魔王様、レベルダウン制度はおやめください
「なぜだ」
玉座に座られた魔王様は目を細められ、跪く私を睨みつける。玉座の間には張り詰めた空気が流れ、ガクガク震えそうになる。窓が開いているから寒過ぎる。全身鎧はキンキンに冷たい。
「なぜだもなにも魔王様……レベルダウン制度など採用されては、魔王軍全体の士気に関わります」
レベルアップが嬉しい分、レベルダウンは悲しいです。確実に士気が下がります。
「チャチャチャチャッチャッチャ~! の軽快なメロディーに力がみなぎり喜びを感じるのです。それが、ンダンダンダンダンダンダンダンダ、ダランダラン! の呪われたようなメロディーでレベルが下がれば、力が抜けてやる気が失われ、士気が下がるのは明らかではありませぬか!」
「黙れデュラハン」
「――!」
いつも以上厳しい叱責に絶句する。魔王様が真剣なのがピリピリ伝わってくる。いつもの暇つぶしとは訳が違うのか。
「本来、レベルが上がったから強くなる訳ではない。戦った経験によって筋力やテクニック、すなわち熟練度が上がり知らないうちに強くなるものなのだ」
「たしかにその通りでございます」
一度倒した敵はなんとなく動き方や弱点などの攻略方法が分かります。敵の強さもある程度は把握できます。戦い続けていれば、いずれは難なく倒せる技法を見出すことができ、その時は「あ、こいつらはもう楽勝」と思えます。モブですモブ。
「であろう。そうなったことを分かりやすく音とガイダンスで通知するのがレベルアップなのだ!」
「音とガイダンス!」
――分かりやすく音とガイダンスで通知されているのか!
いったい誰が誰にガイダンスしているのだ。……そういえば、「宝箱が空っぽだった」とかも……たしかに誰かのガイダンスだ……。冷や汗が出る。寒すぎる。魔王城内にも空っぽの宝箱がたくさん置かれている。ビックリ箱もある。玉手箱はない。
「筋肉痛のあと、宿屋で良質のたんぱく質やプロテインをがぶ飲みし、眠っている時に筋力が付く場合がある」
「ハッ! であれば、宿屋で眠っている時にレベルアップしてもおかしくないはずです」
「さよう。宿屋で眠っている最中に、チャチャチャチャッチャッチャ~!」
喜びで興奮して寝付けなくなるかもしれません。明日から小学二年生~みたいな。
「しかし、夜中に目覚めたことにより体力や筋力が回復せず、寝不足で逆にレベルが下がり、ンダンダンダンダンダンダンダンダ、ダランダラン! でございます」
「――! レベルアップとレベルダウンを何度も繰り返すと申すのか。夜にレベルが上がったり下がったりすれば……」
チャチャチャチャッチャッチャ~! レベルが上がった。ンダンダンダンダンダンダンダンダ、ダランダラン! レベルが下がった。チャチャチャチャッチャッチャ~! レベルが上がった。ンダンダンダンダンダンダンダンダ、ダランダラン! レベルが下がった。
「寝られん――! 永遠ループだぞよ」
「宿屋の店主に外へ放り出されます!」
レベルアップが近付くと怖くなりそうです。
まるで乳歯から大人の歯に生え変わる頃のような、――不安な夜が続きます。
「卿は顔ないやん」
「――! そうでした」
顔が無い全身金属製鎧のモンスターだから……歯の生え変わりもなかったのだった。冷や汗が出る。嘘をついていた。
「しかし、何故ゆえにレベルダウン制度が必要なのですか」
魔王様は玉座から立ち上がられ寒風の吹き込む窓際へと歩かれた。コツコツと冷たい大理石の床を歩く音だけが静かな玉座の間に響き渡る。
窓からの風で魔王様の金髪の髪がなびくのがお美しい。まるで干したタクアンだ。いや、タクアンを作る段階ではまだ黄色くない。
「エレベーターもエスカレーターも『上り』があれば『下り』もあろう」
「御意」
上りだけでは不具合が生じます。まれに、「下りのみ階段をご利用ください」はあるかもしれないが。
「勇者であれ魔族であれ、村人であれ一度レベルが上がったからといって十年間なにもせずにいればどうなるか、卿は考えたことがあるか」
「十年でございますか」
ざっくり3650日、厳密には3652日か3653日もの間、勇者が剣を振らずにいれば当然だが腕は鈍り弱くなる。たぶん太る。今まで倒せたモンスターすら倒せなくり、走るだけで息が上がる……。
そして、それは我ら魔族とて同じこと……。
じゃあレベル99の村人はどうだろう……冷や汗が出る。村人は村人をやっていればレベルがどんどん上がるのだろうか? そもそも村人のレベルってなんだ? 力や体力だけではあるまい。
「ようこそ○○村へ!」と案内した回数なのだろうか。それでレベルが上がるのなら美味し過ぎるぞ村人α!
「魔王城へようこそ魔王城へようこそ魔王城へようこそ魔王城へようこそ魔王城へようこそ……」
「急に暴走したAI搭載ロボのように喋り出すでない!」
テヘペロ。
「たったこれだけのことで四天王もレベルが上がるのでしょうか」
「もちろんだぞよ。今のでデュラハンのレベルは5くらいは上がったぞよ!」
今のでレベルが5も上がったと……素直に喜んでいいのでしょうか。
「……微妙です」
「しかし、そんな村人でさえ、案内する回数が減れば……もしくは、十年間誰一人案内することがなければ、テクニックは落ちる。レベルは下がる」
……なんのテクニック!
「ろれつぞよ」
「ろれつ? 舌のテクニックですか」
「舌のテクニックとは違うぞよ。冷や汗が出るぞよ。卿はいっつもそっち方面へ持っていこうとするから困るぞよ」
「御冗談を」
そっち方面って意味が分からないぞ。「いっつも」って酷いぞ~。
「無駄話が長くなってしまったが、日々の成長がなくなった時点で、レベルはダウンするのだ――」
「……」
チラッチラッとこっちを見ないで欲しいぞ。それならばこちらも魔王様をチラ見したいぞ。
「では、一度覚えていたことを忘れてしまうのはどうでしょう」
「忘れることは、レベルダウンだぞよ」
ほほおー。
「では、テスト勉強や受験勉強で必死になって覚えたことを試験後に綺麗さっぱり忘れれば……」
「レベルダウンだ。日々忘れぬように努力を継続する必要があるのだ」
受験地獄が一生地獄になる。……受験戦争が一生戦争になる。一年戦争が百年戦争になる~。冷や汗が出る。――戦争反対!
「じゃあ、資格試験などで勉強したことも、時が経ち忘れれば……」
「レベルダウンだ。そんな大事なことを忘れてはならぬ。取った資格を返却せよ」
……それも冷や汗が出る。
「それならば、ミッション車で自動車免許を取得し、オートマ車ばかり乗っていれば……」
「レベルダウンだ。オートマ車に乗り続けていれば、気付けばもうミッション車には乗れぬ! エンストが怖くてブオンブオン排気ガスを撒き散らかす!」
「……」
「……」
いつもながら、なかなか強情でいらっしゃる。
「本当によろしいのですね。魔王様のレベルも明らかに下がりますよ」
毎日暇を持て余しているくらいだ。毎日数十レベル下がってしまえばいい。レベル1の魔王様はレベル99のスライムにブニッと踏みつけられてやられるかもしれませんよ。プププ。
「下がってもいいもん。予のレベルは……無量大数だもん」
……でた。子供の喜ぶ……無量大数。頭が痛いぞ。
「では、私のレベルも無量大数です」
「むむむ……。じゃあ、予のレベルは無量大数の無量大数倍じゃ」
小学生高学年か――! それか、高学年に教えてもらった低学年か――!
「では、私のレベルは無量大数の無量大数倍の無量大数倍です」
倍返しだ! いや、倍々返しだ! バイバイだ~!
「真似をするな!」
「真似をするな」
「――!」
「――!」
「デュラハンのアホ」
「魔王様のアホ」
「……」
「デュラハンの顔無し」
「魔王様の脳無し」
「脳無しは酷いぞよ~! あんまりだぞよ~!」
泣きだす魔王様。……顔無しも酷い気がするが……。
「すみません。言い過ぎました。お許し下さい」
魔王様はピタリと泣き真似を止めてニヤリとしながら振り向いた。
「すみません。言い過ぎました。お許し下さい」
「……」
クックックとほくそ笑んでいらっしゃるのが、ガチ腹立つ……。
「攻守交代の演技だったのですか」
「攻守交代の演技だったのですか~」
語尾を伸ばすな! あー腹立つ!
「子供ですか」
「子供ですか~」
「子供はどっちだ!」
「そっちだ!」
「……」
「魔王様の馬鹿」
「デュラハンの馬鹿」
「デュラハンの天才!」
「魔王様の天才!」
「ひょっとして、文字数稼ぎですか」
「――! ひょっとして、文字数稼ぎです」
「冷や汗が出るぞ」
「冷や汗が出るぞよ」
「首から上はないのだが……」
「首から上は、あります~!」
腹立つわあ……。
魔王様は玉座からポンッと立ち上がられた。
「とにかく予は、『過去の栄光』とか『年功序列』とか『学歴重視』とかは嫌いなのだ! 常日頃から目標を持ち日々成長を繰り返すために、レベルダウン制度は必要不可欠なのだ――!」
「絶対後悔しますよ。いつものように」
「絶対にしない。絶対にしない!」
なんで二回もおっしゃるのだ……腹立つ。まるで前前前作のデジャブだ!
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