王宮からの報せ
勢いよく扉が開かれ、大きく音をたてた。
目の前に立っていた少年、カイニ・シジミジールは飛びついてくる自らの姉を目にして驚き、大きく目を見開いていた。
「ちょっ姉さん!?」
そのままアシェリを受け止めきれなかったのか体勢を大きく崩し、尻餅をつきながら倒れ込む。
それでも姉を傷つけまいと踏ん張ったのかアシェリを庇うように両手はアシェリをしっかりと支えていた。
私の…大切な弟…。
弟が、生きている…。
「カイニ…良かった…‼︎本当に…」
カイニは状況全く飲み込めないようだったが姉の只ならぬ様子にとりあえず落ち着かせようと思ったのか一瞬躊躇した後、宥めるようにぎこちない手で背中を撫でた。
「…良かったって…な、何?何かあったの?」
「………。」
「…姉さん?」
「…いいえ、ごめんなさい…。少し…そう、夢見が悪かったのよ。」
あぁ、カイニは何も知らないのだ…。
アシェリは涙ぐんだ瞳をぐっと瞑るとゆっくりとカイニから身体を離す。
「夢見が悪かったって…本当にそれだけ?」
「…えぇ、驚かせてごめんね。」
「……なら、別に…いいけどさ。」
カイニは少しきまりが悪いのかむすっとした顔で視線をそらしてしまった。
こちらを明らかに心配しているのに素直じゃないからかそれを上手く言葉にできないらしい。
不器用ではあるがこんな不出来な姉を心配してくれる、優しい自慢の弟だ。
そんな風に考えているとコツコツとこちらに歩いてくる足音が聞こえてくる。
「わぁ…お嬢様にお坊ちゃま。お二人とも何故、床に這いつくばっていらっしゃるのでしょうか?」
…ラスリー。
「這いつくばってねぇよ‼︎それにお坊ちゃまはやめろって言ってるだろ‼︎」
声をかけてきたのはシジミジール家に仕えている侍女の一人、ラスリーだ。
訳あって双子の妹、レヴェリーと共にシジミジール家にやって来た。
非常に腕がたち、その腕前はシジミジール家の騎士にも引けをとらないほどだ。
主に私の身の回りのお世話をしてくれているのだが、言葉が少々毒舌であるため、よくカイニとは喧嘩になっている。
喧嘩…というより一方的にカイニがからかわれている感じではあるのだけど…。
…夢の中では、私達を救うために亡くなったと牢獄で報せをうけた。
「お嬢様の身支度を整えに来たはずなのに…お坊ちゃまったら…いくらお美しいお姉様の寝巻きを見たいからって床に這いつくばるほど激しいのはいただけませんね」
「語弊がある言い方するな‼︎大体、事故だし‼︎扉開けたのは姉さんだし‼︎」
「思春期の男の子は大体そう言うのです。本で読みましたよ。」
「なんの本だよ!?」
…相変わらず見慣れた光景ね。
少し、安心するわ。
「おはよう、ラスリー。レヴェリーは一緒じゃないのかしら?」
「おはようございます、お嬢様。
レヴェリーは今朝早くにご当主様と王宮へ出かけましたよ。
昨日の夕食時にご当主様から報告があったはずですが…」
「え…え、あ…あぁそうね。そうだったわ。」
そうだ、確かこの日は世界会合を開くためにお父様が国王の元に召集された日でもあった。
自然生成魔力の枯渇は世界問題。
月に一度、各国から代表が問題解決のために集まる。
…その内容はクラヴィス王国を非難するばかりでまともな会議とは言えなかったけれど。
「なんだかお嬢様、今日はどこか落ち着かない様子ですね。
普段でしたら寝ぼけていてももう少しマシですのに」
「あら、貴女には普段の私が一体どういう風に見えているのかしら?」
「身内にだけ甘く、外側には鉄壁の猫被りお嬢様でしょうか。」
「………今度から気をつけるわ。」
……何だか真面目なトーンで割と本音を言われた気がした。
周りにはそう見えていたのか…。
「ラスリー、姉さんは少し夢見が悪かったんだってよ。
朝食に気分の落ち着く紅茶でも出してあげてよ。」
カイニはそう言いながらずっと座りっぱなしだったアシェリに手を差し伸べる。
アシェリはその手を取るとゆっくりと立ち上がった。
「そうだったんですか。
ではハーブティーもご用意いたします。
まぁ、その前に身支度ですが。」
「あ…」
アシェリはそう言われて自分の服装へと目を向けた。
カイニの声が聞こえて思わず部屋を飛び出してしまったがそういえば寝巻きだと言われていた事を思い出す。
一応、『公爵』の娘だというのに何とも恥ずかしい。
ここは貴族階級よりも個人の職業の方が重要視されがちだからさほど問題はないとはいえ、シジミジールの名に恥じぬ行いを心がけないといけない。
誤魔化しはしたものの夢の内容を知らない二人からすれば私の行動は異様に見えただろう。
先ほどできる事を…と決めたばかりからか気持ちが焦っていたようだ。
何をするにしてもまずは身支度をして朝食を摂るところから。1日の基本だ。
「それではお嬢様、一度部屋に…ん…?」
「どうしたの?ラスリー」
「あぁ、申し訳ありません。
今、王宮のレヴェリーから連絡が。
何か忘れ物でもしたんでしょうか。」
あぁ、そう言う事ね。
これは、ラスリーとレヴェリーの職業『ツインズ』の能力だ。
『ツインズ』は双子がなりやすい職業でこのようにパートナーとなる者と連絡がとれたり、パートナーと自分の位置を入れ替えたりできる。
ちなみに位置入れ替えは1〜2人ぐらいならおまけで一緒に連れて行けるらしい。
どうやらお父様と王宮へ向かっていたレヴェリーからラスリーに何か連絡があったようだ。
ラスリーは最初、真顔で聞いていたようだが徐々に眉間に皺がよっていっている。
…王宮からの連絡…?
まさか、ルファがもう現れたのだろうか。
だが、ルファが現れるのは確か今日の夜だったはずだ。
何かが原因で本来より現れるのが早まってしまったのだろうか…?
急に不安が押し寄せてくる。
「ラスリー、レヴェリーは何を連絡してきたのかしら?」
ラスリーの報告が待ちきれず急かすように質問するとラスリーは眉間に皺を寄せながら戸惑うようにコクリと首を傾げた。
ただ、それはこちらの質問に首を傾げた…というよりなんだかよく分からない…という雰囲気にとれた。
ブツブツと「…お嬢様の…?面白い…?」と呟いている。
「どうしたんだよ、ラスリー」
カイニもその様子を疑問に思ったのか私に続いて促すと突如、ラスリーが「はぁ」と声を上げた。
やがて、ゆっくりとこちらを向くと訝しげな様子で口を開いた。
「お嬢様、一応お聞きしますが不審者のお知り合いとかいらっしゃいませんよね。」
「え?」
「なんでも、王宮に侵入した不審者がいたらしく…第一王子殿下と第三王子殿下がその人物の処遇で揉めているそうです。
そしたらその不審者がお嬢様のお名前をおっしゃったそうで…まぁ…そんなお知り合い、いるはずもないので第一王子殿下は大層お怒りのようですが。」
「当たり前だ。そんな王宮に忍び込むような不届き者、姉さんの知り合いの訳ないだろ。」
………。
「そうですね。
それにしても珍しいこともあるものです。
第一王子殿下や王宮の者に差別されてる事もあって普段離宮から全く外に出ない…しかもそのせいでお嬢様、お坊ちゃま含めほとんどの者が顔を拝見した事がない…ツチノコのような第三王子殿下が外に出るなんて…」
……いえ…
「しかもフルム…第一王子殿下と処遇で揉めてるんだろ?一体何があったんだろうな」
「今にも一触即発の雰囲気で面白いと見物していたレヴェリーが言っていました。
私も見たかったです。」
………いいえ?お待ちになって?
戸惑い。
恐怖。
焦り。
今日は目覚めから…いや、目覚める前から様々な感情に振り回られたというのにまさかこれほど虚無を感じる事があるとは思わなかった。
王宮に侵入?
フルムと第三王子殿下が揉めた?
ツチノコ?
時間が巻き戻ると言われた時ですらまだ思考は正常だったはずだ。
「…ラスリー、その方はどのような容姿をしていらっしゃるか分かるかしら…」
「え、確か…白っぽい髪に小柄の女性らしいですが。」
…………………その方、心当たりがあるわ。
「ラスリー‼︎」
「はい、お嬢様。」
「朝食は無しよ‼︎すぐに私を連れてレヴェリーと入れ替わってちょうだい‼︎」
「…それは…私も見たいのでかまいませんが…その服装でですか?」
「……あぁ、もう‼︎」
アシェリは慌てて部屋へと踵を返す。
なんてことなの!?
おそらく、彼女は目覚めた場所が王宮だったに違いない。
あの目覚める直前、夢の中の慌ただしさを考えれば容易に想像がつく。
色々問題はあるが、問題の根本に直接彼女を送り込むなど神は一体何を考えているのか。
アシェリは名に恥じぬ行動を。と考えた先程の事などすっかり忘れて自らの手で荒々しくクローゼットを開くのだった。
アシェリ様はヌコかぶり