前編
この家は、ややこしい。
ややこし過ぎて暗黙の了解になったほどだ。うっかり口にしようものなら王家から厳重な注意が言い渡される。
「本当に頭が痛いわね」
「御姉様、頭痛薬でもお持ちしましょうか?」
「結構よ。薬で解決するものでは無いから」
「そうですわね」
どことなく顔の似ている姉妹なのだが、大きく違うのは、どちらもこの国には無い髪の色をしていることだ。お陰で何があったのか一目で分かってしまう。
「ここに居たのか」
「あら、御兄様。帰ってらして?」
「あぁ。私にも茶を」
バセルダ王国の公爵家の長男。バセルダ王国の純血貴族を両親に持つ正真正銘の嫡男だ。
容姿は申し分なく整っているのに、妹たちの血筋に問題があるため婚約者が決まらないという残念な人でもある。
「よく王女様がお許しになりましたわね」
「王妃様が連れて行った」
「それはそれは、あの甘ちゃんには地獄でしょうね」
御兄様のことが大好きな王女は、末の王女で陛下が歳を重ねたのちに側室腹から産まれた。特に政略的な意味合いもない王女のため陛下が甘やかした結果、我が儘に育ち、顔の良い令息と簡単に二人きりになる。成人うんぬんよりも、まだ十歳であるにも関わらず、尻軽と噂されている。
「いい加減にしてほしいものだ」
「マカロンでも食べて元気出して」
「お茶も新しいのにしましょうね」
私たちに言われるままに御兄様はマカロンを片っ端から食べて、お茶をお代わりする。私たち兄妹の仲は良い。血筋の関係で邪推されることもあるが、本当に良いのだ。
「それで、そろそろだと思うのだけど」
「任せてよ。しっかり調べてあるんだから」
「本当だったんだな」
この家は、ややこしい。
バセルダ王国の純血貴族の長男の妹は、純血ではない。離縁したり死別したりしたわけでも無いのに、長男から見た妹たちは、異母妹と異父妹という関係で、妹同士には血縁関係が無い。
「この国が『乙女ゲーム』の世界で『ヒロイン』が編入してくる。で、どこの家の庶子だ?」
「スジェシタ子爵家よ。婿養子で奥方に隠れて作った愛人との子」
「スジェシタ子爵夫人は、愛人とか許すような方じゃ無かったと思うのだけど」
この国の成人は学院への入学する年に社交界デビューをする。私も三年前に終えている。同じく妹も三年前に。エスコートを誰にするかは揉めたが、妹同士で入場することにした。
社交界に出るようになり、他家の内情などを積極的に知るように心がけた。妹とは交友関係が被らないようにしたお陰で、ほとんどの貴族とは顔を繋げる。そうやってスジェシタ家の情報を手に入れた。
「だから、うっかり燃え上がったのよ。ほら、禁断の恋って魅力的でしょ?」
「そうね。うっかり燃え上がったのなら仕方ないわね」
「ボヤにしとけば良いのに、大火災にまでした親を持つ身にもなって欲しいわ」
「話が逸れてないか?」
王家のお陰で、面と向かって陰口を叩く人はいないから楽だが、スジェシタ子爵の庶子は違う。家格もあって陰口を叩く人は多いだろう。
「そうね。軌道修正しないとね」
「そのスジェシタ子爵の庶子は、引き取られたの?」
「えぇ、引き取られたわ。条件付きで」
本当に、よくあの子爵夫人が条件付きとは言え、引き取ったと思う。跡継ぎがいるから離縁しても問題は無い。
「学院で貴族に認められること。これが条件よ」
「それって」
「良くも悪くも夫人は貴族なのよね。婚約者のいる異性に近づかないという当たり前が、当たり前じゃないのに思い至らないのよね」
「上位貴族に下位貴族が声をかけるのがマナー違反だということもね」
認められるという条件を満たすには、いくつも方法がある。勉強、マナーという教養の部分もあれば、誰かの恋人になるというのもある。
「愛人なら貴族のややこしい義務無しで、平民より裕福な生活が出来るでしょうけどね」
「ある意味で貴族に認められたことになるわね」
本人にそこまでの考えがあるとは思わないが、庶子の子爵令嬢を愛人にする益は何一つ無い。学院にいる間の遊びだ。
「それで、あと二ヶ月で私たちは卒業だけど、どうやって断罪するつもりかしらね」
「そこは『ヒロイン』効果で、あれよあれよと上手くいくのよ」
長男のレイードは、ヒロインの攻略対象の一人らしい。そして、長女のイリーネーー私ーーが悪役令嬢、次女ーーサフィーネーーはヒロインのお助けキャラらしい。
らしいというのは、全部サフィーネからの受け売りだからだ。この家がややこしい原因のひとつでもある。
「まあ、様子見ね」
「向こうは一学年だから、あと二年は学院に通うでしょうから時間はあるわ」
卒業を控えているから授業もほとんど無い。形式的に通っているが、カフェでお茶をしていることが多い。今日も授業はあるのだが、すでに修了しているから自主休講を決めた。
「ここにいたのね。レイード、サフィーネ」
「お母様、何かありまして?」
「もうすぐ王宮で夜会があるでしょう? 二人は服をどうしたのか聞こうと思って探していたのよ」
「問題ありませんわ。いつもの仕立屋にお願いしましたから」
「俺もです」
「そう。なら大丈夫ね。サフィーネは、レイードに付き添いしてもらうのよね?」
「そうですわね」
「そうしてもらいなさいね」
公爵夫人は、長男と次女だけに声をかけた。いつものことで、傷つくこともない。なぜなら、公爵夫人は二人しか子を産んでいない。長女である私とは血が繋がっていない。
「ここにいたのか。レイード、イリーネ」
「お父様」
「今度、王宮で夜会があるだろう? 二人は服をどうしたのか聞こうと思っていたんだ」
「問題ありませんわ。いつもの仕立屋にお願いしましたから」
「俺もです」
「そうか。なら大丈夫だな。イリーネはレイードに付き添いしてもらうのか?」
「そうですわね」
「それが良いな」
公爵当主は、長男と長女だけに声をかけた。いつものことで次女のサフィーネは、涼しい顔でお茶を飲んでいる。なぜなら、次女と当主は血が繋がっていない。
「いつものことだけど、子どもを夫婦喧嘩の駒にしないで欲しいわ」
「御兄様、早く家督を継いでくださいね」
「まだまだあの二人は元気だろう」
外交部に勤めている公爵当主は、まだ乳飲み子の我が子と妻を置いて、隣国の領事館に常駐することになる。そこで、隣国の末王女が見初めた。相手が既婚者と知ったときに諦めれば良いのに、諦めなかった。
「お祖父様たちもお互いに強く言えないものね」
「お互いに何も言えないからと、子どもをいないものとして扱うのは如何かしらね」
毎日のように好意を伝えられ、それを受け入れないことが悪のように言われれば、信念を曲げるのも分からないでもない。ただ夜会での付き添いだけなら外交の一環と言えるが、子どもが出来るのは論外だ。
「実の子と同等に扱うのは癪だが、実の親の立場から邪険にするのは出来ない。いないものとして扱うのが精一杯の抵抗なのだろう」
「それで、付き添いなのだけど、いつものように両手に花で良いわよね」
「そうね。どちらもしたことになるのだもの。嘘は言ってないわ」
姉妹であっても兄が二人同時に付き添いすることはない。だが、私たち姉妹は、ややこしい。付き添いをするにも背後がちらついてしまう。