選択者の目覚め
ここから世界観とかの説明も少しずついれていきます。
ハッと息を飲むように私は目を覚ました。
窓から差し込む朝の日差しに、小鳥の鳴き声…。
目には天井らしきものが映っており、思わず勢いよく体を起こす。
止まらない冷や汗。
乱れた呼吸。
震える手。
しばらく茫然と部屋を眺めていると、そこは代わり映えのない見慣れた自身の部屋だと気づき始める。
手元を見ると柔らかな感触が掌に押し当てられていた。
「私の…ベット…。」
私は今までベットで寝ていたのだ。
そう思いながら今度は両の手で自分の首をおさえる。
繫がっている…。
なら今までのアレは全て夢だったのだろうか…。
ズルズルと体を引きずり、ベットを降りると近くのドレッサーの鏡を覗き込む。
ブロンドの髪にライトグリーンの瞳…。
間違いなく、私…アシェリ・シジミジールだった。
今までの事が全てただの夢で、今もただ寝ぼけているだけなのか…それとも本当に時間が巻き戻ったのか。
ドレッサーの上に乗せていたはずのカレンダーに視線を向ける。
「あぁ…この日は…」
この日は彼が…私の婚約者であるクラヴィス王国第一王子、フルム・アインスベル・クラヴィスが聖女と出会う日。
つまり、私が死ぬ1年前。
もしこの日、聖女…ルファが現れたならば…あれは夢ではなかった事になるのではないか…?
待っていれば、あの日のようにきっと報せが届くだろう。
そうすれば、夢だったのか…現実だったのかが分かる。
…………。
でも、現れるのを待つだけで本当に良いのだろうか。
あの内容が夢ではなく現実で…これから起こる出来事だというならば、1年後…私の家族はルファの虚言を信じたフルムに殺されてしまう。
婚約者を盗られて聖女に嫉妬し、隣国に国家機密を売って戦争を引き起こした。と。
「…。」
アシェリは唇をグッと噛む。
…はじまりは突然だった。
いきなり王宮の湖に聖女が現れたと報告が入った。
彼女は突然現れて枯れきった世界樹の葉を一部再生させたらしい。
世界樹とは自然生成で魔力を生み出す源であり、初代王クルス・ヌル・クラヴィスと初代聖女ナドリカが初代シジミジール家の当主ニランと共に護り育てたクラヴィス王国の象徴だ。
世界樹のおかげで土地は潤い、国々の発展へとつながった。
しかし、長い時を経て世界樹は枯れ果て、自然生成魔力の枯渇に悩まされる事となってしまったのだ。
それは、クラヴィス王国だけでなく他の国も例外ではない。
そんな中、どこからともなく突然現れた少女が世界樹を一部とはいえ再生させ、彼女自身を調べてみたら職業が聖女であった事が判明したのだ。
だからシジミジール家にとっても世界樹再生の可能性があるその報告はとても喜ばしい事だった。
どれだけ魔法を駆使して、魔法薬学が発展しても世界樹の再生だけは聖女という職業でしか叶わないからだ。
だが、問題だったのは…聖女ルファの性格だ。
彼女には聖女という自覚が一切なかった。
もちろん、いきなり聖女だと言われて戸惑うのは当然だろう。
だが、世界樹を再生させるための力は職業が聖女である彼女にしか使えない。
世界樹が再生しなければ隣国だけでなく、他の国との外交にも関わる。
世界樹の管理を任されたクラヴィス王国はもう後がない、極めて危険な状態だったのだ。
それでも、彼女の事を考えてゆっくり、少しずつでいいから世界樹の再生に協力してくれないかと彼女に助力を求めた者達は言った。
私もその中の一人だ。
だが、彼女は最初の一度を除いてその力を世界樹に向けてくれる事はなかった。
正確には、やろうとするフリしかしなかったというべきか、それとも自分を甘やかす事しかできない究極の甘ったれだったというべきか。
『頑張ったんだけど…私には無理ですぅ…』
『能力を強くするための練習…?私が世界樹の再生が出来ないからってそんな酷い事言うんですか!?』
………。
少なくとも職業が聖女と判明している時点でうまく出来ないという事はあっても絶対に出来ないという事はない。
現に、一番初めに再生させているのだ。
…うまく出来ないなら練習してみてはいかがですか?私もお付き合いいたしますわ。と申し上げただけなのに何故そんな思考回路になってしまったの…?
しまいには嫌ならやらなきゃいいのよ‼︎と第一王子に無責任な事を言う始末。
完全に自分自身を棚に上げたいがための発言だった。
ただそれが、常に世界樹の管理不足という他国からの圧力にさらされていた次期クラヴィス王国の王であるフルムには大変心に響いてしまったらしい。
それを言われてからフルムはルファに夢中だった。
まるでたかがはずれた子供のようにやるべき公務を放り出し、恋に現を抜かし、部下の忠告にも耳を傾けない。
…そうしたくなる気持ちは痛いほど分かる。
他国からの重圧は決して甘くはない。
私だってできる事なら全てを放り投げたかった。それでもフルムを支えたのは私が昔の彼を知っていたからだ。
私が頑張れば…きっと昔のように彼も戻ってくれると信じて彼が放棄した役目を必死に拾い上げた。
「あぁ、私は本当に愚かだったわね…」
自分にしかできない事すら放り投げてしまったあの二人には私が只々邪魔にしか見えなかったのだろう。
初めに申し出た婚約破棄に同意しなかったくせに自分に都合が悪くなったらあっさりと掌を返したのだ。
結果は、私の大切な物を奪っていっただけ…。
…処刑されたあの光景が、光を失ってしまった…あの瞳が忘れられない。
腹の底からぐつぐつと煮えたぎるような憎しみが湧き出て、心を掻き乱す。
……もう二度と、あのような過ちは繰り返さない。
今度は絶対に守ってみせる。
…そのためにも私にできる事をしなければ。
そう、やはり待っているだけでは駄目だ。
アシェリは深く息をつき、目の前の椅子に腰掛ける。
さっきまで酷かった冷や汗は今はもう落ち着きを取り戻しているようだ。
「確かここに…」
アシェリはそう言うとドレッサーの中から紙とペンをとり出し、紙へとはしらせた。
私にできる事は起こった出来事を忘れない内にメモする事。
メモを書き終わったら部屋から出て家族の無事を確認する事。
確認し次第、ルファが現れた…王宮の湖に向かう事。
…向かったところでフルムとの出会いは避けられないだろうが何かできる事があるかもしれない。
今はとにかくどんな事でもいいから動くべきだ。
そして…
「フゥト様…」
そう、神の使徒と名乗った…私よりも小柄で少し幼い…15〜6歳ぐらいだろうか?
ホワイトブロンドの髪に透き通るようなスカイブルーの瞳。
宝石の瞳を発動した時は片目の儚いピンクの色と相まってとても可愛らしい、まるで人形のような少女だった。
そのような見た目からとんでもない言葉の数々が飛び出していたが…それでもこちらを気づかう暖かさを感じられる方。
本来なら冷静さを失うようなあの場面で妙に落ち着いていられたのは彼女のおかげだろう。
…体の自由が効かず、ふわふわ浮いているような感覚だった事もあるかもしれないけれど。
「ふふ…うんこって…」
だだ正直、神様の方は今でも疑わしさが抜けない。
弾丸のように「私は神様‼︎君、可哀想だね!助けてあげるよ‼︎」と言うだけ言ってこちらの話を全く聞いてくれなかったのも原因だろう…。
…とにかく…フゥト様は箱入り娘だったのか余り世情にお詳しい様子ではなかったし…もし彼女が一人で放り出されていたら大変だわ。
急いで彼女を探さないと…
コンコン
その時、アシェリの部屋の扉がノックされた。
「姉さん。もう起きてる?よかったら一緒に朝食でもと思ったんだけど…」
…この声は…
……。
アシェリは静かにペンを机に置くと、扉に向かって走り出した…。
わりと真面目なシーンのはずなのに名前で一気に気が抜けていくのは気のせいかな。