第6話 コミュ症発動
「改めまして、僕は大精霊の一柱であるハクマ。―――――崇め称え、敬い、そして畏れよ。ニンゲン」
室内には目の前の存在から放たれる圧で満ちているが、隣のベビーベッドではユリスがぐっすりと眠っている。非常に羨ましい。この子は大物になりそうだ。
今さっき目の前の狐は自らのことを大精霊と称した。前世でよく読んだラノベなどでは世界有数の存在ではあったし、今実際に受ける圧からも目の前の存在が尋常ならざるものであることはわかる(前世で先生にすら軽くビビってたビビりの言うことだが)。赤ん坊であるこの体は今にも大声で泣きわめくという本来の仕事を果たそうと今も涙腺から水を出している。ホントにそろそろ泣きそう。
だが。
たが、しかしだ。
いかに目の前の存在が世界有数の存在で圧を巻き散らかしながらニヤニヤとかなりビビりながら涙目になってるこちらの様子を眺めるいい性格の自称大精霊であろうと、だ。とりあえず、一つ言わせてもらう。
こんな序盤で出てきちゃだめじゃん………
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「……は? え? いや、何いってんの?」
目の前の自称大精霊、――あぁもうモフモフでいいや――モフモフからなにか困惑している気がするが気にしない。
だってそうだろう。どこの神様転生系じゃない転生系ラノベに序盤から大物が「俺すごいやつなんだぜ! すごいだろ!」と出てくるラノベがある。まぁ、あるにはあるかもしれないが、それはもう最初っからチートかましているやつだろう。私はそれよりコツコツ努力&成長チートのほうが好きだ。
それに、だ。いくら本当に世界有数のやつであろうと、こんな転生したて、記憶戻ったばかりのこの世界の知識ゼロの人にそんなこと言っても無駄だろう。だってこの世界のことをなにも知らないのだ。物の価値はいざしらず、文字も、文化も何もかも。
そういう「俺実はすごいんだぜ!」「な、なんだってー」みたいなやり取りは、常識を知って、文化を知って、その分野に対する知識を少なからず持たなければ、驚くことなどできるはずもない。
どうせ異世界に転生したのならば、そのへんのことも驚いたり楽しんだりしたいではないか。なのに何故こんな1ページ目のような序盤の序盤の序盤で出てきている。空気読め。正体隠せ。あとその毛皮触らせろ、イライラ解消にモフらせろ!
「………随分我儘なニンゲンだねぇ。君は初対面のニンゲンにもそんな態度をとるのかい? それにしても僕のことをモフモフというのはやめてくれないかな。ちゃんと君に名乗っただろう」
心の声を聞いていたのか、大分呆気にとられている。それでも憎まれ口をたたけるのだから、それはもう性格の悪さの表れだろう。
だが、どれだけ目の前のモフモ――――ハクマの性格が悪かろうと、言われた言葉はもっともだった。心の声をつまらせ顔をしかめる。冷静になった頭が謝るべきだと告げるが、初対面の精霊への謝り方などすぐに思いつくはずもない。
さらに、冷静になり先程の醜態を初対面の者にさらしてしまったことに気づくと頭が真っ白になった。
狐と向かい合った赤ん坊がころころと顔をしかめたり蒼白になったりと顔色を変える様子は傍目には不気味にしか見えないだろう。だが、自分のことに手一杯なうちはそんなことに気づくはずもない。
何も伝えられないまま焦っていると、再びハクマが口を開いた。
「ところで君は何なのかな? 普通の赤子は魔法を使おうとしたりしないし、心の声なんて聞こうとしても聞こえない。せいぜい感情が伝わる程度なんだけど」
それはもっと前に聞くことなんじゃないかな? というか、怒っているわけではない……?
興味深そうにこちらを覗き込む様子からは怒っている気配は感じられない。
しかし、だからといって、話す言葉が思いつかない。何を言えばいいのかわからない。
前世、小鳥遊優、享年18歳。私は――――――――コミュ症だ。