かすみ草
あの日からおかしくなった。今でも鮮明に覚えている。
四月某日、私の誕生日の少し前の話である。
その日は、ポツポツと雨が降っていた。私はその中で車を走らせ、今にも事故になりそうなほどスピードを上げている。
後ろから、サイレンが聞こえる。私であろうか?スピードをゆるめ、路肩に車を寄せる。だがサイレンは私を通り過ぎ、私の帰路と同じ方に消えていく。スピードを出していた私だが、安堵の息が漏れ、また車を走らせる。
しばらくすると、疑問に襲われた。何故私を通り過ぎて行ったのかと、色々な考えて見たが答えが出ぬまま、家の前に車を止めると私の目には、予想にもしていない光景が入ってくる。
私の家の前には、無数の人だかりがあり、先頭には警官が数名、消防隊が数名私の家を囲っていた。
私は、考える前に走り出していた。車を飛び出て人混みをかき分け先頭出て怒号にも似た声で質問をしていた。(何があった。お前らは、なんでここにいる。)同じ質問を繰り返し、繰り返し答えが聞きたくないかのように、喚き散らした。私は、落ち着くよう取り押さえられ、少し離れた場所に、連れていかれた。そこで答えを拒んでいた私には耐えられない事を、他人事のようにつらつらと並べられた。(御家族の方ですか?混乱されるのは、分かりますが今から状況を説明致しますので、落ち着いて聞いてください。)
私の家から、上がる火を眺め私の頭には最悪の結末がよぎる。夢ではないのだろうか、そう思う私に現実を突きつけるよう、炎は猛々しく私の家を包む。
(…間前、脱走した囚人が、あなたの家に、立てこもり奥様と子供を人質に取りました。私達が説得を試みたのですが、犯人は逆上し、奥様を刺し今もあの中におります。幸いな事とは、言えませんがお子様は奥様が逃がしこちらで保護しています。その際に、刺され救助に向かった時には、もう、息を引き取って…)その言葉を最後まで聞かずに私は目の前の警官を殴っていた。犯人は死んでいる。当てどころのない怒り、悲しみ、とめどなく溢れてくる。
数人に取り押さえられた私は、パトカーに押し込まれた。公務執行妨害、被害者の私だが数日捕まる事になった。出てきた時には、誕生日は過ぎ、歳を取っていた。虚ろな目をし、おもむろに私の家があった場所に体が進む。そこには、真っ黒に焼け崩れ落ちた我が家。私は泣き崩れた。何時間その場で泣いていたであろう。声も枯れはて嗚咽が出ても泣いていた。
そこから、しばらく経ち夕焼けに5時のチャイムが鳴り響く頃、私の背中にまとわりつく温もり。振り返るとそこには、我が子がいた。泣き崩れる父を包むよう優しく暖かく私を包んでいた。母が亡くなったというのに、自分は泣くのを我慢し、私をまっすぐ見つめていた。母に最後言われたそうだ。私を頼むと、だから泣くわけには、いかないと。なんと、情けない父親であろう。泣きたい気持ちを抑えてる我が子の前で、子供みたいに泣き崩れている私は、なんと情けない…
あの日から、数年子供は高校に入学し2人で暮らしている。二人の仲では、あの日の事は忘れぬよう、母が亡くなった日には毎年、母の好きだった花を、墓前に供え(ありがとう…)その言葉を残し1日を終えるようにしている。目をつぶり、手を合わせていると隣から鼻をすする音が聞こえるが、私は聞こえないふりをし、心に思う。
(ありがとう…お前は私の家族であり、コイツは私の子供で家族だ。こいつが大きくなった姿を毎年見せれるように守り続ける。だから安心して見ていておくれ)
その晩、私が眠りにつくと、夢の中に、母が現れた。彼女は一言言葉を残すと、霧になったように夢の中に消えていった。(頼んだわ。あなたより先に子供がこちらに来たら一生ゆるさないからね)
彼女は微笑みを混じえ、私にそう言い、霧の中に霞んで消えていった。
私は、おかしいのだろうか。亡くなって数年経った今も、私の隣には、母がいて子供がいる錯覚に陥る。いや、おかしくはないか、そう考えるとまた涙が溢れた。私が死ぬまで待っていてくれるだろうか、そんな事を考えながら私は今を生きている。
最後に言いたかったな。
愛しているよ。これから先も。
完