狼はだれだったか
翌日、城にディミトリを告発する2通の手紙と、一人の村人が訪れてきた。
村人は初老の男性で、狼男の討伐隊に参加していた若者の、父親だという。彼は伯爵たちに、息子から昨晩の顛末を聞いて、ここへ来たと言った。男はけわしく眉を寄せ、なんどか目を瞬いて逡巡したあと、乾いた唇を開いた。
「ずっと黙っていたが…私は数十年前、あの狼狩りが起きた時…ディミトリ様が森で女を襲うのを見たんです」
伯爵のぎょろりとした目が、大きく見開かれた。男はその目から視線を外しながら、話を続けた。
「その女はもちろん殺されず、…名前は言えないが、今もこの村に居て、夫も子供も、孫もいる。当時既に夫がいたから、私は彼女のためにもと思い、黙っていた……」
そう述べた後、誰も何も言わないうちに、男はすぐ自らを訂正した。今度は伯爵の目をまっすぐ見て、男は言葉を紡ぐ。
「いえ、それは結局、私がディミトリを恐れていたのです」
そしてそのあと男は、ちょうど客室に飾ってあった、歴代の伯爵やコザークの肖像画を見ながら、話を続けた。
「…今回は、きっとディミトリだけの犯行でしょう。こんな卑怯なことを今するのは、あの男だけだと思いたい。でもね、しかし、あの時は…彼だけではなかったのです、狼は。」
伯爵は何も言わず男を見つめる。その灰色の瞳には怒りも驚きもなく、哀しみが漂っていた。ジーナは、机の上に組まれた伯爵の骨ばった手が、震えているのに気づいたが、主のために、見ぬふりをした。
「昔、伯爵様が狼狩りをした時…きっと何人もの村人が、本当は狼の仕業ではないと分かっていた。でも…みんな、狼に罪を被せたんです」
伯爵に向かって証言する村人の声も、震えていた。
「あの時、ディミトリを皆で糾弾していれば…。カーチャにはいくら謝っても、もう取り返しがつかない」




