狼の殺人
また暗い話
R15かもしれない
彼は優しい声で話しかけて来た。
綺麗な花を見せてくれると言った。
薪を拾うのを手伝ってくれると言った。
ああ、私は何て愚かだったのか。
森で出会うのは、狼だけ。
祖母に何度も言われていたのに。
「狼の仕業か…」
伯爵は痛ましい死体の瞼を片手で下ろしてやり、沈鬱な溜息をついた。
秋深い森で少女の遺体が発見されたのは今朝のこと。木こりが半分落ち葉に埋もれていた死体を見つけたと、城に駆け込んで来たので、伯爵は卒倒しそうになりながら馬を走らせてきた。
少女の身体には噛み傷が散らばり、血に染まった服は切り裂かれていた。無惨にも、腹部や足の一部は食いぎられている。伯爵は吐き出しそうになりながらも、遺体の検分を見守っていた。
「必死に抵抗したのでしょう。食い散らかされなくてよかった。葬儀のときは、綺麗な姿にしてあげられます。」
老執事が少女の身体に布をかけ、呟いた。伯爵も彼に答える。
「花刺繍のドレスを着せてあげよう…」
伯爵たちは遺体に十字架を切り、教会へ運ぶために一度木の棺に入れた。肌寒い曇り空の下、馬車が棺を運んで行く。馬車を見送った後、伯爵は村の猟師らと話し、狼の捜索を命じた。
(狼に襲われた?)
猟師と村人たちの会話を傍で聞きながら、伯爵に連れ添っていたジーナは、不思議に思った。
十数年森で薪拾いや釣りをしてきたジーナだが、狼に襲われたことはない。その姿を見たのも、二度ほどだ。なんでも、伯爵の祖父の時代に大規模な狼狩りをして、すっかりこの辺りの狼はいなくなってしまったと老人から聞いたことがある。
(新しい群れが住み着いてしまったのだろうか)
果たしてその日、森中を捜索した猟師たちは狼を一匹仕留めた。
こんな細い狼に人が襲えようかと訝しみながら、一行は一週間狩りを続けた。
そして狼の群れの代わりに、子供の骨や、腐食が始まった遺体の一部を見つけた。
一人の遺体は、一か月以上前に行方不明になった女性のものであることが分かった。
また一人森で女性が姿を消したのはその晩のこと。
村中の男たち、伯爵や私兵を含めた大勢が森を探すと、ぼろぼろになった衣服に身を包んだ彼女を見つけた。憔悴しきった彼女は、恐怖に染まった目で伯爵に訴えた。
「狼男がいた」