懐古
今夜死のうと思う。
彼女が僕にそう告げた。
彼女が好きで飾っていた花々は、スマートフォンと
一緒にゴミ箱に入っていた。
私は死んだ方がいいんだって。
液晶に映し出される自分勝手な中傷を見ながら彼女
がポツリと呟いたのは、3ヶ月前だった。
彼女が病院に入院したその日から、花とスマートフ
ォンはずっとゴミ箱に入ったままだった。
悔しさと怒りで胸がいっぱいになる。
俺では彼女を救えなかったのだ。
肺を埋めつくした感情は、途方もない無力感になっ
て僕を殴り続ける。
死しか。
命を投げうることでしか、もう彼女は救われない。
あの日、互いの薬指に誓った、彼女を一生守る。と
いう思いは、数百人の10秒によって際限なく壊され
てしまった。
せめて。一緒に死のうと思った。
彼女と一緒に車に乗り込んだ。メールの通知がひっ
きりなしにきて五月蝿いから、携帯は捨てた。
崖の前に立って、ごめんね。と呟いた彼女は、出会
った頃とおなじ、綺麗な顔をしていた。
連れてきて良かった。そう思った。
僕は結局、彼女と死ぬことも叶わなかった。
コーヒーの中に入れられたたった1粒の睡眠薬に、
僕の誓は再度屈した。
おびただしいメールの通知の、1番最後にあったの
は、彼女からの返信だった。
いつ返信したのだろうと思いながら見たのは、出会
った頃の写真と、おじいちゃんになったら会おうね
という1文だった。