ミエルモノ
うーん、晴れ渡る空‼︎
爽やかな風に葉が揺れる音‼︎
そしてそんな音や風に混じって明らかに臭う…泥の匂い…。
…目を開けたら、そこは泥の中でした。
なんて斬新な物語のはじまりでしょうか。
神の使徒もさ…神がつくぐらいなんだから、よくありがちな湖に突然女の子が登場して水の上歩ったりとか…そんな聖女みたいな雰囲気の登場でよかったんじゃないか?
あぁ…もしかして周りに湖はあるので到着ポイントがずれて泥に不時着したってシナリオだろうか。
そうであってくれ、頼むから。
先程の不思議な謁見大会の後、目を瞑り、目を開けたらものの数秒で泥まみれになっていたフゥトは心の中で不満を漏らす。
しかし、最早怒る事さえ諦めの了知に達したらしい。まさかの世界に送り込まれてから一言も声を発する事なく周りに視線を巡らせ始めた。
と、自ら解説を入れつつ…いや、ほんとキリがないもんね。
ダラダラした所で解決するわけでもないし。
前方周辺には一面に広がる大きな湖。
奥の方から巨大な樹が見えているが枯れ枝で葉がついていないように見える。
後方の方には大きな城のような…教会のような建物が建っており、覆われている無駄に豪華な柵は全体が視界に入りきらない。
うーん、どうだろう。
ファンタジー有りの悪役令嬢ものとくれば立派な建物で思いつく王道は教会、貴族の屋敷や王宮といった所だが…王宮や貴族の屋敷の場合は正直、最悪な展開も予想される。
侵入者とか盗人とか言われたら厄介だ。
自分は神の使徒です。と言った所で信じられるわけもないだろうし、そもそもそれを言っていいのかの判断も必要だろう。
一番楽なのはあれがアシェリ様がいるシジミジール家である事だが……まぁその前にまずは湖か。
とりあえずここがどこなのか?という疑念を解決する前に1番に湖へと歩き始めたのは泥を落としたいからが理由である。
……いや、それにしても「なにー!?この世界!?」とか乙女ゲーや少女漫画的展開で重要人物の上に落ちて「いたた‼︎ごめんなさい‼︎」とかやってみたかったな…。
むしろ人の上に落ちて人身事故がおこった方が良かったまであるよ。
これ人に出会えなかったら自力でなんとかしないといけないじゃない。
神様コールセンターに呼びかけ待ったなしですよ?
いやコールセンター縛りをする必要も特にはないけれども。
そこはなんというか、そういう空気を楽しみたいのである。
いやまぁ、もう何を言ったところで後の祭りなんですけども…次があるなら神様にリクエストするしかない。
思考を巡らせながら歩みを進めるとやがて湖の淵にたどり着く。
フゥトは肩を落とすと湖の淵から落ちないようにそっと手を伸ばし水を掬い上げた。
それから泥を落とすために顔や髪に水をかけた所で手が止まる。
ちょっと待って?なんだこの髪の色は。
慌てて水面を覗き込むとそこには自分の予想していない姿が映り込む。
そこには白い髪、青空色の瞳…顔は…あ、顔はよく見ると自分だった。
髪と目の色をイメチェンしてただけだった。
いや誰だお前。
え、異世界デビューでイメチェンしたの?私。
なにそれ恥ずかしい。
元々の髪の色が普通の一般人だっただけに白髪にやけに違和感を感じてしまうのは中身が四捨五入すれば三十路の女だからだろうか…。
いやそれともあれだ。
これは神様の趣味かもしれない。
だめだ、もう雰囲気とか言ってられないわこれ。
コールセンター縛りを解除させていただきます。
『へい、神様』
……………。
……………………あれ?
『へい、神様‼︎
もしも〜し?神様お問合せコールセンター??』
……………。
おい、話と違うぞ。
え、何?あの神様、普通に連絡取れるとか言ってたくせにポンコツだったの?
やらかしちゃうタイプだったの?
……あぁ、いや…やらかしそうだわ。ごめん。
フゥトは思わずこめかみに手を当てて大きくため息をつく。
物語に不足の事態は常に隣り合わせである。
だが、いざ自分がその事態になると人間全く笑えない。面白くもなんともない。
えぇ…これはあれか。
本当に突撃隣のなんちゃらをやらなくてはならないのか。
湖をわざわざ言い訳にして後方の建物から話題を逸らしたのいうのに…。
あれが王宮だったら本当にどうしろというのか。
本格的に言い訳言語の引き出しをフル活用したところで数秒で牢獄とお友達の未来が見える。
神様、どうかいるのであれば今すぐあれを教会じゃなかったとしても教会にして下さい。
いや、神様のせいでこうなってるんだった。
こうなればもう仕方ないと諦めて立ち上がるとふと、フゥトは視界…正しく言うと湖の樹がある方面に違和感を感じて動きを止めた。
「ん?」
先程、周りを見渡した時は感じなかった。
フゥトはその違和感の正体を探るために湖を眺める。
違和感の正体はすぐに分かった。
何故か左目だけが酷くブレて霞んで見えたのだ。
ただ、目がおかしくなった訳ではない。
景色がおかしいのだ。
なんだ?
フゥトはよく視ようと目を凝らす。
それが、いけなかったのかもしれない。
ザザッ
大きな雑音が耳に響いた。
「え…」
視界が歪み、左目が痛み熱をおびる。
それは、一言で表すなら「黒」だった。
先程まで目の前に映っていた清らかな湖は見る影を失くし、ただただ真っ黒な液体が広がった不気味な光景。
その液体が先ほど見えた大きな樹に向かって蝕むように伸びていた。
液体からは酷い悪臭が鼻をつき明らかにこの世のものとは思えない光景にフゥトは息を詰まらせる。
息苦しい…激しい耳鳴りに目眩。
右側は普通の景色のはずなのに…まるで左側だけ一瞬で世界から弾き出されたようだった。
ボチャリと黒い液体が音を立てる。
フゥトが音が鳴った方向に半ば無意識に目を向けると
そこにはその真っ黒な中、違和感しかない状態で誰かが立っていた。
真っ黒な髪に真っ黒な服を着て…
あれはダメだ。
そう思ったのはほぼ本能によるものだった。
思わず体が後ずさる。
後ずさった足元から枯葉を踏んだような音が響いた。
「あっ…」
「あれぇ?」
青年ぐらいの見た目に見えるその誰かはその音でフゥトに気づいたらしい。
顔を上げてうっすらと笑った。
「君、もしかして視えてる?」
彼は物珍しげにつぶやくと一歩、フゥトに近づく。
「なんで入れたんだろう?
ちゃんと上手に隠したのに」
また一歩。
彼が歩くたびに黒い液体が水面をうち、不気味に揺れた。
ゆっくりと近づいてくる彼に次第に恐怖で体が震え始める。
「ねぇ、君誰?」
フゥトは彼の質問に答えられない。
答えたくても震えてうまく声が出ない。
「まぁいいかぁ」
頭の中で逃げろと警告が鳴り響くのに身体がピクリとも動かない。
「視えてるなら…」
やがて目の前に立った彼はフゥトの顔を覗き込み目を細める。
瞳は真っ黒で怪しげな輝きを放っていた。
そのあまりにも深すぎる黒にゾクリと悪寒がはしる。
「殺しちゃえば」
彼の指先がフゥトの額に触れた。
しかし
『そこから離れるんだ‼︎』
聞き覚えのある声と同時にバチリと大きな音を立ててその指は弾かれた。
「…ッ‼︎」
声にならない声を出したのは彼だったのかそれともフゥトだったのかは分からない。
だが、その声と音はフゥトの感覚を取り戻すには充分だった。
フゥトは咄嗟に後ろを振り向いて走り出す。
ただ、聞こえた声の言う通りに足を必死に動かした。
「…ナ……カ…」
後ろから何か聞こえた気がするがフゥトには振り返る余裕はなかった。
書き直してたら遅くなりました。
けしてゲームに没頭してたわけではありません。はい。