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カースカ(旧スーカスカ)  作者: ぷらまいせぶん
ヴォヴクラーカ
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狼男の告白

25年1月:狼男の状況に関することとか、色々抜け漏れがあったので修正しました。

夜の森に、鋭い冷たさの風が木々の葉を揺らし、呻き声のような音を立てて吹き荒む。大勢の村人たちはきょろきょろと周りの反応を窺い、やがて皆、ひとりのよそ者の方に視線を向けた。


松明が赤く照らし出す男の顔は伸び放題の髭とぼさぼさの髪に覆われ、まさに狼男のような風貌だった。男の瞳は碧く、鋭く、ディミトリを睨みつけている。ディミトリは獣を見るように、狼男を見下すような目つきで見返していた。狼男はやがて、視線を伯爵の方に向け、乾いた唇を開いた。


狼男の声は低く掠れ、狼男が話す言葉は、全く訳が分からない、外国の言葉に聞こえた。しかし堂々と人の言葉で話し始めた男を、村人たちは意外そうに見つめ、怯えながらも彼に襲いかからず、武器を下げて彼の言葉に耳を傾け始めた。そして、伯爵やジーナ、ネクラーサ…一部の村人たちは、彼が話しているのは、帝国の言葉だと気が付いた。


「わたしは…女王陛下の兵士でありながら、武器を捨て…怖気づいて、あろうことか、戦場から逃げ出しました。そして、故郷…帝国のはずれにある、小さな村を目指して逃げ回り…この森に辿り着いたのです。あれはたぶん、夏が終わって、秋が始まる頃でした。しかし、故郷に会って家族に会う勇気もなくした私は…獣として、狼男として、この森で生きていこうと思った。」


狼男は、伯爵の灰色の目を見ながら、ゆっくりと話した。はじめ、獣か外国の言葉にしか聞こえなかった言葉は、段々と人間の話しぶりに近づいていく。帝国の王侯貴族の言葉を聞きなれていたこともあって、伯爵は狼男が話す言葉を理解することができた。ネクラーサやジーナ、村人も、だいたいの話をつかむことが出来た。伯爵は、男が脱走兵であり、彼の領地に勝手に居座っていた、という事実には怒ることも震え上がることもなく、黙って男の話を聞いていた。

そして、狼男は、ネクラーサの方を一瞬見てから、伯爵に向かって、彼が見たことを説明した。


「ひとつ前の三日月の晩、私はその男が彼女を襲ってるのを目撃し、咄嗟に声を上げて彼に襲いかかりました。そして…男を追い払ったあとは、彼女が森を無事に立ち去るまで、木々の陰からつけていた。」


「確かに、男に襲われている時、狼の遠吠えのような声を聞きました。おかげで助かったのも事実です。」


男に続けて、ネクラーサが伯爵を見つめて訴えかけた。伯爵は頷き、黙って狼男の話に話の続きを促す。そして、狼男は、集まっている村人たちの中にいた、数日前に森で行方不明になり伯爵たちに発見された…狼男を目撃したと言っていた女性、サーシャを指差し、語り続けた。


「あの女性を追いかけたのも私です。あの男に襲われないように、夜の森から出るように仕向けたかった。…狼男の噂が広がれば、森に一人で入る村人も減ると思った」


「わたしを助けてくれたのね…ありがとう」


サーシャは狼男に微笑みかけ、夫のダヌィーロも小さく頭を下げたが、狼男はいや…と小さくつぶやいて、俯いて地面に視線を向けた。伯爵が口を開こうとした時、村人たちの視線を集めるもう一人の男、ディミトリが割って入る。ディミトリは大仰に、芝居かかった、紳士らしい仕草で伯爵に語りかける。


「伯爵様、その野蛮な狼男の言うことを、わたしより信じるのですか?私はこの数十年、先々代のお祖父様の代から、頭たる領主様のために、模範的な村人であろうと努めてきました。我々は領主様をお支えしてきた。自由を奪われ、領主様がツァーリに服してからも!」


伯爵は、自分より数十歳年上の男に、古いコザークに、祖父の面影を見て怯みそうになったが、拳を握り締めて耐える。ディミトリは周りの村人たちにも語りかけるように手を広げて、声を大きくして言った。


「勇猛なコザークである私が、森でか弱い乙女を人知れず襲うなど、卑怯なことをするはずがない!その狼男は、国家を裏切った大罪人だ!そんなよそ者をどうして信じる?」


ディミトリの腰には、先代の伯爵の軍隊で功をあげた彼の父親が賜った、曲刀(シャシュカ)がぶら下げられ、柄や鐺の銀が、松明の光を反射して、彼の血筋の名誉と武功を象徴するように、輝いていた。


「たしかに…」

「若い頃のディミトリ様は、娘たちに人気だったしなあ」

「狼男の狂言だろう」

女帝(ツァーリ)の国の奴のことなんて、信じられないわ」


ヒソヒソと村人たちがざわめく。ネクラーサはディミトリを睨み付け、腹の底から湧き上がる怒りと悔しさに、目じりに涙を浮かべながら、絶叫するように叫んだ。


「黙れ!なにが勇猛なコザークだ…!!お前は戦場に行ったこともないくせに、帝国の連中にも追従するだけだったくせに、先祖の名誉を自分のものと勘違いするな!!!お前の行く先は地獄だ!罪人が!本当に勇敢なのは…っ、その人だ!」


「ネクラーサ…」

「あの子が嘘を言うだろうか」

「僕はネクラーサを信じるよ」


村人たちがまたざわめき、きょろきょろと狼男、ネクラーサ、ディミトリを代わる代わる皆見つめる。そして村人たちの視線は最終的に、伯爵の方に向けられた。村人たちが持つ、何本もの松明に照らし出され、闇に浮かび上がる伯爵の顔は、白粉がはたかれ、いつものように、幽霊のようだった。しかし今の伯爵が、平常あり得ない程に顔色が悪く、肩は小刻みに震え、息も浅くなっていることは、隣に立つジーナしか気がついていなかった。


(震えるな…情けない。あの男は義母上ではない。そして私も、もう二十七歳の男なのだ)

(恐らく狼男とネクラーサの方が真実を言っている。しかし、ここでディミトリを糾弾する決定的な証拠はない…背中に傷があるか確かめようか…いや、それだけでは…だが、私の権限だけで裁いても、ディミトリは帝国貴族ではないのだから、誰かが横槍を入れることはないだろうか……村人が納得するか…脱走兵のことは、どう済ませようか…)

(ああ…情けない…おそろしい…あの男の顔をまともに見ることもできない…)


伯爵は、忌まわしい光景と姦しい声が蘇る頭の中で、何とか事態を解決する方法を必死に考えようとしていた。しかし恐怖の中で、良い考えが浮かぶはずもなかった。


「イヴァン様、大丈夫ですか」


身体の震えがひどくなってきた伯爵を気遣うジーナの言葉に、伯爵は過去ではなく、眼前に広がる光景に意識を向ける。暗い森のなかに、大勢の村人が武器を持って集まっている。ネクラーサの手にはまだ、伯爵が渡した小銃が握られている。このままでは、ネクラーサがディミトリを殺そうとするか、狼男を疑う村人の誰かやディミトリの差金が、彼とネクラーサを殺しかねない。一触即発の危険な状況である。


(ディミトリの身柄は今にでも拘束したいが…。まず狼男とネクラーサの安全を確保しなければ)


伯爵は頭を振って、過去の悪夢を霧散させ、深呼吸を何回かした。流石に村人も訝し気な様子で領主を見始めたとき、伯爵はようやく、声を上げた。震えを抑えて、なんとか、領主らしく堂々とした声色で。


「ディミトリ殿、詳しい話は後日伺わせていただきたい。…………ネクラーサ、そして貴方も…いったん…話は城で聞きましょう」


伯爵は、ディミトリ、ネクラーサ、狼男の顔を順々に見つめ、落ち着いた声で言った。伯爵の言葉を聞いた村人は、背後であれこれとざわめく。ジーナは注意深く、伯爵と三人の様子を見ていた。


「仰せのままに。しかし私は無実ですよ。」


ディミトリは満足げに、朗々と答え、伯爵に礼をする。


「どうして!…どうしてそいつを捕まえてくださらないの…!」

「今は彼に従おう」


伯爵に噛みつきそうな程声を張り上げて訴えるネクラーサを、狼男が宥める。狼男は、ディミトリから彼女を庇うような姿勢で、伯爵の兵士たちの後をついていくようにネクラーサに促した。ジーナは地面に落ちた銃とナイフを拾ったあと、兵士に連れられて城へと向かう少女と狼男の背中を守るため、彼らを追う。伯爵は村人たちに解散を宣言し、村人たちは色々なことを呟き、ガチャガチャと斧や銃、鍬がぶつかる音を響かせながら、夜の森から家々へと帰っていった。


ディミトリの方は、ひとまず屋敷に帰ることを許されたが、伯爵は密かに、ディミトリの屋敷周りに兵士を向かわせ、彼や彼の手のものが勝手に出入りしないように見張らせた。



城に帰った後、狼男は城の地下室に眠り、老執事、そして伯爵の信用の厚い兵士数人だけが、地下室の扉の前で見張りを行った。ネクラーサは客室の一室を与えられ、彼女の部屋の前にも、見張りの兵士や執事が立ち、夜通し番をした。ジーナは様子のおかしい伯爵を寝室に送り届けたが、伯爵からジーナも早く眠るように言われ、すぐに部屋を出されてしまったので、伯爵の寝室の前で見張りを行うことにした。

いつもより警備が厳重な幽霊城は、ずっと昔、砦だった時のような、普段の重々しさとは別の、重い緊張した空気が漂っていた。

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