが何故、そちらの子爵令嬢と仲良くしなければならないのです?」
「ひどい。同じ庶子なのに子爵令嬢だからと見下すなんて」
「見下す。確かに下に見てますわね。公爵家が子爵家を下に見て、何の問題がありますの?」
実際、王家は貴族を下に見て、貴族は爵位で相手を判断している。野次馬をしている貴族は、みな大きく頷いている。
「王家に嫁ぐ者がそのような態度では困るな。これは、父上に言って婚約を考え直していただかねばなるまい」
「婚約。いつ殿下とわたくしが婚約しましたの?」
「何を言って」
「わたくしに婚約者はおりませんわ」
「世迷い言を」
「世迷い言を言っているのは、お前だ」
騒ぎを誰かが知らせたのだろう。陛下が殿下を殴って黙らせた。サフィーネが私の隣に立つと、小さく耳打ちをしてきた。
「公爵夫妻が来てるわよ」
「あら、珍しい」
「何でも陛下が直々に呼んだそうなの」
そろそろ陛下も国を巻き込んだ夫妻喧嘩に終止符を打ちたいのだろう。私とサフィーネのそれぞれの実の親の国の顔色を伺うのも疲れたと、最近は洩らしていらしたようだ。
「カガナダ公爵夫妻」
「はい」
「十八年前、何があったのか説明せよ」
「それは」
わざわざ自分の恥を公の場で語る者はいない。だが、陛下がそれをするのは、国を傾ける原因となった公爵夫妻に対する罰とするためだ。
「私は、隣国に領事館大使の一員として滞在しました。光栄にも末王女殿下の目に止まり、交流を持つうちに子を為しました。それがイリーネです」
「うむ。わしも強くは言えんが、未婚の王女を妊娠させたことによって慰謝料が発生し、二十年間支払うことで、隣国とは交易を続けることになった。ずいぶん我が国に不利な条件もあったが、戦争にならなかっただけ良かったと言える」
慰謝料は国を通して請求されており、半分は国、残りは公爵家が支払っている。末王女は、帝国の末皇子に嫁ぐことが決まっており、子を育てられない環境ということで、お父様が引き取ることになった。
「夫人」
「わたくしは、わたくしは、夫が王女を妊娠させたと聞き、腹が立ち、同じことをしました。当時、外交に来ていた帝国の大使のお一人と関係を持ちました。産まれたのが、サフィーネです」
「その大使は、末皇子で婚約者との結婚が決まっていた。こちらも関係を迫ったのが我が国であることで、慰謝料を二十年間支払うことで合意した」
慰謝料は、国と公爵家で折半している。子はお母様が引き取ることになった。
「あと二年で慰謝料の支払いを終える。だが、両国より如何に手離した子であろうとも蔑ろにするのは、二心をいだいているのかと確認があった」
「いえ、そのような」
「決してございません」
そんなつもりは無かったとしても多くの貴族が伴侶の浮気相手の子を無視していたのは知っている。子どもが蔑ろにされるのは、あなたが悪いのだから責めないでねという無言の主張だ。
「このたび、末王女と末皇子の夫妻から子を引き取りたいと申し出があった。当人たちの意志を尊重するが、心せよ」
「それは」
「そんな」
今さら心を入れ替えたところで遅い。我が国は、国力としては、隣国と帝国の遥か下になる。一方的に慰謝料を支払うことになったのも、それが大きい。
「出ていったりしないわよね? 夫の愛人の子」
「出ていかないよな? 妻の愛人の子」
分かりやすく声をかけてくる両親に私たちは、心から軽蔑した。浮気相手の子は、公爵家にいないもの。私に使われたと知れば、公爵夫人が。サフィーネに使われたと知れば公爵当主が。それぞれが支払いを止めた。支払われなければ何も手に入らない。
「公爵夫人」
「何かしら?」
私が義母と呼ばなかったことに周りの貴族が息を飲んだ。だけど、公爵夫人は疑問にも思わない。どうしても声をかけなければならない時の呼び名だからだ。
「このドレス、どこで仕立てたと思います?」
「どこって」
公爵家の出入り商会には、いつも発注や支払いを止めていた。それをいつも報告してくれるのだから答えられるはずがない。
「公爵当主」
「なんだ?」
「このドレス、どこで仕立てたと思います?」
「どこって」
夫婦揃って同じ反応をしてくれる。揃って浮気するのだから似た者同士なのかもしれない。貴族としての面子すら保とうとしていないのだから周りの目は冷ややかだ。
愛人の子ができても内心を隠して実子と同じように教育するのが貴族としての在り方だ。それを忘れた者に優しい社会ではない。