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魔力無しだと追放されたので、今後一切かかわりたくありません。魔力回復薬が欲しい?知りませんけど  作者: 富士とまと


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*まとめUP1

改稿作業がなかなか進まず、改稿前のものになります。

ちょっとつながりが悪い部分が出てきますが、続きを待っていてくださる方用に上げておきます。


『風呂って、なんだ?』

 ディラが興味深そうに首を傾げた。

「うん、体温より少し暖かいたっぷりのお湯に、全身浸かるの。水浴びのお湯版?」

『お湯なら、水の魔石と火の魔石があればいいんだよね。全身浸かるお湯を入れるには、穴でも掘る?それとも酒樽にもでも入る?』

 ディラが収納鞄の中身を思い出しながらなのか、風呂が用意できないかと考えてくれた。

 えええ?魔石か。魔法にも魔石にも頼るようなことは……いや、でも、風呂……。風呂入りたい。

 それに……。薄汚れた子供たちを見る。綺麗にしてあげたい。

 うー。激しく葛藤する。

 私の中の天使が「ダメダメ。魔法や魔石なんてなくたって幸せに生きられるってところを見せてあげないと」とささやき、悪魔が「へへへ、魔法や魔石、それに収納鞄の中身に依存する生活はダメだが、それは生きるために必要な部分だけじゃないのか?風呂ならあってもなくても生死にかかわらないんだから、魔石使っちまいなよ」と誘惑してくる。

 うーぐ。うーぐ。

「火の魔石と水の魔石と酒樽」

 誘惑に負けました。ぐず。

 収納鞄から出てきた酒樽は、ドラム缶のような大きさで、確かに人が入ることができそうなサイズだ。

「うわー、何、これ?なんだ?」

 ドンタ君がすぐに酒樽に近づいていく。

 モモちゃんは初めて見る巨大な樽にちょっと腰が引けたのか、ミーニャちゃんの後ろに隠れて樽を見た。

「ま、魔法?いったいこれはどこから……?」

 ミーニャちゃんが目をまん丸にした。

 どこからって、ハイポーションを出したときはそこまでは驚いてなかったような?あれは服の中からも出せるような大きさだったからかな?それとも精霊様へのお供え物っていうことでハイポーションの方が不思議な物変換されてたかな?

「ま、まさかそれは……古代遺物……アーティファクトでは……」

 おばばさんが小刻みに震えている。

「古代遺物?」

 確かに、古代というほど古いかは分からないけれど、300年前の、遺品ではあるよね?

 ちらりとディラを見る。

『アーティファクト?そう呼ばれるのって、レアアイテム中のレアアイテムだよな?確かに、その収納鞄は他のものよりも優秀だけれど、そのレベルのものをアーティファクトなんて呼ばないけどなぁ……?』

「子供のころ本で読んだんじゃ。……魔王が現れる前には、魔法の力が及ばない不思議な品を作れる者たちがおったと……。たくさんの品が入り、入れたものは腐ることも劣化することもないという不思議な鞄や、治癒魔法では直せない体の欠損までも直すことができる薬まであると……」

『へ?誰も作れないんじゃないかな?ダンジョンからのドロップ品だし。収納鞄に、欠損が直せるってのはエリクサーのことだろ?』

 ディラが首をかしげる。

『まさか、魔王が亡ぶとともに、モンスターも姿を消した?……それで、ドロップ品が手に入らなくなった?……のか?』

 魔王だとかモンスターだとか、アーティファクトがどうとか、よくわからないけれど……。

 おばばさん、確かに「子供のころ本で読んだ」と言ったよね……?

 本を……読む……ってことは、文字が読めた。文字を習ったってことだ。

 魔力ゼロじゃないの?おばばさんは……教育を受けられる環境にあったの?

 でも、火が消えた時に、とても焦っていたよね?どういうことだろう。おばばさんが子供のころは、魔力ゼロでも王都から追い出されるようなことはなかったということだろうか?それとも、親がかくまって守っていた?

「ポーションといい、その鞄といい……殿上民でも手に入れるのが難しいような品を……ユキはどうしてもっておるのじゃ?」

 おばばさんがいぶかしむ目を私に向けた。

 いや、相変わらず開いているのかどうか分からないような細い目なんだけれど。緊張した空気が流れている。

「えーっと、荒野に、落ちてたのを拾いました」

 嘘じゃないよ。ディラに教えてもらって掘ったら出てきたんだし。拾ったのには間違いない。

「そうじゃったか……。探せば、まだお宝が眠っておるということじゃな……。聞いたか、ネウス、ミーニャ」

 ネウス君とミーニャちゃんがおばばさんに頷いた。

 えっと、宝探しでもするつもりかな?

「よく見ておくのじゃ。一見ただの小さな入れ物じゃが。あんな大きなものが入ったり出たりするんじゃ。アーティ額との一つ……収納鞄と言うものじゃろう。それに、精霊様にお供えした小瓶、あれはポーションじゃ。見つけたら王都の連中にも高く売れるじゃろう」

 売る?

 あのベールの向こうに住む人たちにってことだよね?人は行き来できないけど、物は行き来させることはできるってことかな?

 そういえばネウス君は薬を買いに街に向かっていたし、おばばは火を買うお金がないとも言っていた。

「すごいです、収納鞄……。本当に、こんな小さなものに、あんなに大きなものが入っていたんですか……」

 ミーニャちゃんがじっと収納鞄を見た。

「もう一回出すとこ見せてくれよ!」

 ドンタ君の興味は樽から収納鞄に移ったようだ。

 出すのはいいけれど、何を出そうか。そもそも、何が入っているのかよく知らないんだよね。

 ふと、子供たちの顔を見る。……真っ黒だよね。

 樽風呂にはいったら、すぐにお湯が真っ黒だよね?洗ってから入るにしても……いったんお湯に浸かって垢を和ら無くしないと落ちなさそうなんだけれども……。そうすると、浸かる、出て体洗う、綺麗なお湯に浸かると……。

「酒樽、あと5つ出てこい……って、そんなに入ってないか……」

 と思ったら、ドスンドスンと、酒樽が次々に出てきた。

「うわーすげー!すげー!」

 ドンタ君は大はしゃぎだ。

 モモちゃんも樽を見慣れたのか、ドンタ君にくっついて樽を触り始めた。

 ……と、いうか……。

「ディラ、なんでこんな酒樽がたくさん入ってるの?」

『あー、ドワーフの村に行くときにはいつも酒の詰まった酒樽をいっぱい持って行くんだけれど、帰りには空になった酒樽を持って行くことになるからな』

 ドワーフも、いるんだ。酒好きのイメージは確かにあるけれど……。

 まぁいいや。ディラにやり方を聞きながら、6つの酒樽になみなみとお湯をためる。

「あの、それもアーティファクトですか?」

 ミーニャちゃんが、水の魔石と火の魔石を不思議そうに見た。

 うーんと、ネウス君も魔石のことは知らなかった。ミーニャちゃんも知らないんだ。おばばさんは知ってるのかな?

「なぁ、何してるんだ?見せてくれ」

 酒樽の高さは私の胸元くらいまである。ミーニャちゃんは中を見ることはできるが、ドンタ君は中が見えない。

 酒樽の縁に手をかけてよじ登ろうとし始めた。

「危ないっ!」

 慌ててドンタ君を止める。まだお湯がたまりきっていない酒樽は軽く、ドンタ君がぶら下がったことで倒れそうになる。

「ユキっ!」

 ドンタ君を抱えたまではよかったけれど、そのままバランスを崩した酒樽が倒れてきそうになった。

 トンッと、私の背中が何かに当たる。

 二本の腕が伸びて、倒れそうになった樽を支えた。

「大丈夫か、ユキ」

 耳元でネウス君の声が聞こえる。

「ああ、ネウス君……ありがとう」

「ユキが無事でよかった……」

 ネウス君がそのまま樽を押してもとに戻す。

 樽、ドンタ君、私、ネウス君という配置。背中にネウス君がぴったりとくっついている。

『ああー、ネウス、ユキに変なことするな、ユキを助けてくれたことには礼を言うけど、僕のユキにいつまでも引っ付いてるんじゃないっ。かわいいユキの近くに行きたいのは分かるけど、かわいすぎて思わずぎゅってしたくなるのも分かるけど、僕の許可なくユキをぎゅっとするのは僕の目が黒いうちは許さないぞっ』

 ディラが何かおかしなことをわめいている。

 ……いや、突っ込みどころが満載過ぎて、どこから突っ込んでいいのか。かわいくないし、ディラのでもないし、ぎゅっともされてないし……。

 そもそも、目は黒くないよね。死んだからとかでなくて、そもそも、黒目じゃないよね……。

 ネウス君が樽を起こして離れると、ディラはぐっとこぶしを握り締めた。

『どうして、僕は僕の手でユキを助けられないんだろう……』

 いやぁ、幽霊ですからね?……ずいぶん落ち込んだ表情をしている。

『どうして、僕には体がないんだ……』

 体?剣が落ちてたあの周辺で300年の間に朽ちたんじゃないだろうか。ああでも、骨は残っていたかも。

 遺骨……探してあげればよかったかな。もう、今更だよね。荒野のどこにあるのかなんてさっぱり分からないよ。ごめん。

『いや、待てよ?体……ん?何だろう、えーっと、あれ?……えーっと……何か忘れてるような?』

 ふとディラが何かを思い出したように、いや、思い出しかけて顔を上げる。

 と、そんなことをしている場合ではない。

 水の魔石が水を出すのを。火の魔石が水を温めるのを止める。

 湯加減はばっちり。冷めないうちに入ろう!

「風呂が沸いたよ~。さぁ、皆で入ろうね!」

「え?お湯の中に入るのか?俺たち食べる気なのか?」

 ドンタ君がぎょっとした顔をする。

「えーっと、違うよ、ほら、私も手を入れられるよ、煮るときのように熱くはなくて、えーっと……」

 ディラも風呂を知らなかったんだ。子供たちが知るはずもない。

 ……そもそも水浴びすら知らない?

「えーっと、風呂……うんと、精霊様に会うのに身を清めるのよ」

 へらりと笑って適当なことを言う。

 子供たちもおばばも真剣な目をして私の言葉に耳を傾ける。

「確かに、神殿では神事を行う前には身を清めると聞いたことがあるのじゃ。洗浄魔法を使えばいつでも体も服もきれいになるというのにわざわざ水に浸かると聞いたことがあって不思議に思っていたんじゃが……」

 洗浄魔法か!なるほど。そういうのがあるから、風呂もないのか。こりゃ、街の中でも風呂はなさそう。

 っていうか、じゃぁ、石鹸とかないんじゃない?ああ、そうだ、そうだ、思い出した。江戸時代とか髪を洗うのに灰汁とか使ってたんだよね。灰はあったはず。

「桶よ出てこい、あ、これに火を燃やしてできた灰を入れてきてもらっていいかな?」

「灰?何に使うんだ?」

 首をかしげながらネウス君が桶に灰を入れて持ってきてくれた。そこにお湯を入れて灰汁を作る。

  うーんと。まずは見本を見せないと風呂の入り方もわからないよね。

「えーっと、女の子チーム集合!男の子チーム……ネウス君とドンタ君はあっちね。服脱いで、まずは1つめの酒樽にしばらく入って」

 女の子チームと、はい、おいで、おいで。モモちゃんは抱っこで入らないと沈んじゃうね。

「じゃ、服脱いで順番に1つ目の樽に入ります。えーっと、おばばとミーニャちゃんは私たちの後で入ってね」

 モモちゃんを抱っこして樽風呂に入る。みるみるお湯は真っ黒。うひぃ。でも、私と小さなモモちゃんだからこの程度で済んでるんだよなぁ。

 しばらく温まって、垢を柔らかくしてから、出る。布でごしごしと体をこすりながら、2つ目の樽からお湯をかけて流す。ごしごしざばーを何度か繰り返す。

 それから灰汁で頭を洗ってざばー。モモちゃんが何かの遊びだと思っているのか楽しそうにきゃっきゃと声を上げる。

 うわー、つるんつるんの肌出てきた。……痩せてガリガリだけれど。それでも垢が落ちて髪の毛も綺麗になってくるとモモちゃんのかわいらしさが倍増だ。

 いやぁ、あかってこんなに溜まるものなんですね。遠い目……。綺麗になったら3つ目の樽にざばーん。ふと見ると、ミーニャちゃんがおばばさんの背中を流してあげている。

 男子チームの樽の様子は見えない場所に設置したけれど、声をかけるときっちりお湯につかって体を洗って、それからはしゃいで楽しんでいるようだ。

 ふぅ。いいお湯でございますねぇ。石鹸もシャンプーもないけれど、汗が流せただけでもずいぶんすっきりした。

 眼鏡は外しして収納鞄に入れたし、髪の毛も洗ってタオルで頭の上にまとめて乗せている。

「かーおー、おねーちゃん、かおー」

 モモちゃんが眼鏡をはずした私の顔を指さし、お湯につかっているおばばに何か訴えている。

「おや、本当じゃの。普通の顔になったわい」

 は?普通?

「ユキお姉さんの顔にはめてたのは何だったんですか?」

 ミーニャちゃんが首をかしげる。

 ああ、眼鏡を知らないのか。そうか。ってことはもしかして今まで私、変な顔の人だったのか。

 そういえば、王都でも変な顔と言われたけれど、あれは従妹のきららみたいにかわいくないから言われたのかと思ってたけれど。

 単に眼鏡が原因なんだ。

 ……もしかして、眼鏡も魔法があるから必要とする人がいない?視力を回復させる魔法とかあるのかな?それとも視力は魔法で補えるとか?

 そもそも、視力が悪くなるような生活してる人はいない?テレビもゲームもないし……。

 と、ゆっくりはしていられない。

 ディラ……はもちろん男子チームの方に剣を移動させたけれど、そのディラに教えてもらった洗浄魔法でみんなの服を綺麗にする。

 水の魔石と風の魔石を使って洗浄魔法を行うらしい。うーん、原理としては洗濯機と乾燥機みたいなものなのかな?

「はい、すっきりしたねー」

 2歳児モモちゃんをタオルで拭いて、ぼろぞうきんのような……それでも洗浄魔法で多少はマシになった服を着せる。

「出たら体をしっかり拭いてから服着るんだよ」

 ミーニャちゃんがうんと頷いた。

 とぼとぼと落ち込みながら男子チームの元へと歩いていく。服を洗浄してあげなくちゃ。

「ユキ?」

 下を向いて歩いていたから声がかかるまで気が付かなかった。

 声に慌てて顔をあげると。

「ご、ごめんっ!」

 素っ裸のネウス君がいた。

 いや、本当ごめん!まだ樽風呂に浸かっていると思って大丈夫だと思ってた。

 いくら三十路のおばさんにとはいえ、見られたくないよね。

 まぁ、眼鏡はずしてるから細部は見えないんだけど。いや、細部もなにも一瞬だったから、服着てないって認識しかできなかったというか。

 パッと下を向くと、ネウス君の足元だけが見えた。

「……」

 まだ、見えてる。えーっと、立ち去るとかしないのかな?

「ユキ、顔……」

 眼鏡はずしてるから普通だと思ったっていうのは、さっき別の子に聞いた。

 ネウス君もびっくりして裸のこと忘れてる?

「あーっと、そうなの。眼鏡はずしたの。眼鏡、その、外してるから、見えてないからね?見てないから、うん、あ、服を洗浄するから、服どこ?きれいになってから服を着てね」

 私の言葉に、ネウス君の慌てた声が聞こえた。

「あ、俺、服着てないっ!ご、ごめん、ユキ、あっと、裸って大きくなったら見ても見せてもダメだっておばばに言われてたんだっ。いや、でも……別にユキに見られても平気だけれど」

 は?

 ああそうか。兄弟みたいにみんなで小さいころから育っていれば、別に裸を見られても見てもなんとも思わないのか?

「ユキは見たくないんだよな……」

 いや、いや、見たいとか見たくないとかでなく、見ないから!……ああ、でも従妹のきららなら見たうえで「そんな貧相な体見せられてこっちは迷惑よっ!謝りなさいよ!」とか言いそう。

「ごめん、ユキ」

 ネウス君の声が遠ざかったので、顔をあげて服を洗浄する。

「すげーよ、体がぽかぽかで。楽しかったよ」

「ごしごし、ごしごし、なーの」

 服を着たドンタ君とモモちゃんが私に報告してくれる。それから、剣にも向かってミーニャちゃんが話しかけた。

「精霊様、綺麗に身を清めました」

「オイラも~清めるの気持ちいい」

 ドンタ君も興奮した様子だ。

 初めてのお風呂は、お湯に浸かることが怖いという人もいると聞いたことがあるけれど、皆楽しそうでよかった。

 おばばさんも満足げな表情をしている。

 全員風呂が終わったところで、おばばが声をかけた。

「そろそろ暗くなるぞえ。寝る準備をするんじゃ」

 おばばの言葉に空を見上げる。太陽が地平線の近くにある。4つの月は、太陽を追っていったわけではないのか、ほぼ真上に明かりを増して輝いている。

「ねぇ、お姉ちゃんはどこで寝るの?ネウスお兄ちゃんと一緒に寝る?」

 へ?

 ネウス君を振り返る。

「ユキと一緒?俺は……ユキのものだから、ユキが望むなら」

 ネウス君が顔を真っ赤にして立ってる。

 いやいやいや、いやいやいや。ってか、なんで顔が赤いの?

「ミ、ミーニャと一緒に寝るといいよ。俺は外でいい」

 バタバタと手をふるネウス君。

 なんか、すごく私と一緒は嫌みたいですよ。昨日、荒野で一緒に寝たよね?収納袋から出したテントの中で一緒に寝たよね?

 ……もしかして、昨日、寝相が悪くて迷惑かけまくった?それとも、さっき素っ裸を見ちゃったから、照れてる?

 いや、眼鏡かけてないから、見たうちに入らないっていうのは私側の見解で、見られた方はたまったもんじゃないか。ごめん。ごめん。

「くっくっく、ネウスは同じ年代の女の子を見るのは初めてじゃからの」

 待って、待って、おばば、同じ年代って何?

 ネウス君は見た目18、9……もう少し上としても、大学生くらいだよね?成長期の途中って感じの体系してるもの。やせすぎて顔の作りとかじゃよく分からないけれど。

 私、実年齢30歳のおしゃれ無縁の喪女ですし、メイクなしだから若く見えると言われることがあっても、せいぜい20代…。いや、もしかすると、この世界の成人は15歳くらいなのかな?

 とすると、おばばの中での区分けって、子供、成人済みの若者、中年、老人?だとしたらぎりぎり中年逃れて若者という同じ区分か?

「しかもこんなにきれいなんじゃ」

 ま、お風呂に入ったのできれいですね。

 おばばの家……屋根があるだけの場所には、いつもはおばばとモモちゃんが一緒に寝ているそうだ。

 私は、ミーニャちゃんが寝ているという場所にお邪魔した。

「ミーニャちゃん、調子はどう?」

「ありがとうユキお姉さん。もうすっかり良くなったの。お薬飲ませてくれたんですよね?あの、私……」

 ミーニャちゃんと私は二人で寝転んで会話をしている。

「ユキお姉さんの奴隷になります。命を助けてもらったんです。何でもします」

 汚れを落としてすっかり美少女になったミーニャちゃんの口からとんでもない言葉が出てきた。

「な、何言ってんの!」

 12歳前後の美少女が奴隷になりますなんて……。っていうかこの世界にはやはり奴隷なんてあるの?

「あの、おばばに聞いたんです。100年くらい前までは奴隷というのがいて、ご主人様の言うことは絶対で、隷属魔法で離れることができないようになっていたって……」

 うわー、奴隷は奴隷でも、魔法での拘束があるのか。それはまた……。

でも100年前の話?今は無くなったってこと?それはよかった。

 だけど、何で奴隷制度は無くなったんだろう?奴隷だった人は……と想像すると、犯罪を起こした犯罪奴隷や借金が返せなくなった借金奴隷みたいな人や、魔力ゼロの人間だったんじゃないのかな?今の、魔力ゼロの人間に対する扱いを見れば、奴隷にされていても不思議ではない。

……それに、外から人は入れない街なら、どこか未開の地に住む人間を奴隷用に連れてくるなんてできなかっただろう。だから、奴隷はもともと住んでいた人で「奴隷にしてもいい」という人間だったはずだ。

 ……犯罪や借金、それに魔力ゼロの人間が奴隷だったら「奴隷解放運動」なんて起きるだろうか?

 犯罪者を自由にするはずはないし、魔法で拘束できるならなおのこと。

 魔力ゼロの人間が奴隷なんてまっぴらだと反乱を起こした?でも、魔法が使えないから何もできないというおばばやみんなの言い方からすると、魔法が使えないから奴隷になっても仕方がないんだと思っていそうだし……。

 いったい100年ほど前に、何があって、奴隷制度がなくなったんだろ?

 もちろん、奴隷制度なんてない方がいいに決まってる。

 いや、どうなんだろう。奴隷として街の中で生活と、自由はあるけれどガリガリで今にも死にそうな街の外での生活と……どちらが幸せなのか……。奴隷という言葉からは悲惨な待遇を想像しがちだけれど、古代ローマだとか時代や場所によっては奴隷は大切に扱われていたということもあるし……。

「あの、ユキお姉さん、わ、私がそばにいては迷惑ですか?一緒にいちゃ駄目ですか?」

 ミーニャちゃんが潤んだ瞳をこちらに向ける。

 あいやー、何てかわいいんだろう。

「あーっと、奴隷とかたぶんミーニャちゃんは勘違いしてるよ。一緒にいられない、むしろ遠くに離れて二度と会えないという奴隷もいるからね?だから、奴隷になりたいなんて言っちゃ駄目」

 嘘ではない。

 例えば鉱山で働かせるとかそういうのもあったはずだ。わざわざご主人様が鉱山で奴隷を見張っているわけではない。

 それにしても、なぜこんなに懐かれたのかな?薬のお礼をしたいだけという感じでもないけれど。おばばを除いて年上の女性がいない環境に育ってきたから、お姉さんが欲しかったとか?

 ……そうか。大人の愛情を知らずに育ってきているんだ。おばばさんがいると言っても……。

 森の入り口付近に移動したネウス君を見る。

 ネウス君だって、まだ子供といっていい年齢だろう。年長者だけれど、大人に甘えたいんじゃないかな……。

 うん。よし。お姉さんに甘えなさい。みんなのお姉さんになるよ。……あ、いや、むしろ……年齢的にはお母さんか……。モモちゃんやドンタ君くらいの子供がいてもおかしくないもんね。ああ、18歳で産めばミーニャちゃんくらいの子供もいても不思議じゃないのか……。

 うぐぐ。

 ――自分で言っておきながら若干凹んだのは言うまでもない。

 ぶんぶんと頭を振る。

 ”お姉さん”

 私はみんなのお姉ちゃんになるっ!

「大丈夫よ。目が覚めたらいなくなってるなんてことはないから。ゆっくり休んでね」

 手を伸ばしてミーニャちゃんの髪をゆっくりと撫でた。

「うん」

 嬉しそうに頬を染めるミーニャちゃん。やっぱりかわいいなぁ。

 と、ふと気が付く。

 かわいい?美少女?そういえば、ガリガリで、ただただ痛々しいと思っていたけれど、痩せてはいるけれど少しだけ肉もついているような?

 お風呂に入ってできれいになったから美少女だったんだと感じているだけではない感じ。

 ああ、他の子も、はじめに見た時は骸骨が皮をかぶっているだけのように見えていたけれど、今では細くてガリガリの人のように見える。

 もしかしてローポーションというものの効果なのかな?

 ディラにポーションのことを教えてもらおうと、ミーニャちゃんの方向に向けていた体を反転させ、剣を置いた側に視線を向け……。

 ふんぎゃーっ!

 目の前、ほんの30センチの場所に、ディラの顔!なんじゃ、イケメンが嬉しそうに笑っている。

『ユキと一緒に寝るなんて、恥ずかしいけど、嬉しいな』

 剣は確かに私の横に置いた。んだが、ディラは剣が寝かせられてようが立てられてようが、立っているはずなのに、なぜ、いま、寝転ぶ必要があるっ!

 そもそも幽霊に睡眠が必要なんて聞いたこともない。寧ろ、太陽が沈んでからがメイン活動時間だろう!

 楽しそうな顔してるディラにちょっとイラッとしてしまう。いくら幽霊といえども、こうして女性の横に平気で寝られる精神が信じられない。

 もしかしても、もしかしなくても、私のこと女だと思ってないよね?

 そりゃ、喪女だけど。女としても魅力に欠けるかもしれないけれど……。でも、平気で一緒の布団(布団なんてあるようなないような場所だけれど)で寝れちゃうほど全く女と意識されていないのは……さすがに、ちょっと傷つくんだよね。

『あれ?ユキ、どうしたの?怒ってる?』

 喪女のくせに、おしゃれしようとも思わない癖に、それでも女扱いしてもらいたいとか思う自分にも腹が立つ。でも、もしおしゃれしても女として見てもらえなかったらって、怖くて、怖くて……おしゃれしないことで保険をかけてたんだ。自分が変わることで隆の態度も変わるのが怖かった。怖くて、何も行動できなくて……。

 隆の女の座は手に入らなかった。けれど、幼馴染の座は失わずに済んだ。うん、だからいいんだ。いいんだ……。

『ねー、ぎゅーってしてもいい?』

 は?

 イケメンが私の顔を間近で見ている。眼鏡をはずしていても、霊の姿だけはなぜかよく見えるんだよね。

 半透明だけど、しっかりと表情は見える。なんだか、ちょっとドキドキして返事を待っている表情が。

 ぎゅーってなんだ?抱き枕にでもしたいのかと思ったけれど、そもそも幽霊って、人も物も触れないじゃん。通り抜けるじゃん。それくらいわかってて、何がぎゅー?

『こ、こんな気持ち……初めてなんだ……。ユキを見てると、無性に、だ、抱きしめたくて……』

「!!」

 まさか、金縛りに合わせる気なの?

 ニコニコ嬉しそうに、いい人ぶって、金縛りに……!

 いや、これはもしかしなくてもディラが悪いんじゃなくて、幽霊の本能的なものなのかもしれない。

 こんな気持ち初めてっていうし。幽霊になってから周りに人がいなくて今まで経験したことがない、本能的な衝動……?!

 けれど、ごめんこうむる!

『え?ちょっと、ユキ、なんで寝ないの?立ち上がって、僕を持つの?どこに行くの?』

 すでに外では地面の上にコロンとネウス君が丸まって寝ていた。

 金縛りにすんなよと、ディラを睨み付けつつ、ネウス君から少し距離を置いて剣を置く。

「じゃぁ、お休み~」

 ひらひらと手を振ってミーニャちゃんの隣に戻る。

 目をつむって、現状をいろいろ考える。

 荒野は、初夏のような感じだったかな。25度前後?日がじりじりと照り付けると暑かった。夜は15度よりは下がってないと思う。

 この場所は森の入り口で木々が適度に日差しを遮ってくれるから、昼間でもさほど暑くは感じ。屋根がかろうじてあるだけの建物しかないということは、1年中温暖なのだろう。雨も少なさそうだけれど、森があるからには適度に雨も降ってるのかな。荒野は水をため込むことができずに水が流れて行ってしまって木がはえないのかな。サボテンは生えてたし、砂ネズミなどの動物もいたので、雨も時々はふる?地下水はある?どっかにオアシスみたいなとこもある?うーん、よくわからないなぁ。

 でも、少なくとも……森の入り口は下草も生えてたし、乾燥に強い特殊な木々じゃなければ生育できないみたいな感じには思えなかった。

 探せば川や湖なんかもあるのかもしれない。

 水が手に入るといいのに。でも、森は危険だって言ってた。どこまで危険なんだろう。幼児もいるし……、。迷子になって帰ってこられない可能性もあるか。確かに、危険だから入っちゃ駄目としっかり教え込まないと。森の中に行けば食べるものがあるよ、木の実もあるよなんて知っちゃったら、気がついたら森から出られなくなりそうだ。

 明日おばばにいろいろ聞いてみよう。聞きたいことがたくさんありすぎて……。

 考えている間に、眠ってしまった。


◆ディラ視点◆

 ……みんな寝ちゃった。

 僕は、ちっとも眠くならない。

 ユキの寝顔を見ていれば退屈しなかったのに。

 ユキはかわいいなぁ。ずっと見ていても飽きない。

 ううん、違うな、ずっと見ていたい。

 うー。退屈。ユキのところに行きたいけれど、剣から移動できないし……。

 ……退屈、かぁ。300年……いや、正確には何年たったのか分からないくらい長い時間を、ずっとあの荒野の誰もいない場所で過ごしていた。退屈なんて言葉さえ忘れるほどの、長い時間。

 それを、今は退屈だと思うのは……。ユキと出会ったから。

 村のみんなが話しかけてくれるから。

 そうだ、朝になればまたみんなと話ができるんだから贅沢なんて言っちゃだめだよね。

 僕が精霊だって。

 ふふふ。面白いことをユキは考えるよね。剣の精霊なんているわけないのに。精霊は、火、水、風、土、光の精霊しかいないのに。

 ……というのは、一般常識じゃないのかなぁ?みんな知らない?なんで知らないんだろう?神殿で神父さんが子供達に話して聞かせる定番の話なのに。……ああ、捨てられた子供達だからなのかな?まぁいいか。逆に剣の精霊って作り話を信じてもらえたし。

 おかげでみんなが話しかけてくれるようになった。嬉しい。

 ユキ。

 ユキ。感謝してもしきれない。

 300年もの長い孤独から救ってくれたユキ。

 僕はユキに何が返せるだろう。

 目を閉じて腕を組んで考える。この姿になる前は、こういうポーズを取ろうものならすぐに寝てしまって賢者に頭を叩かれたなぁ。

 今は全然眠くならない。睡眠が必要じゃないからなのかな。

 と、思っていたらガンッと音がして驚いて目を開ける。

 寝返りを打って転がってきたネウスが剣の上に右足を乗せていた。

『寝相悪いなぁ。アイラみたいだな。いや、アイラの蹴りは寝ていても無傷じゃすまないから、ネウスはかわいいものか』

 このままにしておいてもいいけれど、剣の上から足はどかしてもらおうかな。

 ネウスの足に手を伸ばす。

『あ』

 手が、ネウスの体に吸い込まれるようにして埋まる。

 そうだ。触れないんだ。

『いや、だけどこれ……』

 ネウスの体に触れずに通過するというよりは、まさにネウスの体に吸い込まれている感じだ。

 ……。

 そういえば、あったな、こういうの。

 魔王軍の配下に、こういう人の体を乗っ取るみたいなやっかちな能力もちがいて……。

 興味本位で、そのままネウスの体に自分の体を吸収させる。

『お、おお、動く』

 完全にネウスの体に入ったと思ったら、まるで自分の体のようにネウスの体を動かすことができた。

『すごい、いや、でもなんでこんなことができるんだ?ネウスが寝てしまったから?それとも、僕は魔族にでもなってしまったとか?』

 それとも、ユキと出会ったから奇跡が起きたのかな。ユキはすごいから。

 ああそうだ、食べ物も食べられるようになっちゃったんだよ。ユキのおかげ。

 ユキ大好き。もう絶対ユキのそばを離れない。離れたくない。ユキに嫌われたらどうしよう。

 ん?あれ?

 いや、ちょっと待てよ、入っちゃったのはいいけど、どうやって出るんだ?

 出ようと意識してネウスの体から離れる姿をイメージする。

『で、出られない……』

 ちょ、これじゃぁ、本当にネウスの体を乗っ取ってしまったことになるじゃないか、どうしよう。

 と、とりあえずユキに相談、そ、相談を……あ、だけどもし本当にこのまま出られなくなったらユキは僕のこと嫌いになっちゃうかも……。

 な、なんか収納鞄にアイテムなかったかな?まずはいろいろ試してみよう。

 収納鞄を取りに行こうとネウスの体で立ち上がり歩き出す。

『んー、体が重い。いや、体重は軽いはずなんだけれど昔のように体が動かない……』

 自分で動かしているネウスの腕を見る。それから足。お腹、胸を触ってみる。

『これ、ダンジョンの中で出会ったら、間違いなくスケルトンと間違える案件だよな……』

 スケルトンって、骨のモンスターなんだけど、それくらい骨骨しい。

 鍛え方が足りないという問題でなく、まずは体ができていない。

 しゅぽん。

 どさっ。

『ほげ?』

 急に後ろに引っ張られて、しゅぽんとネウスの体から抜けた。抜け殻となった意識のないネウスの体が地面に倒れた。

『ご、ごめん、あわわ、地面が柔らかてよかった……あれ、でもどうして急に?抜け出せてよかったけれど……なんで……?』

 足元には見慣れた剣。倒れたネウス君とは距離が。

『あー、もしかして、これからは距離を取れないということか。ってことは……持ち歩けばいいのかな?』

 もう一度ネウスの体に入ってみようと、手を伸ばす、体を伸ばす……って、届かない。

 と、思ったら、寝相の悪いネウスがこっちに転がってきた。

『ラッキー、もう一度、体借りるよ!』

 ネウスの体に入り込む。今度は剣を抱えて立ち上がる。

『あ、そういえば、この剣、伝説の勇者にしか抜けないってやつだけど、借り物の体で抜けるのかな?』

 柄に手をかけ、剣をさやから引き抜く。

『抜けた。うわー、この感触、懐かしい』

 鞘を捨て、両手で剣を握る。

『うん、懐かしいな。片手では難しいあたり、子供に戻ったようだ。ネウス……もうちょっと鍛えたほうがいいよ……』

 そのまま、素振りを開始。

『にじゅう、にしゅいち……』

 うわー。たったの21回で手が震えてきた。

 寝ているユキの枕元に置いてある収納鞄から、ポーションを3本ほど取り出す。

『一口ゴクリ。ローポーションは激マズだけど、ポーションはそこまでひどくない』

 さ、回復回復。素振りをつづけるぞ。

 と、気がつけば、腕が上がらなくなるまで素振り、ポーション一口飲んで回復、再び素振りを、3本のポーションが空になるまで続けてしまった。

『いや、たかが素振りでも、楽しいな。徐々に振れる回数が増えていくこの充実感』

 40回は振れるようになった。スタートからほぼ倍だ。ふふふ、今後が楽しみだな。っと、そろそろ夜明けだな。目が覚める前に抜け出さないと。

 剣から離れれば抜け出せるんだよな。

 と、剣を置いて歩き出す。って、これだとまた抜け出した後にネウスが地面に倒れるよな。体を借りた上に、意識がないとはいえ痛い思いをさせるのは悪魔の所業だ。

 剣を持って寝転ぶ。

 それから、思いっきり剣をポーンと投げ捨てる。

『ひょーーーっ』

 剣がネウスの体から距離ができた瞬間、しゅぽんと飛び出たのはいいけど、ちょっと勢いつけて投げすぎた。ちょ、待って、やだ、ユキ~、ユキ~!

 皆が寝ている場所から、200mは離れてしまった。荒野にぽつん。……ど、どうしよう。

 ど、どうしよう……。


◆視点戻る◆

 目が覚めると、モモちゃんがじーっと私を見ている。

「あ、いきてたでしゅ!おばばしゃまにおしえてくるでちゅ」

 ……ああ、そうだ。

 そうだった。異世界に召喚されて、魔力がないからってすぐに捨てられたんだっけ。

 隣に寝ていたミーニャの姿はすでにない。というか、私以外、皆起きてるってことだよね……。

「ユキお姉さん、目が覚めたんですね。よかったです」

 ミーニャちゃんがやってきた。

 手には昨日作った即席の火を起こすための弓がある。

「もうすぐご飯ができます」

 にこりとミーニャちゃんが笑った。

「ご、ごめんね、寝坊しちゃったみたい……」

 子供たちが早起きして働いているというのに何たる失態。

「疲れてたんですよね。ずっと歩いて来て。お兄ちゃんもまだ寝てるんですよ」

 ネウス君が?

 細くて栄養足りてないけれど、私よりもずっと体力がありそうなのに……。

 まさか……。

 ディラの剣をネウス君の近くに置いたけれど……。

 幽霊の本能にあらがえず、ネウス君を金縛りに合わせたとか?それで、ネウス君は安眠できずにまだ寝てる可能性が……。

 うひゃー、ごめん、ごめんよ!ネウス君っ!

 慌ててネウス君の元へと向かう。

 ネウス君は、寝相が悪いのか、昨日寝ていたところから少し離れた木の根元に丸まって寝ていた。

「ネウス君、大丈夫?」

 近づいて顔を覗き込む。

 あれ?

「ネウス君?」

 昨日、お風呂に入ったからかな?

 顔がぴかぴか。

 小麦色の肌に、茶褐色の髪の毛。眉毛がしゅっとりりしくてまつげが長い。

 なんか、ディラが金髪碧眼王子様みたいなイケメンとすれば、ネウス君は……シークみたいなイケメンになりそうな美少年なのでは?

 というか、なんか、たった一晩しかたってないのに、なんだか骨と皮ばかりで、顔もガリガリだったのに、まだ痩せてはいるけれど、骸骨っぽさがだいぶなくなった?

 と、その前に、ディラが金縛りしたなら注意しておかないと。

 どこだ?

 ん?姿が見えない……ぞ?

 怒られると思って雲隠れした?

 きょろきょろとあたりをみまわせども、ディラの姿も剣も見当たらない。

 ……逃げた?

 いや、自力で動けるわけないよね?

「まさかっ」

 盗賊か何かが出て、盗まれた?

 ど、ど、ど、どうしようっ!

 剣が盗まれちゃったら、盗まれちゃったら……。

 ん?

 んー?

 どうしよう?

 剣は、剣として使わない。

 移動するときに4キロ近い荷物がなくなる。

 幽霊がいなくなったことで、何か困るっけ?……人と出会えたから寂しくもなくなったし。

「別に、困らない?」

 という結論に達したところで、脳裏にディラの泣き顔が思い浮かんだ。

 ユキー捨てないで、ユキー。

 号泣。うぐっ。ぐぐ、分かった。分かったって。もう!

 ああ、幽霊なのになぁ。情が沸いちゃったかな。……そうだよね。幽霊とはいえ、この世界で助けてくれた恩人だもん。

 恩をちゃんと返さなくちゃ。……ディラがいなかったら、死んでたよね。今頃私も幽霊だよ。いや、成仏したかな?どうだろう。

 仕方がない。ちょっとばかし、頑張るか。

 目をつぶる。精神を集中させる。お腹から全身に霊気を行き渡らせるように。

 そうして、それを体から徐々に放出する感じをイメージ。……ああ、力の弱い目には見えない霊のたくさんの声が聞こえる。

 子供たちの泣き声。

 ここで亡くなった子供たちだろうか。

 おなかが空いたと泣いている子。

 誰かを探す声に……。ああ、そう。まだみんなと遊んでいたいの。おばばと離れたくないの。

 駄目だよ。ここにいるより、お空に昇って行った方が幸せになれるからね。お空に昇っていっても、おばばやみんなと一緒だからね。

 温かくて気持ちよくて、それからね、新しいぴかぴかに出会えるから。幸せになるために、進むんだよ。大丈夫。大丈夫。おばばは忘れたりしないよ。一度お空に昇って、お願いして守護霊として戻ってくることもできるからね。

 と、声をかけてから除霊。姿も見えない弱い霊を除霊するくらいならできるんですよ……。

 さて、ディラは……?

 うえーん、うえーん。

 ……はい。子供たちの泣き声が聞こえなくなった途端に、大きな泣き声が一つきこえてきました。

 霊気を収めて、声のしたほうに目を向ける。

 荒野が広がる。幸い視界を遮るものがないので、遠くにあるものまで見える……。

「なんで、あんな遠くに?」

 小さくため息をついて、2~300mは離れた場所まで剣を取りに向かう。

『ああ、ユキだ!ユキぃー!』

 剣に向かって歩き出すと、はるか向こうのディラがぶんぶんと手を振っている。

 これ、もしディラが自由に動き回ることができたら、間違いなく全速力で走ってきて飛びついてくるやつだよね。

 なんか、四本足で、しっぽぶんぶん振って走ってくる大型犬を想像する。キラキラと日の光を受けて輝く美しい毛並みの……犬。

 だって、大人が、あんなに嬉しさの感情表現を全身で表すかな?しかも、私みたいな喪女に対して……。

 私が来たことを、満面の笑みで、今にも飛びつきそうな顔して迎えるかな?

『よかった~ユキ~。嬉しい!嬉しい!嬉しくて昇天しそう!』

 してないけどね、昇天。

 嬉しそうな顔を見ていると、私の心も緩くなりそうだけれど、駄目。

 イケメンずるいな。微笑みかけるだけで気を緩ませようとは。だけど、駄目ですからね!しつけ……じゃない、犬じゃないな、ディラは。

「ディラ、夜、寝てる間にネウスに何かしなかった?」

 いつも早起きだというネウスがなかなか起きてこないことを思い出す。

 睨み付けるように尋ねると、ディラが視線を泳がせた。

『な、なにも、ほ、ほら、僕、触ることもできない体……だし』

 ……。やったな。

 何かしたな。

 金縛りに合わせたか、それともラップ音でも鳴らして睡眠を邪魔したか……。

「じゃ、ディラ元気で」

 くるりとディラに背を向けて、歩き出す。

『うわーん、ごめんなさぁい、ユキ、ちょっとだけ、ちょっとだけ、あの、ポーションを使って……』

 ん?

 ポーションを使った?

 立ち止まってディラを振り返る。

 そういえば、ネウス君は一晩でありえないくらいつやつやになっていた。風呂に入っただけにしては、つやつや過ぎる感じはしたけれど。

 何にしろ……ディラが悪気があって悪さをしたわけではなさそうだと言うことだけは分かった。

「ディラ、今日も頑張って飲んでね」

 小さくため息を吐き出し、剣に手を伸ばす。

『ユキ、ありがとう、ありがとう』

 大型犬よろしく手が届く距離になったら、ディラが私に飛びついてきた。両手を広げて。

 私の体をびょーんとすり抜けてあっちへ飛んでった。足元とつながっている先だけ伸びて2mくらい。

『うわぁ、うわぁ、ユキがいない、ユキが!』

 ディラが私の後ろで叫んでる。

 いや、あんたね。私の向こう側に行っちゃったんだから、目の前から消えるに決まってるでしょ。後ろ、後ろ、後ろだよ!

「皆に、朝と晩、お供えさせる?」

『え?』

 ディラが振り返る。

『あ、がんばって飲んでねって、お供え……ローポーション……』

 ディラが青ざめた。

 うん。昨日もまずいまずいとお腹パンパンにして頑張って飲んでたもんね。

 剣を持って歩き出す。

 ディラはとぼとぼと私の横を歩いている。

 ……剣にひっついてるんだから、足を動かさなくても移動できるんだけれど、歩く動作をしている。器用に、私の歩幅に合わせてゆっくりと。

 ディラが普通に歩いたら、背が高くて足も長いから、きっと私が速足で歩くくらいのスピードになるだろうに。

「ディラは、モテたでしょ……」

 顔がいいだけじゃない。スタイルがいいだけじゃない。子供たちを思う優しさもあって、こうして女性に対しても気をつかえる。

 ディラが青い顔をする。

『女は……怖い……』

 ぶるぶる震えだした。

 ……何があったんだ。……モテすぎるというのも苦労するという話は聞いたことがあるが……。

 っていうか、ちょっと待って。

 私だって、女なんですけどね?

「ディラ、私は怖くないの?」

 ディラがきょとんとした表情を見せる。

『なんで?顔に変なのしてても怖くないよ?』

 顔に変なのって、眼鏡のことですかね?

 いや、眼鏡のことを聞いているんじゃなくて。

『ユキ大好きだよ。怖いわけないじゃない。とういうか、こんなに好きな気持ちをどうしたら伝わるんだろう』

 ……キラキラと、女性の心を一瞬でとらえるような笑顔を見せてディラが笑う。

 ……好きだと言われてもねぇ。

 女は怖い。私のことは怖くない。

 そこから導き出せる答えは1つ!

 まったく、女として見られてない……。はい。出た!答え、出た!地味に、傷つく答え、出た。いや、まぁいいんだけど。

 っていうか、それで大好きって……インプリンティング、刷りこみ現象、なんていうか、300年ぶりにはじめて会話した人間に懐いたてきな、あれですかねぇ……。そ、それとも、幽霊らしく執着系なの?……ぶるるっ。

『ユキは?』

 ディラが不安そうな顔をして私を見る。

 は?私は?ディラを男として見てるかってこと?……なんて聞くわけないか。

 幽霊だし。

 ……ちょっとぶるぶるってしちゃったから、怖がってるか心配したのかな?

「怖くないよ」

 幽霊だけど、ディラは怖くない。怖い幽霊を散々見てきたんだから、幽霊っていうだけで無条件に怖がるようなことはしない。

『そ、そうじゃなくて、ユキは……』

 ディラが何か言おうとしたところで、呼ぶ声が聞こえてきた。

「ユキィー!朝ごはんだって!」

 ネウスが駆け寄ってきた。

 ああ、よかった。ネウス君、起きられたんだね。

「大丈夫?いつもより起きるのが遅いらしいけれど……」

 ネウス君が息も乱さず私の目の前まで来ると、私の手から剣を何も言わずに受け取る。

「うん、大丈夫だ。なんか、ちょっと体中が痛いけど……」

 って、全然大丈夫じゃないっ。

 ディラがしまったって顔してる。やっぱりディラ、あんたのせいねっ。

「俺、寝相が悪いからたぶんあちこちにぶつけたんだと思う」

 にこっと笑って恥ずかしそうに頭を書くネウス君。……う、ごめん。本当はうちのディラが原因……って、うちのじゃない。

 ディラはうちの子じゃないからっ。うちの幽霊がご迷惑を……とか聞いたことないからっ!

『いや、たぶん筋肉痛……』

 ぼそりとディラがつぶやく。

 は?やっぱり金縛りにでも合わせたのね!抵抗して全身で体を動かそうと頑張った結果、全身筋肉痛……ってことか……?

 申し訳ない……。

「ユキは、俺の心配してくれるんだ。俺が、ユキのものだから?」

 ネウス君が嬉しそうな表情を見せる。

「だから、ネウス君は私のものじゃないよ。昨日、決めたの。ネウス君はモモちゃんやドンタ君やミーニャちゃんを妹や弟だと言ったでしょう?この村はみんな家族みたいなものなんでしょう?だから、私も入れてほしい。私を、ネウス君のお姉ちゃんにしてもらえないかな?」

 ネウス君が言葉を失っている。

「弟のことを心配するのは当たり前だし、弟や妹を助けるのも当たり前でしょ?だから、えーっとそういうことね?」

 ネウス君が下を向いた。

「……俺……ユキのものでいたい」

「ネウスは、私のものじゃなくて、私の弟。ね?大切な弟になるの」

 ネウス君がぱっと顔を上げる。

「大切?」

「そう。だから、ネウス君も私のこと大切に思ってくれると嬉しいな?」

 と、ちょっと強引にみんなの輪に入ろうと話を進める。さすがに……昨日今日あった人間を姉認定なんて無理かな。もうちょっと時間をかけるべきか。

「も、もちろん、ユキは大切だ。俺は、ユキのこと、大切にするっ!」

 よかった

「あ、ユキお姉ちゃん、ネウスお兄ちゃん、ここにいたの?あ、精霊様もご飯どうぞ……えーっと」

「お供えいたしますだったよな」

 ミーニャちゃんの後ろからドンタ君が顔を出した。

 こくんと頷いて見せると、ミーニャちゃんたちは剣の前に朝食を置いた。

 子供の量の、しかもとても豊かとはいえな食事とはいえ、6人前……は、さすがに。

 と思ったけれど、ディラは果敢に完食に向けてチャレンジを始めた。

「うぐぐー、この水まずい~。木の皮を煮たのも苦い~固い~蟻が酸っぱい~」

 う。まずいのは仕方がない。木の皮が堅くて苦いのも、我慢できると思う……。

 えーっと、あ、蟻?

 なんか汁にはいった、ゴマみたいな黒いつぶt……。

 うひー、無理、無理、いや、でも、文句ひとつ言わずに子供たちが食べてる。

 この小さい子たちが生きていくために、必死に蟻を捕まえてるんだよね。ぐすん。

 ダメだ。

 嫌だ。

 無理だ……なんて、私が言う権利ある?何も食べる物準備してないんだよ?

 準備してもらって、これは嫌いだから食べないとか、こんなもの食べられないとか言う権利ある?

 有るわけ、ない。

「では、お下がりをいただきます」

 と言うとディラに手を合わせてから食事を始める。

 ……パンを食べさせてあげたいというおばばの言葉を急に思い出した。

 おばばは食べたことがあるのだろう。そうして、食べたことのない子供たちに……パンを一度でも食べさせてあげたいと……。

 眼鏡をはずして、ご飯を食べる。見なきゃいい。黒い粒粒が見えるからダメなんだ。

 木の皮は、そう、ゴボウみたいだ。日本人にはなれた触感。大丈夫。苦みもゴーヤだと思えばなんてことない。

 粒粒の酸っぱさは……ぐっ。こ、これはイチゴの粒。イチゴの酸味……。

 一気に流し込む。それからすぐに木の樹液をごくごくと飲んで口の中から粒を追い出す。

「ご、ごちそうさま……」

 やり切った。頑張った。引きつる笑顔で何とか笑う。

「そんなに勢いよく食べて、お腹すいてるのか?もっと食うか?」

 ネウス君が心配そうに自分の器を差し出してきた。

「う、ううん、大丈夫だよ、あの、片付けは手伝うね!」

 慌てて器を持って立ち上がる。

 子供たちを見ると、器に樹液を入れてくるくると回して飲んでいる。それから残った樹液を飲む。

 ああ、そうか!水がないから、器もああしてきれいにして太陽の光でも当てて使っているんだ。

 洗うなんていうことが贅沢で……。片付けなんて、食事を作る場所に持って行くか太陽が当たるように並べるかくらいしかないんだ。

 目頭が熱くなった。魔力がゼロで役立たずだと言われても、こんな気持ちにならなかった。

 悔しい。情けない。

 私は、今、本当に役立たずだ。

 ううん、違う。違う。役立たずじゃない。彼らの知っていることを私が知らないだけ。逆に、私が知っていることを彼らは知らない。役に立てるように考えよう。

 例えば、水だ。

 川や湖など森の中にないのだろうか。

 飲むだけの水分は樹液で確保している。だけれどまずい。蒸留すれば水になるんじゃないだろうか。

 いや、樹液であることが彼らを生かしている可能性もある。まずいけれど栄養があるとか。……味だけを求めて生活スタイルを変えさせることは危険だ。

 味を求めるまえに、もっと十分な食料が必要だ。

 右を見れば荒野。荒野では、サボテンや砂ネズミがいる。だがどちらも希少のようだ。

 左を見れば森。木が生い茂っている。探せば食べられる植物も生き物もいそうだ。水場があれば魚とかも取れるかもしれない。

 食事が終わり、子供たちがそれぞれ自分のすることをし始めた。

「おばばに聞きたいことがあります」

「なんじゃ?」

「森が危険というのはどういうことですか?」

 おばばの正面に座って尋ねる。私の横にはディラが同じように座っている。

『どんなに危険でも、僕が何とかするよ!……って、ああ、だめだ、今の僕は無力だぁ!!』

 うるさい。ディラには話しかけてない。他の人にはディラの言葉が聞こえないんだから、同時にしゃべられても私が困る。

「見えるところならいいんじゃが、見えないところへ行ってしまえば帰ってこられなくなる」

 ん?遭難ってこと?

 遭難が危険ってこと?

「あの、見えない場所でも、毎日道を覚えて少しずつ遠くに行くとか……?」

 魔法的力が働いていて迷いの森とかだと駄目かもしれない。

「わしらは魔力がないからの……。道しるべの魔法も使えないんじゃ。迷ったら戻ってこられない」

 道しるべの魔法?

『大丈夫だよ。収納鞄に、魔法の地図が入ってるから。通った道が自動で記録されるやつだよ』

 へー、便利なものもあるね。カーナビみたいに使えるのかな。

 って違う!魔法に頼らない!魔法なんてなくたって、方位磁針を使うとか、太陽と時計で方角を見るとか、あ、時計ないな。木の年輪でも方角が分かるし……。

 魔法が使えないから、魔法が使えないから、また、それなの?

「迷わなければいいんですよね!だったら、ちょっと行ってきます!何か食料が見つかるかもしれない」

 すくりと立ち上がる。

「待つのじゃ、魔法がわしらは使えないから、危険な獣に出くわしても戦う術がない」

 うっ。それは困る。そりゃ魔法が使えなくても、猟師であれば鉄砲でやっつけたりできたりもするけど、あいにく私は猟師でも格闘家でもない。

『大丈夫だよ、僕がユキを守るから!』

 ドンッと胸を叩くディラ。

 はい。言っていることだけはかっこいいけど、忘れてるよね。いろいろ。

『って、今の僕じゃ無理だったぁ!なんてことだ。ダメだ、ユキ!森へ行かせない。どうしても行くと言うなら、僕を倒してから』

 倒すも何も生きてないけどね。

 ……っていうか、ディラうるさい。……他の人にはディラの声が聞こえないんだから、ディラと言葉がかぶると、私だけが他の人の言葉を聞き逃したりするってさっきも言ったよね!あ、言ってない……けど、ちょっと黙っていてほしいんだけど。

「危険な獣とは、どういったものでしょうか?」

 おばばが首を横に振った。

「分からぬ……。ただ、街の外には獣がいて、魔法がない者は獣に襲われて生きてはいられないと……そう、教えられたんじゃ」

 ……そういう、ことか。

 魔法が使えないからできないの呪縛。

 森の中に入ると危険というのは、魔法が使えないから迷う、魔法が使えないから獣に襲われる……。と。魔法でなんでも解決できてしまうから、魔法が使えないと何もできないということにつながっている。具体的に何がどう危険かという問題ではない。魔法が使えないから危険だと……。

 魔法が使えないものは何もできないという思い込み。呪縛。

 生活に必要な火のおこし方すら分からないのだから……。

 魔法がないのが当たり前の世界に生きてきた私からすれば、魔法が使えないことは、森にあるかもしれない食料や水源確保をあきらめる理由になんてならない。

 ……とはいえ、実際に獣に襲われて殺されるのも困る……。

 熊なら音を鳴らしながら進むといいとか、猪は刺激しなければいいとか、なんらかの対策法がある。

 そう、熊を見たら死んだふりをするとかね。……でも、本当は死んだふりは悪手なのだとか。息の根を止めに襲われるらしい。逃げるなら、木の上。それも、熊が登れない……熊が手を回して手が重なる太さで、倒されない強度もある木を選んで登るのがいいらしい。

 ……という、危険な動物を危険じゃなく回避する方法も……何も分からないままか。

 おばばに話を聞いてから、森の入り口で食料を集めている子供たちの姿を見る。

「それ以上奥へ行っちゃだめだ!」

 と、お互いの姿を確認しながら土を掘り返したり木の葉を集めたりしている。

「それはお腹が痛くなるやつだ」

 という声も聞こえてきた。

「そうか、問題山積だ。未知の植物は毒の可能性も考えないとだめなのか……」

 毒があるか調べる方法もどこかで見た。食べ物の場合は何日もかけて少しずつ反応を見ながら量を増やしていくみたいな感じだ。

 ……そう、方法はあるはずなんだよね。

『大丈夫だよ。解毒剤も収納袋に入っている』

 ディラがニコニコと笑ってる。

 うーん。魔法っぽいことに頼るのはまだ気が引けるけれど……。

「ありがとう、ディラ。食べられる植物かどうか調べるのは解毒剤を使わせてもらうわ」

 これは1回調べれば継続的に必要になる問題じゃない。だから、魔法を使っても問題ない。

 収納鞄に頼り切った生活になるわけじゃないから。うん。使える物は使おう。

 ……ふと、きららのことを思い出す。魔力が高い私は聖女かもしれないわと言っていたけれど、魔力が高いだけで魔法ってすぐに使えるのかな?

 箸で食べることなんか持ち方云々は置いておいて、当たり前に皆がしていることだって、海外の人が日本に来てすぐにできるようになるわけじゃない。スキップや縄跳びなんか、いくら練習してもできないまま大人になる人もいる。魔法はどうなんだろう?

 努力とか練習とか嫌いだものね、きらら。

「私がいつまでたってもできないのは教え方が悪いのよ!先生を変えて!」

 だとか。

「魔力が高い私が聖女なんでしょ?別に、私がなりたくて聖女になるわけじゃないんだから、ちゃんとやる気にさせてくれないあなた方が間違っているのでは?」

 だとか。

「いやぁーん、できなぁい。もう一度教えてくださるぅ?ああ、そうだ、もしできたらご褒美に何してもらえるのかなぁ?」

 (相手がイケメンに限る)だとか……。

 ……大丈夫かな。もし、聖女だとしたら「代わりになるものがいない」わけだから。

 日本にいたときのように「ユキ姉さん、代わりに掃除しといて。私はデートで忙しいから。あ、その後、庭の草むしりも頼まれてたんだ、よろしくねー」とできないんだよ。

 つまり……。聖女の仕事を誰も代われない。のに、仕事をしないどころか魔法が上手く使えないままじゃ……。

 ん、まぁいいか。なんだかんだと取り巻き(この場合ば便利な男という意味でイケメンでなくてもよし)作ってうまく生きてくかなぁ?

 ……そうなんだよね。きららは生きていくのが上手い。

 私は、つい、甘えちゃだめだとか、ずるはいけないとか思い込みすぎて……不器用な損な生き方になっちゃう。もちろん、自分で選んだ生き方なのだから、後悔もしてないし、誇りもある。

 でもね、この世界で、私が生きていくだけのためとは違って、子供達が……いいえ、魔力ゼロの街を追い出されてしまう人たちが皆、この先安心して今よりはもう少し暮らしやすい場所を作るために魔法は一切使わないと意地を張っても仕方がないんだよね。

 ずっと頼り切りにならないものなら使って、魔法なしで生活できる基盤を整えるべきなんだよね。

 ほら、借金はしないと思っても、何か事業を起こすための初めの借金は必要だったりするじゃない?ずっと借り続けるものじゃない必要な借金。

 ってことで。獣対策を魔法や魔法系の道具を使わずに立てるために情報を収集するためには、色々使えるものは使おう。

「ねぇ、ディラ、もし危険な獣に出会った時に何とかする道具はないの?」

 どんな獣に出会うか分からない。もしかしたら、危険な生き物なんていないかもしれない。森に入って見なければ分からないのだ。

 とりあえず危険な生き物が本当にいるのか知りたい。

『んー、もう少し鍛えれば……ネウスを……』

「え?ネウス君を鍛える?いや、そりゃ自分たちでやっつけられる力をつけるのが一番だけれど」

 後々はそうしないと駄目だろう。獲物を確保するにも弓や剣、いろいろ武器を使って戦っていくしかない。魔法が使えなくたって、熊と戦ってきたんだよ。人類は!……たぶん。

「今の私でも何とかできる物は無いの?」

 ディラが悲しそうな顔をする。

『だめ、ユキが危険にさらされるなんて、僕には耐えられないから、教えないっ』

 ……いや、だから、危険を回避する方法を教えてくれと言っているのに。

 教えてくれないと、むしろ私が危険なんだけど……。

「じゃぁ、危険に遭遇したときに対処できなくて死にそうになるかもしれないけれど、仕方がない……エリクサーで何とかしろってことね……」

『ガーン、ユキ、ユキ、駄目だよ、危険に遭遇するような行動取らないで、あ、待って、森の中に入るの、僕も連れてって、あ、ねぇ、ユキっ」

 剣を森の入り口の木に立てかけて、森の中に足を踏み入れる。

 後ろから悲壮な声が聞こえてくる。少し距離を置いて振り返った。

「ディラは、私が危険を回避するための道具のことを教えてくれないんでしょう?そうよね。ディラに頼り切るのは私の我儘だったと反省したの。自分の力で何とかしようと思ったら、まずは重たい剣を持って行くべきではないと思ったの」

 そりゃ魔法の道具を使って生活を改善しようとは思った。

 でも、収納鞄の中身に頼り切りになるのと、いざというときに頼るのでは別の話だと反省。あんまり頼ってばかりだと、魔法の道具が当たり前になってしまう。「魔法の道具がないからできない」と思い始めたら本末転倒だ。

 少なくとも危険な獣とは何か私に説明もできないくらい、獣の姿はここでは見ないのだろう。

 ということは、まぁ、ちょっとくらい進んでもそうそう出会うことはなさそうってことだよね。

 少しずつ探索する距離は伸ばしていけばきっと大丈夫。……霊力のおかげで、危険が迫っていることはある程度虫の知らせで感じることができるし。……ああ、虫の知らせなんじゃなくて、私についてくれている守護霊様とかが教えてくれてるのかな。……残念ながら見えないんだけれど。

 それに、もし怪我したら、エリクサーがある。

 よし。いっちょやりますか!

 がさがさと枯草や落ち葉を踏みしめ、ときどきむにゅんと足が沈んだりしながら森の中を進む。

 足が沈むくらい柔らかい土か。落ち葉が堆積して栄養豊富な土ができてるのかなぁ?

「ユキッ!どこへ行くの!」

 振り返ると、ネウス君がいた。

「森は危険だよっ!」

「うん、おばばに聞いたよ。魔法が使えないと危険だと」

 にこりと笑って答える。

「私が住んでいたところでは誰も魔法は使えなかったけれど、森に入っていた。魔法がなくても森へは入れる」

 魔法が使えなくても火を起こせるを実践して見せたからなのか、ネウス君は私の言葉になんの疑問も持たずに頷いた。

「そうか!じゃあ俺も行くよ!」

 にっこり笑っているけれど、これはダメだ。

「危険がなくなるわけではないのよ?」

 ネウス君の顔が途端に曇る。

「危険なことがあっても回避する方法が魔法以外にもあるというだけ……そうね……例えば」

 収納鞄の中から、空になったローポーションの瓶を取り出す。モンスターを倒すと出てくるドロップ品と言っていたし、飲んだら瓶は消えるのかと思ったら消えなかった。

 ディラが言うには、空瓶は、薬草から作った薬を入れるのに使ったりと一定の需要があったので売れるらしい。

 だから収納鞄にしまっておいたのだ。……まぁ、誰に売るんだ?って話だよね。今の状態だと。でも、価値のあるものは捨てられない貧乏性です。

「ここから、村が見える方向はあっちでしょ?

 瓶のお尻が村の方向に向くように、目線の高さにある木の枝にポーションの瓶を刺す。周りの木は間引いて目立つようにする。

 そう、迷子にならないための目印だ。

 童話では白い石を集めて目印として落として歩いたというのもあるし。現代日本だって、遭難しないように布を巻きながら進むだとか、木の枝を折りながら進むだとかいろいろな方法が伝わっている。

 瓶にしたのは、目立つからというのもあるけれど、無駄な布などないし、折った枝を見分ける自信がないから。あるもので何とかしようと思ってのこと。

「何?」

 ネウス君が瓶を見て顔を傾げた。

「目印。あっちに向かっていけばいいよっていうね」

 説明しながら進んでいき、瓶が見えなくなる前に次の目印用の空き瓶を木にさす。

「帰り道はこれで分かるでしょう?道しるべ魔法だっけ?魔法が使えないと迷子になって帰れないなんてことはない。魔法がなくても帰ることができるのよ」

 ネウス君が目を輝かせた。

「すごいよ、ユキ。確かにこれなら……そうか、ここまでくると、まだいっぱい使ってない木もあるし食べるものがたくさん見つかる!」

 ネウス君はまだほんの2~30m移動しただけだというのに感動しているようだ。いつもは村から10mほどの範囲で行動していたから新しい世界に出会えた気分なんだろう。

 だけれどね、まだまだだよ。ここまで進んだって、私にとってみれば新しい発見はない。水源もないし、食べられそうな新しい植物も発見できていない。まぁ、幸いにして危険な獣にも出会ってないけれどね。

 念のため、2つの瓶が見える場所に新しい瓶を設置する。これならば一つ見落としても迷子になることはないだろう。

 しばらく目印を置きながら慎重に足を進める。

「ねぇ、ネウス君、あれ」

 木の実を見つけた。初めての木の実だ。赤くて梅の実くらいの大きさの実だ。赤いだけで食べられそうな気持になる。けれど、本当はどうか分からない。

「食べられるかな?食べたことある?」

「初めて見た」

 そうか。初めて見たのか。じゃぁ、食べられるかどうか分からないね。あとでディラに尋ねるか、調べるか……。

「少し取って持って帰ろうか」

 と提案すると、ネウス君がするすると木に登り始めた。

 すごい。だって、手がやっと届くような枝につかまって体を持ち上げて登っていくんだよ。がりがりでも力はあるんだ。

「落としても大丈夫?」

「うん」

 両手を開いて落ちてくる身を待ち構える。

 コツン。

「痛っ」

 ふっ。キャッチ難しいね。頭の上に落ちてきて、思わず両手で頭を押さえる。

「ごめん、ユキ!大丈夫か?」

 ざっと音をたてて、ネウス君が私の目の前に下りてきた。

 飛び降りた?

 ネウス君が私の両頬をつかんで、脳天を自分に向け、顔を寄せてくる。

「ああ、血は出てないな、よかった」

「ちょっとネウス君心配しすぎだよ」

 ネウス君の手が離れると、地面に落ちた赤い実を拾う。

「こんな小さな実がちょっと頭に当たっただけだよ大丈夫」

「あ、ああ、そうだな……でも、ちょっとでも怪我すればすぐに……」

 ネウス君の顔がゆがむ。

 ハッと胸が締め付けられた。そうか。ここの子供たちはちょっとした怪我がもとで命を失う子もいるんだ。……それは、きっと。

「魔法が使えなくても、怪我も病気も治るよ」

 治らないものは治らないけれど、治るものは魔法がなくても治る。

「ちょっとした怪我なら唾をつけておけば治ると、言いたいけれど、ばい菌が入らないようにきれいに洗えば……」

 いや、そのきれいに洗うというのがハードルが高いのか。はやり、水はほしい。

 予防接種がないころは破傷風で多くの人がなくなっていたんだ。破傷風菌は土の中にいる。怪我をしたからと田畑の仕事を休むわけにはいかないという時代の人たちは……。

「それから、しっかり食べて栄養をとって体力を、病気を跳ね返せる体力をつける」

 これもハードルが高い話かもしれない。だけれど、魔法がすべてじゃないのは事実なんだ。

「ユキが言うなら、信じる」

 にこっとネウス君が笑った。

「これも、治るよな……」

 ネウス君がちょっと顔をしかめて足を持ち上げた。

「ちょ、何、これっ!まさか、今っ!馬鹿、何てことするのっ!」

 木から飛び降りた時に突き出ていた何かで足の裏を傷つけたようだ。血が流れている。

 そうか、靴を履いていないんだ。ああ、ネウス君だけじゃない。子供たちはみな裸足だ。裸足で森の中を歩ければ、怪我もする。危険だという言葉……魔法が使えないから危険だと思い込んでいるんだと、勝手に思い込んでいたけれど。

 裸足で森の中を歩き回る危険。怪我をする危険。破傷風などちょっとした怪我が原因で死にいたる危険……。帰ってこられないとか獣に襲われるとかそればかりじゃない危険もある。

 ……魔法が使えないから危険だと思い込んでいるなんてダメだねなんて、ある意味上から目線で考えてた。なんて馬鹿なことを……。

 本当に「危険」なんだ。

 木靴……靴の形でなくていい。下駄でもなんでも、足を守る何かがいる。大型の動物が取れれば皮も利用できるようになるだろうか。

「怪我を直す薬」

 収納鞄に何かないかとアバウトに命じて手を入れたら何か出てきた。

 軟膏のようなものが入った入れ物だ。少し出してネウス君の怪我に塗ると、怪我はあっという間に消えた。

「うわー、これもまた、なんかきっとすごいやつっぽい……」

 収納鞄というよりも、もはや四次元ポケットみたいだなぁ。

「すごい、ユキ……」

「ああ、これ、えーっと、精霊の加護のある薬だから、えーっと」

 こんなすごいものはそうそう存在しないということも教えておかないと。魔法じゃないすごいものが普通にいっぱいあると思われても困る。

「そうか、精霊様……お礼を言わないとな」

 はい。お礼を言ってください。

「靴とか入ってないかな足を怪我しないためにする」

 と、収納鞄に手を入れると、靴が出てきた。

 くるぶしまであるショートブーツのような形の靴。色はこげ茶。皮で作ってあるのかな?靴底の部分は4重になっている。

 そういえば、昔見たアニメで、無人島に漂着しちゃった家族がゴムの木で靴を作ってたなぁ。あの時はゴムの木があるんだとか靴が作れるんだと、そちらに意識が向いたけれど。今なら違う。必要な物の上位だったんだ。靴って。だから、作った。

「これはいて、ネウス君。また怪我をするといけないから」

「え?」

 もしかするとずっと裸足で生活していた人にとっては靴は窮屈で不便に思うかもしれない。

「森に入る時は靴を履いて。他の子たちにもそうしてもらわないと」

 子供サイズの靴も収納鞄に入ってるかな。なければあるもので作る工夫をしないと。

 というか、収納鞄からいつまでも出せるわけじゃない。誰にでも作れる方法を見つけて作らないと。ゴムの木なんてあるかどうかも分からない。動物の皮か、わらじみたいに植物から編むか。

「分かった。借りる」

 ネウス君が靴を履いたのを確認して、再び森の中を進んでいく。

「あれ?」

 ネウス君が首を傾げた。

「どうしたの?」

「うん、なんか足が軽く感じる」

 へぇ。もしかして魔法の靴だったり?

「そういえばさっき木に登ったときも、いつもよりも楽に登れたような?」

 と、手の平を見ていた。

 ああ、そうか。見た目、なんかつやつや美少年になってきてるけれど、体力的にもちょっと向上してるのかもね。ローポーションとかポーションとかなんかそういう者のおかげ?

 ネウスが私の顔を見た。目が輝いてる。

「もしかして、これって、精霊様のおかげ?」

 はぁ?

 ディラの?

「お供えしたから、少しだけ加護がもらえたとか」

 にこっと笑っているネウスには悪いけれど、呪われるというか、力を奪われるようなことがあっても、成仏したのち守護霊にでもならない限り、そんな力はディラにはない。

 精霊なんて嘘だからね。ただの幽霊。この世に未練たっぷりの……。

 自分で移動すらできなくて、泣き虫で……。

 ちょっと後ろを振り返る。

 今頃、ディラ泣いてるかな……。

 歩くこと30分ほど。その間に、食べられるかどうか分からない木の実を他に2つほど見つけた。

 いくつか取って収納鞄に入れる。

「今日は、これくらいにしようか」

 歩いて30分の距離。見つけた木の実が食べられるものであれば、往復で1時間の距離ならば子供でも取りに来られるだろう。

 まぁ、当分は危険な獣が出ないとも限らないし、私が行くようにしないと。

 水場は見つからなかった。だけれど、見つかるまでとあまり欲張ってはだめ。いくら目印をつけて進んでいると言っても、絶対ではないのだから。

 木の根に足を取られてふらつく。

 ほらね、転んで足を痛めるとかそういう可能性だってあるんだから……。

「ユキっ!」

 ネウスが私の体を抱き留めた。

 ぎゅっと後ろから抱きしめられるような形になる。

「大丈夫?」

「あ、うん……」

 心臓がどきどき言ってる。べ、別にきれいな男の子に抱き留められたからじゃないんだからね!十も離れた少年にときめくなんてないんだからね!いくら喪女だって、こじらせたりなんてしてない……。た、ただ、転びそうになてびっくりしただけで。このどきどきは。

「よかった。ユキに何かあったら、俺……」

 ネウス君が何か言おうとして、すぐに顔を背けてそっぽを向く。

 ……奴隷になろうとしたりしたくらいだし、ネウスはまだ私をご主人様みたいに思ってたりしないよね?私にけがをさせるようなことがあれば責任を取ってみたいな変なこと考えてないよね?

「ネウス君に何かあっても、私は悲しいからね?」

 ネウス君がびっくりした顔をする。

「うれしい……」

 それから、ぼそりとつぶやいた。

 大切に思われていることは……そうね。私もうれしい。

「あら?」

 ぽつりとほほに水滴が当たり、上を見上げる。

 木々の間から見える空は青いけれど、その向こう側はずいぶん薄暗い。

「スコールが来る」

 ネウス君がハッと声を上げる。

 大雨が降るのか。んー、ぬれても問題ない気温ではあるけれど、ぬれたくはないなぁ。着替えもないし、タオルすらない……。

「どこか雨宿りできそうなところはないかしら?」

 進んできた道にはなかった。ちょこっと先に進むべきか。

 ポーションの瓶の目印は忘れずに設置。

「探してみよう?大きな木の下なら少しは……」

 きょろきょろと見回し、大きな木がないか探しながら進んでいく。

 あ、そろそろ次のポーション瓶をと、カバンから取り出して木の枝に刺そうとしたら、慌てすぎたのか、するりと瓶が手から落ちた。

 ころころと転がる瓶に手を伸ばし、届くと思うと、さらにころころ。

 何で逃げるのよっ!

 まぁ、ちょこっと傾斜になってるし、瓶は丸いし、転がるか。って、でこぼこしてるところで引っかかって止まってよ。

 と、期待してさらに遠くへ行った瓶へと手を伸ばす。

 視界に入っているのは、瓶。と伸ばした私の手だけ。

「しまった!」

 傾斜になってるその先がどうなっているかとか、まったく見えてなかった。

 瓶しか見てなくて、しかもこのあたりに至るまで雨宿りできそうな大きな木を探すため遠くに視線を向けていた。

 つ、ま、り。

「きゃぁっ!」

 足元とかすぐ先の場所とか、全然見てなくて。気が付いたら足が滑ってステーン。そのまま斜面を……。

「ユキっ」!

 私の手を取ったネウスとともに、滑り落ちてしまった。

 ……3mほどの高さだったのが幸いだったか。あくまでも斜面なので。滑り台のように滑り落ちただけで。……

「びっくりしたぁ」

 しりもちをついて呆けている私の前で、ネウス君が心配そうな顔をしている。

「大丈夫、ユキ?どこか痛くないか?」

 体の感覚を確認する。うん、ちょこっとぶつけたお尻が痛いくらいか。しりもちついて痛いとかその程度だ。

「大丈夫だよ。ごめんね驚かせて。ネウス君は大丈夫?」

 立ち上がって、おしりについたゴミや土を払いながら訪ねる。

「大丈夫。ごめん、支えきれなかった……」

 ネウス君が悔しそうな顔を見せる。

 ぐっとこぶしを握り締めた。

 ふっ。ふふっ。がりがりな年下少年が、いっちょ前なこと言うのがかわいくて、思わず笑ってしまった。いけない。ちょっとしたことで傷つけちゃうかも。ぐっと表情引き締めてネウス君から視線を外す。

「あ、見て!ネウス君!こういうの故郷じゃ怪我の功名とか棚から牡丹餅とかいうんだよ!」

「え?」

 ネウス君の後ろ、私たちがずり落ちた場所から少し右側を指さした。

 そこにはぽっかりと洞窟の入り口があった。

「雨宿りにちょうどいいね」

 にこっと笑って洞窟へと足を踏み入れた。

 ん?なんか踏んだような感触があった。一瞬ちょっと光ったような気がするけれど気のせい?

 私の後ろからネウス君も洞窟に入ってくる。そのとたんに、外ではまるでバケツをひっくり返したかのような大雨になった。

「ほら、運がよかったね。雨が止むまで少しここで待とうか」

 スコールと言っていたし、夕立みたいに短時間で止むんだよね。

 洞窟の入り口の方が地面から高くなっているから、水が流れ込んでくる心配はなさそうだけれど、斜面にあったから、山肌を流れてきた水が入り口をまるで滝のように流れ落ち、跳ね返った水が……。

「少しだけ奥に行こうか」

 プチン。

 ん?

 また何かを踏んだような気が。あれ?足元で光った?

「なんだ、これ?」

 ネウス君が何かを発見したようだ。しゃがみこんで足元を見ている。

 しゃがんでネウス君の視線の先を見る。

 ぷるんっ。

 そう、ぷるんっとしたという形容詞がぴったりとする半透明の物体があった。

「……水まんじゅう?」

 もう少しよく見ようと手を伸ばしたら、勢いよく水まんじゅうのような、いやゼリーのような、それがぷるんっと飛び上がって、私の顔にぷよんっと当たって、消えた。

「え?ええ?え?あれ?」

 ピロローン。

 へ?電子音みたいなのが聞こえた気が?いや、この世界で電子音なんてあるわけはないよね?空耳?

「あ、こっちにも」

 ネウス君が水まんじゅうもどきに手を伸ばすと、ぽよんと跳ねてネウス君の手にぶつかって水まんじゅうが消えた。

 ……。

 もしかして、これ、ディラの言っていたスライム?すごく弱いって言ってた……。

「消えちゃった。なんだろう?魔法かな?」

 ネウス君が首をかしげる。

 なんと、ネウス君はスライムを始めてみるし、スライムというもののことを聞いたこともなかったのか。

「あっちにもたくさんある」

 あるんじゃなくて、いるが正しいと思うけれど。スライムって生き物だよね?ぷるんぷるんで水まんじゅうみたいだけど……。

 たくさんいる水まんじゅう……100か、200の目がこちらに向いた。目かどうかわからないけれど、動きが「あ、発見!」みたいな感じだった。

 そして、一斉にカエルのようにピョンコピョンコと跳ねてこちらに向かってきた。

「ネウス君、あれ、モンスターだよ。弱くても……」

 いくら弱いからって100も200も一斉にとびかかられたらヤバイんじゃない?

 逃げないと。洞窟の入り口を振り返ると、外は大雨。一瞬躊躇したら、次々に私とネウス君に水まんじゅうが体当たりしてきた。

 顔にへばりつかれたら窒息して死ぬかもなんて思ってたけれど、カエルのようなジャンプ力の水まんじゅうは、私とネウス君の膝下にぽよんぽよんとぶつかり、消えて行った。時々光って消える。

「あれ、今、光って、これ」

 ネウス君が何かを拾い上げた。

「ローポーション?」

 ネウス君の手の中には、ローポーションがあった。

「そういえば……ディラが……」

 ローポーションは踏んづけただけで死ぬスライムから取れると言っていたような。それで、なんか収納鞄に自動回収機能があるからとか言ってたような。

 ってことは、私にぶつかってきたスライムが出したローポーションはそのまま鞄に収納されるわけね。

「あ、また出た。ユキ、光ると出てくる」

 そうか。光ると何かドロップするのか。

「それから、なんか音がするんだけど……」

 ピロローンっていう電子音のことだよね。

 さっきから私も何回か聞こえてるんだよね。

「あ、雨やんだ!」

 ネウス君の声に洞窟の入り口に視線を向けると、外から光が差し込んできた。

「あ、変なのが洞窟の奥に戻っていく」

 スライム(仮)たちが、光を避けるように洞窟の奥へと逃げていった。

 水まんじゅうみたいな見た目だし。水分多そうな感じだし。光に当たると干からびちゃうのかな?

「そうか、日が当たらないところがあいつらの住処なんだ。だから今まで見たことなかったんだ。すげーよ、ユキ、見てくれ、これ」

 ディラが足元にたまったローポーションを拾い集め始めた。

「確かに、なんかすごいね……」

 ほんの5分か10分か。ただ、ぴょこぴょこ体当たりしてくるスライムを見てただけなのに、ローポーションがごっそり。20本近くある。

「今収納した分のローポーションよ出てこい」

 試しに自動収納されたローポーションを出してみた。やっぱり、20本近くある。

 つまり、全部で40本近く。

「これだけ取れるなら……」

 ディラからもらった収納鞄に頼らなくても、子供たちはローポーションを飲むことができる。

「持って帰りましょう」

 いくら収納鞄の中に何万本もあるといったって、使うだけならいつかなくなる。入手方法がない物に頼っては……頼りきりになるのは駄目だから。

 だけれど、スライムはどれくらいいるのだろう。全部やっつけちゃったらいなくなるんなら、すぐになくなってしまうものなら駄目だ。

 数に限りがあるのなら、乱獲しないように数を絞る必要がある。……本来ならいろいろ試して確認するべきかもしれないけれど、とりあえず”スライム博士”に聞いてみようか。

 ローポーション40本を抱えるのは流石に分けても大変だった。重たいとかでなく、バラバラなので落とす落とす。

 というわけで、収納鞄に入れて運ぶ。

「運搬系の魔法が使えないから……」

 収納鞄にローポーションを入れるのを見てネウス君がつぶやいた。

 また、魔法が使えないからか!

 運搬系の魔法って何?……ふと、王都で私を乗せた板っ切れを思い出した。

 魔法の絨毯みたいだと少し喜んでしまったけれど……。

 ぜんっぜんすごくなんかないんだからね!トラックや貨物列車や船や飛行機でもっと早くたくさん魔法なんてなくたって運べるんだからっ!

「籠を作りましょう。背負い籠。そうすれば森の中も両手を開けて歩き回ることができるわ」

 遠くに運ぶなら馬車。そういえば王都には馬車を見なかったのは魔法で運搬できるからだろうか。荷車さえなかった気もする。

 だったら、作ればいい。トラックとかはむつかしいけれど、荷車や馬車は……頑張れば作れるかもしれない。問題は車輪だよね。そこをクリアすれば

 最悪、丸太を切っただけのタイヤ。それでも小さな荷車……一輪車くらいなら作れるかもしれない。重たくなるとダメだよね。竹かごみたなのと組み合わせる?

「籠?」

 布は貴重そうだから鞄を作るのはむつかしい。動物の皮で鞄を作ることはできるか。森で蔦や木の皮なんかがあるから、籠が一番材料に困らない気がする。

「ユキはいろいろなことを知っていてすごい」

 ネウス君が尊敬のまなざしを私に向ける。違う、私はすごくないよ。運よく日本で暮らしていただけ。それを自分の能力だなんて勘違いなんてしないよ。

「ネウス君もすごいよ。ミーニャちゃんを助けるために一人で荒野を歩いていくの。自分を犠牲にしても薬を手に入れようとするの。こんな状況なのに、ちゃんと人のことを思いやれるの。本当にすごいことだからね」

 ネウス君がびっくりした顔をして私を見る。

 それから、恥ずかしそうに下を向いて、小さな声でつぶやいた。

「あ……りがと……」

 ふふ。

「さぁ、ついた!」

 目印の空瓶をたどって無事に戻ってこられた。

『ああー、ユキ、ユキ、ユキ!よかった!無事に戻ってきた!」

 ディラが森の入り口でくるくると回っている。

 そしてねじれた体が逆向きに高速に回ってもとに戻った。……うん、剣とつながってるから、面白い動きができるね。

 ああ、目がまたったみたいだ。幽霊でも目が回るんだ。ふらふらとなりながらディラが私を見て笑った。

『よかった。心配で、心配で、生きた心地がしなかったよ』

 それで、正解ですよ。

 生きた心地がする方がおかしい。死んでるからね。

 とはいえ。

「心配してくれてありがとう。ディラにいくつか教えてほしいことがあるんだけれど」

 と、収穫した実を収納袋から取り出した。

「これ、知ってる?」

『ああ、ヤムヤムの実と、レモと、マナナだね』

 知ってた。ありがたい。

「ディラはいろいろ知っていてすごいね」

 と、口にしてハッとする。あらら、ネウスと同じことを私は口にしてるね。ディラが物知りなのか、単にディラの生きていたもしくは生活していた場所では常識的な知識なだけかもしれないけれど。やっぱり知らないことを教えてもらえるのはありがたいな。うん。

「食べられるの?」

 ディラがうんと頷く。

『ヤムヤムの実はおいしいよ。レモは、混乱状態から回復するのにかじって使うことが多い。すごくすっぱいから好んで食べる人はいないよ』

 すごくすっぱい?レモンみたいなものかな?とすると、ビタミンが豊富そう。

『マナナは、魔力回復薬の材料になるものだよ。そのまま食べても魔力は回復するけれど、薬にすると薬師の腕にもよるけれど効果は何倍にもなる』

「そのまま食べられるんだ。魔力回復とか関係ないから、そのまま食べればいいよね」

 と、言ったら、ディラが残念そうな顔を見せた。

 ん?

「ディラ、魔力回復したいの?っていうか、魔法使えないんじゃない?その体じゃ?」

 幽霊が魔法使えたらすごく厄介だと思う。

 だって、火魔法とか、攻撃的なものが使えたらさ、恨んでる相手に復習し放題じゃん。

 ディラがへらりとだらしない顔をする。

『魔力回復薬はおいしい』

 あら、飲みたそうな顔。

「収納鞄に入ってる?」

『うんっ!入ってるよ!ちょっと高価だけれど、いっぱい買って入れてあるよ!』

 高価なんだ。高価だけどいっぱい買ったんだ。

 ディラは生前ぼんぼん?

「魔力回復薬」

 一つ取り出す。

 マナナは紫色のスモモみたいな実。魔力回復薬は紫色。

「ん?これ……」

 まさか?と思って蓋を開けて匂いを嗅ぐ。それからごくりと一口。

『うわーん、ユキ、お供えお願いしますっ』

「ワインっぽい?喉が焼け付くような感じもないし、アルコール度数は高くなさそう」

『何言ってんの?ユキ、お供えお供え』

 ディラがじたばたと地面を踏み鳴らしている。

 ……。

 ディラの様子を見て心配になってきたぞ。

「まさか、ディラ、アル中?」

『何?アル中ってどういうこと?』

「お酒、好き?」

 私の言葉に、ディラが体を固くした。

『うう、うう』

 視線を逸らすディラ。なんだ?本当にアル中?

「好きなら……あげられないな……」

 せっかく300年も断酒してたんなら、このままお酒を断った方がいいに決まっている。

 親切心だよ。だというのに、ディラは泣きそうな顔を私に向けた。

『ユキ……笑わない?』

 は?

『僕……』

 もじもじとし始めるディラ。なんだ?

『男のくせに酒も飲めないのか、とか、酒が飲めてこそ一人前の男だぞとか、ミルクが恋しいガキかとか……言われて……ううう、うう、頑張ってみたけど、お酒飲めかったんだ……』

 両手で顔を覆ってしまったディラ。

 あー。そう、なんだ。

 異世界でも酒ハラとかあったんですねぇ。そうか。

「お供えします。どうぞ」

 苦労したんだね。大変だよね。酒ハラ。思わずもらい泣きしそうになったよ。

 私もお酒は飲めなくはないけれど、飲みたいと思う方じゃなかったから。付き合いの席ってめんどくさいよねぇ。特に、ある年齢のおじさんたちが酔ってからが、とりわけめんどくさい……。

『わーい!やった!魔力回復薬おいしいんだよね。甘いし、それになんか飲むと体がほわわと温かくなって気持ちよくなるんだ』

 いや、軽く酔ってるがな!

 やっぱりアルコール度数低いけれど入ってるのか……。

 うん、でも、ちょうどいいのかな。アルコールであることが大事。

 水でなく、アルコールならば腐らない……。だから水より安全だとワインが水代わりに子供も飲まれていた国があるとか。

 水がないなら、ワインを飲めばいいんじゃない?ってことよね。

 果実そのものから水分を取ることもいいけれど、収穫時期は限られているんだからワインっぽい飲み物にして保存しておいた方がいいかも。

 ちょうど、あの洞窟が気温も一定で日光も遮っていい感じで置いておけるんじゃない?

 ……あ、でも酒樽……。は、まだ収納鞄にいっぱいありそうか。最悪風呂用に使ったものを浄化魔法……。いいの、1回きりは魔法に頼ってもいいんだ。というマイルール。

 あれ、でも駄目かな。

 アルコール度数は発酵が進むと強くなっていくんだよね。発酵を途中でとめるのは火にかければいいらしいけれど、今度はアルコール度数が低すぎると腐りやすくなるとか……。10%を超えると腐らないと聞いたことがあるけれど……今度は子供たちが飲むことができなくなってしまう。……火にかけてアルコールを飛ばしてから飲むことはできる?

 んー?

「ディラ、魔力回復薬って、腐ったり、お酒っぽかったり……酔っ払ったりしないの?」

 ディラが満足げな顔で私を見た。

『お酒っぽい?あの苦い味の魔力回復薬なんて効果がない偽物だよ。偽物なんて誰も持ち歩かないよ。戦闘中に魔力回復するつもりで酔っ払ったら困るでしょ?薬師が間違えてお酒を混ぜることもないよ。貴重なローポーションの入っていた空き瓶にわざわざ酒を入れるなんて無駄もいいところだし。まぁ、貴重というほどではないけれど、モンスターのドロップ品に入れておけば品質が変わらないから、腐らない。だから空瓶は需要があるんだ』

 え、そうなんだ。

 中身が劣化しない便利な瓶なんだ。中身だけに価値があるんじゃなくて、瓶にも価値が……。そりゃ売れるわ。捨てなくてよかった。

 ディラの話だと、発酵が進みすぎると”酒”になって魔力回復薬としての効果がなくなるのね。で、高価だって言ってたから、お酒にして売るよりも魔力回復薬として売る方がずっとお金になるから、お酒にする人もいなかった?発酵を止めるには、瓶に入れちゃえばいいってことね。

「誰にでもできそうね……」

 マナナの木を庭にでも植えておけば誰でも作れそうなのに。ワインも、実は簡単に家で作れるんだよね。酒税法の関係で1%より強くすると違法だけれど。ブドウの皮に酵母がくっついてるから味噌とか醤油とかより簡単に誰にでも作れる。

『作るのは難しいんだよ!なんせ、少しでも制作者の魔力が流れ込むと失敗するんだから。無意識に体から放出されている魔力を抑え込みながらの作業は……マナナの実を1つつぶすのがやっと、とても、とても……』

 泣きそうな顔のディラ。

「そう、ディラは自分で作ろうとしたことがあるのね」

『うっ……』

 なんと、分かりやすい幽霊だろうね。おいしかったからいっぱい飲みたいみたいな?

「ああ、でも、全然簡単よね。3歳の子供にだってできるわね」

 抑え込む魔力なんてない、魔力ゼロだから。

 ……あれ?魔力ゼロならば簡単に作れる、高価な薬がある?

「ねぇ、ディラ、魔力ゼロってなんで差別されちゃってるんだろう?」

 おかしいよね?むしろ役に立つ存在で、重宝がられても役立たずだと追い出すような存在じゃないと思うんだけれど。だって、ワインづくりって結構人手を要するんじゃなかった?収穫シーズンに一気につぶして樽に入れるわけだから。

『ん?差別なんてされてないよ?』

「は?でも、あの子たち魔力ゼロだからって追い出されて、ここでこんな貧しい生活してるんだよ?」

 ディラがえっと驚いた顔をする。

 いやいや、知らなかったの?

「私も、魔力ゼロだからって街の外に捨てられ……」

 ん?「魔力ゼロだな捨ててこい」の部分をディラは知らないのか。

 いや、でも、ネウス君やおばばとの会話で気が付かない?あれ?要所要所でディラいなかった?

 なんかいつも一緒にいて話を聞いてるとばかり……。

『魔力ゼロで捨てる?えええ?差別?えええ?聞いたことないよ。ここはスラムみたいなもので親を亡くした子が集まっているんだとばかり……。親が捨てたの?魔力がなかったからって?信じられない……』

 ディラの顔が怒りにゆがむ。

 そうなんだ。昔は魔力ゼロだからって差別されるようなことがなかったんだね。

『魔力がなくたって、体を鍛えて冒険者として立派に活躍している人なんてたくさんいた。僕を鍛えてくれたギルドの先輩も……何が起きたんだ。この300年の間に……』

 ディラがぎりぎりと歯ぎしりしている。

 本当に。何があったんだろう。ディラが生きてた時代と、今とどこがどれだけ違っているのか……。

 ディラの今の話だと魔力がないからといろいろあきらめる人もいなかったみたいだし。

 300年……まぁ、あれだよね。令和の300年前は江戸時代だし。300年という年月は長い。いろいろ変化もあっても不思議はない。けれど、その変化を知っても仕方がないか。知ったからって、ここで生きていくしかないんだよねぇ?

 私は……日本に帰る術が見つかれば帰るつもりだし……。この世界にもう少しなれたら。ここの子たちがもう少しましな生活ができるようになったら……。帰る方法を探しに移動しないとダメだよねぇ。うーん。

 王都で、私を召喚した人たちに聞くのが一番手っ取り早いだろうけれど、入れないんだよね。何か方法考えないと。

 従妹のきららはどうしてるかな?帰る気にこれっぽっちもなれないくらい好待遇で迎えられている?わがまま言いすぎてなければいいけれど。

 まぁ、まずは。

「ネウス君、ちょっと手伝って。さっきの場所までの道を確保しましょう」

 マナナの実を取りに子供たちも通うなら、目印だけじゃだめだよね。けものみち程度には木の枝を打ち払って、はだしの子供たちが危険なく歩ける程度にはしておきたい。

『うわー、ユキ、なんでネウスばっかり、僕も行きたい、僕もつれてって、僕もいくぅ~』

 あー、うるさいってば。

「ネウスくん、これで道を切り開いていきましょう。目印はもう少し増やして。今日は、マナナの実がなっていたところまで道を作りたい」

 ディラの剣をネウス君に手渡す。

『うわーい、連れて行ってもらえる!』

 子供か!犬か!

「使ってもいいの?」

『バンバン使ってくれ!』

 ネウス君が剣を見た。

「うん、枝を打ち払うのに何かあったほうがいいよね?」

 ネウス君が剣の柄を持った。

「うぐ、ぐぐ、引き抜けないっ」

 そして、剣を鞘から引き抜こうとして力を入れたけれど……、抜けなかった。

『えええーっ、なんで?あの時は抜けたのにぃ……えええ、どういうこと?』

 あの時は抜けたって、300年前の話かしらね?

 300年も風雨にさらされて中でどうなっているのかな。剣……。そうか。ダメか……。

「収納鞄にえーっと、木の枝を打ち払う道具」

 と、アバウトな言葉で最適な品が出てくる。なんだろう、鉈っぽいものが出てきた。

「ネウス君、これ持って」

 ネウス君がシュンッと肩を落として剣を近くの木に立てかけた。

「ごめん……情けないよな……」

「気にしない。悪いのはネウス君じゃなくて、あの剣の方じゃない?古いやつだし」

 私の言葉に、ディラがシュンっと肩を落としている。慰めた方がいいかな?

『悪いのは剣じゃないよ、抜けないのは、ネウスが資格がないからだよ』

 失礼なこと言ってるぞ。慰める必要ないですね。はい。

 では、粛々と進めますかね。

「えーっと、地面を均す道具……」

 またまたアバウトな指示で、今度は鍬みたいなものが出てきた。

「よし、行こう!ネウス君」

 道を作る。

 ネウス君が枝を打ち払う。私が地面を鳴らす。草はぽいぽいっと。

 突き出て危険な木の根やら尖った石やらが無いように。

 草で隠れて変な物踏まないように。

「よっ、こら、しょっと」

 鍬を振り下ろす。

 土を掘り返し草をどけて、小さな切り株は掘り起こして道となる場所の横にぽいっと。

 って、なんかすごく楽に進むんだけど。

「収納鞄に入ってたけれど……魔法的な何か?なのかな?」

 前を進むネウス君を見ても、とても鉈では切れないような太い枝もスパーンと綺麗に排除してる。

 1mほどの幅の道を、目印にそって作っていくんだけれど、1日に目印から目印の間まで進めればいいやと思ってたら……どんどん進んで、あっという間にマナナの木の下まで来た。

 スモモのような実がたわわになっている。さっきは進むことを目的としていたから気が付かなかったけれど、マナナの木の奥にもたくさんのマナナの木があるようだ。視界に入るだけでも、6本。

 えーっと、人が一日に必要が水2リットル?子供だから量も減るだろうし、他からも水分はとれるとして、一人1リットル。14人で14リットル。

 酒樽がドラム缶と同じくらいの量だと考えると1樽で200リットル。えーっと、200割る14……100割る7になって、およそ15。15日で1樽。150日で10樽。300日で20樽。60日で4樽だから、1年で24樽ね。……って、1年が同じくらいならばだけれど。植物が実をつける間隔ってどれくらい日数があるんだろう。1年が違えば違ってくるよね。まぁいいや。とりあえず、樽が足りそうもない気はしてきた……。実は……。1本の木で何樽くらいとれるんだろう。ほかにもあるかもしれないから探せばいいか。よし。なんか水の確保第一弾はワインもどきで何とかなるかもしれない。……とはいえ、やっぱり水ほしいよね。真水。

 川もまた探そう。

「ネウス君、とりあえず今日はここまでで、マナナの実を収穫しましょう」

 木を見上げる。

 ぶどうの木は品種改良されて、人が立って収穫できるちょうどいい高さに実がなるんだったっけ?品種改良じゃなくてその高さに栽培するんだっけ。マナナはそうはいかないよな。木を揺らしたら落ちてくるかな?

『助けてくれー』

 ん?

 どこかから、助けを求める声が?

「ユキ、木に登って取るよ。実は下に落としたらいい?」

 ネウス君がするすると木に登っていく。木の幹は両手をまわしても届かないくらい太いから揺らして収穫も無理かな?何か棒みたいなのでつついて枝だけ揺らすとかならいける?

『助けてくれ、降りられないんじゃ!』

 降りられない?え?木から?

「ネウス君、その辺の枝、揺らせそうなら揺らしてもらえる?それで実が落ちてくるなら1個ずつ収穫しなくても大丈夫だから。

 ものは試しだ。

「分かった」

 ネウス君は太い枝に馬乗りになり、その枝から伸びる細い枝をもって揺らし始めた。

 ぽろんぽろんぽろんっ。

「お、おお!面白いように落ちる!」

 ネウス君が楽しそうな声を上げた。

『うひぃー、やめてくれぇ、落ちる、落ちる!』

 は?

 ネウス君の揺らしている枝を凝視する。

 枝の先に、何かいる。

 小さい人みたいな……幽霊……?

 さっきから話をしていたのはそれ?

 服の襟首が枝にひっかっかってぶら下がっているようで、自力では降りられなくなっているようだ。

 ネウス君には見えないし声も聞こえないようなので、枝を揺らす手を緩めることはない。……どころか、実が落ちるのが楽しいのか次第に枝が大きく揺れて……。

 引っかかっていた服が取れてポーンと飛んで行った。

『うわぁーーっ!落ちるぅ、死ぬぅ~!』

 いや、死んで……ると思うけれど、落下してきた小さな人をぽすんと受け止める。

「どういうこと?」

『どういうことじゃ?』

 二人同時に声を上げる。

「あの、死んでるんじゃないんですか?なんで、触った感じがするんだろう……」

 両手の平の上に立っている小さなおじいさん。白髭に白い髪、頭頂部がちょこっと薄くて。茶色のダボダボしたシャツにベルトを締めてぴちっとした深緑のズボンに、明るい茶色のブーツを履いている。

『死んでるとはなんじゃ!死にそうだったが、こうして嬢ちゃんが助けてくれたじゃないか……って、なんでワシ、人間としゃべってるんじゃ?』

 ぎょぎょーっと大げさなくらいおじいさんが身をのけぞらせた。

『まさか、人間、ワシのことが見えておるのか?』

 ここまで会話をしておいて、その質問。

「ええ。えっと、見えてますし、声も聞こえてますし……不思議なことに触れた感覚もあります」

 触れる幽霊なんて初めて。

 というか、霊の類じゃなくて、妖怪なんだろうか?……妖怪も見える人と見えない人がいると聞いたことがあるにはあるけれど。私、日本にいるときも妖怪は見たことなかったんだけどな?

『おお、なんてことじゃ。精霊のワシが見える人間に会ったのは1000年ぶりじゃ。とはいえ、人間にあうのも久しぶりじゃがの。魔王との決戦の地となってからは人間が現れなくなったからのぉ』

「せ……精霊?」

 幽霊じゃないの?

『そうじゃ!ワシが地の精霊ノームじゃ。見てわからんのか人間。このとんがり帽子がチャームポイントじゃ』

 頭頂部が薄くなった頭に手を乗せるおじいさん。

『あああーっ!帽子がない!そうじゃった、あのくそ鳥めぇ、帽子を盗んでいきおったんじゃ。必死に抵抗したら、ワシごと飛んで……無念、力尽けてワシは落下してあの木に……ぐぐぐ』

 なるほど。ノームさんの話を総合すると、帽子を加えるか足でつかむか何かした鳥がいて、帽子を取られまいと帽子につかまって一緒に空を飛んで、力尽きたということかな。

『まったく。あの赤い帽子はおきにいりじゃったんじゃが。仕方がないのぉ』

 ふぅっと小さくため息をついて、地の精霊ノームさんがズボンの中から緑の帽子を取り出してかぶった。

『すまんかったの、人間。これでワシが地の精霊だと分かるじゃろ』

 どや顔のノームさん。

 ……帽子のあるなしだけでわかるわけもないんですけれど。

「ごめんなさい、あの、私の住んでいたところでは、えーっと、精霊に会うようなことがなくて……知らなかったです」

『ははは、どこに住んでいても精霊に会える人間なんて多くはないぞ。そうじゃなぁ。100年に一人くらいワシら精霊が見える人間がいるかどうかじゃ。よほど、魔力が高いか、魔力の波長が合うか、自然と一体化できるか……何らかの条件が整った人間しかワシらを見ることはない』

 ……すいません、魔力はないし、自然も少ない日本育ちです。っていうか、私は霊力があるだけで……精霊も幽霊も一緒にして……げふんげふん。これは口にしちゃだめなやつだ。

『ワシらが見える人間の中でも、精霊と契約できる人間はまずいないな。過去に10人ほどかのぉ。聖女と呼ばれた女が水の精霊と契約しておったかの。あとはそうそう、魔王との対戦した時におった賢者と火の精霊が契約しておったかのぉ』

 ぺらぺらとおしゃべりを続ける精霊ノームさん。

「ユキ、次はこっちの枝を揺らすよ」

 ネウス君の声に見上げると、私の真上の枝を揺らそうとしている。

「ああ、うん、今退くね」

 ノームさんが私の手の平に乗ったままふむと小さく頷いた。

『なんじゃ、実を落とすために枝を揺らしておるのか。めんどくさいじゃろう。木ごと揺らしてやろう』

「え?そんなことができるんですか?」

『ワシをなんじゃと思っとる。地の精霊じゃと言ったろう?簡単なことじゃ。この木が根を張っている地面を揺らしてやればいいんじゃ』

 地面を揺らす?まさか?

 と、思った瞬間、ぐらりと立っている場所が揺れ始めた。

「ネウス君、落ちないように枝にしがみついて!」

 揺れているのはどうやら本当に木の生えているそこだけのようなので、私は慌てて木から離れる。

 グラグラと木が揺れ始め次第に大きく揺れていく。

 ボロボロというか、ボタボタというか、ザァァァというか、実が次々に落ちていく。

『どうじゃ』

「ネウス君、大丈夫?」

 揺れが収まりすぐに木を見上げる。

「ああ、うん。大丈夫だ。それより、あっという間に実が落ちたね。拾わないと」

 するすると降りてくるネウス君。

 ああ、よかった。

『じゃぁ、助けてやったお礼に魔力をもらおうかの』

 は?

 助けた?

 そりゃ、実は確かに落ちて助かったと言えば助かったと言えないこともないけれど。

 こちらから頼んだわけでもないし、ネウス君も私も危険な目にあったし。代わりに何らかの対価が必要なんてそもそも聞いてないし。

 ちょっと腹が立ったので、意地悪な気持ちが沸き上がってきた。

「好きなだけ私の魔力を差し上げます。足りなければどうぞ、ネウス君の魔力も持って行ってくれて構いません」

 というと、ノームじいちゃんは驚いた顔を見せた。

『随分気前がいいのぉ。じゃが、ワシはそんな強欲な精霊じゃないぞ。ほんのちょっと。そうじゃのぉ、指先から水を数滴出す程度の小さな魔力で十分じゃ』

 おや?意外と謙虚。

 意地悪を言ったことを反省する。ごめん、ノームじいちゃん。

『って、なんじゃ、人間、魔力が枯渇しておるではないか!うおお、あっちの人間も魔力がない。ほんの小さな魔力さえも持っておらぬとは、どういうことじゃ、好きなだけ持って行けと言ったのに、ワシ、ワシ……』

 手の平の上で両手両ひざをついてがっかりするノームじいちゃん。

「あの、私たち魔力なしなので。ごめんなさい。えーっと、魔力を使った分を回復したいのなら、……これをどうぞ」

 申し訳なくなって、収納鞄から魔力回復薬を取り出す。

 うん。瓶の方が大きいなぁ。

『これは、人間の飲み物じゃないか。ワシらは飲めないのも知らんのか』

 飲めないかな?精霊には無理かな?

「ちょっと待ってください」

 手の平の上の小さなおじいさんを丁寧に地面に降ろす。

 それから、葉っぱを一つちぎり取り、その上に魔力回復薬を数滴垂らす。ノームさんのサイズでは瓶から飲むことができなさそうだったので。

「お供えいたします。お召し上がりください」

 仏さまにするように手を合わせる。

『む?先ほどまでとは違い、匂いがし始めたぞ?まさか……ワシに飲めるというのか?』

 ノームさんが葉っぱを持ち上げ、ごくりと魔力回復薬を飲んだ。

『うおおう、なんじゃこりゃ、本当に魔力が戻ってくる』

 ほっ。これで、魔力は渡したことの代わりになるよね。

『おかわりじゃ!おかわり!』

 ずいぶん気に入ったよう。

「どうぞ。この瓶は差し上げますから好きなだけ飲んでください」

 といっても、自分では中身が出せないだろうから、収納袋から小さな皿を取り出し魔力回復薬を注ぐ。ひしゃくのように救えそうな小さな枝を見つけてお皿に置いておく。これなら、自分で葉っぱのコップに移して飲めるよね?コップというか、盃のような感じですが。

『うむ。礼を言うぞ』

 それにしても……。

 地面に転がる無数のマナナの実を見る。

 本当は少しずつ運ぶつもりだったけれど仕方がない。収納鞄に今回は頼りますか。

「綺麗な樽出てこい、さ、ネウス君ここに実を集めて入れよう」

 ネウス君はすでにマナナの実を拾って1か所に集め始めていた。

「えーっと、ネウス君は突然私が独り言言い出して驚いたりしないの?」

 集めたマナナの実を一緒に樽に入れながら訪ねてみる。

「精霊様がいるんだろ?」

 にこっと笑うネウス君。

「え?なんでわかるの?見えてる?」

 ネウス君が首を横に振る。

「木が揺れたの、びっくりしたけど精霊様の力だろ?一瞬にして実が落ちてすごいよなぁ」

 ああ、そうか。魔法が使えないのに不思議なことが起きたからか。それにディラは精霊ってことにしたから、精霊のお力ということに……?

 いや、ディラは幽霊で、なぁーーーーーーーんにも力ないですけどね。

 樽の中に集めた実を入れていく。

「どうせつぶすから、つぶれちゃってもいいよ」

 丁寧に作業してたネウス君に声をかける。

「え?つぶす?」

 ネウス君には説明してなかったっけ?

「これをつぶして、発酵させて、寝かせて作るんだけど」

 と、説明しながらも二人でマナナを拾い集め樽に入れていく。

『魔法も使えない人間は大変じゃのぉ。魔法が使えればそんなものちょちょいのちょいで集められるというのに』

 ノームおじいちゃんがごくごくとおいしそうに葉っぱから魔力回復薬を飲んでいる。

「ほら、ネウス君それ」

 と、お供えした皿を指さす。

 ん?皿の中身が減ってる?

 おや?ディラの場合は実物は減らないよね?おさがりをあとでもらって飲み食いするわけだし。

 精霊の場合は、現物を飲んだり食べたりしてるってこと?そうか。

 それに、触れたし、生き物の仲間ってことなのかな?うーん、難しい。

 でも、なんでお供えしないと食べられないの?

 ……そういえば、何かの物語で、いたずら好きの妖精たちは人間の食べ物を盗み食いするから、怒った神様が人間の許可がなければ人間の食べ物は食べられないようにしたとかいうのを読んだけれど……。妖精みたいなものなのかな?精霊も……?ああ、この話が本当だとすると、食べ物は減るってことだよね。減らなきゃ人間も迷惑しないし。

 っていうか、ノームじいちゃんの体くらいの量の魔力回復薬が半分に減ってるって、どんだけ飲んだの?!

 ってか、ほっぺが赤く色づいてない?

 よ、酔っ払ってる?

「魔力回復薬っていうらしいんだけど」

 ネウス君が首をかしげる。

「魔力回復薬?俺たちには関係ないだろ?」

「うん、魔力は回復しないけれどね、おいしいの。樹液の代わりに飲めたらいいと思わない?」

 ネウス君がおいしいのかとつぶやいて、唾を飲み込んだ。

「実を収穫しても、すぐに食べないといけないでしょ?それに、1年のうちに実が取れる時期も少ない。けれど、木の実から作った魔力回復薬は、何年も腐らず保存できるのよ。だからいつでも飲めるようになるの」

 まぁ、100年前のワインみたいなビンテージもあるし、嘘じゃないけれど、正確には魔力回復薬はアルコール度数を上げないから腐る。ただし、ポーションの瓶に移し替えておけば腐らないらしいから、どちらにしても腐らなくて保存できるは嘘じゃない。

「このマナナから、魔力回復薬が作れるのか……」

 ネウス君のつぶやきを耳にしたノームおじいちゃんが勢いよく立ち上がった。

『なんじゃとぉ!あの実からこれが、これができるというのか!早く言わんか!』

 へ?

『それー!大地の恵みよ、ワシの命に従い樽の中へ集まれ』

「うわーっ」

 ネウス君が両手で頭を抱える。私も慌ててしゃがみこむ。

 周りに散らばっていたマナナの実が一斉に樽に向かって飛んできた。ぶつかりそうで怖い。

 2つ出してあった樽が一瞬でマナナの実で満たされる。

『ほれ、集めてやったぞ、作れ。お礼は魔力回復薬でいいぞ』

 どや顔のノームおじいちゃん。足元ふらついてますけど、酔ってる?ねえ、酔ってます?

「えーっと、この先は村に戻ってからみんなで作ろうと思ってるんですが……」

『いつじゃ、いつできるんじゃ!』

「早くて2週間後でしょうか……」

 発酵の進み具合を見ないと何とも言えないんだよね。

『に、二週間もかかるというのか……』

 膝をついてがっかりするノームおじいちゃん。すぐにひらめいたとばかり立ち上がる。

『そうじゃ、ワシ、契約してやろう。お前と、えーっと名前なんじゃったかな?』

 契約?

「ああ、まだ名乗っていませんでしたか。すいません。花村由紀と言います。ユキと呼んでください。こちらはネウス君」

 ノームおじいちゃんはよし分かったと首を縦に大きき一度振った。

『手を出すのじゃ』

 手を?

『ワシはユキと契約を交わす。ほれ、これで契約終了じゃ』

 は?

 指にはいつの間にか茶色い石のはまった指輪がはまっている。

「えっと、な、なんですか、これ?」

 どうして、左手の薬指っ!

『精霊の指輪じゃ。知らんのか。まぁ、知らんかの。何百年に一人精霊と契約をする人間がいる程度じゃもんな。ワシと契約した印でもあり、その指輪を使えばワシの魔法を半分くらい使えるんじゃよ。あと、ワシをいつでも呼び出せる』

 ええ、精霊と契約?

 魔法が使える?

「いや、いいです、私、魔法とか使わなくても大丈夫なんで、返します!」

 必死に指輪を引き抜こうとするんだけれど、これっぽっちも動かない。

『なんじゃと?ワシの魔法が使えるんじゃぞ。その辺の人間は相手にならないすごい魔法じゃぞ?』

 どれだけすごいって言われたって、私は魔法が使えるか使えないかで人を差別するこの世界で、まるべく魔法に頼らずに生きていくつもりだし、魔法なんて使えなくたって大丈夫だよってみんなに伝えたいんだから。

 そりゃ、魔法が使ってみたいって、人並みに思っていたこともあるけれど、今は、そんな気も失せた。

『今みたいに、木を揺らして実を落としたり、実を集めたり簡単にできるんじゃよ?』

 ノームおじいさんの厚意は嬉しいけれど、首を横に振る。

「他の子たちにも永遠に力を貸してくださるわけじゃないですよね?私が生きている間だけですよね?私がいなくなれば、魔法で簡単にできていたことを、皆はできなくなります。……つまり、魔力回復薬も、誰も作れなくなる」

 ノームおじいちゃんがショックを受けた顔を見せる。

『じゃ、ユキが死んだら別の者と契約して……』

「100年に1度くらいしか、ノームさんたち精霊の姿を見える人は現れないんですよね?」

 うぐぐとノームおじいちゃんが口をつぐむ。

「だから、魔法や精霊の力を借りた生き方じゃなくて、誰でもできるやり方で作りたいんです」

『わ、分かった』

「じゃぁ、契約はなしということで、指輪返しますね」

 と、はずそうとしてもやっぱり外れない。

『ま、魔法は使わなくてもいいから、持っていてくれ、な?ワシと連絡が取れるんじゃ、な?』

 ……まさか……。

「魔力回復薬ができたら連絡をくれということですか?」

 てへっ。って顔をする小さなおじいちゃん。

 かわいく見えないこともないから困ったものだ。

『た、ただでとは言わんぞ?ワシにできることならなんだってする。ああ、そうじゃ、マナナの木がある場所を探っておいてやろうか?ワシなら大地に気配を巡らせればどこに何の木があるかはすぐにわかるぞ』

 あ、それは便利かも。

 1本の木から2樽分の実が収穫できたでしょ。多分実の半分くらいの量のワインもどきができると思うから、1本の木で樽1個分。1年1リットルずつ一人消費すると30樽分くらい欲しいところだ。

 木の場所は覚えておけば私がいなくなった後も皆が覚えていれば利用できるから、あり。

「あんまり遠くだと取りにいけないので、ここから近い位置にあれば教えてください」

『うむ!任せておけ!そうじゃ、その辺みたいに土をならしておいてやろう』

 道を作ってくれるっていうこと?

 道なら残る。私がいなくなった後も誰もがずっと使える物だ。

「ありがとうございます」

 素直にお礼を言うと、ノームおじいちゃんは嬉しそうにはにかみながら帽子をかぶりなおした。

「ネウス君、じゃぁ、さっそく魔力回復薬を作るために村に戻ろう、収納」

 収納鞄に樽2つを収納する。

「誰と話してたんだ?」

 ネウス君は黙って私を見ていたけれどやはり気になっていたようだ。

「うん、土の精霊のノームさん。なんかこれで連絡が取れるんだって」

 と、茶色い石のはまった指輪を見せる。

 マナナの実を取りに行くのに道を作りながら移動したので、帰りは楽だった。

「みんなー、集まって!頼みがあるんだ!」

 村に戻って大きな声で子供たちを集める。

「どうしたんじゃ?」

 おばばも来てくれた。

「魔力回復薬を作ろうと思って」

 おばばが大きな口を開いてぱくぱくと言葉が出ない様子だ。

「な、何をいっておるんじゃ……魔力回復薬など、あっても……それに、薬師でもないのに作れるわけが……」

 収納鞄から一つ魔力回復薬を取り出す。

「おばば、これです。これが魔力回復薬。魔力なしの私たちが飲んでももちろん魔力は回復しませんが、飲み物としては役に立ちます。おいしく飲めます。魔力回復薬にすることで、1年中安定して飲むことができるようになるんです」

「な、なんと……」

 おばばが魔力回復薬の瓶を持ち揺らした。

「なんとも綺麗な……これを、作るというのか?」

「ねー、おいしいって本当?」

「つくりゅのてつだう」

「どうやって作るの?」

「飲んでみたい」

 と、子供たちは大興奮だ。

「じゃぁ、さっそく作りましょう」

 やっぱり、これはあれよね……。手でというわけにはいかない……よね。大量にあるし……。今回は魔石に頼るかな。

 川か湖を見つけたら……いや待てよ?さっきみたいなスコール、雨水をためておけば……。

『なんじゃぁ、水が欲しいんか?』

 へ?

『話は聞いておったぞ。大地の精霊ノーム様じゃ。水脈の位置くらいワシに聞けばすぐに教えてやるぞ』

「ちょ、ちょっと待って」

「え?待つの?」

「あ、違う、えっと、待たない。すぐに作りましょう。収納鞄から必要な物を出すからね」

 昔のワインの作り方を見たことがある。収穫したブドウを足で踏みつぶすのだ。てなわけで。

「まずは足を綺麗に洗うのよ。手も洗いましょうか。それから、このたらいに入ってね。足が汚れないように地面は踏まずにたらいから出るときはここで待機、じゃぁ、始めるよ。ネウス君、実をここに出して。みんなは踏みつぶして汁にするよ」

「ふ、踏むの?」

「せっかくおいしそうな実なのに?」

 そうか。そうだよね。私には必要な工程だと分かっているけれど、食べ物を足で踏みつけるのはそりゃ、抵抗あるよね……。

「もちろん、食べながらでいいよ。いっぱい汁を出して発酵させるともっとおいしいものになるんだよ」

 魔力回復薬を出して、子供たちに少しずつ味見をさせる。一応うっすらとアルコールが入っているのでアルコールがダメな子がいたら大変なので少しずつ。

「うわぁ!おいしい!これができるの?じゃぁ、頑張ってつぶす!」

「きゃはは、たのちーの。足がつめちゃい」

「それそれ」

 子供たちが元気にマナナの実をつぶし始めた。

 その様子を確認してから、皆から少し距離を取る。

「ノームさん、話は聞いていたって、私、話してないわよね?」

『うむ、指輪を通じて考えていることが伝わるんじゃ』

 え?私の心は筒抜けってこと?

 ちょ、やだ、やっぱり指輪いらない!

 ああ、取れないっ。

『いらない……ま、待つのじゃ、筒抜けじゃないのじゃ。ワシが何やってるかなーとユキの指輪に向かって意識を飛ばさなければ伝わってこないのじゃ』

 ……。でも、逆に言えば四六時中何やってるのかなぁって考えたら筒抜けじゃない。

『うっ、いや、ワシもそんなに暇じゃないからな?なんといってもこの世に唯一。大地のすべてを統べる精霊ノーム様じゃ。まぁ別名地の妖精王ノームじゃ』

 妖精王?え?妖精王が精霊?む?なんかまたわけのわからない話をし始めてますよ。

『訳が分からないとはなんじゃ』

 っていうか、いちいち心を読まないでください!

『す、すまん……いや、本当に大丈夫じゃ。ワシ忙しいから、ユキがどうしてるかなんていつも考えてるわけじゃないぞ?』

 ……まぁ、私には興味はないかもしれませんが……。もう魔力回復薬はできたかな。今どれくらい作ってるのかな。マナナの実が足りなきゃもっと持って行った方がいいかもしれないな。魔力回復薬まだできないかな。早く飲みたいな……とか、四六時中私の様子をチェックしたりしませんよね?

『ギクッ』

 いま、ギクッって言いましたよね?

『い、言っておらんぞ。図星だとか思っとらんぞ』

 ……図星ですか。っていうか、こんな心筒抜けになる指輪本当に要らない。抜けないし……石鹸があれば抜けるのかな?どうしよう、ずっとこんなの嫌だよぉ。

『そ、そこまで嫌がらんでも……ワシ、精霊なんじゃがの……』

 精霊だか何だか知らないけど、私は喪女とはいえ、女だよ。独身の若い……いや、まだ若い部類に何とか入る、女だよ。男性に心読まれて平気なはずないじゃないっ!

『あ、うん、そうじゃな、確かにそうかもしれんの。すまんかった。ワシの配慮が足りんかった……』

 じゃぁ!指輪はずしてくれるんですね!

『いや、それは無理じゃ。契約しちゃったからの。ユキが死ぬまで一緒じゃ』

 ……。

 ……。そういういろんな契約における大切なことを説明せずに契約するのって、日本じゃ違法。クーリングオフできるどころか、詐欺だよ、詐欺。

『よくわからない単語がいっぱいじゃが、なんか、ワシ、悪者にされてる気がするんじゃ。おかしい、太古の昔から、人間は精霊の力を欲し、精霊との契約を夢見、精霊と契約し力を得たものは望むものはすべて手に入れることができ、国を興すも滅ぼすも思いのまま、喜びこそすれ、嫌がるなど……聞いたことも……』

 望むものはすべて手に入れることができ……ねぇ。じゃぁ、指輪をはずすことを望んだら叶うんじゃないの?

『ぐっ、そ、それは、手に入れるんじゃなくて、て、手放すというんじゃ……』

 最悪、指を落とすしか……。

『ま、待て、待つんじゃ、早まるんじゃない、ある、あるんじゃ、指輪の力を封じる方法が、指輪の石に手を当てて【封】と言えばよいのじゃ。解放するときは【開】じゃ」

 なんだ。そんな簡単にできるならもっと早く教えてくれたっていいじゃない。

『いや、これは、精霊も契約した人間によほどのことがない限り教えたりせんのじゃ。なぜなら、他の精霊と契約している人間の指輪の力も封じることができてしまうからの……』

 めったに契約する人間がいないのに、何人も精霊の指輪してる人がいる可能性はない気がする。まぁいいや。皆が頑張っているのに私だけこんなところで無駄話してる場合じゃないよね。

『む、無駄話じゃないじゃろ!』

「封」

『……』

 よし。静かになった。

 みんなのところに戻る。

「たらいに入れたのはつぶれたよ、どうするんだ?」

「うん、じゃぁ、こっちの空の樽に入れてくれる?汁だけじゃなくて、実や皮全部ね。ワインと同じならば、皮に酵母が付いていて、それで発酵するから。液体部分だけだとダメなんだよね。で、樽がいっぱいになるまで繰り返すの。いっぱいになったら、蓋をして放置。1日2~3回かき混ぜて2週間くらいかな?様子を見ながら完成を待つだけよ」

 ……たしか白ワインは15度を超えないように、赤ワインは30度近くでもオッケーだったはず。どっちかな、これ……。色から判断すると、赤ワイン系。……っていうか、よく考えたら15度を超えないようにしようと思うと、この場所じゃ難しいよね。日陰においても20度は超えそう。あの洞窟の中の、ちょっと奥に持って行けば大丈夫かな?

「分かった!」

 子供たちが元気に返事をして、作業を続けていく。

 ただ踏みつぶすだけとはいっても、細くて軽い体の子供たちじゃぁかなりの重労働だろう。

 それに、あれ?この作業を全員でしてたら、ご飯の準備ができないんじゃ……?

 食べられる木の実を取ってきたから、それを食べれば水分も補給できるとして。

 それだけじゃさすがに……。

 子供たちと一緒にマナナの実を踏みつぶしながら小さくため息をつく。

 ああ、もう。嫌になる。計画性がないよね。私。

 なるべく魔法には頼りたくないとか、えらそうなこと言っておきながら……。ここで何か新しいことを始めようとすれば、今まで生きてくためにこの子たちがしていた何かができなくなる。

 ネウス君だって、私について森の中に入って道を作ったりいろいろ手伝ってくれたけれど……。もしかしたらいつもは砂ネズミやサボテンなんかを探しに行っていたのかもしれない。

 食べることを犠牲にしてまですることなのか……。

 いや、違う。この先の投資だと思わないと。魔法に頼りたくないという私のこだわりはちょっと横に置いておこう。

 この子たちがこの先、生活を改善するためにちょっとだけ助けてもらおう。

 贅沢に慣れない程度に。楽なことに流されない程度に。

 ……収納鞄の中の食べ物を使わせてもらおう。

 何が入ってるのかな?

「じゃぁ、あと頼んだね」

 ざっくりと食べ物と取り出すことはできると思うけれど、何が出てくるのか分からなすぎるのも困るので、ディラに確認してみよう。

「ディラ~」

 ディラはどこへ行ったのかしら?

 いや、剣をどこに置いたのかな?

「森の中に入ろうとして、えーっと、ネウス君が剣を抜けなくて、ああ、そうだ。古くなって抜けないだけだろうに、ネウス君に力がないだのダメ出ししたから頭に来て……」

 森の入り口の木に立てかけたんだ。

 剣が見えた。

「ディラっ!」

 え?

 うそ……。

 剣は見えてるのに、ディラの姿が見えない。

 じょ……成仏した?

「なんで?冷たくされて、成仏なんて……」

 え、え……む?

「こんなことなら、もっと優しくしてあげれば……よかった……」

 ん?

 優しくする?なんで?

 優しくしたら成仏できなかったから、えーっと……あれ?

 とりあえずディラの形見の剣を皆の元へ持って行こうと近づく。

『うわぁっ!踏まれるかと思ったぁ!』

 急にディラが姿を現した。

「失礼ね、立てかけてあったんだから、剣を踏んだりしないわよ、って、ディラ?あれ?なんで?」

『ああ、ユキだぁ、ユキぃー!よかった。いつ帰ってきたの?全然戻ってこないから、心配で、何とか移動しようとしたんだけれど、このあたりにいるの小さな生き物ばかりで剣を運べなかった』

 は?

 まさか、子供たちになんとか剣を運ばせようとしたってこと?

 それとも……。

 足元を見ると、蟻がいる。

 うっ、食卓に上るやつかな……あはは……。蟻に運ばせようとした?

『蟻じゃ無理だった。っていうか、よかったユキ……って、あれ?それ、精霊の指輪?』

 ディラが私の左手の薬指にはまっている指輪を指さした。

「ああ、これ……。見ただけで精霊の指輪ってわかるの?有名なの?」

『精霊の指輪は有名だけれど、見ただけでわかる人はそんなにいないと思うよ。僕は実物を見たことがあるから。一緒に行動してたシーマが火の精霊と契約していたからね』

 なんだ。ノームさん大げさに言ってたけれど、実は精霊と契約してる人ってそれなりにいるんじゃない?だって、知り合いにあの人も持ってたって話が出るくらいだもん。……いや、でも、300年前と今じゃちょっと違うのかな?

『っていうか、ユキ、精霊と契約したの?ねぇ、その色は土の精霊?ノーム?いいなぁ。僕、一度も精霊見たことないんだよね。シーマの精霊も見ることができなかった。死ぬまでに一度でいいから精霊を見たいなぁ』

 ああ、その願いはもうかなわないですけどね。すでに死んでるし。

 しかし、ディラの本気でうらやましがっている様子を見ると、精霊と契約したがっている人は大勢いたというのは本当のことのようだ。

「こんな、見た目も茶色い石で薄汚れた銀色の指輪……おしゃれのかけらもない、しかも盗聴機能付きの指輪、ほしいかな?」

 しかも、何の断りもなく左手の薬指だよっ!ああ、一生、他の人に左手の薬指に指輪をはめてもらえないってことじゃない?いくら喪女でも、結婚をあきらめたわけじゃないんだから……。

 はぁー。

 小さくため息が漏れる。日本に帰ることができたら、結婚相談所に登録して、おしゃれを勉強して、それから……。

 この、指輪、まさか日本に戻ってもこのままってことないよね?

『ユキ、森の中はどうだった?危なくなかった?モンスターとか出たりしなかった?』

 モンスター?

「ああそうだ、ディラ、ディラの言ってたスライムみたいなの、洞窟で出たよ。ほら、ローポーション」

 洞窟で取ったローポーションを収納鞄から取り出す。

「なんかポンポン体当たりしてきて、勝手に消滅して、時々これ出してた。水まんじゅうみたいな……えーっと、これくらいの大きさの透き通ったやつ、あれがスライムだよね?」

 ディラの目が大きく開かれた。

『もとに、戻ったんだ……』

「もとに?」

 ディラが小さく頷いた。

『僕が生まれる前は、ダンジョンにはモンスターがいて、冒険者と呼ばれる者たちがダンジョンに入ってモンスターを倒してはポーションや収納鞄などのお宝をダンジョンから持ち帰っていた』

 ゲームみたいな話だね。

 いや、魔法がある世界だし、そういうのが普通なのかな?

『僕が生まれる少し前にころに魔王が現れ、ダンジョンからモンスターが消えた』

「モンスターがいなくなると、何か困るの?」

 人が襲われなくなっていいような気もするけれど。

『ダンジョンからモンスターが消え、ダンジョンの外にモンスターが現れるようになったんだ』

「え?」

『それまでは、ダンジョンに入らなければモンスターに襲われる危険はなかった。ダンジョンに入る者はそれなりに腕の立つ者、覚悟のある者だったのに……人々が無差別に襲われるようになった』

 モンスターがダンジョンから出て……?あれ、でもゲームとかだと、そういう世界もあるよね。

 この世界の人たちはほぼ魔法が使えるんだから何とかなりそうなものだけれど……?

『モンスターたちは、ダンジョンの中よりも数倍も強く、数も多かった。冒険者たち、そして各国の精鋭たちが必死にモンスターと戦いはしたけれど、次第に人類は魔王の勢力に押され……。各国が協力してモンスターではなく魔王討伐を計画した』

「ああ、その荒野が最終決戦の場所って言ってたけれど……。300年も草木も生えない不毛の土地になってしまうなんて、よほどすさまじい戦いだったのね……。きっと、多くの犠牲者も出たでしょう」

 たくさんの姿も見えない力の弱い霊の存在を感じた。

『ああ。たくさんの仲間が死んだ』

 ディラもね。

『魔王が死に、僕があそこに立つようになってから300年。現れるモンスターの数は徐々に減っていったけれど、ダンジョンに戻ったんだね。元通りになったんだ』

 ああ、なるほど。もとに戻ったってそういうことか。魔王が現れる前にってことね。

 声なき霊たちも、あなたたちが命懸けで戦ったおかげで、もとに戻ったんだと教えてあげれば成仏していくだろうか。うーん。しかし、荒野は東京ドームいくつ分なんて表現できない、歩いて2日ってレベルで広いし、私の力じゃ無理だよね。せめて草木が生え、人々の笑い声が届くようになれば……。

『なのに、なんで街の防御壁はそのままで、外に出てこないんだろう?』

 ディラが首を傾げた。

「あの防御壁って、中から外に出ちゃうと、もう中に戻れないから出てこないんじゃない?」

『じゃぁ、行き来できるように装置を解除すればいいのに。もともと賢者が街にモンスターが入り込まないようにと設置したんだし。モンスターがいなくなったんだから……って、それももしかして知らないのか?』

 知らないのかな?

 いくら何でも、街の外の様子がどうなっているのか誰かに調べさせたりするんじゃない?

 あれ?

 そもそも、私、外に捨てられるとき「モンスターの餌にしてやれ」とか「モンスターにせいぜい気をつけろよ、まぁ魔法も使えないんじゃ気を付けようがないかwww」みたいな馬鹿にされ方一度もされてなかったよね?

 ひどい言葉を何人からも投げつけられたんだもの。さすがに、一人くらい口にしてもよかったんじゃない?

 それを言わなかったってことは、モンスターがいないのを知っている?

 それに、おばばは森の中は「獣」が出るから危険だと言っていた。

 モンスターがいると知っていれば「モンスター」が出るから危険だと言わないだろうか?

 ……王都の人間は知ってる。きっと。もう、防御壁の外にモンスターはいないと。街を襲う驚異は去ったのだと。それなのに、防御壁を解除せずに街を覆い続けるのはなぜ?

 魔力ゼロを追い出すため……。

 な、わけないか。人数とか考えると、そんな数名のためにすべての人の外への出入りを制限する理由はない。

 300年もたっちゃったし、単に一般の人は生まれてからずっとどころか、両親も祖父母もそのご先祖様もモンスターなんて見たことのない塀の中で生活してるんだし、モンスターの存在自体忘れちゃっているのかもしれない。……おっと、なんだっけ、防御壁ね。塀の中っていうと、牢屋みたいね。

『教えてあげた方がいいのかな?いや、でも中に入れないから教えられないのか?人は行き来できないけれど、物のやり取りはできたはず。物資の補給やら手紙やら……』

 へぇ。物は出入り自由なんだ。じゃぁ、ディラは中に行けるね。剣だし。ああ、でもディラが見える人がいなきゃ意味ないのか。手紙で教える?

 ……いや、なんで私がそんな親切をしなくちゃいけないの。別に中の人たち、困ってそうじゃなかったから必要ないよね。うん。今のままで幸せそうだし。

 どうせ、外から中に入れるようになっても、外の人たちは中に入れてくれないんだろうし。

 むしろ、中の人がわざわざ魔力ゼロを笑いに来そうで、いっそずっとこのままの方が……と。

 なんだかちょっとマイナス思考だよね、私。……もうちょっと落ち着いてから考えよう。子供たちの生活が安定してから。決して中の人たちに馬鹿にされない状態になったら。中の人たちをうらやましいなんて思わないようになってから。うん、それがいい。無駄に嫌な思いをさせたくはない。

「ほんの数分しか中の様子は見れなかったけれど、立派な建物が建っていて、綺麗な服を着て、豊かに農作物が実って、幸せそうだったし……外に出る必要もないのかも」

 と、口にしてから、そうかもと自分も納得した。

 わざわざあんな荒野を2日も歩く意味はないよね。森で木の汁すすって蟻を食べる意味もないよね……。

『ああそうか。幸せに暮らしてるんだ。僕たちが救った世界で……よかった』

 ディラがふっとほほ笑む。

 ……まぁ、そうだよね。そりゃ、自分たちが命懸けで救った人たちの子孫が幸せなら嬉しいよね。

 けどさ。魔力ゼロに対する差別はひどくない?

 あれだけ豊かな生活ができるなら、少し食べ物与えて養うくらいできそうなものじゃない?国が豊かで争いがないなら、福祉を充実させていくべきじゃない?

 そりゃ完全に差別はなくならないかもしれないけれど……それでも、今のような「死んだってかまわない」というような扱いはいくら何でもひどい。

 と、思ったけれども。

 子供たちの楽しそうな声が聞こえてくる。

 十分な食事はとれてないけれど、子供たちはみないい子だ。優しい。誰を恨むとか憎むとかもなく、まっすぐに育っている。

 外で暮らした方が、差別され続けて、劣等感を受け付けられ、身を縮めて生きていくよりも幸せなのかもしれない。

 食べ物が十分手に入るようになれば、何も問題ないよね?

 ……どうやらダンジョンでスライムを倒せばローポーションは手に入るみたいだし。

 まずいけれど、水分と栄養はそれである程度補える。マナナの実でワインもどきができれば、美味しい水分補給もできるようになる。

 もちろん、マナナのほかに食べられる実も見つかったし。ヤムヤムとレモだっけ。

 レモはすっぱいって言ってたけれどヤムヤムはどうだろう。ドライフルーツにしておけば1年中食べられるよね。どれくらい収穫できるか分からないけれど。

 そう、ノームおじいちゃんに近くで生えている場所を教えてもらおう。

 今度森の中に入るときはディラも連れて行って、食べられるものを探すのを手伝ってもらおう。ダンジョンまでの道のりでは危険そうな獣も出なかったし。

 もし出ても、今ならノームおじいちゃんに助けを求められるよね。

 そのあと、危険な獣に関しては、対策を考えればいい。

 塀やら堀やら獣の嫌う匂いだとか、なんかあるはずだ。

「ところで、ディラ、収納鞄の中にまずい物入ってる?」

『へ?』

「やっと、実を半分つぶせたよ」

 すっかり日が傾いたころ、ネウスが空になった樽を指さす。

「あっちはまだ手つかずだ」

 樽2つに実があったから、半分なわけだ。

 つぶしたものを入れた樽はちょこっと量が減って7割くらい樽の中が埋まっている。

「さぁ、ご飯にしましょう。続きは明日」

 私の言葉に、ミーニャちゃんがはっとする。

「今日は、まだ食料を集めていません」

「大丈夫。食べる物ならあるからね。みんなが頑張って実をつぶしてくれている間に、準備したから」

 準備といっても、収納鞄から出してちょっと火であぶっただけ。

「え?ユキお姉ちゃんが一人で準備したの?」

「わー、ナニコレ?」

 ……説明、したくないけれど、仕方がない。

「剣の、えーっと、精霊様の好物なの」

『ちょ、なんでそうなるの?僕好きじゃないよ!ユキがまずい物ないかっていうから教えたやつだよ、まずいんだよ、好きじゃないんだよっ!』

 ディラが必死に訴えている。

「あまりおいしくはないんだけれど、なんかのしっぽの干したやつらしくて……」

 見た目はネズミのしっぽだよね。長くて蛇みたいでもある。ぶっちゃけ、気持ち悪くて本当は何なのか確認するのも怖くてディラに詳細は聞いていない。

 ウナギ、ウナギ、これはウナギ、と、必死に自分をだましているところだ。……でもウナギはおいしいんだけどな。

「わー、すごい!しっぽってことは、お肉なんだよね?」

 マーシャちゃんの目が輝いた。

「あー」

 ちらりとディラの顔を見る。

 海洋生物……魚介類なら肉じゃないけど、あ、魚肉っていう単語もあるから、肉は肉でいいのか?

「たーだきま」

 小さな子が待ちきれずに口に運ぼうとする。

「だめだよ、おしょなえするって」

 それを少し大きな子が止める。

「しょーだよ。精霊しゃま、お供えいたちます」

 みんなで仲良くディラの剣の前に謎尻尾肉を供えた。

「おしゃがりをいただきましゅ」

 そうして、初めてしっぽを口に入れた。

 ……子供たちの表情を見るに……。

「あれ?ディラ、まずいって言ってなかった?子供たちあんまり嫌そうな顔してないけれど?」

 どんな味なんだろう?

 私も供えてからおさがりのしっぽをかじった。

「かっ」

 硬い……。なんじゃこりゃ。鰹節か!って硬さだ。

 噛んでもまったく歯が立たない。

『だから、言ったのにぃ。まずいって。干し肉よりも硬くて10分くらいちょっとずつ噛んで柔らかくしないと食べられないんだから。なんかだんだん木の棒かじってるみたいな気持ちになるんだよ』

 ディラは文句を言いつつも、お供えされた14本の謎尻尾肉を食べようとしている。

「おいしいね」

「うん、おいしい」

 ディラが子供たちの言葉にハッとする。

 いつも食べている葉っぱや根っこにくらべれば、苦くもないし、えぐくもない。肉の生臭さもさほど感じないし、噛んでいるうちにうま味が口の中に広がっていく。

 ……これ、鰹節みたいに、薄くそいだら美味しく食べられるんじゃない?出汁にもなったりして。

 よし。謎尻尾肉改め、鰹節もどき。……うん、そう考えたらおいしそうに見えてくるから不思議だ。

「スライサーとかカンナとかなんか薄くスライスできるもの」

 と、ざっくりと収納鞄に言って手を入れる。

 ……何も、出てこない。

「えー、何、どうして……薄く切るやつ」

 と言うとナイフが出てきた。

 ナイフ……で、切れるかな、鰹節みたいに……無理そうだよ。ささがきみたいな感じにはできるかもしれないけれど……って、できるのかな。めちゃくちゃ堅そうだし……。

『そういえばそんなナイフあったね。役に立たないよ』

 ディラが私が収納鞄から取り出したナイフを見て首を横に振った。

「え?どういうこと?」

『それ、何の呪いがかかってるのか、いや、もしかしたら魔法をかけるのに失敗したのか、もしくは誤って人を傷つけないためなのか、なんなのか知らないけれど』

 呪い?

 魔法に失敗?

 でも、人を傷つけない?

『切れないんだよ。切れない上に刺さらない。なんか、薄皮1枚しか切れない。モンスターも獣も倒すことはできないし、倒した獣の皮をはぐこともできない』

「薄皮一枚だけ切れる?え?」

 なんか、よく人質の顔や首元にナイフを当てて、すっと少しだけ切れて血が出るのを想像してしまった。

 人質を殺さず、脅しをかけるためだけに開発されたナイフだったりして……。

 そんなはずないか。とりあえず、ナイフを使っていて誤って自分が傷つかないならチャレンジあるのみ。

 鰹節もどきにナイフの刃をあてて前後に動かす。

『ほら、薄皮一枚だろ?向こうが透けて見えるくらい薄くしか切れない』

「サイコーだわ!」

 鰹節ナイフと名付けよう。

「ほら、モモちゃん、これ、これ食べてごらん?」

 薄くそいだ鰹節もどきの花かつおもどきを、モモちゃんの口の中に入れる。

「おいち」

「俺も食べたい!」

 モモちゃんが一生懸命花かつおもどきを口にするのを見て、ドンタ君がうらやましそうに声を上げた。

「もちろん、待ってね、皆の分も削っちゃうから」

 と、謎尻尾肉改め鰹節もどきをどんどんと花かつおもどきにしていく。

『あ、いいな、それ、いいなぁ、それ、いいなぁ、いいなぁっ!』

 皆でもぐもぐ食べていると、後ろでキャンディーのように鰹節もどきをぺろぺろ舐めていたディラがうらやましそうに眺めている。

 ……そういえば、おさがりを花かつおもどきにしたんだっけ。お供えしたのはその前。

 ……しかし、そうして、硬い鰹節もどきをなめたり噛んだりしてる姿……。

 犬が骨型のおやつをがじがじ噛んでいる姿を想像しちゃって……。

 ふ、ふふふ。

「ディラ、かわいい」

『へ?え?ユキに褒められた?いや、子ども扱い?え?いや、ユキ、どういう意味?』

 きょとんと眼を丸くするディラ。


 と、言う感じであっという間に2週間が過ぎた。

 道を作りながら森に入り、マナナの実を採取し、皆でワインもどき……えーっと、魔力回復薬を作る日々。

 モモちゃんはさすがにちょっと飽きちゃったみたいだけれど、ドンタくんはいまだに実をつぶす作業は大喜びでやっている。……まぁ、時々つまみ食いするのが好きといえば、そうなのかも。

 ミーニャちゃんも頑張ってくれてるし、おばばさんも疲れない程度に手伝ってくれている。

 初めに見つけたマナナの木の近くにあった6本の木からの収穫が終わった後は私とネウス君も実の加工作業に加わる。

 で、ディラの仕事はモモちゃんの見張り。

 モモちゃんが一人で森の中に入ろうとしたり、何か危険なことをしようとしてたら私に教えるのがディラの役割。

 ……うん、いや、私たちみんなで頑張ってマナナつぶしたり、つぶした液体を樽に詰めたりと働いているでしょう。

『僕にも手伝わせてくれ!僕一人が何もしないなんて……』

 と、申し訳なさそうな顔をしてるから。

「手伝う?どうやって?」

 ……と、尋ねると、うーんと少し考えて、ひらめいたとばかりににこっと笑った。

『僕を踏みつけてくれ!』

 ……言っている意味がわからない。

『ほ、ほら、小さな足で踏むよりも、剣を実の上に置いて踏んでいった方が、面積が大きくなる分、いっぱいつぶれる?』

 ……なんていうかさ。

 とっても残念な気持ちになった私を、皆は理解してくれるだろうか。黙っていると、ディラが続ける。

『僕は、ユキに踏まれるのは構わないよ……いくらだって踏んでいいよ。いや、むしろ踏んでくれ!』

 ……ヤバイ幽霊だ。

 こいつ、今までイケメンで騙されそうになってたけど、残念イケメンじゃない。

 変態イケメン幽霊だ!

 剣を手に持ち、歩き出す。

『え?ちょっと、ユキ?樽はあっちだよ、僕をどこに連れていくつもり?ねぇ、そっち荒野だよ、ユキ、ユキっ』

 ディラが慌てて私の前に回り込んで両手を振り回す。

「ディラ、人に踏まれたいという人のことを、私の住んでいた世界ではMというの。私はね、Mと相性の良いSにはなれそうにないから。きっといつか、ディラとお似合いのSと出会えるわ……」

 と、分かりやすくお別れの言葉を口にする。

『ま、まって、違うよ、踏まれたいなんて思ってないよ、ユキ、踏まれるのは剣だから、僕は踏めないでしょ?』

 ん?

『そりゃ、ユキとか子供たちに踏まれたら、背中のマッサージになって気持ちいいかもとか少しは思うけれど、踏まれるのが好きなんて、そんな気持ちがあったら、アイラに叱られてもご褒美だったじゃないか!』

 ん?

 前にも出てきたアイラさん。ディラを叱るときに踏んだりしてたの?

 っていうか、何をしたらいい大人が踏まれるまで叱られるの?それとも、子供の時の話?

 そうか。踏んでもいいというのは剣の話。確かに……ディラを踏もうと思ったって、幽霊は踏めない。

 勘違いしてたことを反省して、剣を持って戻った……なんて、一幕もありつつ。

 結局、ディラに物理的な作業を何か手伝ってもらうのは無理という、当たり前の話なんだけれど、いつまでも手伝えない自分は情けないだの。

 恥ずかしすぎて穴があったら入りたいだの。……墓穴くらいしかディラが入れる穴はないと思うけどとか思ったりもして。

 なので、まぁ、ちょうど作業に飽きたモモちゃんの見張りをお願いしたというわけだ。

 結局剣を持ち上げたり降ろしたりした方がよほど重労働ということで、剣はもちろん使わず。

 でも、何かつぶす道具を使うという案はいいかもと、収納鞄からなんかつぶすのに便利な道具を取り出した。

 両手で突き出た木の棒みたいなところを持って、穴の開いた木の板みたいなやつを実の上から押してつぶす道具。

 腕の力がいるんだけれど……。

「ネウス君、日に日にたくましくなっていくね」

 ネウス君は信じられないくらいその道具を軽々と扱っている。

「ポーションのおかげかな」

 にこりと、精悍な顔つきでネウス君が笑った。

 うぐ。

 イケメンに、あっという間に成長したもんだ。

 ローポーションを飲み始めて2週間。骨と皮の状態だったみんなはとても健康的になった。

 モモちゃんは2歳児らしいふっくらぷにぷにな体になった。

 ミーニャちゃんの美少女っぷりはすさまじいほどだし、ドンタ君は子供らしい体力無限大とばかりに無駄な動作をたくさん入れながら動き回っている。

 マナナの実をつぶすのも、足踏みでいいんだけれど、ジャンプジャンプジャンプとか。

 おばばさんも、肉がついて、10歳は若返ったように見える。

 ……皆の変わりようもすごいんだけれど、一番変化したのはネウス君だ。

「ポーションのおかげにしては……」

 筋トレでもしなきゃ、いくら何でもそこまで筋肉はつかないんじゃないんだろうか?

 私も同じようにローポーションを飲んでいるけれど、体の不調はなくなって健康だなぁとは思うけれど、筋肉つかないし。

 食事が質素極まりないから、ぜい肉は落ちたけれど、筋肉はつかないし。

 がしょがしょと道具を上下に持ち上げ降ろす動作を繰り返すネウス君の腕を見る。

 なんとか筋とかなんたら上腕筋だとか名前はさっぱり分からないけれど、粗末な衣類は袖もなくて、見えている両腕は……。

 力こぶとかもりっと作れるよね。

 胸板も厚くなってるよね。

「んー、この作業で鍛えられたなら、もっと頑張る。男らしくなってユキを守る」

 と、言っていることはね、2週間前とそんなに変わらないんだ。

 奴隷にしてくれと、恩義を感じている私を守ると、役に立ちたいと……言っていた時と、変わってないんだけど。

 ……。

 受け取り側の私の問題だよっ。

 なんで、どうして!

 ネウス君、少年じゃないんだよ。

 青年なんだよ。

 肉がついて、体つきがしっかりしたらさ、20歳前後でなくて、20代半ばで、少年とは呼べない見た目に変わってしまったの!

 まぁ、まだ私の方がお姉さんであることは間違いないんだけれど。

 ちょっと年下の男の子くらいになってしまった。

 しかも、すこぶるイケメン。なんていうか、ロマンス小説とかに出てくる、シーク的な。ディラが西洋の王子的イケメンなわけだけど、それとは方向性の違うイケメン。

 ……濃い茶色の瞳で守るとか言われるとさ……。なんか、映画を見てるみたいなんだよ。

 うっかり、こう、画面の向こう側を見ている気持ちになって、ちょっと反応が遅れちゃう。

『うんうん、なかなかいい感じに鍛えられてきたよね。まぁ、まだまだと言えばまだまだなんだけれど、素振り1000回行けるようになったし』

 へ?素振り?

 ディラの言葉に首をかしげる。

 もしかしてネウス君は何か秘密の特訓でもしてる?ディラはそれをこっそり見てたりする?

 まぁいいや。男の子の秘密を暴くものではないよね。

 ちょいとディラの顔を見ると、ディラと目があった。

『できるの楽しみだな~』

『うむ。本当に楽しみじゃ』

 へ?

 ディラがついに、退屈しすぎて腹話術を始めた?

『ん?何、今の声?』

『ワシじゃ』

 って、まって、ディラの腹話術じゃない。ディラが声と会話してる。

 この声、聞き覚えが……あるような……。

『うわぁーーっ、誰?何?どうして?僕と一緒?いや、違う、もしや、まさか……えーっと、は、初めましてディラと言います……えーっと、あなたは?』

 ディラがしゃがみこんで、剣に腰掛けている小さな人間に話しかけた。

『ワシはノームじゃ』

『あああ、やっぱり、えっと、そのとんがり帽子に、ノームというお名前……あなたは、地の精霊でいらっしゃいますね!』

 やっぱり。ノームさんだ。

 というか、ディラはノームの姿が見えるの?

 見られる人は、まれだって言ってたよね?

 もしかして、幽霊だから、精霊が見える?霊体同士なら見放題?

 ……にしては、なんか、ノームおじいちゃん、人との会話もあんまりしてない感じだったよね。幽霊ならあちこちにいるのに。

『おお、お主には分かるのか?なかなか見どころのありそうな青年じゃ』

『ああ、やっぱり地の精霊ノーム様でしたか!お噂はかねがね伺っております』

『噂じゃと?とんがり帽子が似合うおちゃめな精霊だとでも噂されておるのかの?』

 ……ノームおじいちゃん、とんがり帽子大好きなんですね。

 そういえば、鳥に奪われそうになって木に引っかかって大変な目にあってたくらいだもの。

『古臭い帽子をいつまでもかぶっているが、禿隠しだろうと』

 ディラがニコニコ笑顔で、噂をノームおじいちゃんに話している。

 ……あほの子ですか、ディラ……。

 300年の間に人との会話というものの作法だとか空気を読むとか忘れちゃったのか、もともと備わっていなかったのか……。

 ぐらりと、小さく地面が揺れた。

 うひーぃ!

 今のでディラも失言に気が付いたのか、慌てて言い訳を口にし始めた。

『あ、あの、僕はそう聞いただけで、全然古臭いと思いませんし、お似合いです、あの、えーっと』

『その噂は誰が流した噂じゃ』

『……えーっと』

 ディラが目をそらして、こっちを見た。

 助けを求める目をされても、困るんだけど!

 誰が噂してたって怒りの矛先を自分からそらすために友達を売るような真似はできないと思って困っているのかもしれないけれど、300年前の人だから、大丈夫……でしょとは思ったけれど。

『シ、シーマから、その、聞いただけで、誰がもともと言っていたかは……し、知らないというか……』

 ディラの目が泳いでる。

『ん?シーマ?どこかで聞いたことがある名じゃな……どこだったかの。最近聞いたような気が……』

 ディラの目が泳いでいるのには気が付かず、ノームおじいちゃんが首を傾げた。

 よかったね、ちょっと怒りの矛先がそれたみたいだよ。

『最近?シーマは魔族との最終決戦からそのあとどうなったか知らないけれど、ノーム様はご存じで?』

『むむ、そうじゃ!最終決戦じゃ!最近の話なはずじゃ。シーマとは、魔族との最終決戦のときにサラマンダーと契約していた人間の名じゃないのか……ってことは、ワシの帽子が古臭いと言ったのは、サラマンダーのやつか……』

 うわー、うわー、突っ込みどころが多すぎて、ちょっと待って。

 まず、ディラ、せっかくのノームおじいちゃんの怒りの矛先回避を蒸し返すようなことしてどうする!

 それから、最近が、魔族との最終決戦の時?ディラが言うには300年前……それも怪しいけど、とにかくすごく昔なんだけど!精霊時間だと最近なの?

 それからサラマンダーって何?私の認識だと、火のトカゲだよね。トカゲ。

 トカゲと契約って何?

『ぐぬぬ、あいつは今どこで何をしておるんじゃ、ずいぶん長いこと会っていないが……。会ったらお前の真っ赤なマントの趣味の悪さは古臭いよりずっと最悪だと言ってやるんじゃっ』

 ……。精霊……って、えーっと。妖精王だとも言ってなかった?

 仮にも王様と名の付く人が、お前の帽子は古臭い、お前のマントこそ趣味が悪い……みたいな子供の喧嘩みたいな……。

 精霊と言っても、幽霊と何ら変わらないのかもしれない。ちょっと魔法が使えるだけで。

 ディラは魔法が使えないから、普通の幽霊は死んだら魔法は使えないんだよね。

『シーマは、サラマンダーはかっこいい緋色のマントを身に着けていると言っていましたよ?』

 ディラ、空気読もうな?……っていうか、私の頭の中で、オレンジ色のトカゲが、真っ赤なマントを身に着けて二本足で立ち上がりドヤっている姿が展開していて、かっこいいよりかわいいよね、絶対!ってなってる。でも口にしたりしないよ。空気読めるもん。

 ああ、ほら。ディラの言葉にノームおじいちゃんがムッとしてる。

『僕は精霊を見ることができなくてシーマの精霊の話を聞くたびにうらやましくてうらやましくて、ああ、こうして今、ノーム様の姿を見ることができ、言葉を交わすこともできるなんて……。幸せです。幸せすぎて……そう、天にも昇るような気持ちです』

 昇ってないね。

 剣とつながったままどころか、2mくらいは飛び上がれるはずなのに、これっぽっちも昇ってない。

『そうか、そうか、ワシと話ができるなんて光栄だものな』

「どうしたの、ユキ?精霊様が何か言ってるの?」

 ネウス君が私の顔を覗き込んで首を傾げた。

 ぐっ。突然目の前に現れる褐色の肌のイケメン。いや、慣れないって。いつから私の弟はこんなにかっこよく成長したの?

「ううん、何でもない」

 フルフルと頭を振る。精霊の悪口を言う精霊とか言わないていいことは言わない空気の読める私です。

『なんじゃ、お前、この間の坊主だよな?2週間みたいうちに、ずいぶん立派な体になったの?ああ、そういえば、人間はすぐに成長してすぐに死ぬんじゃったな。忘れるところじゃったわ』

 ……いやいや、ネウス君の2週間の変化は普通じゃないですし。すぐに成長して死ぬって、精霊時間で語らないでほしいし。

 っていうか、ディラと会話してたんじゃないの、なんでネウス君の頭の上にのっかってるの、ノームおじいちゃん……。

 視線を、思わずネウス君の頭の上に向ける。

「え?」

 ネウス君も私の視線の動きにつられて、上を向いた。

『おおう、落ちるじゃないか、坊主っ』

 ノームおじいちゃんがネウス君の髪の毛にしがみついた。

「【開】」

 指輪の封印を一時的にとく。で、心の中での会話をする。

 ……なんの用事でしょうか?

『おお、そうじゃ、そうじゃ。2週間たったじゃろ?まちにまった2週間じゃ。こんなに2週間を長く感じたことはなかったぞ。いつもは2週間なぞ昼寝している間に過ぎてしまうというのに』

 ソワソワとした様子でネウス君の頭の上に座ったノームおじいちゃんが私を見ている。

 2週間?

『言っておったじゃろ、魔力回復薬は、出来上がるまでに2週間かかるって』

 ……2週間でできるかどうか分からないけれど、2週間は最低でもかかるっていうようなことは言ったかな?……そろそろ出来上がってる?

 っていうか、できたら教えるつもりだったのに、……もしかしなくても、待ちきれなかったんですね……。

 初めに仕込んだ樽は、温度管理のことを考えて洞窟に置いてある。収納鞄があるから持ち運べたんだけれど、収納鞄がなくても継続して作れるようにと、森の入り口の日が当たらない場所にも置いてあるものもある。いろいろまだ、実験段階なので。どこに置いてどうするのが正解か分からない。

 洞窟で発酵させたほうがいいようなら、実をつぶして樽に入れる作業なども洞窟の近くでしないといけないんだけれど、洞窟までの道が安全かまだ確証がないので小さな子供たちを洞窟に連れて行くのはねぇ……。

『2週間たった』

 ソワソワするノームおじいちゃん。

『もう、できておるかの?』

 ネウス君の頭の上で、モジモジするノームおじいちゃん。

 んーと、作業のキリが付いてから洞窟へ様子を見に行くつもりだったけれど……仕方がない。

『ユキ、ワシはユキを信じておったぞ!』

 ……。

「【封】」

『なんでじゃ!』

 私は信じてないんで。

「ネウス君、ちょっと精霊が呼んでるから、洞窟へ行ってくるね」

「あ、じゃぁ、俺も」

 ネウス君が慌てて作業を中断してついてこようとする。

「お姉ちゃん一人で平気だよ。ネウス君は、皆と一緒に作業をお願いね。ネウス君がいつも一番頑張って実をつぶしてくれるから助かるわ」

 よしよしと、ネウス君の頭をなでる。

 ふふふ。そう、私は、皆のお姉さんになると決めてからは、ネウス君も弟として扱っていますよ。

「ユキ……」

 頭をなでると、ネウス君は嬉しそうな照れたようなくすぐったい表情をする。ふふ。かわいー。やっぱいくらぐんと成長してもかわいい弟のままよね。きっと。

「モモも~!」

 ネウス君の頭をなでなでしていたら、モモちゃんが飛んできた。

「モモちゃんもいい子ー!」

 抱き上げて頬ずりする。

 この2週間ですっかりぷにぷに肉が付いたモモちゃんの柔らかいほっぺ。ふふ。

 この様子を、ドンタ君がうらやましそうに見ている。

 すぐにモモちゃんを抱っこしたままドンタ君のそばによって、ドンタ君に手を伸ばしてぎゅっ。

 さすがにモモちゃんを抱っこしたままもう一人抱え上げるだけの力はない。

「ドンタ君もいつもがんばっていてえらいよ!」

「え、えへへ」

 さらに、その様子をミーニャちゃんがうらやましそうに見ている。

 モモちゃんを下ろし、ドンタ君に託すと、ドンタ君がモモちゃんをギューッとしてあげてる。

 ドンタ君は5歳でもモモちゃんのお兄ちゃんしてるね。と、その様子をほほえましく見ながらミーニャちゃんに向かって両手を広げる。

「ユキお姉ちゃんっ」

 ミーニャちゃんが私の腕の中に飛び込んできた。

 美少女にぎゅっとされるなんて、日本にいた時の私に想像できただろうか(反語)。

 ミーニャちゃんが私を思い切り抱き着き、頭を私の肩あたりでぐりぐりと押し付けるようにしてから、ぱっと顔を上げる。

 ま、まぶしい。天使よ、天使。2週間前もかわいかったけれど、ガリガリじゃなくなったら、天使になりました。……これ、街を追い出されたよかったよねとか思わずにはいられない。

 魔力がない人間への扱いを考えると……魔力はないけど、綺麗な女の子が、どんな扱いを受けるのか想像しただけで身震いしちゃう。

 ああ、私も、ある意味眼鏡かけてて、おしゃれしてなくて助かったってことなのかな。ぽいっと捨てられただけで済んだのは。

 って、なんだか、街にたいするイメージが私の中でどんどん悪化していくのは、出会った人間が悪かっただけで、街に住む人にはいい人もいるよね?ダメダメ。まるっとひとまとめで悪く思っちゃ。

「ユキお姉ちゃん……」

 愛おしそうに私を呼ぶ天使。

 ああ、もうっ。2週間前に、皆のお姉さんになるって決めてよかった。

 やっぱりこの子たちはおばばさんに愛情をもって育てられていたけれど、愛情不足だったんだろうな……。こうしてぎゅっと抱きしめられることに飢えて……。

 そうだね。抱きしめられたいよね。いい子。大切な子。大丈夫。大好き。……いろいろな気持ちがハグ一つで伝わるんだもの。

 小さなころは、霊が見えてる私……を、単に子供の空想だと受け止めてもらえていたころは、両親も抱きしめてくれていた。

 それが、霊が見えてると分かったころには……。次第にはれ物を扱うように接するようになり……。

 抱きしめてほしかったのかもしれない。平気だと思っていた小さなころの私。

 だって、こんなに抱きしめると幸せな気持ちになるんだもん。

「ミーニャちゃんいい子。ふふ、かわいい私の天使」

 私が小さなころに欲しかったものを、全部この子たちにあげよう。魔力がないというだけで、悲しい思いなんてさせない。

 ミーニャちゃんをぎゅっとしてるのを、今度はネウス君がうらやましそうに見ている。

 うん、よし、お姉ちゃんの胸に飛び込んでおいで。

 ミーニャちゃんの次にネウス君に向かって両手を広げて見せた。

 ネウス君はあれほどうらやましそうに見ていたのに、動かない。

 あれかな。もう俺はそんな子供じゃないという……そういうやつかな。

 いや、その後ろで、こちらに向かって走ってきては、剣に引き戻されびよーんってなって、また走ってきてびよーん……ゴム紐使ったお笑い芸人のゲームか!って状態の「大人」が見える……のは、見なかったことにしよう。うん。

『何をしておるんじゃ、早く行こう、早く、早く、早く、早くっ』

 と、幼稚園児のようなことを言い続けている大人……もいましたね。

「じゃぁ、行ってくるね!」

 ディラは置いて、ノームおじいちゃんと二人で洞窟に向かう。

『どうじゃ。しっかり土は歩きやすいようにしておいたぞ。それから、新しくマナナの木も見つけたのじゃ。歩いて10分くらいの場所じゃったからな、新しく道も作っておいたのじゃ』

 どうやら、2週間の間にノームおじいちゃんはいろいろ欲望を満たすための行動をしていたらしい。どんだけたくさん魔力回復薬飲むつもりなんだろう……。

「ありがとうございます。でも、あまりたくさん道を作ると、迷子になって戻ってこれないと困るので、少しずつでいいですよ」

『ふむ、迷子か?動物でも家には迷わず帰れるというのに、人間は不便な生き物じゃのぉ』

 帰巣本能がありますもんね、動物には……。

『よし、じゃぁ、目印をつけておいてやろう。ほほいのほーいと。どうじゃ、道に色分けしてやったぞ』

 うわ。

「道が、青くなった……って、これ、まさか……」

 しゃがみこんで青くなった道を顔を近づけてみる。

 青い鉱石……宝石?……ガラス?……まさか、サファイアロードじゃないよね……は、はは。

『道の色を頼りに覚えていけばいいじゃろ。あっちは赤、あっちは緑、それから、何色の石があったかのぉ』

 ……うん、エメラルドロード、ルビーロード……踏んじゃって大丈夫かな……。宝石じゃないといいな。ガラス、色ガラス……。

 洞窟にはいり、まずは増えたスライムをやっつけていく。

 ポコポコと出現する品物を集め、スライムの数が減ったところで樽のふたを開けて、まずは混ぜる。カビ対策。

 どうも、発酵するときに出る二酸化炭素が苦手なのか、別の理由なのか、スライムは樽のそばには近づいてこないんだよね。苦手な物の正体がわかればスライム避けを作ることができるってことだよね。ま、スライムなら襲われても怪我するようなこともないし、避ける必要もない。むしろローポーションを時々出してくれるからありがたい存在なんだよね。

「……これ、できてるのかな?」

 正直、出来上がりが分からない。一応、昔何かで見たものが2週間くらいと書かれていただけで……。

 腐ったりカビたり、駄目になってしまったものは見たり匂いでわかるだろうけれど、完成したかどうかの判断基準が……。

「味見、してみます?」

 ノームおじいちゃんが満足する味になってれば問題ない?って、しまった。まるで毒見係のようなことさせちゃ怒るかな?

『まかせるのじゃ!ワシ、ワシが、できたかどうかきっちり判断してやるのじゃ!』

 喜んでる。

「では」

 収納鞄から小皿を取り出し、少しだけ樽から救ってノームおじいちゃんの前に置く。

「お供えいたします」

『うお、これじゃ、これ!香りがするぞ!うむ、うむ、どれどれ、味見じゃ』

 おじいちゃんのサイズでは、大きな盃のように見える小皿を持ち上げ、ごくごくと飲み干した。

『うむ、うむ、どうじゃろ、もう少し味見してみんことにはわからぬの』

 と、おじいちゃんが小皿を私に渡す。

「あの、前は魔力回復薬を飲んで魔力が回復していましたよね?これはどうですか?お供えいたします」

 2杯目を渡す。

『おお、そういわれれば、魔力が回復したような気もするのぉ。道を作るのに消費した魔力は戻っておるの。どれくらい回復するか確かめてみるかの』

 と、ノームおじいちゃんが小皿を私に渡してきた。

『ほほーいと、土のことならなんでもお任せじゃよ、ワシは土の精霊、ふぅむ。南の国にあるダンジョンがえらいことになってるな。西にあった18の街のうちの1つがやけに静かだのぉ、って、おらぬ。見つからぬぞ。サラマンダーのやつ、どこに雲がるれしておるんじゃ』

 南の国?西の街?見つからない?

 えーっと、もしかして、私が霊力を広げるみたいに、ノームおじいちゃん、気を広げてる?いや、まさか、世界中に?

『ぬお、地上におらぬようじゃな、サラマンダー、火の中にでも隠れておるのか。世界中探したが見つからぬ』

 あ、まじで世界中……。すごいな。ただのおじいちゃんじゃないんだ。

『と、これで魔力が4分の1くらい減ったでの。回復するにはかなりかかるんじゃ。たっぷり飲まねば行かぬ』

 ……。ただの、のん兵衛じいちゃんですね。

 皿を渡す。

『ごくごくと、うむ、魔力がしっかり回復……って、なんじゃこりゃ。前の魔力回復薬の何倍も回復するようじゃぞ?それに、前のものよりうまい』

 前のより?なんかディラが作るときに魔力が入ると作れないといっていたから、私たち魔力ゼロの人間が作ったからいい物ができたとか?

 街を囲んでいるベールというかバリアというか、薄い膜のようなものに視線を向ける。

 歩いて2日もかかるここからも上空に伸びたベールははっきりと見える。

「売れるかな……」

 街にも、魔力回復薬はあるかもしれないけれど、街で作られるものよりも高品質であれば……売れるんじゃないかな?

 街には魔力を持つ人しかいないはずだ。

 魔力がある人よりも、魔力ゼロの人間の方が魔力回復薬を作るのには向いているみたいだから、きっと……街の人が作ったものよりもいい物ができたのだろう。

 マナナの実を収穫できれば、たくさんの魔力回復薬ができる。1度使ってしまったらなくなるものではない。

 森では毎年収穫でき、そのたびに作ることができるものだ。入れ物となる瓶も、洞窟のスライムを倒せば出てくるローポーションの瓶を利用すればいい。

 飲み水の代わりに保存をと思っていたけれど、水の代わりになる物は、今までのようにまずい樹液だってかまわないわけだから。

 売れば、パンが買える。他にも、きっといろいろと買うことができるはずだ。

「売れるといいな。うん、売りに行こう!」

『ひぃっく。なんじゃ、売るとは、何を売りに行くんじゃ』

 う。完全に出来上がってますよ、ノームおじいちゃん。

「ノームさん、飲みすぎは体に毒です」

『にゃにを言う、ワシは精霊だぞ、体に毒なわけなかろう、ひぃっく。うーん、なんだか周りがぐるぐるして見えるの、風の精霊がいたずらでもしておるのか』

 酔っ払っていますね。

「今日は、これが最後です」

 空になった器に魔力回復薬を入れてノームおじいちゃんの前に置く。


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[気になる点] 34ページのまとめUPより誤字報告 「よく見ておくのじゃ。一見ただの小さな入れ物じゃが。あんな大きなものが入ったり出たりするんじゃ。アーティ額との一つ……収納鞄 アーティファクトがア…
[良い点] 「薄皮剥ぎナイフ」欲しい! これがあれば、桂剥きでさえもばっちりだね(笑) [気になる点] >アーティ額との一つ……収納鞄 アーティ額っておいくら万円?……って、違うか(笑) >垢を和…
[気になる点] >『あー、ドワーフの村に行くときにはいつも酒の詰まった酒樽をいっぱい持って行くんだけれど、帰りには空になった酒樽を持って【行く】ことになるからな』 帰る
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