第5話 出会い
お母様達が戻ってしまった。これから何をしようか。ユリスに構おうにもあれから運び込まれてきたベビーベッドに移されてしまいあまり様子を見ることができない。 あぁ暇だ。これから何しようか。
そういえば、お母様魔法使っていたよね。あれわたしもできないかな。やっぱ異世界っていったら魔法よね。異世界転生モノで幼少期のこういう魔法訓練ぽいのはテンプレみたいだけどやっぱりやりたい。魔法を使えるようになりたい。
お母様の使っていたあの魔法は回復魔法だろうか。まぁそうだろうと思う。なんか体調最良みたいになったし。
適正のある属性しか使えないとかいう制約はあるのだろうか。それとも練習すれば誰でもどの属性でも使えるのだろうか。
詠唱するだけで簡単に使えるのだろうか。それともそこまで簡単ではないのか。まぁ流石にそこまで簡単に習得できるものではないと信じたい。
疑問は考えれは考えるほど溢れてくる。しかし、このままずっと考えていても何も変わらないのも事実。
…………とりあえず試してみるか。
「いーう」
!? あぁああ熱い熱い熱い!!
身体の奥から熱が溢れ出し暴れ出す。全身が熱に侵されたような感覚に必死に体を丸めて耐える。溢れ出した熱を体の奥に戻そうと熱を動かそうとする。実際にできるのかどうかはわからない。しかし、このままずっと熱におかされたままよりは遥かにマシだ。
指先を動かすのも辛いなか、無理矢理深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。息を吸ったとき喉がひりひりして咳き込みそうになったが、気合で耐える。
そうして落ち着きを取り戻しながら意識を自分の体に集中する。
まずは右手の指先から。例えは悪いが、そう、何かに失敗して血の気が引いていくときのような感覚で。それくらいの劇的な変化が今は欲しい。
次は左手。その次は両足。
その次は…………
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どれくらいだっただろうか。一瞬でも気を抜けば再び全身に広がりそうな熱と戦い続け、体を蝕んでいた熱は少しずつ体の奥に移動し始めた。やがては完全に体の奥に戻った。胴体に熱がすべて集まったときは死ぬかとも思ったが、無事に全て奥に戻すことができた。そうして永遠に続くかに思われた時間は終わりを告げた。
辛かった…………
ホント、なんでこんなことになったんだろ。
いや、わかってますよ。魔法を使ってみようとしたからですね! こんなことになるのわかってたら使わなかったよ、チクショウ!
だるさの残る体を仰向けに大の字に広げ目を閉じて考え始める。眉間に皺を寄せながら考える赤子。我ながらそんなことをしてる赤ちゃんなんて絶対に見たくない。
…………くだらないことは置いといて、実際のところ、何故こんなことになったのか原因を考えてみようか。
あのとき、体の奥底から溢れてきたもの。それが今の辛さの原因だと思う。あれが魔力というやつなのだろうか。……まさかみんな魔法を使うときあの辛さに耐えながら使っている!?
「流石にそれはないかな~。それに毎回耐えながらやってるんじゃ気が狂っちゃうよ」
だよね! 流石にそうだよね! なら他に考えられることは……………………って、…………え?
今何か聞こえてきたような…………
びっくりして目を開ける。飛び起きたいところだが、そこまでの筋力は今の私にはない。故に頭を動かしてキョロキョロしたり寝返りをうって視界を変えるしか周りを見る方法がない。
「アハハ、キョロキョロしちゃってカワイイーの。こっちだよ、こっち。君の頭側」
再び聞こえてくる声に従い、寝返りをうって四つん這いの状態のようになりながら声の示す方向を見る。
―――それはさも当然のようにそこにいた。
―――それは悠然と、その顔に嘲笑を浮かべてそこにいた。
―――それはとてつもない圧を周りに出しながらそこにいた。
―――それは
―――それは、美しい純白の毛並みに九本の尾を持ついわゆる九尾の狐だった。
「やあ、はじめまして。君はおもしろいね、ニンゲン」
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突然に現れた存在に私は唖然とする。いつ何処から現れたのか。これはなんなのか。疑問はとめどなく湧き出るが今はそれよりも―――
「うん? どうしたんだい? ニンゲン。僕を見て畏れているのかい? 恥じることはないよ。君たちニンゲンは僕のような大精霊を見る機会なんてまったくないからね。またとない機会だと思って僕を敬い崇めると―――――」
可愛い!! 愛でたい!! そのモフモフを撫でて堪能したい!!
私は前世からモフモフや触り心地の良いものが大好きだ。それが嫌いな人がいたら教えてほしいが。
しかし、動物を飼っていたり撫でたりしたことがあるかといえばその経験はない。理由としてはいくつがあるが、最大の理由は私の動物への苦手意識だろうか。別に嫌いなわけではない。猫とか犬、小動物は見ていて可愛いと思うし、撫でてその感触を堪能したいと思う。だが、私はビビリであった。また、動物に舐められるのがすごく苦手であった。近所の犬を飼ってる人と散歩中に出くわして「撫でていいよ」と言われたときも撫でて舐められたらどうしようと思うと撫でることが出来なかった。野良猫と目があって近づいて来られたときもどうすればいいのかわからなくて何も出来なかった。ようは相手の考えていることがわからなくて怖かったのだ。動物とコミュニケーションがとれる人はすごいと思う。とる努力をしていなかった私が思うのもちょっとと思うけど。
しかし、今目の前には人語を解す狐がいる。簡単にコミュニケーションを取ることができるモフモフがいるのだ。これに興奮せずにいられるだろうか。神様この世界に転生させてくれてありがとう!
「は? え、何この子、怖っ」
眼前の至福に触れようとするが、いかんせん私はまだ歯も生えてない乳幼児。当然触れることはおろか、近づくことすらできずただ目の前にある狐に手を伸ばすのみ。生殺しだ。神よ、私が何をした。
目の前の狐はその様子を呆然とした顔で見ている。しばらくすると、別の方向へ感情が振り切れたのかクスクスと笑いだし、最終的には大笑いをし始めた。
「アッハハハ! ハハ、ハハハハハハ、………あ〜、おもしろ。なに君? そうそう出会うことのできない類稀なる力を持つ大精霊にあって願うことがそれ? なにそれ? 面白すぎ」
………今気づいたんだけど、私って赤ん坊だよね。喋ってないよね。なんか目の前の狐私の考えてること知ってる発言している気がするんですが。
「今気づいたの? やっぱり君はおもしろいね」
ひとしきり笑って満足したのか表情をけして狐はペッドの柵からおりてくると、私の手がギリギリ届かないところにやって来た。
そして、表情がわかりにくい獣の顔で、嗤ったとしか思えない顔をして言い放った。
「改めまして、僕は大精霊の一柱であるハクマ。―――――崇め称え、敬い、そして畏れよ。ニンゲン」