狼は誰
狼男を捕らえたのは、裕福なコザークだった。金髪はほとんど白髪になってしまった、初老の男、伯爵の祖父に仕えた兵士ペトロの息子ディミトリ。彼自身は戦には出ないスタルシーナとなり、今は村の外れにある土地で農園を営んでいた。
駆けつけた村人たちの中に伯爵を見つけると、ディミトリは紳士らしくにこやかに微笑み、毛むくじゃらの男を差し出した。男はボロボロのシャツと、ズボンを身に着けていた。
「〜………」
ディミトリに手首をつかまれながら、狼男は唸り声のような音を発し、ぎりぎりと歯ぎしりをして、紳士をぎろりと睨みつける。
(狼のような目だ)
ざんばらな伸ばしっぱなしの長い髪からのぞく、血走った目に、伯爵は怯み、後退りした。この男が本物の狼男なわけはないが、その迫力と狂気に気圧される。
「早く殺そう」
「いや、火炙りだ」
「串刺しにしないと」
「狼に食わせにゃ気がすまねえ」
囃し立てる村人たちの中で、ジーナは冷静に狼男を見ていた。
(狼男などいるわけがない。ただの狂人だろう。…この男が犯人なのか?)
狼男は紳士に殺気を向けているが、村の女やジーナには目もくれていない。
(まあ、この状況ならそうか)
どことなく疑問を持ったジーナだが、反証はない。伯爵の兵士たちと共に、彼を捕えに近づく。大柄な兵士に狼男が縛り上げられた時、ジーナの背後から苦しげな声がした。
「待って…」
ジーナが振り返ると、兵士の腕の中に抱えられていた少女が、上体を起こしてこちらを見ていた。
「ネクラーサ、大丈夫かい」
伯爵は少女に駆け寄る。ネクラーサは小さく頷き、言葉を続けた。
「狼男はその人じゃない」
「あなたでしょ」
ネクラーサの指先が指す方向には、冷たい笑みを浮かべている紳士がいた。




