少女と狼
その日ネクラーサは、昼間森を歩いていたときに落としてしまったハンカチを拾いに、夜の森へ一人で入った。商人が落としていった西で織られたハンカチで、彼女の持つものの中では一番高価だったので、朝まで待てなかったのだ。ちょうど満月の夜だったので、少女は夜の森も怖くないと思った。
カーチャにハンカチを見せた、この道までは持っていた…と、夜の森を彷徨ううち、ネクラーサはどんどん村から離れた方へ歩いて行ってしまった。
「どこなの…ああ、もう諦めるべきね」
溜息をついてネクラーサが引き返そうとした時、落ち葉を踏みしめるもう一つの足音がした。
「君が探してるのは、これかな」
月明かりに白いハンカチが光る。ネクラーサは思わず頷く。
「ありがとう、親切な方」
男は深い帽子を被っていて、よく顔は見えなかったが、優しい声色だった。ネクラーサは警戒もせずハンカチを受け取ろうと近づいた時、
「!!」
男は彼女の口をハンカチで塞ぎ、彼女の身体を木に押し付けた。
それから恐ろしいことが起き、ネクラーサは心にも身体にも傷を負った。ネクラーサを襲った男は、彼女を犯したあと、窒息させて殺そうとした。意識が遠のく中、最後に狼の声が聞こえたのを覚えている。
気がつけば、少女は森の入口にいた。ボロボロになってしまった服を身に着けて。ハンカチは傍に落ちていたが、ネクラーサは泣きながら大切だったはずのハンカチを踏みつけて、森に捨てた。
家に帰ったネクラーサは、屈辱に塗れながらも、両親に顛末を話した。両親は娘を慰め、憤りながらも、彼女の名誉のために黙っていなさいと窘めた。ネクラーサも、その時は彼らの言う通りだと思い、悔しさと恐怖に苛まれながら、誰にも、カーチャにも森での出来事は話さなかった。
カーチャが狼に食われたのは、その次の満月の夜だった。




