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人形

*未成年に対する性的虐待を仄めかす描写があります

伯爵家の設定を変えているので色々直しました。

イヴァン、つまり伯爵を産んだ時に彼の母は産褥熱で死んでしまったので、伯爵は実の母の顔を見たことがない。城に飾られている母の肖像画が、伯爵の知る母の姿である。絵の中の彼女は、伯爵に似た灰色の目と銀の髪、薄白い肌を持つ貴婦人で、儚げな風貌をしていた。


イヴァンの父———先代領主は、妻の忘れ形見である伯爵を、城に半ば閉じ込めながらも、優しく育てようとした。もっとも、まだイヴァンの祖父が生きていて城主だった頃、イヴァンが幼子であった時は、帝都に職を持っていた彼の父親は城を留守にすることが多く、イヴァンを育てたのは乳母や執事たちだった。祖父は厳しい人で、きつく伯爵を叱ることも多かったが、使用人達は我が子のような愛情を持ってイヴァンに接し、おかげでイヴァンは愛くるしく、気弱だが心優しい少年に育った。




城の様子が一変したのは、イヴァンの祖父が死んだ後のことだ。


祖父の死から1年後、イヴァンが十になった年、彼の父親が再婚した。相手は、帝都で出会った古い貴族の女性だった。

薄暗い城にやってきた、ドレスと香水を身にまとった華やかな継母と義理の姉たちを、イヴァンは初めは恐ろしく感じた。しかし彼女たちは、美しい少年だったイヴァンを可愛がり、はるばる帝都での茶会や舞踏会にも連れて行った。そうしてイヴァンは、彼女たちを姉や母として受け入れ、家族として接するようになった。


しかし、同時にその頃から、彼女たちの愛情の歪さが現れてきた。義理の母や姉、その友人の婦人たちはイヴァンを女の子のようにドレスや化粧で着飾らせるのを好んだ。気弱なイヴァンはされるがままに少女に扮したが、女装や化粧自体は華やかな義母や義姉に近づいたようで悪い気はしなかったし、可愛らしいドレスに身を包むことも楽しんでいた。

城にいない父親は、新しい妻と娘がいとしい息子に何をしているのか、何も知らないまま、再婚してから一年もしないうちに、馬から落ちて死んだ。父の死はとても悲しく、イヴァンは悲しみの海に沈みそうだった。しかしその時のイヴァンは、ともに父の死を悲しむ母と姉がいれば、これからも支えあって生きていけると、信じていた。




幼いイヴァンの信頼と期待は早々に、最悪の形で裏切られた。父親が死んでから一年もしないうちに、田舎に退屈した義母と義姉たちの遊びは過激になった。彼女たちは、後見人付きとはいえ、当主であるイヴァンを着せ替え人形のように扱い、ドレスのスカートをめくって、恥ずかしがるイヴァンを、甲高い声で笑った。

それだけでは飽き足らず、彼女たちは夜もイヴァンの寝室に入り浸り、血が繋がらないながら、家族としては、そして子供にするものとしては、許されない行為を繰り返した。怯えて泣き、義母姉たちに何を言っても、身体を指して喜んでいると嘲笑われるうち、イヴァンは自分は彼女たちの人形なのだと思うようになった。


母と姉たちから受けている仕打ちを、イヴァンは誰にも言えなかった。社交界が得意ではなかった少年には友人は殆ど居なかったし、居たとして、自分と同じ年頃の少年少女には、言えるわけもなかった。

彼の話し相手であり、育ての親でもある使用人達にも、打ち明けることはできなかった。

イヴァンが信頼していた乳母は、父が死んですぐ、義母に城を辞めさせられた。彼に幼い頃から仕えている老いたメイドはまだ城で働いていたが、イヴァンが継母達について相談すれば、彼女も不興を買って辞めさせられてしまうかもしれない。

祖父の代から仕える執事は、誰よりもイヴァンが頼りにする存在であったが、誇り高い古戦士に、こんな恥ずかしめを女性に受けていて、自分では何もできないなんて、泣きつくことは出来なかった。


そして、城の誰にも知られぬまま、人形遊びは続いた。少年の顔からは、さらに生気が失われ、食事も進まず、馬に乗ったり、外で遊ぶことも少なくなった。たまに義母たちに急かされて出席する社交の場では、女性の目を避けるようになった。

それでも、まだ十代で、それまで城の小さな世界の中で使用人と本に囲まれて育ったイヴァンには、義母達に逆らうことも、彼女たちを糾弾することもできなかった。その時のイヴァンには、広大な領地と領民を持つ貴族としての、何の経験も後ろ盾もなく、一人で統べる自信もなく、母を頼るほかなかったのだ。



そんな日々が五年以上続き、イヴァンは人生をあきらめて、人形として生きていた。自分はこのまま、義母と姉たちの人形として、皺を刻んだ中年になるまで、あるいはよぼよぼの老人になるまで生きるのだと、イヴァンは灰色の日々の中で思っていた。

しかし、思いがけぬ不幸もあれば、思いがけぬ幸運もあるものだ。


イヴァンの十七歳の誕生日の数か月前、ある秋の日のことである。辺境の城に、義母たちと何の関わりもない訪問者が来た。イヴァンの父が少し金を借りていた友人が、その返済の要求に来たのだ。その友人は首領から職を与えられた法官だったが、娘を高位の貴族に嫁がせる持参金のために、金が入用だった。

つまり彼は、急いでいたのだ。

法官は城に入った後、使用人たちの制止も聞かずに、後見人として財産を管理していた奥方の部屋の戸を開けた。伯爵の城は百年前から改築を重ね、外見は立派だが中身は古びていた。そして、宝石やドレス、絵画には財を費やしていた奥方だが、城の整備にはあまり金をかけていなかった。ぼろぼろの鍵は壊れていて、力の強い法官によって扉は開けられてしまった。


そこで、法官は後見人が当主にあるまじき行為をしている場面を見てしまった。


壊れていた鍵のおかげで、そして無礼な債権者である法官のおかげで、イヴァンの悪夢は終わった。早く借金を返済してもらいたい司法官は、正しい手順を踏んだかは不明だが、迅速に継母たちを裁き、イヴァンが父の財産を名実ともに自由にできるようにした。司法官が返済金としてとって行った金額が本当に借金の額と同じだったのかイヴァンには分からなかった。


だが、義母たちの人形遊びから解放してくれた父の旧友には、いくら払っても足りないと思った。

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