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真夜中の来訪者

それからしばらくは、憂鬱ながらも平穏な日々が続き、伯爵は男爵への疑念と友愛の狭間で悩んでいたことを、忘れかけていた。


そんなある日の真夜中、伯爵の城の門をけたたましく叩く音に、居眠りをしていた門番は飛び起きた。あの孤独な伯爵を、こんな雪の日の深夜に尋ねる者などいるのか、まさか本物の幽霊かと、門番は門を開けるのをためらった。しかしいつまでも音は鳴り止まないので、無用心な門番は、しぶしぶ門を開けてしまった。


「わあ!」


門番の青年は音の主を見て叫んだ。

ランタンの明かりが暗闇に浮かび上がらせたのは、長い髪を振り乱し、血走った目をした女だった。

女は必死の形相で、門番に掴みかかってきた。


「お願い!!伯爵様に匿ってもらいたいの!!私は隣の領地に居を構える、商人の娘よ…!早くお城に入れて、でないと、あいつが、悪魔がくるかも…、」


「ひっ、ゆ、許してくれ、よくわからんが、許してくれ〜っ!!」


動転した門番は女の話を聞いていない。もともと小心者の彼に、門番など向いていなかったのだ。

真っ暗闇の中、不気味な女が何かを彼にまくし立ててくる。

もはや門番には、女はバーバ・ヤハに見えていた。


「何言ってるの、早く、ねえっ!!!」


「イイスト・ハリストス、我を助け給へ…」


門番は女の懇願も聞かず、女に襟首をつかまれて激しく揺さぶられる中、

神に自分を救うように祈りを捧げる。


「貴方でなく、私を助けてよっ!!!」


「ぶっ」


埒があかないと思った女は、無礼を承知で、門番の頬を打った。


「い、いた…何するんだっ!!!!………あれ、………あなた、もしや生きてます?」


「だから死にそうだと言っているでしょう!!!!」


頬を打たれて我に返った門番がよく見ると、気迫のあまりに悪霊かと思った女は、よく見ると整った顔立ちをしており、言葉遣いも村人より品が良く聞こえる。


「もしかしてどこぞのご息女で?とんだご無礼を……」


門番は自分の無礼に真っ青になり、足を揃えて居直る。女は礼を示すよりも聞く耳を貸せと言った様子で、催促した。


「私は金持ちなだけの平民よ!それより早く、」


「ははあっお金持ちの!確かにお召し物も高価な絹でいらっしゃる、しかしそんなに汚されて。ところどころ擦り切れているではありませんか。それに肌もこんなに冷たい!死んでしまいますよ!!早く城の中へ!!!伯爵様は不気味だのなんだの言われておりますが心はお優しい方ですからね、きっとよくしてくれますよ、」


門番は気弱な伯爵に、勝手に訪問者を城に招き入れて怒られることよりも、この目の前の気性の荒い、どこぞの金持ちの平民の女を恐れ、さっさと彼女を通すことに決めた。彼はランタンを持って、少し先に位置する城の方へと歩き出しながら、女性に手招きをする。


「………そう、では、お邪魔させていただきますわ。」


女は一刻も早く安全な場所に行きたかったので、門番への不満は一旦飲み込んだ。

門番が歩く方に見える、百年以上前に建てられた不気味と評される城は、今の彼女には輝いて見えた。




「男爵の新しい奥方!?この間、前の奥方を亡くされたばかりだというのに…。寝耳に水だ。」


真夜中に転がり込んだ女は、男爵の新しい妻だった。彼女の身分を聞いて、半ば寝ぼけていた伯爵は、半目を開いて驚く。蝋燭で薄明るく照らされた客間で、伯爵は椅子に座って、向かいに座る彼女の話を聞いていた。夜中に起こされた伯爵は、シャツの上に、ガウンを羽織っただけの姿だ。彼のそばには、いつもの通り、シャツの上にベストを着て、膝下までのズボン(キュロット)を履いたジーナが立っている。部屋の隅では暖炉の炎が燃えているが、どこからか入り込む、冷え込んだ夜の空気が薄ら寒く、伯爵は腕をさする。


「そうなのです。私も噂は存じていましたから、この縁談は断りたかったのですが、父が…男爵は貴族であるし、この時世立て続けに妻を亡くすこともある、不幸な彼を支えてやれと…」


レーシャという名の女性は、身の上話を続けた。彼女の父は絹織物商で、男爵が得意先だった。

彼女が父と共に男爵の舞踏会に招かれた際、男爵は彼女を気に入ったようで、

後日男爵から父に、彼女を娶りたいという申し出があった。


レーシャは男爵と親交があったわけでもなく、舞踏会で踊ったわけでもなく、求婚の話を聞いた時には、彼の顔を間近で見たこともなかった。その上、最近男爵が妻を亡くしたという噂も、彼の少年愛の話もレーシャは聞いていたので、全く気の進まない縁談であった。


しかし、三人娘の末っ子である彼女の行く末と、家の繁栄を案じた父は、レーシャの意思を無視して、男爵の求婚を了承してしまったのだ。


「それは…辛い想いをされたね。」


伯爵は気の毒そうに言った。伯爵は彼女とかなり距離を取った場所に座っていたが、恐怖を抑えて、レーシャに共感し、同情することができた。レーシャは毛布に身を包み、化粧の落ちた顔しか覗かせていなかったのも、伯爵の心を落ち着かせた。


「ありがとうございます…。」


レーシャは真夜中に自分を城に入れ、話を聞いてくれている伯爵に、深々と頭を下げる。

伯爵は礼は不要だというように、首を振った。そして、レーシャの顔をおそるおそる見つめて、彼女が城に来たわけを聞く。


「……それで……」


「ええ、何故このような身なりで、こんな時間に、伯爵様に助けを乞うたか、でございますね。……、ああ、本当に、あの男は恐ろしい……」


涙を拭いながら話すレーシャは、寒さと恐怖で震えていた。ジーナは彼女の背をさすってやり、グラスに注いだウォッカを勧める。

レーシャはアルコールで身体を温め、彼女に襲った災難について語り始めた。

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